表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/80

02  エストウラ王国の、首都パスウェトで炊き出しをしてみる

 

 

 

 

 

「…クソ」


 砂埃で白くなった茶色のローブに、フードを目深にかぶった人物は、休日の昼だというのに静かな街を見回す。

 エストウラ王国の首都であるパスウェトは、休日に豪勢な市場が開かれることで有名だ。

 それなのに、今は静まりかえった死の都へと変わっている。


 人はいた。

 飢えで動くことも出来ずに、道端で横になる子供や老人。

 生気のない濁った目だけが、ローブ姿の人物を追いかける。


 家がある人は外に出ないのだろう、すでに出られない可能性もあるが。

 街中が飢えに支配されていた。


「…クソッ」

 ローブの人物は自分に向かって吐き捨てると、一番近い[弱者の神]教の神殿へ足早に入っていく。




「失礼、聞きたいことがある」

「はい、どのようなご用件でしょうか」


 突然の失礼な客にも、神官は顔をしかめたりはしない。

 ただ、その表情は飢えと疲れでやつれていた。

 飲み水の確保で精一杯なのか、垢染みたよれよれの神官服を着ている。


 ここは神殿とは名ばかりの、実際ちょっと大きい民家程度の建物だが、[弱者の神]教は権力や金銭を迎合しないので、どこも大して変わらない。

 信者数だけが多い、貧乏宗教なのだ。


 神官達は信者達から現物で喜捨(キシャ)を受けたり、神殿の庭を畑にしたり、内職をしたりして生活していた。

 信者からして、その日暮らしの貧乏人なのだから、仕方がない。



「カールマン・マルナに会いたい」


 名前は聞いたことがあるのか、神官の目つきがきつくなる。


「神官長様にどのようなご用件でしょう?」


 「あれ?マジで?いつのまに神官長?」とかぶつぶつ言ってから、怪しい奴は頭を下げた。


「申し訳ない、この街のどこかで炊きだしをしたいが、許可の取りかたが分からないので、王国側との仲裁を頼みたい」

「炊きだし…今は、いえ、助かります。

 神官長様はただいま中央神殿にて、飢饉の終わりを祈っておられ…」



 突然バタンッ!と神殿の扉が開かれて、長い灰色のヒゲ、同じ色のふさふさ眉毛の、老獪という言葉がぴったりの壮年の男が駆け込んできた。

 きょろきょろと周囲を見回してから、茶色ローブの人物を認めるや否や、カッと目を見開く。


「どなたですか?

 ……え?し、神官長様?!」


 扉を開いた男性の服装は、あきらかに上位神官のもので、頭に神の意向を代替する者である事を示す、神官長の帽子をかぶっていた。

 あれ?でも、馬車で一時間はかかる中央神殿にいるはず?と、受付してくれた神官が取り乱しているうちに。


「神様ああああああああああっっっっっっっ!!!!」


 どごずべしゃあああああああっと、すばらしい勢いでスライディング五体投地した。


「うわ…ないな」


 顔を擦りむく勢いのスライディングに、ローブの人物は、避けるように後ろへ下がった。


「うええええええええええっっっっ?!」


 真っ青になって叫んだのは受付していた神官だ。

 あらわれるなり、パスウェトにおける[弱者の神]教の最高責任者が、スライディングしたのだ。


 ローブの人物だけは驚いた様子はなく、足下でひれ伏して、地面と一体化している神官長へ声をかけた。


「待ってた、力を貸してくれるか?」

「何なりとお申し付けくださいませ!不肖カールマン・マルナ!全身全霊打ち込みまして粉骨砕身しても神様の望みを叶えてみせまするっ!!」


 それが重すぎるんだよ、とローブの人物は心でため息をつく。

 ちょっとこの国の王様とか貴族とかに「炊きだしやります」って言って欲しいだけだよ、とげんなりしていた。




 ローブの人物は地面に向かい、モガモガ叫んでいる神官長を、立つように促した。

 再び「神様!」と叫ばれたくないので、わざわざ名前まで名乗っておく。


「オレはウゴ。

 ここには炊きだしをやりにきた、だけだ。

 食料を用意するから、周辺なら自国も他国も、困ってる奴らに回してほしい。

 根回しがないと、国内とかいろいろ揉めるだろ?」

「期待にお応えいたします!!」


 神官長は立ち上がったかと思ったら、滝のような涙を流しながら、「神様が我等を助けにきてくださるとは見習い使徒である身としては過分な加護を賜りまして……」と感極まっている。


 受付をしてくれた神官は、噂では真面目で頼りがいのある、寛大なお方のはずなのに…と目前のおかしな神官長と、何故か「神様」と呼ばれているウゴに……ついていけない、と関わらないことに決めた

 容量越えで燃え尽きたとも言う。











「こんな広い所を借りて良いのか?」


 ウゴの目の前で、2〜3階建ての石造りの街並の中に、更地(サラチ)が、歯が抜けたように広がっていた。

 かなり広いので数百人がいても、なんとか回せそうだなと、ウゴはうなずいた。


「休日の市場用地なのです。

 今は市を開く余裕がないため、このような事に」


 あの後、なぜか神官長の情熱的、かつ破壊的な交渉がうまくいったらしく、すぐに上級役人がフォコと呼ばれるショッキングピンクと黄色の、ダチョウ似の鳥でやってきた。

 どうでも良い情報だが、ウゴはフォコが嫌いだ。


「炊きだしなど、ムダでしょうがね」


 と、やってきた役人はイヤミったらしい。

 緊急事態!と急かされたのが気に入らなかった、だけかもしれない。


 その場に集められた神官達も、食料が高騰していて炊きだしができず、不甲斐なさを覚えていたため、役人の言葉に怒りはしても、焼け石に水なのは間違いないと思っていた。


 飢えているのは、首都パスウェトだけで数万人になる。

 どこから食料を調達するのか知らないが、ローブ姿の小柄な人物、ウゴは裕福そうにも権力や影響力がありそうにも見えなかった。

 普段は沈着冷静で老獪、を地でいく神官長が「何を言うかー!!愚か者ォォォォォ!!」と壊れたように暴れるので、何も言えなくなっていた。


「あとは任せてくれ、荷車を早くもってこいよ」


 一人でやるから、とウゴに神官達も役人も市場用地を追い出され、空腹に目を回しながら、食材運搬用の荷車を数台、用意して戻れば。

 ……全員が驚いた。




 市場用地には高い柱が立てられ、日射しを遮る天幕が張られていた。

 机に椅子に、炉まで何カ所も作られて、いくつも並べられた巨大な鍋からは、胃がキリキリしそうな香りがしていた。


 魔法?とでも言われなければ、信じられない。

 こんな便利な魔法があるのか?


 もう、何がどうなっていても良い。

 それを喰わせてくれ!!

 

 という神官達の願いに気がついたのか、フードをかぶったままのローブ姿で、腕まくりだけして、鍋をゆっくりかき混ぜていたウゴが、ほのかに湯気のたつ皿を渡してきた。


「味見してくれ、とりあえず粥だけどな」


 フードの奥に微かな笑顔が見えた気がして、役人までも毒気を抜かれたように頷いて受けとる。

 そして…。


「「「「「「「「はぁぁああああぁ、生きてるって素晴らしいぃ」」」」」」」」

「…なんでだ!?」


 ウゴは「空腹は最高のスパイス〜!」と叫ぶ、神官達+役人を理解できない、という表情で見た。






「とりあえず、1人に1杯だぞ、いきなり腹を満たすと死ぬぞ」


 味見(といいつつ1人1杯しっかり)の後で、神官達が総出で街中に炊きだしを知らせて回ると、匂いにつられて一人、二人と集まりだした。

 どろりとした深皿の中身に落胆する人や、飢えでがっつく人。

 それぞれに違いはあれども、食後は全員が恍惚とした表情を浮かべ、もう1杯欲しい、と鍋を見つめていた。


「いいか、夕方にもう1杯、夜にも喰わせてやる。

 食べられそうなら、明朝からは違う飯も用意してやる」


 だから騒ぐな喧嘩するな、と言外に告げられて、人々は素直に従った。

 普段なら騒ぎになるに決まっているが、この時は皆が飢えていて、暴れる気力も体力も残っていなかった。


 ウゴと名乗ったローブの人物は、女性と言われても納得しそうな小柄だったが、深くかぶったフードの下からこぼれるのは、不遜でやる気のない少年?の声だった。

 相手が誰であれ、食い物に罪はない、と誰もが深皿の中身をかき込んで、うっとりと恍惚の表情を浮かべた。

 ちょうど食べ頃の温かさの粥は、不思議なほど活力を取り戻してくれた。



「動けない奴には持っていってやれ、ズルしたら、夕方のは喰わせないからな」


 ローブの男は偉そうに言いながら、本当に誰が食べたのか分かっているらしく、時々「お前喰っただろ」と何人かを列の外に放り出している。


「ちゃんと(栄養剤入りの)水も飲めよ」


 手際よく飢えた人々をさばきながら、ウゴは困惑している神官達をちらりと見た。

 思いっきり怪しまれてる……とりあえず忙しくさせて煙に巻いておこう、と心に留めた。






 ようやく、集まる事ができたすべての人々へ、粥の提供が終わった後、ウゴは一抱えもある大樽いっぱいのさつまいもを出した。

 この世界にはない食材だが、ウゴはエストウラ料理を知らないので、我流でいくしかない。


「皮はむかなくていい、こいつでごしごし洗って、芽だけ抉っておいてくれ」

 神官達に椅子を勧めて、目の前に芋の山と、水桶、幾つかのたわしとナイフ数本をおいておく。


「夕方までに作りたいから、急いでくれ」

「え…」


 神官長仕えの4人の神官達は、一番信用できるという理由でウゴの側に残されたのだが、ウゴは一番使えないの置いていったな、と思っていた。

 人の誘導をさせれば先頭が分からなくなるし、粥を配るの時はスプーンを渡し忘れるし。

 いっつも神殿にこもって、何もした事がないんだろう、と現場叩き上げのウゴはあきれていた。


 困惑する4人に、ウゴが苛立ちを隠そうともせずに、芋にナイフを突き立てる。

 手本として、芽をぐりっと何カ所か抉ってみせる。


「こうやって芽をとる。

 全身全霊で手伝う気がないなら、帰れ」


 あえて神官長の言葉を使うと、ハッと胸を突かれたような顔をする4人。

 理由は分からないが、心酔する神官長様が、この怪しいウゴとかいう奴を信頼しているのなら、自分達も信頼に応えねば!と、思ったようだ。


「やらせて頂きます!」

「まかせるからな」


 あー面倒くさい、とウゴは考えを巡らせた。

 とりあえず昼飯は弱っている胃腸や消化器をいやす、神の奇跡の御技「神パワー」入りの粥にした。

 夕方は消化と糖質優先の芋粥で追いこんで、夜は魚と野菜と卵で、タンパク質やビタミン等をとらせて…。

 先を考えて献立をたてるのが久しぶりで、少し悩んでしまう。


 同時進行で、飢饉の原因調査はルムス達に頼んである。

 ちなみに神官長は、まだ使徒見習いなので、記憶は前世何代かを持ち越していても、使徒の力はもっていない。

 無理させるとぶっ倒れるから、周辺への食料の配布と、交渉に専念させておいて…。

 情報収集なら、もう1人の使徒か?


 今現在、ウゴには使徒が2人に、見習いが1人いる。

 常日頃ほったらかしで動いていても、いざという時に頼りになるのは、いちおう厳選しているから。

 もう何人かいた方がいいな、と使徒増員の手間とか手回しを思い出して。

 …やっぱり面倒だな、と即座にあきらめた。


「芋の芽をとったら、刻んで水にさらしといてくれ、ちょっと出てくる」

 神官達が背後で何か言っていたが、聞いてなかった。



 

第一の使徒フーガ、アンゴラ似のもふもふ兎人

ウサミミではなく、人間骨格で身長160くらいの赤目白兎(家兎)で、近づくとちょっと気持ち悪い

アーメス嬢も兎人なので、似てるというか兎

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ