表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/80

01  第一の使徒

 

 

 

 

 

 500年の昔。

 王は終わらない嘆きの中で、救いを求めていた。

 自分を助けてほしいのではない、すべてを助けてほしいのだ。

 それが、どれだけ欲深く道理をわきまえない望みか、よく知っていても、望みを諦められなかった。


「どうか、どうかお助けください、この身がどうなっても構いません!

 神よ、どうかお救いください…」


 何日も満足に食べていない、憔悴しきって立つことも難しい体で、王はただ助けを乞う。

 王が籠る神殿の外では、最後まで王に付き従ってくれた兵士達が戦っている。

 ここにいるのは、王、ただ一人。

 勝ち目はない、すぐに王も捕らえられて殺されるだろう。

 もう他に手がない、自分の選んだ道は間違っていたのか、と王が絶望に屈しかけたその時。



「お前の望みを聞いてやる」



 神がその場に降りたった。

 王には、それが神だとすぐに分かった。

 どこからどう見ても、ただの魔人族?の少年にしか見えないのに、…なぜか少年に見えなかった。


 その姿には絵画のような後光はない、荘厳な雰囲気も纏っていない。

 始めからそこにいたと言われれば、納得してしまうごく普通の少年。


 しかしそれこそが、王の求めていた神[弱者の神]だと分かった。


「民を、我が民をお救いください」


 王は身を投げ出して神に嘆願する。

 冷たい床が残り少ない力を奪い、じんじんと膝や肘が痛む。


「お前は?」


 神に意見を言ってよいのか?と悩む王に、再び緊張感のない神の声が降り注ぐ。


「お前は殺されてもかまわないのか?」


 王は神の言葉に歓喜を隠せなかった。

 自分は間違っていなかった、信じるべき相手を間違えなかった!と、歓喜に震えた。


 神は「民を救ってほしい」という願いを否定しなかった。

 できるのだ、返答次第かもしれないが、神は願いを叶える力を持っている!と王は自然とあふれる涙を拭おうともしなかった。


「わたしは民を守れませんでした。

 御心に適いますれば、民を、ただ民をお助け下さい」


 今この国は侵略され、文字通り臣民の命まで奪われている。

 力なき国であり、力なき王であるがために。



「…お前の願い、弱者の神が叶えてやる」



 フッと周囲の音が静まり返り、王は時が止まったのか?と錯覚した。


「顔を上げろ」


 がくがく震える体を叱咤して、王はなんとか顔を上げて、神の黒瞳を見た。

 涙が止まらずにすべてがぼやけ、全身がばらばらになりそうに震えている。

 怖い、魂が神を畏怖している。


「カルマト王国の王、スヴェラ・メルガトス・カルマト、臣民を思うお前の魂は穢れていない。

 民を救う代わりに誰かが痛みを背負う必要がある、おまえに覚悟はあるか?」


 少年は淡々と無表情で言葉を紡ぐ、緊張感の欠片も感じさせないまま。


「覚悟…とは」

「この先、お前の魂は三度(ミタビ)の人生において、苦難多き道を歩む。

 ただし三度の人生において魂を穢さなければ、人を救える力を与えてやる。

 このままじゃ、悔しいだろう?」


 三度の人生…をと王は即答できない自分をもどかしく思った。

 小国の王としての人生は、62歳まで生きても、決して幸福なものではなかった。


「例えばだが、産まれてすぐ捨てられ、暴力や略奪に怯えて、恒常的な飢えに苦しみながら育ち、他者に食い物にされながら、病で苦しみ抜いて死ぬ運命、とか」


 神の言葉に、カルマト王は己の願いの欲深さと重みを思い知る。

 人でも善意で動く者は少ないのに、神に何かを望むのであれば、代償が存在しない訳がない。

 小国とはいえ、数万人の命を救ってくれる、虐殺から助けてくれると神は言う。

 たった三度の人生で、命をあがなえるのならば……断る必要はない。


「どうか、この愚か者の望みを叶えて下さい」

 頭を床にこすりつけようとする王の肩に、細い手が触れた。



「お前の魂に(メイ)をあたえる、死すべき時に思い出し、己の宿命を知るように『フーガ』」



 直後、神殿の扉は破られ、カルマト王は捕らえられた。

 神の姿はすでになく、王は夢、自分の望みが見せた幻かと悲しみに呻く。


「オレの元に来るのを、楽しみに待っているぞ」


 敵国の兵士達に紛れるように、穏やかな表情を浮かべた少年が笑っていた。

 日射しも光も、一切の光を反射しない黒髪と黒瞳は、喜びに和らいでいた、ように見えた。


 カルマト王の魂、使徒見習いフーガは苦難の中で、喜びに満ちた最期を遂げ、次なる苦難の人生へと進んでいった。






 ふっと目が覚めた。

 なんとも…なつかしい夢を見た、と男の顔がほころぶ。


 男の魂の名はフーガ。

 フーガにとって敬愛し、平伏し、命令されれば、命とて差しだせる主の夢は、他にない幸福感を与えてくれる。

 あの時は気がつく余裕もなかったが、[弱者の神]は、とても面倒くさがりで、怠惰な引きこもりだ。

 その、面倒くさがりで怠惰で、引きこもりの神に見いだされた自分は、なかなかの傑物かもしれない、とフーガの顔がにやけた。



「おはようございます、グラナガン様」

「ああ、おはよう、アーメス」


 フーガが弱者の神に出会い、かりそめの使徒となってから500年。

 現在は第一使徒である「フーガ」は、大陸最大の国土を持つ、ハンバ王国の宮廷魔法使いをしている。


 カルマトの民を救う代わりに受け入れた、3代の試練を経て、フーガは[名も無き神]、通称[弱者の神]の真の使徒となった。


 今のフーガのなすべきことは、引きこもりで滅多に接触してこない主に代わって、ハンバ王国内の貧困や犯罪に巻き込まれる、立場の弱い者を保護して道を示すことである。


 ここ十年は何の指示もないが、主も満足している?のだろう。

 大体、主が外に出てくると、ろくなことが無いとフーガは思い返した。


「グラナガン様?」


 フーガがぼんやりしているので、と心配になったのか、側にいた下女のアーメスが顔を覗き込んできた。


「いやいやアーメス、そんな困った老人を見るような目で見ないでくれ。

 懐かしい夢を見ただけだよ」


 フーガの今の体は、まだ45歳だ。

 宮廷魔法使いとしても、若い、に違いない。


「クスクス、良い夢だったんですか?」

「そうだな、良い夢だった」


 20歳になったばかりのアーメスは、時折子供っぽい表情を浮かべるが、気遣いのうまい子だ。


 宮廷魔法使いという肩書きを持つ以上、側に召使いを置く必然性があり、見ず知らずの他人には頼みづらいので、と現在の体アーベス・グラナガン男爵の、姪にあたるアーメス・フリマスに、下女を頼んでいた。

 父親のベールス・フリマスは、アーベスの兄にあたる平民で、今日このときも故郷の村で、畑を耕しているだろう。


 肩書きは召使いだが、2人の時は叔父と姪だ。

 赤ん坊の頃から知っているので、大変気安い。


 アーメスはグラナガンの正体は知らないが、彼女もまた多くの平民と同じように[弱者の神]の信者であった。

 まぁ、[弱者の神]教に敬虔な信者などいない。

 と、内情を知っているだけに、グラナガンはぐだぐだの教義を思い出す。




 突然、時が止まった。


(あるじ)様!」


 フーガは(ヒザマヅ)き、突然眼前に現れた少年に礼を尽くす。

 心の中では様々な思惑が流れている。

 主の引きこもりでやる気のない性格から考えて、わざわざ現れたということは、何かものすごい良くないことが起きている!と。


 そして、思い当たることが一つある。

 先日の周辺諸国における議題で、支援物資を送る、と決定がされていたはずの案件だ。




 面倒くさがりな[弱者の神]が唯一すること…。

 助けを求め、救いを求める者に、手を差し伸べること。


 つまり、そのためにしか、神は動かない。


 弱者の神教の唯一の教義は「他者を救いて、己を救え」だ。

 主曰く「一日一善」とか、「情けは人のためならず」とか、フーガの知らない事を言っていた。

 他にも宗教として守る決まりはいくつか「迫害しない」とか「権力ダメ」とかあるが、信者レベルで知られているのは一つだけだ。

 改宗も簡単にできる。


 金もなく、身分もない者達を救ってくれる神ということで、誰かが言い出した[弱者の神]という名前が一人歩きしてしまった。

 主はそれを狂信者や、権力に使われないように、ちょっと手を加えたにすぎない。


 主は崇め奉られると「オマエ死ぬか?」と言いそうな嫌悪の表情を浮かべる。

 使徒になって人となりを知れば知るほど、主が宗教を作ったとは考えられなくなったフーガが聞くと、「いつの間にか宗教扱いになってた」らしい。




「悪いなフーガ、お楽しみか?」

「この娘はグラナガンの姪のアーメス嬢ですよ」

「ふーん」

「御用はなんでしょうか」

「ルムスの報告にあった、エストウラの大飢饉の詳細を教えてくれ。

 竜は良くも悪くも大雑把すぎてな」

「畏まりました、一時ほどいただきます」

「頼む」


 フーガに頼らなくても、主自身で情報を集められるはずだが、頼られて嬉しくないはずがない。

 やる時は、一人も漏らさずに救うのが主だと、フーガは緩む頰を引き締めた。



 こっそり執務室に入り、適当に周辺諸国の報告書を漁っているフーガを、執務官が見つけた。


「グラナガン卿?何か御用ですか?」


 普段、王宮魔法使いとして、執務には関わっていないので、ものすごくいぶかしむ口調で問われ、フーガは適当に水を濁した。



 ハンバ王国はエストウラからは離れている。

 大陸中央部のエストウラ王国は、交易はあれども旨味のない中くらいの国だ。

 大陸最南端のハンバ、しかも王都からは馬車を乗り換えて、どれだけ急いでも一月以上かかる。

 サイズだけは大国のハンバにも、飢饉の情報は入ってきていたが、詳しくは分からなかった。


 主が動くのだ。

 よほどのことが起きているのだろう、とフーガは胸を痛める。

 もっと、世界の人々を守る力があれば…だがそれは人の身で扱いきれるものではない。

 今は主様のために、できることをしよう、と足早に自室へと急いだ。




「主様、おられますか?」


 自室に戻ったフーガは、主が何故か客人として、アーメスと話しているのを見てしまった。

 どばっと、文字通り滝のように噴き出した汗を袖で拭い、絶対にグラナガンとして!振るまわねば、とアーメスとなぜか機嫌の良いっぽい主を見比べる。


「戻ったよ、アーメス」

「お帰りなさいませ、お客様がお待ちでございますよ」


「こんにちはグラナガン卿、覚えておられますか?

 ウゴです」


 どこにでもありそうな茶色のローブを纏い、フードを目深にかぶっているせいで、光を吸う髪と瞳は隠れている。

 どっからどう見ても主様にしか見えないとしても。


「…ええ、覚えておりますよ」


 苦虫をかみつぶしたような表情は、もう変えようがない。

 何してんですか!!と叫びたいのを堪えて、フーガは努めて平静を装う。

 しかし。


「アーメスさんは、グラナガン卿に似ておいでですね」

「ええ、わたしは姪にあたりますから」


 とか、アーメスに向かってにやにやしながら話をふる主に、イラッとしたのが、顔に出てしまったらしい。


「どうかなさいましたか?」


 心配そうにフーガを伺うアーメス。


「ひどい汗ですよ、お休みになられた方がよろしいのでは?」


 なんて心配されているのを見て、声を出さずに笑う主に、花瓶でも投げつけてやりたい、と心から思った。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ