03 使徒(見習い)四人目を採用
「マーキン」
「?!あ、あ、主様?」
突然現れたので驚かせてしまった、ようだ。
それで無表情って相変わらずすごい特技だな、と感心してしまう。
「いきなりで悪いが、このあたりで飢饉の話が出ているか知りたい」
「…飢饉ですか?、いいえ、そんな話は聞いておりませんが。
ただ、普段多くの実をつけない果菜が豊作と聞き及んでおります」
長い深緑の髪を肩へ垂らした女性は首を振る。
それだけの動作がひどく艶かしい。
「…悪かった、邪魔したな」
「あの、主様?」
現れたときと同じように、一瞬で消えた姿に、ウゴの使徒であるマーキンは、無表情のままでなんだったのかしら?と首を傾げた。
大した事が分からなかった、とパスウェトへ戻ったウゴは、神官達がさつまいも相手に戦っているのを見て、失敗に気がついた。
「後はやるから、できあがったら住民を集めてくれ」
少しは料理ができる者を集めないとな、とぼろぼろに削れた芋を手にとった。
哀れなサツマイモに合掌!だが、ムダにはしない。
タンタンタンタンタンタンタン!
リズミカルにさつまいもを賽の目に刻んで、大鍋に芋と米と塩と水〜、と火にかけた。
鍋に米に、全部どこから出した!?と言える強者はいない。
全て神の御技、ウゴ曰く神パワーで『創造』したもので、これは使いすぎるとダルくなるので、せめて調理は住人達と神官’ズでやってほしい。
もっとも当分は無理だろう、と見通しを立てている。
食料の調達もおぼつかない現状で、何万単位で餓死するくらいなら、大盤振る舞いするつもりだ。
自分がもっと早く飢饉に気づいていれば、救える命があったはずなのに、と。
ウゴは多少のダルさを感じながら、まわりを見た。
「おーい、皿洗いくらいやってくれ〜」
夕方の炊きだしを待っている住人に声をかける。
神官達もさっきよりはマシな動き方をしていそうだ、と確認してから。
「ちょっと寝るからな」
なぜかそこにあった安楽椅子にすわり、即座に寝た。
「神様ぁああぁぁぁあっっっっ!!」
ずべしゃぁあっという音とともに叫びが届き、ウゴは目を開けた。
人ではないので睡眠は必要ない。
本人の感覚ではうとうとだ。
ただ昼寝が好きなのでマメに昼寝をする、神様がヒマな訳では……たいていはヒマだ。
「もう帰ってきたのかよ」
平伏されるのがイヤで、どっか行けよと追いだしたのにと、カールマン・マルナ神官長のふさふさ眉毛を見た。
人族にしては立派すぎる眉毛だ。
なんか、有名な犬種でこんな眉毛のがいたな。
周囲は五体投地でやってきた神官長に、静まりかえっていた。
「神様に賜りました命令を疎かにする訳にはいきませんので!全てにおいて賜りました命令を第一に優先させて頂きましてた結果として無事に周辺諸国近隣の町村に至るまで食料配布や炊きだし手配の……」
「おい===」
「全ての地において…、はいっ!」
「いちいち神とか言うな、ウゴでいい」
「しかし、か、う、う、ウゴ様」
「あと、ダルいから長文禁止」
「うう、それは…」
「とりあえず立って、炊きだし手伝ってくれ」
「畏まりました!」
うん、やっぱり魂の名を呼ぶと従ってくれるのか、と納得。
強制力があるかは分からない、な。
本人以外に魂の名は聞きとれないから、怪しまれるよな?と思っていたが、使徒見習いソバンにだけは連呼した方がよさそうだと、ウゴは一人で頷く。
安楽椅子から起きて、軽い脱力感に疲れた〜とやる気なくつぶやくと、ウゴは勝手にできあがっている芋粥へと向かった。
「無礼者ッ!!」
殺意たっぷりの一喝と共に一閃。
ウゴは避けなかった。
「お前愛されてるなー、ほんと良かったな」
呑気にいいながら、胸に刺さったはずの槍を穂先をにぎって引き抜く。
刃先に血はついていないし、刺したときの感覚もおかしかった、とウゴを刺した神官長付きの護衛神官は、顔をひきつらせた。
ウゴに褒められた?神官長は「それほどでも〜」と中途半端に脂下がっている。
ウゴが何も気にしてない様子で鍋のそばに行った後で、神官長が護衛神官を、怒り狂った様子で呼びたてた。
「スゴワよお前は己の任務が分かっておるのか!お前はどこに目を付けておるのだ!あの御方こそが我等のあるじであり全ての力なき者を守りお救いくださる[弱者の神]様ご本人様であらせられるぞ!!」
ウゴに長文を禁止された反動からなのか、普段から長説教で恐れられる神官長が、エラい事になっている。
一息でこれだけの長文をよく怒鳴れるものだ。
しかし説教をされたスゴワは、怒りに震えていた。
あの怪しいローブ男が、敬愛なる尊敬する神官長をたぶらかしている!!と。
神は神託を下す≠弱者の神はしない。
神は勇者を招く≠弱者の神はしない。
それは、弱者の神が直接人を助けるからだ!と力説されても、はらわたが煮えくり返りそうなスゴワには、何にも伝わっていなかった。
「申し訳ありませんでした」
口では言いながら、ウゴを殺すと誓った。
「===、病人はまかせるぞ」
「はいっウゴ様」
「===、お前料理できるか?」
「はいっ、…できませぬ」
「あ、そ」
「力及ばずながら中央神殿の料理人が料理に付与効果のある「回復(小)」スキル持ちの…」
「===、長い」
「はいっ、申し訳ありません」
「===、今いる中で料理できるのを集めて、下ごしらえとか頼んでくれ」
「はいっ、ただいま!今すぐウゴ様のご意志に沿うようにさせていた」
「長い」
「はいっ」
周囲で粥をすする住人にはコントにしか見えないのだが、神官長と苛立つスゴワだけは違った。
神官長は名前で呼ばれる歓喜に打ち震え、スゴワは怒りに身を震わせている。
我等の神官長様をアゴでこき使うとは許せん!と視線で殺せるなら殺したい!とウゴを睨みつけるうちに、スゴワは違和感に気がついた。
…おかしい。
こいつからは足音がしない、衣擦れがしない。
このウゴとかいう男は存在しているのか?という不確かさを感じる。
神官長様を「===」とか呼んでいるが、何度聞いても聞きとれない。
一度気づいてしまうと気持ち悪さに耐えられなくなって、スゴワは心を決めた。
確かめよう。
おもむろに近づき、フードをむしりとった。
まったく警戒していない、素人同然の姿に怒りをぶつけようとして…。
「何の用だ?」
振り向いてうっとうしそうに応えたのは、凡庸な、いやむしろ目鼻立ちののっぺりした少年。
ただ、黒髪で黒瞳…噂に聞く魔人族か?
いや、もっと別のナニカだ。
少年の瞳にはスゴワがうつっていない。
日射しにさらされた髪も瞳も、一切の光を反射していない。
夕日の中で、少年だけが暗闇で光る誘蛾灯のように、そこにいる。
「っひ、ぃ」
気づけば槍をかまえる事も忘れ、スゴワはへたり込んでいた。
ウゴは素早くフードを戻す。
「何もしないからやめてくれ」
後光も威厳も何もない、上位の存在がそこにいた。
「よいか、我等の主たるウゴ様が寛容であることに感謝せよ」
長文禁止のソバンが、必死で言葉を選んでいる。
「はい、け、敬愛と私の信を誓約いたします」
「そういうの嫌いなんだ、オレはウゴ、ただの「ウゴ」だ」
芋粥の配給が終わり、片付けを住人や神官にまかせておいて、ウゴは安楽椅子にだらりとのびている。
周辺の町村や国に配布する食料を神パワーで創造し、ほぼ一人で炊きだしをしたのだ。
これぐらいだらけても…というかいつも通り。
「しかし、どうか!私の信義を神に見て頂かない事には、先ほどまでの不敬な行為をただ赦されるなど…」
「お前も長文なのか」
神官だから長文なのか、長文だから神官なのか?とウゴはスゴワを見た。
ふと何かに気がついたように、少し考える素振りをしてから。
「分かったよ、ちょうど捜すつもりだったし」
スゴワを再びジッと見つめて魂の中の「信義」を見極めてから、ウゴは言った。
「今からオレの使徒見習いな、魂の名はツィーレ。
試練とかは先になるが何回か転生して、困ってる人を救うのを手伝ってくれ」
「はい!必ずや期待に応えてみせます!」
ツィーレに感激です!と見つめられて、ウゴは小さくはい、と頷いた。
ゆるーくながーく、ほそぼそとした活動でいいんだ、と言いだせなかった。
首都でやたら美味いナゾ料理の炊きだしがある。
そんな噂はあっという間に広がった。
周辺の町や村規模でも[弱者の神]教の炊きだしが行われるようになったのに、わざわざパスウェトへ向かう者がいた。
パスウェト内でも、何カ所もある炊きだしのただ一カ所へ。
王国側ももう「好きにさせておけ〜」と、なぜか関わりあいを拒んで、炊きだしの規模が日に日に大きくなっている。
「一人一食、700ベガ」
「はあっ?!
炊きだしで金とるのかよっ!?」
「冒険者は住民じゃない」
「ふざけんなよ!こちとらわざわざスコポミラから…」
「知るかボケ」
三日目辺りから、明らかに住民でないのが当然のような顔をして、炊きだしに混ざっている。
まさか文字通り「神様が見ている」とは思いもしないのだろう。
手伝いもせず、タダ飯を喰おうってのが、甘い。
大抵は「払え」と言えばあきらめられずに金を払うが、たまにチンピラまがいの冒険者がいて、配給をしているウゴにいちゃもんをつけてくる。
「マジ面倒くせぇ」
飢饉自体は終わっておらず、雨は降るのに農作物が実らない、という異常事態。
ウゴの想定でも半年から一年は、炊きだしか食料品の配給を続けないと、かなりの被害者がでる。
食料だけ調達して、後はまかせる………も、やりたくないなと一人ごちる。
「損得や食い気ってのは、ほんと面倒だな」
安楽椅子で揺れながら、頬杖をついてぼやくウゴを見て、誰かがくすくすと笑った。
「神官長様よりお聞きした以上に、怠惰な神でおられるのですね」
豊かな双丘を神官服と胸当てに押し込んだツィーレ=エレクトロナ・H・スゴワ護衛神官が笑顔で立っていた。
使徒になって以来、日に日に堅苦しさがとれてきている。
今はウゴの心の保養だ。
その顔立ちは、竜族のきらきらした完璧さに敵わないが、とても癒される。
ウゴの周囲がドM竜達と、暑苦しいフサ眉ソバンに、鉄仮面マーキンだからかもしれないが。
いやフーガは兎人で、アンゴラっぽい白兎の超モッフモフだが、オッサンを愛でるのはマズい。
継続的な癒し係が必要だ。
そんなことをぼんやり考えながら、ウゴは力の抜けた笑顔をうかべる。
「がっかりか?」
「いいえ、むしろ人に近しいお方と喜びを覚えます」
「そっか、そう言われると…オレも嬉しい」
このままぐうたらできたら最高なのに、と苦笑した時。
「金を払うので、美味いと評判の炊きだしを、食べさせて頂きたいっ!」
と凛々しい大声が市場中に響いた。
うるさいな、とウゴが頭を上げて……何故かジッと見て。
「マジか、勇者キター」
と小さく呟いた。