40 「偏屈ローブの飯屋」開店!?
翌日、ケツ蹴り団が拠点にしているという場所へ、モズ団長がウゴを連れてきたのだが。
「………」
ウゴの無言の反応に、モズは居心地が悪そうに喉を鳴らした。
「ゴホン、あー、そのな、あんまり使ってないんだよな。
なんかあると酒場を借りるから」
案内されたのは、ベンスルの町民居住区から少し離れた、商店区に近い倉庫。
元々どこかの商店が倉庫に使っていたのだろう、と考えられる。
扉を開けると、中はがらんどうだった。
藁を詰めたマットや、毛布が数枚置いてあるだけ。
椅子もテーブルもない。
床には分厚い埃が積もっている。
どう見ても拠点じゃないよな、と言いたげなウゴに見上げられて、モズは乾いた笑いをこぼす。
普段、ケツ蹴り団の団員達は、数人で組んで依頼を受ける。
総勢24人で受ける依頼など、そうは転がっていないからだが、モズが厳しく平等に仕事を受けさせようとしないのも原因だった。
平等にする理由もないが。
やる気が無いヤツに、仕事をさせるのは大変だ。
あまりにもさぼり続けるとクビにするけれど、モズはその辺りの考え方がユルい。
モズは団員達の交流の少なさも、信用度頭打ちの原因ではないか、と考えている。
そのための料理人雇用のつもりだった。
拠点を整備して、団員達の交流と士気高揚の場を作れば…と考えていたのに、冷静になってみれば、こんなキワモノな料理人を雇っていた…。
自称[神]だぞ…。
あの時は飯の美味さと、ルシェの話に呑まれたんだよ!と自分に言い訳をしておくモズだった。
「金」
「へ?」
「金」
「……あ、ああ」
いつでも飯が喰える場所にしてほしいなら金くれ、というウゴの言葉に、モズは50000ハブを渡す。
(1ハブ=10円くらい)
「これじゃ足らないと思うが…」
モズは申し訳なさそうに言ってくるが、ウゴは別に良いと手を振って答えた。
もっと出せと言った所で、懐具合に余裕がないだろうことは、考えなくても分かる。
モズ自身が金を稼ぐ事に対して執着していると、思えない。
あれだけ自由気侭な、風の精霊の加護を受ける人物が、勤勉で生真面目な人柄の訳がない。
まぁ、とりあえず神パワー初期投入して、団員から一食あたりで徴収して、食材に還元だな。
と適当に算段をつけておいて、溜息をついたモズを見上げる。
「………」
何か言いたそうなので、ウゴは無言で待つ。
「……ハァ、ウゴ様、とりあえずよろしく」
「こちらこそ、よろしく」
やる事はきっちりやるぞ、とウゴは少しだけ肩をすくめて見せた。
ウゴはモズに呼び出させた団員達を、手足のようにこき使って、マーキンにも程々に手伝ってもらって、倉庫の改修や物品購入、搬入を済ませた。
金銭的に大工を雇う余裕がなかったので、倉庫の奥3分の1のさらに8割を、神パワーでカウンターと厨房に改装。
残りの2割は壁を作って、ウゴのハンモックと安楽椅子置き場(昼寝用)にした。
当分ここで過ごす事になるのだから、居場所が必要だ。
改装自体はとてもスムーズに進んだ。
倉庫の壁を数カ所ぶち抜いて、謎素材の巨大な窓をはめごろしておく。
思いたって、倉庫の強度補強のついでにランプ追加しておいた。
暗いのは嫌いだ。
気が滅入る。
昼寝スペースは、元の世界基準の鍵を扉につけて、マジックミラーを使ってサンルーム化しておく、壊せない、開けられない基準で作っているので、謎素材による照明も完備。
厨房には神パワー制作のかまど、汎用性の高い炉も用意。
広い作業台と、換気機能も設置。
水汲みが面倒くさいので神パワーで水脈検索、地盤補強後、厨房内に井戸を掘って水場も作る。
汲み上げポンプは、文明度からマズいかもしれないので保留。
厨房内はウゴがいなくても使えるように、見られても困らないようにしておく。
ただ、排水の濾過設備だけは神パワーで強引に作った。
未だこの世界の生活排水は垂れ流しなのだが、異世界だからと環境を汚したくないため(「世界」に悪いので)、自前で濾過設備を準備した。
設備の中身は、ウゴにもよくわからない。
これが知識がある人だったら、活性炭を利用した〜だの微生物によるなんちゃら〜、だの分かるのだろうが。
神パワーの、謎の利便性に首を傾げたくなるのはこういう時だ。
詳細な知識を持たないものでも、なんとなく、で作れてしまう。
食器類や食材は本物をマーキンに購入してもらい、テーブルや椅子は、団員達に集めさせた。
ウゴが使わない所は適当で良い。
団員達が不便だと思えば、勝手に揃えるだろう、と放置しておく。
ある意味当然なのだが、ウゴは倉庫から一歩も出ないで良くなった。
海の家に帰ると、時間の感覚が欠如しているため、数日〜数ヶ月行方不明になってしまう。
食材購入などは、マーキンが無表情で嬉々として行うため、口出しできない。
同伴すると言えば喜ぶのだが、なぜか荷物を持たせてもらえないので、マーキンをこき使っている感じになって、側にいづらくなった。
手元にある材料で作る、というのは元の世界からの常だったので、苦労しない。
元倉庫の溜まり場が完成して、いざ料理を始めると、朝から晩まで団員が入り浸り始めた。
モズとしては、思った以上にうまくいった!と喜ばしかったのだが。
いつのまにか団員の知人、団員の知人の知人、知人の知人の知人…もうお前等赤の他人だろ!!
になっていく。
ウゴも、これはただの食堂じゃないのか?と困惑している。
これまでまったく活用されていなかった拠点だというのに、今は常に騒がしい。
酒も置いてないのに、なぜ?
朝食つくって、寝坊したヤツの遅い朝食、昼食、遅い昼食、夕食、遅い夕食…って気がつけば一日中食事を作っていた。
飯作るとき以外は、ハンモックでゴロゴロしている、もしくは安楽椅子。
ある日、気がついたら倉庫の外に看板がかかっていた。
外観を倉庫のままでいじっていないので、知人の知人の知人あたりにも分かるように、という配慮が透けて見える。
……【偏屈ローブの飯屋】?
そもそも飯屋じゃないし、誰が偏屈ローブだ!!!
と思ったが……どう見ても違和感満載の姿はさらせないし、ほとんど誰とも会話してない。
これじゃ偏屈と思われても仕方ないのか、とウゴは軽く落ち込んだ。
実際は会話したくないのではなく、何を話したら良いか分からないのだが。
だって、この世界の話題、知らないんだもん!
とか、茶化して思ってみた所で、会話の引き出しが増える事もない。
「なんか、思ってたのと違う……」
ウゴのつぶやきは誰にも拾われる事は無かった。
忙しすぎて、イライラしている暇がないため、ウゴの目的は果たされていた?
「一食100ハブ(1000円)、大盛り120(1200円)」
「じゃあ大盛り3つ!」
満面の笑みの男に、ウゴはお前ダレだよ?と思いながら、日替わり定食を用意する。
鶏のような味の鳥、ベンサが今日のメインだ。
翼の色は雄雉を思わせる緑と青で、一抱えもあるサイズなのだが、魔物ではなく普通の動物だ。
ちなみにこの町の名前「ベンスル」の起源でもあるらしい。
起源なのは聞いたが、理由は知らない。
「ベンサの照り焼き風定食」が今日の日替わりだ。
照り焼きって何だ?という意見は今の所ない。
美味ければ何でもあり!と思われているらしい。
「定食」自体も、何だろう?と思われているのだが、とりあえず。
パン←炭水化物
メイン←タンパク質
汁もの←ビタミン、ミネラル
副菜←ビタミン、ミネラル追加
の大抵は4品で定食にしていたので、客側は「いろいろ食えるのがテイショク」と考えていた。
というか、「定食」とかいっている時点で「店」扱いになっていると、ウゴ本人だけが気がついていない。
ウゴがケツ蹴り団拠点で店?を始めてから、食材の持ち込みが増えた。
これまでは外に出る仕事で、偶然獲物を仕留めても、直接肉屋に売るくらいしか無かったのだが、ウゴが食材持ち込みで食事代をタダにしたため、持ち込みが増えていた。
肉屋に売った方が儲かるのだが、その場で食事と交換というのが、欠食児童の団員達にウケたらしい。
団員以外にまで。
もちろん持ち込んだ獲物にムダな傷がなく、血抜きがしてある事が前提だが。
神パワーを使わずに過ごすと、地味にいろいろと面倒くさい。
いつのまにやら、ウゴ本人が知らないうちに【偏屈ローブの飯屋】は町一番のお食事処になっていた。
団員以外が入り浸っていても、ウゴがそれを「金払えば良し、騒がなければ良し」と見逃していたせいで、「店」扱いになっているのだが…まだ、気がついていない。
ウゴだけで、30人は入れる店を切り盛りできる事もおかしいのだが、客側は気がついていない振りをしていた。
おかしくね?と指摘したら「偏屈」だから店をやめちゃうかも!?と思ったのだ。
こんなに美味いのに!
【偏屈ローブの飯屋】は、すでにマーキンの支持する「頰が落ちて、腰が砕けて、足が震える料理」を提供する場になっていたのだ。
それだけこの世界の料理事情が貧しいともいえる。
ウゴには異世界で育った味覚がある。
生活は豊かではなかったが、祖母が亡くなるまでは、スーパー売りのパック入りケーキなども食べられた。
売り上げから「ケツ蹴り団」に還元しろと言われるかと思ったのだが、モズは「稼いだ分はお前の取り分」と言ってきた。
食材に回しても、持ち込みが多いせいで金が余る。
ベンスルの町には、[弱者の神]教の神殿もないので、寄付もできない。
ウゴ自身の衣食住は金が不用。
趣味もないし、酒も、博打も、噛みタバコとか無理、女を買うとか興味もないし、で金が余っていた。
貯金?
とりあえず神パワー使った分を考えて、ずっと着たきりだったローブの他に、服を買う事にした。
「こちらがよろしいと思いますわ」
マーキンの言葉に、ほぼ燃え尽きているウゴは、こくこくと頭を上下動する。
洋服屋行脚は、すでに3店舗目だ。
ウゴは古着でも良かったのだが、マーキンに「服を買う」相談をした所、一日、休む事になってしまった。
モズにも「なんで休まないんだ?」と聞かれたので、休むのに反論はない。
だが、これって、休んでないよな?
少なくとも精神的には、食堂扱いの日々が楽だ。
「まぁ、これも素敵」
こくこく。
「こちらも似合うのではないでしょうか?」
こくこく
「…このスケスケはいかがでしょう?」
こくこく
「ごくり、…このアミアミでほとんど布地の無いこれは?」
こくこ…びくっ!?
「いや、それは無理だろ!」
「……なんで、そこで正気づかれるのです?
本当に残念」
最後の一言は聞こえないように小さくつぶやかれたのだが、ウゴの耳には届いていた。
「残念じゃねえ!!
誰がそんな変態装備するか!!」
「………申し訳ありません」
「え?!え、おい、泣くなって」
普通に怒ってしまい、マーキンがはらはらと涙を流す姿に遭遇したウゴは、神らしくない慌てっぷりを披露した。
ちなみにマーキンは「着てくれないなんて、ショック〜!」と泣いている。
だが、ウゴは「怒って泣かせてしまった!」と慌てていた。
マーキンは慌てふためくウゴの姿にうっとりしつつ、「やっぱりこの姿ならイケるんじゃね?」と内心で拳を握りしめていた。




