50 勇者は斜め上の行動をとる!
「…ペッツィ、死ぬまで隠れ続けるの?」
マーキンの言葉に、ウゴもペッツィへと視線を走らせる。
今は何もしていないが、助けてくれと言われれば、マーキンとウゴは、ペッツィのために動くつもりだ。
団長とレバノラ、ウゴにマーキン。
現在、ペッツィの素性を知る4人がいれば、ケツ蹴り団で姿を晒しても大丈夫かもしれない。
今のところ、姿を隠すペッツィを団員達は受け入れている。
魔人族とバレて、受け入れられるかは分からないが、姿を隠し続ける事が永遠に出来る保証は無い。
もし、何かの拍子に魔人族だとバレてしまえば、数による暴力にだって遭いかねない。
「……」
「ペッツィ、オレ達を信じてみないか?」
「あ、主様」
ウゴの静かな言葉にマーキンは目を見開く。
マーキンがペッツィを構うのは、ただのおせっかいだ。
現在の外見が魔人族というだけで、ペッツィの魂の格が高いのは、マーキンですら感じている。
…ウゴがペッツィを気にいるようなら、これは少し嫉妬案件だが。
「神」という得体の知れない相手との対峙までに、使徒が増えるのは喜ばしい。
個人差があり本物の使徒になれるまで2、300年は掛かるけれど、使徒見習いでも役にたつ。
飢饉、そしてハージェルス教騒動の際のソバンと、ツィーレの働きを、マーキンは高く評価している。
見習いのくせによくやった!と。
それでも、ウゴが直接声をかけてペッツィに歩み寄ると、…胸が疼いた。
マーキンが努力しても、ウゴは堕ちてくれない。
ありとあらゆる色仕掛けをしたのに、のらりくらりと逃げられる。
主様への不敬罪で消滅させられてもおかしくない位、本気で頑張ったのに。
やっぱり、竜王フェムトから聞いた「あの方」以外では駄目なのかな?と自信をなくしていた。
「………………分かった」
マーキンが胸の中でいろいろともやもやしている間も、じっくりと悩んでいたペッツィは、ついに折れた。
余計なお世話だ!とマーキンとウゴに言うのは容易い。
それをすれば、理解者が減るだけ…帝国に売られたりはしないと思っている。
…二人を拒否する事に、まったく魅力を感じないとしても。
ウゴがどんな存在かは知らない。
どっかの王子様とか言われたら、ウソつくな!と思うだろうが、人外の存在だといわれたら、むしろ納得してしまう。
歩み寄られて頼まれているのに、それをばっさり切り捨てるほど、ペッツィは一人ぼっちに憧れていない。
逆だ。
受け入れてほしい、認めてほしい。
一人で孤独に耐えるのはもう嫌だ。
「ペッツィ、貴女に[神]の御加護を」
マーキンの唐突な言葉に、は?と顔を上げると、ウゴがすぐ側にいた。
「その内で良い、力を貸してくれ」
「………」
言われた事の、意味が分からない。
ぽかんとウゴを見つめてしまった。
フードの奥の暗がりから、笑みの形の口元が覗いている。
それだけなのに、ただそれだけなのに、心からの歓喜が沸き出して、震える身体を止められなかった。
晩餐会の日の朝、ペッツィはガクガクと震える足を叱咤した。
ペッツィは今、マーキンの用意した淡い青色のイブニングドレスを着ている。
給仕であることが分かるように、ドレスの上に御領主様邸のお仕着せエプロンをつけているが。
ドレスの長い丈と、肩口まで覆う手袋で、青黒い肌のほとんどは隠されているが、開いた胸元と覆う物の無い頭部はどうしようもない。
普段は櫛巻きにしている伸び放題の黒髪は、マーキンによって繊細かつ大胆に編み込まれている。
銀細工の櫛が黒髪に映えていた。
せめて人族の女性のように、柔らかいボディラインならいいのにな、とペッツィは自分の限りなく薄い胸元をうらめしく見つめた。
【飯屋】内ではウゴがちょこまかと仕事をしていた。
自前の調理器具を、御領主様の別宅屋敷まで持っていくらしい、やはり使い慣れた鍋釜が一番なのか。
ペッツィも一旦ドレスを脱いで、元の黒ローブへ着替える。
晩餐会の直前に着替えれば良い、注目を浴びるのはその時になってからだ。
いつものが一番だ。
…この安心が、幸福に繋がる訳ではなくても。
「待たせたな」
今日のウゴは……いつもと同じ格好だった。
銀刺繍入りの濃い青のローブを着込んで、頭にフードを深くかぶっている。
調理器具を持っていくと聞いていたので手伝うつもりが、何も持っていない。
まぁ、ウゴだしな?
ペッツィは、なんとなく納得のいかない想いを抱く。
ウゴに魔人族や人族の常識が通用しないのは、すでに理解していても。
御領主様の別邸屋敷は、勇者様滞在のために物々しい警備が敷かれていた。
しかし門柱の側には、今日も皮の服上下のレバノラが立っている。
「おはようレバノラ!」
ペッツィが声をかけると、レバノラは驚いたような顔をして、ペッツィの横にいるウゴを睨んだ。
「…本気なんだね?」
ウゴは小さく首を振って、くいと顎を門番へ向ける。
ここでは話せない、という意思表示だ。
それくらい口で話しな!と思いつつ、レバノラはフンと鼻を鳴らした。
キナ臭い晩餐会になりそうだ、と。
晩餐会は滞り無く行われていた。
ただ、晩餐会の主役たらん「勇者」の存在が、貴族招待客の歴々を困惑させていた。
モズ団長とマーキンは、御領主様にペッツィが善良な魔人族で、人族に一切の敵意を持っていないと話す…予定だった。
それを足がかりにして、今後の魔人族や獣人族との交流を考えるきっかけになればと、思っていた。
マーキンにとって、さして重要ではなかったが、団長は、本当に周辺地域の発展を願っていた。
団長は「イカレ野郎のケツ蹴り団」創設に大恩ある御領主様に、さらなる可能性を示したい。
マーキンは、ウゴに有用な使徒見習いを得てほしい。
ペッツィには、安心して暮らせる場所を作ってやりたい。
利害の一致で、晩餐会にペッツィを強引に捩じ込んだのだ。
ムスクォ辺境伯の領地はハンバ王国との国境地帯であり、パーシアン教騒動の時に、一番の被害を被ったのは他ならぬムスクォ辺境伯なのだ。
実際に心ない爵位持ちの者達は「辺境伯がパーシアン教の信徒を扇動した」と謂れの無い中傷を続けている。
この汚名を返上するために、わざわざ帝都へつなぎを作り、「勇者一行」に辺境まで訪問頂いた。
しかし、晩餐会に招かれていた「勇者」は。
イチノセ一行ではなかった。
そこで繰り広げされているのは、ある意味理想郷であり、怖気を催すようなものでもあった。
「勇者」と名乗る黒に近い焦げ茶の髪と、焦げ茶の瞳の少年。
歳は15、6歳位で、背の高い痩躯をボルドーのジャケットで包んでいる。
晩餐会の雰囲気が、言いようのないものになっている原因は勇者だ。
美形だが、言動のせいなのか、どことなく安っぽい容姿に見える、が、周囲の雰囲気の悪さにまったく気がついていないのだ。
「勇者さま、あーん」
「ふふふ、ボクの小玉桃は甘えん坊だな、うん、美味しいよぉ」
「ずるいー、こっちも食べてぇ、あーん」
「待ってくれよ、ボクのアメロバチちゃん、ふふ、これもほっぺがおちそうだね」
コワい、コワいよー!と団長は内心で悲鳴を上げていた。
マーキンの無表情も、どことなく虚ろに見える。
自称異世界?の勇者は、どう見ても「ハズレ」だった。
団長とマーキンは思わぬ伏兵の出現に、計画が音をたてて瓦解していくのを感じていた。
「とりあえずウゴ様に伝えてくる」
団長がマーキンにその場を頼み、晩餐会会場を後にした。
勇者一行の内訳
自称異世界?の勇者、唯一の男
自称、聖女(神官代わり?)
自称、女賢者
自称、壁役女戦士
自称、斥候役女戦士
自称、女魔法使い
自称、女剣士
「ハズレ」だ。
マーキンと団長は、ニセ?勇者をそう判断した。
少なくとも、ハーレムを作る才能には恵まれていない。
勇者?のハーレムは、一目でわかるほど機能していなかった。
ハーレムというのは権力、金を求める男が一度ならず憧れる夢の所業だ。
しかし、本当のハーレム、というのは作るのは容易くとも、維持するのに困難を要する。
もともと正妻と二人目、三人目の間に、明確な力関係や出身による立場の違いがあり、正妻が最も強く、なおかつ他の夫人達に寛容であれば、うまくいく事が多い。
実際、政略結婚などで一夫多妻になる文化圏では、正妻=一番、という立場をとっている。
内情はともかく。
しかし、世の中にはそう甘い話ばかりは転がっていない。
多くの女性を囲い込むという事は、金銭がいる。
よって、ハーレムの主は働く、もしくは元々金持ちでなければ維持できない。
勇者の場合は、共に旅をして魔物を狩り、素材として売っているので、運命共同体という態で、今はごまかす事が出来る。
しかし、運命共同体ということは、誰が勇者の横に並び立つか、という競争の激化を誘う。
そしてどう見てもこの「ハズレ」な勇者は、誰か一人に対して「一番!」と決めているように見えなかった。
つまりなあなあなのだ。
6人のハーレムメンバーは、常に自分が一番になることばかり考えて、連携もとれそうにない。
もしも本当に魔王との戦闘になれば、一瞬で全滅するだろう。
足を引っ張りあって。
今だって、料理を突き刺したフォークを手に、お互いに殺気を飛ばしあって、同時に「勇者様ぁ」とか甘い声をあげている。
器用すぎる。
ウゴが見たら血の涙を流して叫びそうだ。
「そんな器用さを磨いてどうするんだ、勿体ない!!!」と。
戦えない「勇者タナカ」には、仲間内でのもめ事を許容する余裕などなかった。
常に「勇者タナカ」が一番情けない道化であり、役立たずであることで、一致団結していたとも言える。
ハーレムを見て、羨ましいと一瞬でも思わないのは…男としてどうなんだ?という問題も残るが。
とにかく、現在目の前で行われている、ぐっだぐだの正妻の座争いは、どう見ても泥沼化している。
しかも、「勇者」がそれに気づいていない。
もう、救いようがない。
頭の悪いお坊ちゃんが、ちやほやされて脂下がってんじゃないですわよ、とぷっつんしたマーキンが、無表情の下でイラッとしていると。
勇者と目があった。
ヤバイ、と思った次の瞬間には、勇者はもたれかかってきていた、両側のハーレム要員を突き飛ばし、マーキンの目の前に:縮地で現れた。
自分に惚れている?女を突き飛ばすって…勇者の前に人として問題有りだ。
「勇者」が大袈裟に片膝を尽き、左手を胸に当てる。
右手を…ゆっくりとマーキンへと差し出しながら。
「う、美しい方、どうかボクの側にいて頂けないでしょうか?」
ぎゃあああああああああっっっっっ?!!?!?!
今生初のマーキンの魂ぎる絶叫は、なんとか胸中で響かせるだけに、とどめる事が出来た。




