41 ギョニソ登場、モキュッ!
服屋を数店舗まわるうちに、黒髪と黒瞳さえ隠せれば、ウゴにはこだわりがない、とマーキンは気がついた。
つまり、帽子とゴーグルを装備して、下着一枚でもイケるかも?!と思っていた。
ウゴ本人の意見は「ごく普通の服装」なので、嫌がるだろうけれど。
現在のウゴの体格は、この世界で鍛えられる前の15歳時点(帰宅部)なので、普通の華奢な少年でしかない。
幼い頃から働くこの世界においては、少女?と見間違えられる体格。
身長も伸びる前なので、150程度。
顔立ちも、この世界でも元の世界でも美形からは遠い、あっさりのっぺり平凡醤油顔なので、どんな格好をした所で「キャー素敵ー!」とならないが、マーキンには関係ない!!
そもそも「キャー素敵ー!」とか言われた時点で、ウゴは本気で逃げだす。
相手は未知の魔物だ。
歓待後に毒殺とか、上げて下とすどころか、上空に飛ばされてから埋められるような経験を経て、ウゴはこの世界の女性が、決して自分の外見目当てに寄ってこない事を知っている。
平安美人と現代美人くらい価値基準が変われば、モテるかもしれないが、約800年の間でそこまで極端な美的感覚の変化は見られていない。
今日一日は、夢のようです。
とマーキンはこれまでに選んで、ウゴがぎりぎり許容してくれた服を思い出す。
…地味だ。
マーキン基準では地味すぎる。
もっと、神様らしさを前面に出せるような、後光が射してみえる服をっ!!
と、絶対ウゴが着たがらない装飾過多の服を妄想していた。
ウゴは、すでに帰りたかった。
思い出すだけで、えー、8着?は買った。
マーキンが値切りまくって、交渉にがっつり時間をかけて、8着。
多いのか少ないのかは知らないが、2着もあれば事足りるので、すでに多すぎた。
無地白シャツと刺繍白シャツ、灰色シャツと、無地焦げ茶シャツ、ズボンが無地苔緑と銀刺繍の濃いネズミ色。
ローブが2つ、濃いネズミで白の刺繍と、濃い青で銀の刺繍。
…全体的に派手な刺繍がいらない。
むしろローブだけで良い。
下に着る服は、神パワーでごまかすから。
さらにはもっとこう、地面と同化しそうな色が良い。
むしろ、そこにいないと思われるくらい同化したい。
目立つのイヤだ、良くも悪くも!
まったく、伝わってないんだろうな、と息巻いて店員と話しているマーキンをぼんやりと見つめた。
使徒も竜も忠誠心が重すぎる。
結局、9着目はマントを買った。
オブゥのなめし革に圧縮したフェルトを縫い付けた濃い柿色で、金の刺繍が施された一級品、らしい。
色の選択は、夜闇に紛れて目立たない色なのだが、刺繍…いらないんだよなーと、ウゴはマントを見た。
町の外で行動するのにマントは必需だが、ウゴは【偏屈ローブの飯屋】が出来てから、一歩も町の外に出ていない。
というか、ウゴはベンスルに着た時もマーキンを基点に跳んできているので、町の外がどうなっているのか知らない。
ウゴにとって、マントは不必要な買い物の極地だった。
マーキンが幸せそうなので、使徒孝行になったのだろうか、と考えないでおく事にした。
そんな風に、忙しくも代わり映えのない日々を過ごしていたが、フーガから『通信』が入った。
店を始めてから、マーキン曰く半年経っているそうだ。
そんなにか、としかウゴは思わなかったが。
『通信』で詳しく聞いて、フーガが疲れ果ててはいけないので、ウゴは店を休みにして、『検索』で見つけたモズに「しばらく留守にする」と告げるなり、さっさと跳んだ。
モズは突然目の前に現れて、再び消えたウゴに、腰を抜かさんばかりに驚いて。
「え?あれ?マジで神なのかよ?」と慌てふためいた。
ハンバ王国のグラナガン卿の部屋に跳ぶと、フーガが平伏してウゴを出迎えた。
「何があった?」
ここしばらくはウゴを見ると「出てこないで下さい」と泣きそうになっていたにもかかわらず、フーガはモフモフの毛皮の下で顔色を悪くしていた。
この表情は、ウゴに迷惑をかけて申し訳ない、という顔か?
500年もつきあっていると、なんとなく分かる。
「勇者様一向からの連絡が途絶えました」
フーガは手に持っていた通信用魔道具を、ぐっと握りしめた。
ウゴの知らないうちに、イチノセ達と定期連絡の約束でもしていたらしい。
さすがはフーガ!気が利くな、と思いながら、ウゴは疑問の言葉を口にした。
「…オレには何も……っ!」
加護の腕輪は反応していない、と考えて、ウゴは一番の懸念を思い出した。
「ついに出てきたか?
フーガ、何かあったらまかせる」
「謹んで拝命承ります!」
にたりと笑ったウゴの命令に、フーガもまた歓喜の表情を浮かべた。
それは完ぺきな狂信者の笑みだ。
主人の喜びは従僕の喜びだ。
ウゴがついに念願の「邪神」を見つけたとすれば、使徒であるフーガが喜ばないはずがない。
「神」との戦いでウゴが傷つくとしても。
その時はフーガの持てる全てを使って、命さえ燃やして「神」に一矢報いるつもりだ。
使徒として、伊達と酔狂で500年を仕えた訳ではない。
ウゴはフーガを横目に『検索』をかけて、イチノセ一行を捜した。
場所が…よく分からない。
何かの結界の中か?
結界に阻まれているせいなのか、イチノセ達の周囲には、神の気配も魔王の存在も感じない。
また、罠か?
勇者時代にカミュと王女が楽しそうに、お互いの策を話し合う姿を見たが、「神」もそんな感じでウゴを嵌めようとしているのだろうか?
そうだとしても、駆け引きは無理だとウゴは跳んだ。
暗闇。
完璧な。
ウゴの跳んだ先には、暗闇だけがそこにあり、温かいような涼しいような、湿度も適度な快適な空間に満ちている。
むせ返るような土の匂いに包まれていた。
ウゴは自分がどこにいるのかを、濃い土の匂いと、複数の敵意で察知した。
「……ぅぇー、最悪だ」
ウゴはフンと鼻を鳴らして、目の前に音もなく迫っていた刃を、指先ではさんで止めた。
ウゴにとって戦いでなければ、コレくらいの芸当は朝飯前だ。
真っ暗闇なので何も見えていないが、分かるのだ。
当たった所で、痛っ!ちょっと刺さった!くらいなのだが、痛いのはやっぱりいやだ。
邪神を期待していただけに、今のがっかりがひどかった…。
「…チノカ、に、ショーゴ、が、来た、と、伝えろ」
ひとつずつゆっくりと言葉を区切りながら話すと、ゆっくり10は数えられる無音の後で、耳のすぐ側でくぐもった声がゆっくりと響いた。
「…デキヌ話ダ」
「み…いや、チノカに追放されても知らないぞ?」
「…ッ、シバシ待テ」
軽く答えながら『威光』を振りまいてみると、ざわめきと共に、周囲を囲んでいた複数の気配が消えるのを感じた。
慌てふためいて逃げていくのを感じる。
しかし、ウゴは内心でため息をついていた。
油断していたとはいえ、もう少しで『皆殺しにしてやろうか?』と言いそうになった。
なんだよソレ、オレはそんなキャラじゃない、と自分にツッコミたくなる。
久々にイライラする。
この精神状態でヤツに会いたくないなー、と帰る事も考えるが、イチノセ達を放っておくのはマズいよな、と気持ちを切り替える事に意識を向けた。
「ヤァ、[名も無き神]久しぶり、待ってたんだよぉっ」
「あ、そ」
「久しぶりなのに、ひどいなぁ、愛しているよチノカ☆って言ってくれないのかい?」
「………」
たった一人で伴も連れずに、暗闇の中をよちよちと二足歩行で現れたのは、ほのかに桃色がかった肌を持つ巨大魚肉ソーセージだった。
全高2メートルくらい。
見上げるウゴの目からは、そう見える。
手足は細く短い、さらに胴長の上、全裸なので、どう控えめに見ても魚肉ソーセージだ。
見上げるほどデカイ、ということを除けば。
周囲は闇なので本来は見えないのだが、今のウゴには光があってもなくても関係ない。
見ようとすれば見える。
チノカの丸みを帯びた頭の両側についた小さな目は濁り、実際ほとんど見えていないのだが、くるくると面白そうに動いている。
見えない目の代わりに、鼻は常にスンスンと匂いをかぎ続け、小さな耳も人には聞こえない音を拾う事ができる、という。
少し突き出た口元には巨大な門歯が一対あり、話すたびにカチカチと音をたてる。
正直に言うと不気味だ。
ここは地人族の住処にして地底要塞、他の種族からは存在を知られる事もない、ただ一種のみで地底深くに生きる民の領土だ。
チノカは地人族の族長、父親であり王を長きに渡り務めている。
疑うまでもなく実力はある。
だが問題は!チノカの最大の問題は!性格だ。
元創造神の内の一柱にして「一ノ神」、チノカはもっきゅっきゅっ♪と笑いながら、するすると歩み寄ってくる。
一ノ神からとってチノカって、名前が適当すぎる。
チノカのやる事なす事、全てが適当に見えるのに、垣間見える神時代の知識や洞察力、明らかな作為がそうではないと言っている。
この際、見た目のキモさはほっといても良い!
ただ苦手だ。
ウゴはチノカが苦手なのだ。
イチノセ達を捜して、この地底要塞に到着するという事は、失踪にはチノカが関係している。
この地人族自慢の要塞は、全体を強固な結界で覆われている。
ウゴは通り抜けられるが。
勇者であっても、地人族の存在を知らないイチノセ達が、迷い込めるはずがない。
「勇者に何の用だ?
オレの加護に気づいただろうが」
久々に見てもやっぱりウザイ、とイラッとしながらウゴが言うと、チノカは顔をモキュッと歪めた。
可愛くない。
いや、キモ可愛い?
「心外だな〜、理由があるんだよ?」
傷ついたような素振りをしていても、楽しんでいるようにしか見えない。
目を細めて、裂けたような口角をぐいっと持ち上げた、モキュッという効果音つきの表情のせいだろうか?
「どんな理由だよ、勇者を喰って神に戻ろうってか?」
「勇者が美味しいんなら、考えてあげてもいいよっ☆」
なぜそこでノッてくる?
チノカがうねうねと腰を振りながら近づいてくると、どこから見ても皺のある魚肉ソーセージにしか見えない。
ウゴは普通に後ずさる。
近寄りたくない。
チノカの細い指には爪が備わっているが、これは土を掘るためのもので、武器としての性能は期待できない。
強度はあれども、長さがない。
しかし地底数百メートルで土を掘り起こせる力は、侮る事ができない。
過去のウゴが抱きつかれ、焦って神パワーを使うのを忘れる程度には、拘束力がある。
「そう逃げられると、本当に傷つくんだけど…」
「お前が悪い、オレは同性愛者じゃない」
「?……僕も違うよ?」
チノカは本気で分からないという口調だ。
しかし、過去にセクハラまがいの行為をされたウゴにとっては、否定すんな!と言いたい。
言った所で、まったく改善しないので、耐える。
温かくて産毛の生えた魚肉ソーセージに抱きつかれ、耳元でもきゅもきゅと囁かれながら、腰を振られるのは恐怖体験だ。
そう思っても、口にすると喜びそうなので、言わない。
「もう良いから、さっさと案内してくれ」
「はーい、こっちだよ」
チノカに促されて、ウゴは暗闇の中を進んで行く。
魔法、スキル、固有能力、なんでもいいが暗視能力がないと地底では暮らせない。
ウゴは神パワーでごり押ししているが。
歩いて行く途中で、チノカに許可を得てから、弱々しい光の玉を飛ばしておく。
蛍が飛ぶようにゆらゆらと漂う淡黄色光。
地人族は光に弱いので、せいぜい豆球程度の灯りだが、暗闇の中で周囲を認識するには十分だろう。
迷路のように分岐した要塞内をしばらく進むと、大広間と言える規模の空間に、数人の人影がへたり込んでいた。
その周囲を地人族が遠巻きで囲んでいる。
……ギョニソ多すぎだ。
囲まれているイチノセ達は、見たところ怪我もなく全員揃っていた。
ウゴはホッとして、弱光玉をいくつか素手で掴むと、そちらに向かって歩き出した。




