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64  やっぱり、頭の上がらない人

 





「こんにちは、ホルーゴ父さん」

 いつも通りの挨拶をしながら、ウゴは周囲を確認する。

 ポメトラム大森林周辺の地脈には乱れを感じられないが、どことなく、ざわついているような?


「やぁ、いつも呼び立ててすまないね」


 いつものテラスで、いつもの椅子に座っている性別不詳の美人。

 何度見ても、男?女?と首を傾げたくなる美貌の森人族の長、「半神」ホルベイルゴ・メンタウナス・ニムロは若葉色の瞳を笑みに変えてから、ウゴに自分の向かいの椅子をすすめた。


「…しばらく、来たくなかったんですが」


 前に来た時には、かなり情けない姿を見せてしまったのでと、ウゴの周りを伺うような様子に、ホルーゴは穏やかな笑顔を浮かべた。



 ちなみに、ウゴが「勇者タナカ」レベル1の頃からの数ヶ月間を、ありとあらゆる意味においてポメトラム大森林でお世話になっているため、情けない姿は全て知られている。

 800年近く経つ今では、ホルーゴのみだが。


 「勇者タナカ」に、この世界で暮らす為の知識を、タダで気前よく与えてくれたのは、ポメトラム大森林の森人族達だった。

 ホールス王女(みんなのアイドル)に頼まれて、結構な鬼コーチぶりを発揮した。

 ウゴが泣き虫なのもヘタレなのも、ホールスに惚れているのも、全て知られている。

 そんなワケでホルーゴの前では取り繕っても手遅れだった。



「ああ、大丈夫、もう森へ戻っているよ。

 ここには、来ない(・ ・ ・)ように言ってある」


 人払い?

 そんな事をしなくても、森全体が家の森人族は、招集をかけないと集まらないのに?

 とウゴは思いつつ、言葉にもしてみる。


「…どういう、意味ですか?」

「ショーゴくん、本気で、それを聞いているのかな?」


 穏やかな笑顔は微塵も揺らいではいないのに、さらさらと風に揺れる金の髪は、見蕩れる程に美しいのに。

 ウゴは突然寒くなった。


 威圧は感じない。

 殺気も敵意も感じないのに。


「……えー、と?」


 ものすっごく怒ってる、のは分かる。

 問題は、何を?だ。


 えー、前に神樹に神気を流したのは、チノカの鎮魂の儀式的な感じで受け入れてもらったし…って、思いつかん!

 その前だと呪い?いや、あれも特に問題視されていなかった。

 ウゴは内心で冷や汗を流しつつ、ホルーゴ父さんは「神」より怖い「殻持ち」だ!と、「半神」と呼ばれ所以ユエンを再度認識させられた。


「すいません、わかりません」


 こういうときは、素直に謝る!

 いつも通り!




 一見穏やかな笑顔のホルーゴは、聞き分けのない子供に言いきかせるように、ゆっくりと話す。


「世界が、ショーゴくんが「移った」って言っているのだけど、何をしているのかは、教えてくれないのかな?」

「あ、…そ、それは」


 移ったというのは、多分「産まれ育った世界」に、戻った事を言っているのだろう。

 ホルーゴに説明できる段階まで進んでいない、ので、という言い訳は通用しない気がする。

 「世界の見守り」の立場から、「世界」側にいるはずのウゴが独断専行(ドクダンセンコウ)では、困るんだよ(怒)と言われているのだ。


 つまり報告、連絡、相談(ホウ・レン・ソウ)!をしろと。


 今までそんな事一言も言われていない。

 と口に出せば、過去に一度だけ見た、凄まじくも恐ろしい光景を、見られる気がする。

 見せられる?

 ウゴは、ホウレンソウなんて知らないが、ホルーゴから面と向かって「心配している」と言われているし、ホールスを連れてくる約束が…………。


「あああああっっ!?」


 突然声を上げるウゴに、ホルーゴは本格的にマズい事になっているのかな?と一瞬、笑みを消した。

 しかしそんなホルーゴに、ウゴは空気を読めない発言をした。


「あの、ホルーゴ父さん、突然で悪いのですが、ホールスの魂を匿ってもらえませんか?

 半分くらいしかないので、そこらに放置できな」

「………ショーゴくん、キミは…。

 本当に、困った子、だねぇ?」


 聞いた事のない程低い、絶対零度のホルーゴの声に言葉を遮られながら、浮かべられると同時に深くなった笑顔は、逃げたくなるくらい怖かった。


 ご、ごごごごっ、ごゴメんナさいっ!!

 心の中で謝りながら、目を逸らせずにホルーゴの怖い笑顔を見つめて、言葉でも謝り続ける。

 目を逸らしたら死にそうな気がした。

 神なのに!


「ごめんなさい、すいません、オレが全面的に悪いですっ」

「そう、そうなのか。

 ショーゴくん、が、悪い、んだね?」


 笑顔…。

 やめてええええぇえええぇええっっっ!!!!!











 異界に残されたメイナリーゼとタノクラが、連絡方法なんて知らないのにっ!?と慌てていると、そう待つ事もなくウゴが戻ってきた。

 のだが。


「…兄さん?」

「ウゴさん?」


 気のせいか、ウゴがかくかくぷるぷると震えている。

 腰がひけていて、中途半端に伸ばした両手は、何がしたいのか分からない。

 ものすっごい目が泳いでいるし。


「兄さん!?」

「ウゴさん!?」

「………」

「兄さん!」

「ウゴさん!」

「…………」

「兄さんっ!」

「ウゴさんっ!」

「……っ!?」


 何度も呼びかけると、ハッと気がついたように、ウゴは目を瞬いた。


「……あれ、オレ?……ホル…っ」


 せっかく元に戻ったと思ったのに、すぐに何か思い出したのか、再びかくかくぷるぷると震え出してしまう。

 ふらふらと泳ぐ目が死んでいる。

 もとから光の反射ゼロ、艶なしの黒瞳なので、死んだ目になった所で大して変わらないのだが。


「いい加減にしてっ!」

「ぐふっ」

 メイナリーゼの鋭いチョップが脳天に振り下ろされ、ようやくウゴは震えるのをやめた。


「申し訳ありませんが、ちょっと心が燃え尽きそうです。

 少し休ませて下さい、どうかお願いします」


 聞いた事も無いような口調で話し、条件反射のようにガクガクと震えながら頭を下げるウゴに、メイナリーゼとタノクラはどうしよう…と心から思った。




 幸いな事に、しばらく安楽椅子で魂が抜けたように放心していたら、無事にウゴは再起動を果たした。

 それから3人を伴って、ポメトラム大森林へと跳んだ。

 死んだ目で、かくかくぷるぷるしながら。











 着いた所は真っ暗だった。

 目が慣れてくると、とても暗い森の中だと分かってきたが。


 メイナリーゼとタノクラは、あまりにも深い森に上を見上げた。

 空が見えない。

 申し訳程度に紐が張られているテラスの端から、下を覗いてみても、どこまでも真っ暗だった。

 地面はどこ?空は?

 周囲には鬱蒼と繁る枝葉しかなく、今いる樹上の家(ツリーハウス)の高さもよく分からない。


 夜?なの?と2人で顔を見合わせていると、甘いような苦いような、爽やかな風が吹き抜けた。

 フィトンチッドだったか、木々の筆舌に尽くしがたい濃厚な香りが、じめっとしているのにひんやりした空気が、さっきまでいた「異界」で感じていた居心地の悪さを、一瞬で忘れさせてくれた。




「ようこそ、異世界のお嬢さん方」


 2人が振り返ると、テラスの中央に、テーブルと一緒に置かれている椅子に座り、にこにこと穏やかに微笑んでいる、超絶美形がいた。

 作り物みたいに完璧なバランスの造作に、暗い中で光る長い金の髪、エメラルドみたいにきらめく淡緑の瞳。

 人形のように整っているのに、生気にあふれた優しい笑顔は、なぜか「守護者」という言葉を思わせた。

 男か女か声を聞いても分からないけれど、美の化身?って本当にいるのだ!と驚いていると。


「あ、あの、ホルーゴ父さん。

 こっちの金髪が妹の転生したメイナリーゼ・スアラ、黒髪がタノクラ・ナナです」


 何故かどもりつつ、いまだにかくぷるしているウゴが2人を紹介をした。

 口調がいつもと違う!と、笑ってしまいそうなのを堪える2人。


 ホルーゴから視線を逸らすウゴの腕には、サカグチ=ホールスが硬直したまま抱えられている。

 身体が強張っているのでお姫様だっこではなく、肩に担いでいた。 


 さっきの惚れた腫れた発言は、どこにいったよ?!とツッコミたくなるくらい、ムードもへったくれもな

い担ぎ方だった。

 足が伸びたままで硬直しているので、お姫様だっこは無理だろうが、もう少しなんとかならないのか。

 荷物のように担がれては、百年の恋も醒めてしまう。



「「父さん!?」」

 ってことは、この美形さんは男の人!!と驚くメイナリーゼとタノクラに、ホルーゴはにこりと笑いかけた。


「いつもショーゴくんがお世話になっています。

 ショーゴくんは頑張り屋さんなんだけど、頼りない所があるから、君達にも迷惑をかけていないか、ずっと心配していました」

「ちょ、ちょっと待って下さい、オレが頼りないのは本当ですけど!

 なんでホルーゴ父さんが、亜美達の心配をするんですか」


 焦ったように、ずり落ちるサカグチ=ホールスを抱えなおすウゴ。

 ホルーゴの言葉に、自覚している以上に頼りないのかオレは…と落ち込んでいた。


「心配して当然でしょう。

 義息子の妹なら家族も同然、その仲間なら親戚も同じです」


 ホルーゴの「風吹いて桶屋儲かる」?!な論法を聞いたウゴは「あ、ホルーゴ父さん、森人族でした、ね」と乾いた笑いを浮かべた。

 それから「まだ、義息子どころか、付き合う前です」と小さな声で、泣きそうになりながら言っていた。


 メイナリーゼとタノクラは「「美形でもやっぱり、ウゴさん(兄さん)の知り合いだった…」」と、もの凄い美形なのに、なんだかオカシい!ホルーゴ父さんを、じとっとした目で見るのだった。

 そう言えば、なんかホルーゴ父さんって名前も、前に聞いたな…と。




 森人族は一族の皆が一つの家族、という価値観を持っている。

 全員が、「世界の見守り」の役目で森の中を彷徨っているせいで、子育てを重要視しないからだ。


 産まれた子供は乳離れすると、その時に側にいる者達で面倒を見る。

 育児放棄(ネグレクト)ではなく、森人族の種族特性といえる。

 一族の全員が父で母で、兄で姉で、弟で妹、つまり親で子供なのだ。


 ホルーゴは、ウゴがホールスに助けられて、森に連れてこられ、全員で教え導き、決意を決めた旅立ちの贈り物に、世界の「全権」を渡したその日から、「息子」と思っている。

 森人族が全員で育てた者は「子供」なのだ。

 ウゴが勘違いしているように「ホールスの婿」予定として、「義息子」と言っている訳ではない。


 彼等の生きる森同様に、懐が深すぎるのが、森人族なのだ。

 懐に入るまでは大変だが。



 

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