45 勇者さまご来店〜!
ウゴはこの「世界」が、これから自分がいる場所だと知った。
神になって750年以上800年未満にもなって、今更というべきだが。
更に言えば、きっかけが呪いというのもおかしいが、世界が[名も無き神]を受け入れているように、ウゴもありのままの世界を受け入れた。
ここが、これから先自分が在り続ける世界だ、という考えはすとんと胸におさまった。
すると不思議な事に、これまで思い通りにならないと感じていた苛立ちや、不便さを受け入れられるようになった。
心の持ち様一つでここまで変わるのか、と今まで感じていた焦りを感じなくなったことに、ちょっと驚いていた。
これまで「神」相手にどう立ち回ろうか、と考えていたのがウソのようだ。
この世界の「創造神」達はウゴと違い、知っている限り「世界」に降りてきたことはない。
神託だ、勇者召喚だ、と好き勝手やっている割に、顕現した!と聞いた事がない。
…降りられない?可能性もある。
とりあえずはイチノセ達が「神」に攫われない限り、問題は起こらないと分かった。
知識としてではなく、直感というべき所で理解した。
しかしウゴ本人の生活は、呪いが解かれても、何も変わらなかった。
いまさら突然、神様普及活動…カミカツ?をやる意味もない。
世界を受け入れても、崇め奉られて敬って欲しいとは思わない、そこはブレない。
何より面倒くさい。
これも変わらなかった。
「イカレ野郎のケツ蹴り団」拠点だったはずの現在、【偏屈ローブの飯屋】は一年が過ぎでも、ウゴ一人で切り盛りしていた。
朝食、遅い朝食、昼食、遅い昼食、夕食、遅い夕食、と営業時間は存在していない。
ウゴ自身が眠る必要がないので、客が来るたびに対応していただけなのだが、団員や団員の知人の知人=ただの客などは、いつ休んでいるんだ?と首を傾げていた。
ウゴの受け止められ方は、次第に変わっていった。
フードを目深にかぶっているのと、客とあまり話さないので、店主?料理人?と未だに論争を呼んでいる。
実際は切り盛りに忙しくて、客と会話をしている暇がないだけだったが。
愛想は無いが、早朝や夜中でもイヤな顔一つせず客を迎え入れるせいで、町の人間達にとって、いつの間にか無くては困る「飯屋」になっていた。
気がつけば看板が【偏屈ローブの飯屋】から【無愛想ローブの飯屋】に変わっていた。
印象が良くなったのか、悪くなったのか分からない上に、名前ではなく「ローブ」呼びのままだ。
ウゴが看板は誰が作ったんだ?とマーキンに聞いても、無表情でごまかされた。
そんなある日のこと。
「ウマいと評判の無愛想ローブさんの定食を、食べさせて頂きたいっ!」
と凛々しい大声が店内に響いた。
うるさいな、とウゴがフードの下から、入り口で逆光を浴びる客を見て……二度見して。
「………勇者キター」
と、いつかのようにつぶやいた。
ウゴのつぶやきと微妙な反応に、たまたま居合わせていたマーキンが見ると、そこには鈍い銀色に
輝く鎧に身を包んだイチノセ以下、勇者一行が立っていた。
期待に顔を輝かせて。
「あ…れ?ショウゴ???」
「ウゴさん?!」
「え…兄、さん?」
「…あ?本当にウゴさん?」
「………神キター」
口々にウゴと同じように微妙な反応をする一行に、ウゴは「よぉ」と軽く手を上げた。
「…こんな、えー、こんなというか、えっと、何してるんですか?」
こんな町、と言ったら蔑称になる、と気がついて慌てるイチノセ。
イチノセの言葉にウゴはニヤッと笑うと、カウンターの前まで出てきて、大袈裟に両腕を広げた。
「神の店へようこそ?」
「「それ前にやったからっっ!!」」
スズキとタノクラに盛大につっこまれた。
謎の来訪者(勇者一行)にピリピリしていた店内の雰囲気は、一気にゆる〜くなった。
「美味しいっ」
「美味しいね」
「うまいなぁ」
「これ、本当に変な力(神パワー)は使ってないんですか?」
「兄さん、グッジョ(ブ)!」
見事すぎる鎧姿の黒髪、瞳の男が率いる一行がウゴの知り合いと分かり、店内の空気は緩みきった。
しかし、カウンターを占領して食事している謎の一行を、ケツ蹴り団員や、団員の知人の知人の知人、もといただの住人等は、どうしたらいいんだ?という表情で見守っている。
謎の一行が、帝国の紋章を軽鎧に刻んだ正規兵を30人程連れていたからだ。
イチノセ曰く、一方的に懐いて付いてきていたらしい。
そんな訳ねえだろ、とウゴが言うと、イチノセも心底困惑したように「いや、本当にどうしたら良いのか困ってまして」と言い出す。
誰かが給金払っているから、付いてきてるんだろ?と聞いたが、しっかりしている筈のスズキや、タノクラも分からないと答えた。
肩書きと出所はともかく、監視にしては多すぎるし、勇者より弱いので護衛の筈もない。
その兵士達も、始めは「仕事中です!」という態度をとっていたのだが、イチノセ一行が「うっはぁ!うんめぇ」とか「くぅぅぅ、これこれ!」とか、普段とまったく違う素の状態で過ごしているせいで、非常に困惑していた。
兵士達の視線が「無愛想ローブ」すげえ!なのか、やべえ!なのかは分からない。
勇者様方って、こんなほのぼの系だったか?と盛大にクエスチョンマークを浮かべている兵士までいる。
「よろしければ、いかがです?」
マーキンが大皿に山と盛った、甘辛ダレかけベンサの竜田揚げ風と、切れ目を入れた発酵パンの山を兵士達のテーブルに置いた。
いつの間にかマーキンと仲良くなったペッツィが、黒ローブをしっかり着込んだ格好のままで、その後にピクルスの盛り合わせの皿を持って続いていた。
本当はレタスっぽい野菜も付けたいが、とウゴは兵士達を見る。
文明度からの衛生管理と、野菜に使用している堆肥の問題で、野菜の生食はできない。
神パワー作の野菜ならいいのだが、一度やり始めるとキリがない。
「いや、我等は仕事が、その」
ふわりと漂う湯気と共に、油と香辛料の香りが充満して、兵士達の鼻がひくひくと動いてしまう。
非常に腹が減る匂いだ。
「…これにこうやって挟んで頂けば、片手で食べられますから、冷めない内にどうぞ」
マーキンは、竜田揚げ風とピクルスを挟んだものを、手早く一つ作ると、有無を言わさずに隊長っぽい兵士へ押し付けた。
さすが百戦錬磨のマーキン、すごいな!とウゴが見ていると、ペッツィが兵士達をぐるりと見回した。
「お、お作りしま、すよ」
なんだ、このたどたどしさ、初々しさは。
ウゴの知らない内にペッツィのキャラが崩壊していた。
兵士達は隊長?の手の竜田サンドを見て、つばを飲み込んだ。
今にもよだれを垂らしそうな顔をして、周囲の兵士達を見回す。
「た、隊長」
「………うむ」
「た、隊長!」
「…うむ!」
ウゴがしばらく見ていると、兵士達は心を決めたらしい。
「「「「「「「あ、あるだけお願い致します!」」」」」」」
…どうやら、何かに負けたらしい。
「うまっ、本当にうまいな!」
「帝都にもこんなうまい飯屋はないぞ」
「何もんなんだ、あのチビローブは」
あの後、マーキンとペッツィによって作られた竜田サンドは、追加された野菜スープと共に、あっという間に兵士達に喰い尽くされた。
皿に残るタレすら舐めそうな勢いだった。
兵士達まで籠絡した料理の腕前に、メイナリーゼは若干恐れをいだきつつ、ウゴのローブの下を見つめてみる。
勇者じゃなくて料理人になってたら、苦労せずに済んだんじゃないの?とか言ったら泣くかも?
「ん?デザートか?」
……気がついてる?と顔に出そうな表情を押し込めるメイナリーゼ。
もう、メイナリーゼが子供ではない、と。
この春で21歳になって、身長も少年ウゴより少し低いくらいまでは伸びている……小さくて悪いか。
どこからどう見ても立派な大人の女性だ(と思う)、ちょっと凹凸は少ないけれど。
前世でも凹凸は少なかったので、今世では期待していたのに…。
ただ、ウゴの提案は非常に喜ばしい。
デザートなんて、この世界に来てからはウゴにしか作ってもらってない!
お茶の時間はあっても、まず紅茶もコーヒーも無いし、ラードっぽい獣脂入りのスコーンやショートブレッドっぽい、パサ付いた焼き菓子くらいで、バターもチーズも量産されていない。
嫌いではないがそれしかない、となると味気ない。
スパイスや砂糖は高い。
チョコレートや生クリームなんて夢のまた夢の中だ。
…そうじゃなくて!
とローブの下から覗いたウゴの光のない黒瞳に、メイナリーゼは胸を突かれた気がした。
「……なんだ」
ぽつりとつぶやいて、メイナリーゼは口元が緩んでいるのを自覚した。
ウゴは、見た事がないほど穏やかな瞳をしていた。
田中亜美の見た事のない[名も無き神]がそこにはいた。
チノカの元を去ってからずっと気にしていたのに、ウゴはもう自分でケリを付けたらしい。
もう、田中将吾はいない。
だから、田中亜美を続けなくて良い。
それでもメイナリーゼは、「兄さん」と呼べる相手がいる事が嬉しかった。
「それで、勇者様?がウゴ様の飯に惚れてるってはマジなのか?」
「もちろんです、他では決して食べられませんから」
いつの間にか来ていたモズとイチノセが、一見和やかに会話している。
イケメン二人が並んでいるので、気のせいか女性陣から向けられる視線が熱い。
「………で、あんた等はウゴ様が何なのか知ってんのか?」
「ええ、もちろんです」
「フン、喰えねえな」
言外に貴方も知っているんですね?と問われたモズは、イチノセの威圧入りの笑顔に毒気を抜かれたように鼻を鳴らした。
これにはウゴも驚いていた。
イチノセは交渉が上手いタイプではなかったはずだが、色々と経験を積んでいるらしい。
「彼は、とても大切な友人です。
………分かってくださいますよね?」
なんか分からんが、イチノセがモズを脅している?とウゴは思わず手を止めてしまった。
ぼたり、とスプーンからゆるめの生クリームが落ちた。
「もちろんだとも」
「そうですか、本当によかった」
モズは精霊を呼び出して、くるくると周囲を飛び回らせながら、イチノセを威嚇した。
タノクラとメイナリーゼが興味津々の様子で、精霊の光を目で追っていた。
「「ふふ、はははははははは」」
…ウマがあったらしい。
楽しそうに笑っている?イチノセとモズから意識を戻して、ウゴはタルトの上に生クリームを一すくい乗せた。




