38 眷族:NEW!
険悪な空気が再び店内に満ちて行く中、不意にモズの周囲を漂っていた光が、ふよふよとウゴの近くへ寄ってきた。
…3匹か。
思わずスープの鍋をテーブルに置く。
てっきり、ポタージュスープを狙っているかと思ったのだが。
〜カミ、カミサマ、ヒトのマチ?〜
「…まとわりつくな、意外とウザいなお前等」
風精霊は遠くで見ている分には美しかったが、近くに寄ってくると、チクチクと肌を刺すような刺激を感じた。
しかも、ウゴに触れようとしているのか、口を寄せてくる。
手で触れようとするならともかく、口かよ、とウゴは思いつつ、手で払いのけようとするのは我慢した。
それでも、チクチクして気持ち悪い。
〜シツレイなカミ、コワイ、オイシソウなチミャク、アジ〜
「は?どういう意味だ?」
「お前、誰と話してんだ?」
「待て…」
ウゴへ向かって団員の一人が声を荒げるが、それをモズが手で止めた。
口を開けて、信じられないという表情をしている。
風精霊を見るだけでなく、会話もできるのは珍しいことなのか?とウゴは目撃者が多いことに、舌打ちをした。
目立ちたくないってのに。
そして、この風精霊達はどうやら、ウゴが地脈に神気を流した事を知っているようだ。
…というか、美味しそうな地脈ってなんだ?
〜オイシソウ、チミャク、オナジ〜
「…は?」
風精霊達はくるくると明滅しながら、ウゴの周りを高速で回り始める。
ウゴに執拗に口づけを繰り返しながら。
チクチクして、鬱陶しい。
〜〜〜オイシイ、オイシイ〜〜〜
光に囲まれながら、肌を針でつつくような刺激が続く。
ウゴはイライラし始めた。
遠巻きに見ていた「ケツ蹴り団員」達の顔が、あからさまに強ばっていく。
…どうやら、団員達にも風精霊の姿が見えだしているらしい。
「ウソだろ、あれって」
「きれい」
「なんだあれ?」
口々に団員がつぶやく中で、モズだけが真っ青になって立ち上がった。
風精霊達が何をしているのか、やっと理解したらしい。
「ウゴ様、逃げろっ!!」
いまや風精霊達は、ウゴの纏っているわずかな神パワーを食べようと、まとわりついていた。
「神気」を食べた事で「上位風精霊」に格が上がって、精霊に適正のない一般人の団員達にまで、姿が見えるようになってきていた。
チクチクチクチクと、鬱陶しい。
ウゴの纏っている神気は『創造』の残滓で、喰われても痛くも痒くもないが、許可を得ずに一方的なのが気に入らない。
モズが焦って、慌てているのを遠く見ながら、ウゴは静かに片足を踏み出した。
肉体を持たない精霊を威圧する方法を考えながら。
『圧迫』
ウゴの一言で、風精霊達は3段階くらい暗い、豆球くらいの明るさになり、ふよよよ〜と床の上に落ちてぴくぴくと痙攣している。
思ったよりもうまくいったので、とりあえず一匹ずつ軽く踏んでおく。
亜美に言われたように、靴を履いておいてよかったと思いながら、ぎゅむっと重さをかけずに踏みつける。
手で触れてチクチクしたくなかった。
〜ぎゅえェ、あばしゃぁ〜
〜むぎゅ、にゅあぁ〜
〜あだだだだだ、ごめんなさいぃ〜
3匹のうち最後の1匹だけ、先ほどよりも聞き取れるように喋った。
発音が片言よりも滑らかになっている。
全員?体が一回り大きくなっていて、光も強くなっていた。
床に転がっているのは、直径15センチくらいの光の玉だ。
どうやら、少し知能が上がった?
踏んでみて分かったが、精霊は空気の抜けかけたゴムボールくらいのかたさだった。
ムニュッとして、気持ちいいモノではない。
できれば2度と触りたくないな、と思いながらウゴは精霊達に話しかける。
「いいか、勝手に人の力を喰うな。
言う事を聞くなら、少しくらい分けてやる」
それを聞いた上位風精霊は、嬉しそうにチカチカ点滅した。
〜おいしい、くれるうれしい〜
〜ごしゅじんさまだ〜
〜御仕えいたしますっ〜
あれ、なんかイヤな予感がする。
今、御主人様って言ったよな。
…こいつ等、眷族化してないか?
ウゴは前にもこんな事あったな…と竜族との出会いを思い出し。
モズ団長!否定してくれ、フォローしてくれと願いつつ顔を上げてみると、モズを筆頭に団員達は凍り付いたようにウゴを見つめていた。
…やっちまったらしい。
本当にオレって学習しないなぁ、とウゴは盛大にため息をついた。
「イカレ野郎のケツ蹴り団」団員達は、目の前で今起きたばかりの事を、どう受け止めるべきか困惑していた。
彼等にとって、モズ団長がすごい力を持っている、というのは周知の事実だった。
時々きれいな「光の玉」が見える!と言う団員もいて、モズ団長はすごい!っていうのは、団員達にとっての誇りになっていたからだ。
…今、入団希望者のクソ生意気なチビ=ウゴとか言うヤツが、団長のなんだかすごい力を、足蹴にしたような?と団員達は見ている事しかできない。
しかも、モズ団長のすごい力が、変な事を喋っている。
〜ごしゅじんさまっ?〜
〜わーい、ごしゅじんさま、ごはん〜
〜御主人様!我等にご命令を〜
…やっぱり聞こえている。
しかも手の平くらいの黄緑色の光が、ウゴの周りをくるくると嬉しそうに跳び回っているので、声の出所を疑いようがない。
「…ご、御主人様?」
モズの言葉に、ウゴはぽりぽりと頰を掻いた。
大きなフードを深くかぶっているせいで、顔は見えないが、困っているのは分かる。
ウゴが再びふわふわと宙を舞う精霊達を、纏わりつかせたまま、左右に歩いてみると、モズだけでなく団員達まで、目で追ってくる。
驚愕の表情と共に。
これはもう、ほぼ?全員に姿が見えているな、と思わず頭を抱えたくなる。
見えているってことは、声も聞こえているだろう。
知らぬ存ぜぬでごまかせないか、とマーキンを見ると「言うしかないと思いますよ」と醒めた目で告げられた。
ウゴは、一旦、全員に食事を提供する事にした。
ちなみに眷族化に関して、ウゴには決定権がない。
なぜかは分からない。
ウゴがこの世界の魂ではないから?と考えている。
気がつけばウゴの認識の中に「眷族」として刷り込まれているのだ。
竜族の時に「ノー眷族!ノー竜族!ノードM!」と言いはったのだが…結果は知っての通り。
「うめぇ、くそうめぇ!!」
「なんだこれ、どこの料理か知らんけど、うま〜〜い」
「なつかしいねぇ、こいつはウメルゾの肉野菜炒めじゃないか」
ごまかせたかどうかは一旦置いておいて、ウゴの手料理はもの凄い好評だった。
団員達においては、この品数と食材の使用数は、完璧に宴会だった。
標準がウゴには分かっていないので、品数を用意したのだ。
食料が豊富でない事は分かっているが、市井の生活に触れた事がなかった。
この世界では発明されていない(かもしれない)発酵パン。
緑色で匂いは大根の、ポタージュスープ。
ひき肉入り、青紫芋のガレットもどき。
どこかの地方の家庭料理の肉野菜炒め。
祖母に教わった基本は、一汁三菜だった。
ご飯、汁椀に主菜、副菜を2つ。
勇者時代は仲間が手に入れた食材で、できるものを。
大抵は焼いた芋か、パラダ粉を水で溶いて焼いたものと、干肉と薬草だった。
団員達が勝手に宴会をしている間に、酒場の片隅に神パワーで障壁をはって、モズと上位風精霊、マーキンを前に座る。
モズはもの凄く料理に未練があるような顔をしていたが、ウゴが「足らないときは、後で作ってやる」と強引に座らせた。
「====、悪かった」
お前がしてくれた苦労を全部ムダにしてしてしまった、とウゴは頭を下げた。
頭を下げたウゴに、マーキンは両手を勢い良く振って、頭を上げてください、とウゴの両肩に触れる。
うはっ、主様に触っちゃったわ!!
一瞬だけ無表情の下のニヤケ笑いがこぼれたが、ウゴには見えてなかった。
マーキンは精霊が、こんなにタチが悪い淫売とは思わなかった!と殺意さえ覚えていた。
なによりも、主様にべたべたまとわりついたのが、許し難い!!
しかも、[神]の力を無断で食べてパワーアップ!?とか…許せない。
…許可が出るなら、精霊など踏みつけて蔑んで嗤いながら、寸刻みでバラして毒沼に埋めてやりたい!
わたくしですら、滅多にウゴに触れないのに!とマーキンは憤る。
ウゴに触れようとすると避けられるのだ。
なぜか?
以前ウゴの側にいた時が、黒光りイケメンマッチョだったので、逃げられていた、と気がついていないマーキンだった。
ウゴには、テカテカ黒光る筋肉に押しつぶされる趣味はない。
「わたくしこそ、このようなことになるなら、モズ団長を紹介するべきではありませんでした」
殊勝に俯いたマーキンに、ウゴが小さく首を振り返した。
「====は悪くない、オレがバカなだけだ」
そんな風にかばわれたら、もう、イッちゃいますっ。
くねりそうな腰を意思で押さえ込んで、マーキンは死ぬ気で無表情をキープした。
ここで幻滅されるわけにはいかないからだっ!!
「…で、俺は何のために?」
モズが居心地が悪いんだが、と障壁の神パワーを感知している発言をするので、ウゴは感心した。
ウゴの望んでいる「使徒」には向いていないが、魂の格がかなり高いと。
「頼んで良いか?」
「はい、もちろんでございます、主様。
モズ団長、貴方にくっついてるカス精霊達ですが、どうなったか、お分かりになります?」
モズはルシェコワいな…と思いながら、ふよふよ浮かぶ精霊達に話しかける。
「…なんかな、ウゴ様を御主人様〜とか言ってる。
ってかルシェ、主様って何なんだよ?」
マーキンは精霊達への怒りと牽制で隠す気がなくなったので、甘過ぎる声音でウゴの事を呼んでいる。
モズは自分に向けられていなくても、それを聞くだけで腰が疼くのだが、言っている内容が辛辣すぎて、しょぼんとしそうだ。
ウゴはマーキンの糖蜜がかった声音にも、まったく反応していない。
鈍いのか、変なのか!
「まずはわたくしの、本当の姿からお教えしなくてはなりませんわ」
全てを聞く覚悟はございまして?とマーキンに無表情で凄まれて、モズは、聞かないって選択肢はないんだろ?!と半泣きになっている。
半泣きでもイケメンだ。
「では改めまして、わたくしは通称[弱者の神]様の使徒を致しております。
そして、こちらにおわしますのが、わたくしの敬愛する[弱者の神]様でございますわ」
もう、ドジャジャ〜ン!という効果音がいるわよ!!とマーキンはズビシッと両手で、ウゴを紹介した。
「………………ハイ?」
「…………………はっ!、も、もしかしてウソだと思っておりますの!?
これだけの主様の奇跡を目前で拝見しておいて、どういう頭の構造してますの?!
中身をえぐり出して見てさしあげますから、今すぐ頭こっちに寄越せゴラっ!!」
「待て、====」
「はいっ主様」
あれだな、目の前に自分より興奮している人がいると、冷静になるってのは本当だな、とウゴは近頃には珍しく冷静でいられる事に安堵していた。
…使徒の忠誠心が重すぎるのはデフォらしい、と気がついた所でウゴにはどうしようもない。
しかもマーキンは武闘派だしなーと、遠い目になっている。
マーキンにキレられているモズは、死にそうな顔をしているが、助けられるわけがない。
「モズウルグ、信じられないかもしれないが本当だ。
お前を加護している風精霊達は、オレの力を勝手に喰ったせいで、上位風精霊になって……オレの眷族になった…みたいだ」
コイツ等いらないので引き取ってくれ、とウゴは無言でモズに伝えるが、まったく伝わっていない。
「な、俺の名前っ……神だって?
ハッ、笑わせる!」
モズは団員達にも「モズ」としか名乗っていない。
本名の「モズウルグ」は古い帝国の言葉で「精霊の愛し子」。
加護を持って産まれた我が子に驚いた両親が、そのまま名前にしたのだ。
…どれだけ苦労したか。




