51 勇者VS[神]
マーキンは予想もしなかった出来事に、ウゴ以外の相手に無表情を解いてしまった。
その表情は愕然。
ところが勇者はマーキンの顔を見て「突然告白をされて驚いたのだな、かわいい」と受け取った。
ポジティブかつ単純なのが、彼の唯一にして絶対の長所だ。
「…申し訳ございませんが、わたくしは吟遊詩人でございます。
英雄の皆様とともに、魔王と戦う事などできませんわ」
どう見ても未熟な半人前の勇者の相手など、ごめん被りますわ!という本音を、丁寧に何重にも建前に包んで、必死で平静を取り繕いつつ、無表情を装備して答えるマーキン。
しかし勇者は簡単には諦めない。
勇者だから!
この世は勇者への御都合主義で溢れている!(と信じている!)
「大丈夫、俺が守るよ!」
キラッと白い歯を輝かせて、微妙に安っぽい笑顔を浮かべながら、少年に毛が生えた程度の勇者はにじりっとマーキンに近寄る。
「いえいえ、そのようなお気遣いは無用でございますわ。
受けている未達成の依頼もございますし、なにより…」
「ルシェ」
「なんだ、お前?」
ルシェはなんとか無表情を維持したままで、自分の手を掴む、体温を感じない華奢な手を見つめた。
一気に顔が赤くなるのが分かる。
今、マーキンではなく、ルシェと呼んでくださった?と。
「ただの料理人だ。
ルシェ、ペッツィとレバノラは先に行った、もう帰るぞ」
明らかに不機嫌な口調。
フードの下の表情を思い浮かべて、僅かな独占欲を見て取っても良いのだろうか?とのぼせた思考の中で思った。
背後でわめく勇者を放置して、ウゴはマーキンを連れて、さっさと領主の別邸を後にする。
不愉快すぎて、勇者に百パーの『威光』をかけるところだったのだ。
ちなみに、マーキンが絡まれていたので、不愉快になった訳ではない。
時系列になおすと。
1、異世界の勇者一行へ作った料理が、喰い散らかされている割に、味わって食べられた形跡がない。
2、他の参加者用は、好き嫌いを加味してももほぼ完食。
3、何皿も喰いかけが戻ってきて、慌て始める(ユウマ!口にあわないなら言ってくれ、と不安になってくる)。
4、抜け出してきたモズが「勇者」違いで、辺境伯と会話は無理そうと言いにくる。
5、ペッツィとレバノラに先に帰るように告げつつ、デザートの仕込みまで済ませる。
6、手が空いたので晩餐会会場へ様子を見に行く。
7、マーキンに詰め寄る見知らぬ「勇者」を発見(まともに飯を喰ってないと知って、ムカッ!)。
8、ルシェ連れて帰宅決定、仕事はきっちり終わらせたので、後は知らん。
となる。
ちなみにモズ団長はどこかに残っている筈なので、事後処理は丸投げしておいた。
仕事はしたので、文句は言わないでもらいたい。
「で、あいつは何だったん…」
別邸を離れた所で、ウゴはマーキンを振り返り、思わず口ごもってしまった。
握っていた手も離してしまった。
「あ、主様」
マーキンは、これまでウゴが見た事のない表情を浮かべていた。
泣きそうな笑いそうな、嬉しそうな悲しそうな、そんな相反するものを全部詰め込んだ表情でウゴを見つめていた。
顔だけではなく耳まで赤く染めて、マーキンは震える声で何とか告げた。
「あの、助けて頂きましてありがとうございました。
今夜はもう帰りますので、失礼致します」
マーキンは、ずっとマーキンで。
主様に命名して頂いた魂の名前だけで十分だったのに、今の自分まで認めてもらいたいなんて、わがままに過ぎる!
「おやすみなさいませ!」
攻める事は得意でも、防戦が苦手なマーキンは逃げる事を選択した。
ガチで走っていくマーキンを呆然と見ていたウゴは、がしがしとフードの上から頭を掻いた。
「オレ、何かやったか?」
[名も無き神]はブレる事なく、しっかりと枯れていた。
というか、自分に女性の好意が向けられるという事はない!と完ぺきに思い込んでいた。
そんなこんなで翌朝、ウゴが仕込みをしながら、マーキンが食材を抱えて店に来るのを待っていると。
「おはよう、雑魚くん」
予想外の人物が現れた。
ゾロゾロと、昨夜と同じハーレム6人を連れた状態で。
…というか、なんで来た勇者?
ウゴの表情は見えない筈なのだが、考えたことが不思議と分かったのか、ピキッと勇者の額に青筋が浮かぶ。
「無視するんじゃない、雑魚」
…オレ?
どうやらウゴが「勇者キター、ウゼェ」と思った事が伝わった訳ではなく、何も答えなかった事に怒っているらしい。
「まだ開店してないぞ」
もう一回、開店時間を過ぎてから来いよ、と言うニュアンスで言ってみたのだが、何故か目前の勇者には伝わっていないようで。
「そんなのはどうでもいいんだよ!!」
とキレられてしまった。
ウゴは無言で、昼食用に仕込んでいる野菜スープの寸胴鍋へ視線を落として、お玉で灰汁をすくう。
カウンターの裏に、ペッツィが盛りつけ配膳できるようにと、大型七輪を二台増やしたのだ。
これにより、昼時の混雑はかなり楽になった。
刻んでじっくりと煮て、野菜の食感を無くしてしまえば、野菜が嫌いだ!と言いはる、脳内おこちゃま組合員も、選り分ける事ができずに飲んでくれる。
せっかく作るのなら、身体に良くて美味しいものを、が理想だよな。
「無視すんな!!」
コキンッ!と軽い音。
ふわりと風が起きて、ウゴのフードの直前でぎらりと光る青緑の刃が止まっていた。
「何のつもりだ?」
ウゴは神パワー+土で作ったお玉で、勇者の魔剣を受け止めていた。
ちなみにウゴ自身に戦闘適正はなくても、ゆっくりと向かってくる金属塊を止めるくらいなら出来る。
ウゴにとって遊びで済むレベルなら、戦闘に当てはまらない。
魔神の時に手間取ったのは、神パワー枯渇+魔神が思っていた以上に強かったから…。
ビビリのヘタレのせいで、世界を受け入れられなくて、神パワー使うのが下手だったから!では無い…はず。
本領を発揮した魔王討伐後の勇者+聖剣だと、お玉が砕けてしまうかもしれないが、魔剣でウゴの神パワーお玉の強度に敵うわけがない。
ウゴ作成お玉は伝説の神アイテム…ウソです。
ただの堅すぎる重た〜いお玉です。
パスウェトでの炊きだし時に、机や椅子を作ったときもそうだったのだが、神パワー+土で加工されたものは、無駄に堅くて重い。
原理は不明だが、神パワーによりダイヤモンドが出来る程度は圧縮されている。
加熱と素材が足りないのでダイヤにはならない…のだが、ウゴはやっぱり気付いていない。
ダイヤモンドのできかたの知識なんて、知らない。
「な、ば、バカな!」
勇者の驚いたような叫びの直後に、炎がウゴに降り注いだ。
『障壁』
ゴゴゴ…パスュンッ!と気が抜ける音がして、熱気がもわりと勇者にかかる。
「うわぁっっ!!?」
ガランッ!
炎が障壁に当たって、一瞬の内に打ち消されたが、勇者がびっくりして剣を手放してしまった。
「んなっっ?!」
魔法を放った、ハーレムの魔女が驚愕の声を上げる。
ウゴはあきれていた。
勇者がいるのに、その背後から炎系の魔法を放って、勇者ごと焼くのってどうなんだ?と。
勇者は魔法が飛んでくるのに気づいてなかったぞ?と。
それとも、たとえ料理人が相手でも全力戦闘、玉砕覚悟でかかるのが勇者!というのならそういうものか、と理解してもいい。
納得は無理にしても。
本当なら、武器を落とした時点で負け確定、死んでいるだろうが。
「何がしたいんだよ」
思わずぼやいたウゴに、勇者が憎しみをこめた焦げ茶の瞳を向ける。
「吟遊詩人のルシェ・ベラルさんを、キサマが奴隷の如く扱っていると聞いた!
今すぐあの麗しい方を、解放しろ!!」
「は?」
どこの誰がそんな事を言ったんだよ?と。
ウゴの本物の困惑が伝わったのか、ハーレムがざわついている。
と思ったらハーレムをかき分けて、ルシェ本人とペッツィが現れた。
「なんだこれ?!」
「主様ご無事ですか!」
「無事だぞ、というか、何でもない」
ウゴ視点では、大変な事は何も起きていない、という感覚だったのだが、それを聞いた勇者はいきりたってしまう。
「ふざけるな、死ね!
悪鬼羅刹業流淀!!」
拾い上げて振り回した魔剣がぎゅるりと蠢いて、金色の魔力を帯びた青緑の刃が鋭く突き放たれる。
……意味不明な技名だな?とウゴは繰り出される刃を見ながら思い、お玉でチャンバラ的に適当に弾き返そうとした。
うーん、カウンター越しに、切り掛かるのはやめてくれないかな。
カウンターそのものは、神パワー作なので傷つかないだろうが、鍋の中身がこぼれたら困る、と思いつつ。
神パワーを使っていないウゴでも、レベル50以下(勇者補正込み)なら遊びにしかならない、はずだ。
100レベルを超えてイチノセくらいになると、神パワー使わないと何度も刺されているだろう。
ルムスにデコピンをうつ時は、しっかりと神パワーを使っている。
というか、こいつ名前なんだっけ?
異世界勇者と聞いて、イチノセだとばかり思っていたので、昨夜は名前を聞いていなかった。
『検索』
もう攻撃されたし遠慮いらんな、と遅い刃を待つ間に、勇者とハーレムを調べる。
マーヌ・ケデュース 勇者(見習い) 16歳 レベル18
装備は魔剣「ハラテル」か。
…あー、まあ、予想はしていたが、本物の勇者だった。
異世界人ではなかったが、もの凄く嫌な予感がする。
なんで、イチノセ達がいるのに、この世界産の勇者が出てくるのか。
しかも、勇者になってから、そう時間が経ってないに違いない。
後ろで固唾をのんでいる、ハーレムメンバーのステも似たり寄ったりで、別に勇者の仲間でなくても、平凡に生きていけそうな無難な数値だった。
この中で一人選ぶの難しいんじゃないのか?とウゴは考えつつ、お玉を振った。
コキコキコキコキコキンッ!と軽い音をたてて、勇者の刃を全部弾いておく。
かなり使い慣れたお玉は、壊れる事もなく勇者の刃を弾いてくれた。
勇者補正があっても18レベルでは、神パワーの欠片も必要なかった。
魔剣くらいなら、ちょっと刺さっても痛いで済むし。
竜の里の若竜の方がまだ手応えがあるな、とちょっとがっかりしてしまったのは、秘密だ。




