53 困った時の神官長!
「とりあえず踏み倒した宿代を払うから、金額を教えてくれ。
他にもこいつが払うべき金は立て替えるから、辺境伯に「よろしく」と」
ウゴが騒ぎ立てなければ、これで問題は解決だろう?と衛兵達に向けて言ってみると、もの凄い勢いで頷いた2人は、脱兎のごとく飯屋から飛び出して行った。
【飯屋】を敵に回したくない!と怯えながら。
これだけ強気に出られるのも、金が余りまくっているせいだ。
ペッツィに給仕の「給金」を払ってはいるが、ウゴには生活費が必要ない上に、かなりの売り上げが出ている。
やっと、有意義な金の使い道ができたな、とウゴは青ざめているマーヌを見る。
文字通りの意味で、勇者を買った!
…あれ?人身売買か?
「知っている事を教えてもらおうか」
マーヌを、厨房の奥で椅子に座らせると、神に見つからないように「ペンダント」を首にかけさせる。
更に『障壁』の保険をかけて、びくびくするマーヌの前でローブを脱ぐと、その表情が驚きに変わった。
「黒髪、黒い目で、肌が…ってことは、あんたハンバ王国の勇者!?」
「へぇ、ユウマの名前は広がってるな。
残念ながらオレは勇者じゃない、[神]だ」
「………………ふぁ?」
マーヌの口からは魂が抜けるような声が出た。
[神]だと自己紹介するのがおかしな事なのはウゴにも分かっているが、他にどうしようもない。
「お前を勇者にした奴の事を教えろ」
「………………ふぁ?」
「ふぁ、じゃない。
早くしてくれ、夕食の仕込みがあるんだ」
「は、はいっ」
自称が[神]で、夕食のしたくって…主婦かよ?!とツッコむ者はいない。
ウゴがあからさまに不機嫌な表情を浮かべていると、マーヌは慌ててぺこぺこし始めた。
マーヌは一生懸命考えて…頭をかりかりと掻いて押し黙ってしまう。
「なんだ?」
「あの、よく、わかりません」
「…どういう意味だ?」
「えーと、その、夢で光り輝くなんか、よく分からないモンに勇者になれ、と言われて、村の占いオババも同じ夢を見て、勇者だ!って送り出されたので…」
うわ、なんだその杜撰な勇者決定。
ウゴの表情が、一気にやる気のないものに変わっていくのを見たマーヌは、焦って言い繕おうとするが、あうあうと意味の無い事を呻くばかりで、何も思いつかなかった。
勇者になって調子に乗っていたが、マーヌは本来、どこにでもいそうな村人なのだ。
ちょっと顔が良くて、ちょっと村では目立つ、という注釈のつく村人Dくらいだろう。
どこに「勇者」の肩書きがつく要素があるんだ?と、ウゴも首を傾げるような、粗悪品の勇者だった。
「…つまり、何も知らないんだな?」
「は、はいっ」
ウゴの言葉に、へこへこと頭を下げて、すいませんと繰り返すマーヌ。
本当に昨日のハーレムキングと同一人物か?と疑いたくなる程、卑屈になっていた。
「イヤな感じがするな」
「ご、ご、ごめんなさい」
「ああ、お前じゃない。
お前達勇者を、いや、この世界そのものを遊び場にしているクズが、何を考えてるのか分からない」
「ごめんなさい」
よく分かっていないまま謝るマーヌを、ウゴはやる気の無くなったままの顔で見つめる。
「………まぁいい」
とりあえずマーヌは、マーキンが戻るまでは姿をごまかす事も出来ないため、隅で座っている事になった。
マーキンがペッツィと一緒に【飯屋】に来たのは、夕食時も終わろうという頃だった。
「あの、主様」
ウゴが調理場で片付け等をしつつ、マーキンの口調から感じる違和感に、顔を上げたその時。
「ウゴ様ぁあぁぁあああぁあっっっ!!」
ずべらばしゅーっっっっ!!と豪快にして華麗なスライディングが眼前で披露されていた。
…久しぶりの光景だが、ここで反応してはいけない。
「………」
見なかった事にして、気付かないフリをしておこう。
無言で顔を下げたウゴに、飯屋の中はなんとも言えない雰囲気になる。
残っていた客達は、何事だっ?!で。
マーキンは、どうしましょう…で。
ペッツィは、驚きすぎて動けない。
そんな中で、マーヌがこれまで見つからないようにと調理場から動かなかったのに、カウンターから出てきて、転倒した?人物へと手を差し伸べた。
「神官様、大丈夫ですか?」
…転んだ訳じゃないぞ。
そう思いつつも、ウゴはマーヌを驚いたように見ていた。
長い歴史を誇る帝国では、建国当時より受け継がれる土着精霊信仰が強く、既存の宗教の受け皿がない。
近年例外として、夫婦神信仰のパーシアン教が台頭してきていたが、勇者襲撃騒動で、帝国上層部に蛇蝎のごとく嫌われて駆除されたはずだ。
そんな帝国で、神官に対して好意的な態度を取る。
それ自体がとても珍しい事だった。
帝国では、神官かぁ、関わりたくないなーが普通なのだ。
「え?おお、どなたですかな?」
平伏していた旅装姿の神官が顔を上げて、カウンターの奥で俯いたまま、手元を動かしているウゴに気がついた。
「あの、ウゴ様?」
灰色でモッサモサな眉の眉尻が、寂しそうにしょぼっと下がる。
「……」
「あ、あの…」
勇気を振り絞り再度声をかけても、ウゴは気がつかないフリで、手を止めない。
「…おい、ウゴ、なんか可哀想だぞ」
ペッツィに促されて、ウゴは渋々顔を上げた。
「===何しに来た?」
「ふ、不肖カールマン・マルナ!主様に火急お力をお貸し頂く為に疾く速やかに参上致しました!」
「…………何があった?」
それまでやる気のない話し方をしていたウゴが、普段より低い声音で言葉を発すると同時に、スッと【飯屋】内の気温が氷点下の勢いまで下がったような気がした。
思わずその場にいる全員が、ごくりと唾を飲み込む。
なんだ、この、例えようのないプレッシャーは?
魔物と戦った事のある組合員までもが、かたかたと意思とは無関係に震える手足を止められなかった。
「主様、御力が」
マーキンの言葉で、ふっと空気が緩む。
店内にいた客の内でも団員達は、これまでにも幾度か、ウゴが人外と言われても納得してしまう威圧を放っていることを知っているため、荒い息を吐いて息を整えてから、帰り支度を始める。
巻き込まれるのはイヤだ。
マーキンが客に適当な説明をして、ちょうど夕食も終わりということで、一旦閉店にした。
閉店の札を扉にかけて、ウゴを除く全員が一つのテーブルを囲む。
ウゴだけはカウンターに背中を預けて、テーブルにつく全員を睥睨している。
体格的には無理だが、気持ち的に。
「で?」
即座に『障壁』を展開して、早く説明しろ、という雰囲気を一文字で現したウゴに、マーヌとペッツィは、怖いっ!と怯えている。
普段の無愛想と言われつつ、お人好しで客を迎え入れる料理人の雰囲気ではなかった。
「その前に、主様、勇者が何故ここにいるのです?」
マーキンが、マーヌとペッツィにも話を聞かせて良いのですか?と、嘴を容れる。
「とりあえず、借金返済まで働いてもらうつもりだ」
ウゴが頷いて返すと、ソバンが絶叫をあげた。
「勇者ですとぉっ!!!!!?」
ソバンにとっては衝撃的すぎることだ。
[弱者の神]教は勇者を招かない、と決まっているのだから、決まっている筈だ?…いや、招いてはいないのか?
それを今更あっさりと覆したウゴに、さすがの忠臣ソバンも困惑を隠せない。
マーヌは話に入れないまま、何をさせられるのかと内心でガクガク震えている。
昨夜のマーキンの一撃が、クリティカルで心を抉っていた。
「主様の…「勇者」なのですか?」
マーキンさえも、ウゴの考えが分からないと美しい眉根を寄せる。
「ああ、違う、オレの所有物じゃない。
今は、まだ「神」に嫌がらせをしているだけだ」
マーヌは依然、名前が分からない「神」の勇者だ。
ペンダントで居場所が分からないようにしているだけで。
前回にイチノセ達の事で揉めたので、ウゴはマーヌを自分の一存で[名も無き神]の「勇者」にはしていない。
ちゃんと学習しているのだ!
「「なるほど」」
マーキンとソバンは同時に安堵の吐息を深々とついた。
そんなに大袈裟に反応する事か?とウゴは思いつつ、話を進めていく。
「ああ、そうだ。
ペッツィに頼みがある」
ウゴはペッツィとマーヌがいる前でローブを脱ぐ。
一度姿を見た事があるマーヌは、ウゴの光を反射しない姿が気持ち悪く見えている。
しかし、初めてウゴの姿を見たペッツィは、声にならないほど驚いていた。
「魔人族?」
「いや、元異世界人だ」
元、という所にペッツィは気がついた。
異世界人という言葉から、去年来た「異世界」の「勇者一行」を思い出した。
確かにウゴの髪や目、肌の色などの外見は「異世界」の「勇者」に似ているが、強烈なまでの違和感を覚えた。
「悪いが、夜中までに店を開けたいから話を進めるぞ。
オレは[弱者の神]教の神である[名も無き神]で、ペッツィには「使徒」になってもらいたい。
マーヌは加護だけは与えてやるから、「勇者」をやめるか、「無教の勇者」になってくれ」
「「………………??????」」
マーヌとペッツィは無言で考えてみるが、話があまりにも突拍子ないため、理解ができない。
マーキンがソバンを指し示しつつ、ペッツィへ微笑む。
「ペッツィ、わたくし達は主様の「使徒」なの。
あなたが主様の力になってくれると、とても嬉しいわ」
「…使徒ってなんだ?」
「主様の御力を借りて働く部下ってところね。
[名も無き神]の使徒が成すべき事はただ一つ、「他者を救いて、己を救え」よ。
自分の力の及ぶ範囲で、地道に人々を助けるのが、わたくし達の望みで喜びで、生き甲斐なの」
なんだよその偽善は、とペッツィは思ってしまった。
ペッツィを助けてくれたのは、[弱者の神]教ではなく、モズ団長とレバノラだった。
帝国内に[弱者の神]教が広まっていない事を、ペッツィは知らない。
そしてペッツィは魔人族領を出てから、帝国内を北端から南端に移動しただけだ。
「………」
モズ団長にも神だと教えてあるから、決め辛いなら相談してみてくれ、とウゴは言った。
あまり大勢に[神]だと広まるのは困る。
ウゴとしては、そこまで口説いて使徒を増やさなくても構わないのだが、マーキンがペッツィをもの凄く気に入っている、と感じていた。
マーキンは主様の為に!という考えなのだが、イマイチすれ違っていた。




