36 モズ団長との邂逅
「生意気なチビが!
やれ、やっちまえ!」
「…仕方ない、よな」
面倒くさいより、ひどくイライラする。
鈍く光る錆びかけナイフが突き出される前に、ウゴは神パワーなしで、さらに手加減して5人にデコピンをお見舞いしてみる。
男達のあまりの遅さに、ナイフの到着を待てなかったとも言える。
「「「「「へぼぐしゃーーーーーっっ?!」」」」」
「…うっわ…ないな」
竜とは比べ物にならないくらい、手応えが軽くて、ちょっと引いてしまった。
当てるくらいのつもりでしたデコピンで、男達はふっ飛んで壁に突っ込んでいった。
今は土壁に、よだれの跡を残しながらキスして、ぴくぴくぷるぷるしている。
これ、竜族が相手の時の、本気デコピンだと頭がツブれるな!とウゴは青ざめた。
デコピンで頭部爆散、周辺が血の池地獄絵図は、勘弁して頂きたい。
神官長のソバンより弱いぞ、これで働き盛りの冒険者なのか?とウゴは顔をひきつらせた。
苛立ちなんか、どこかにふっ飛ぶ程、衝撃的な弱さだった。
あまりにも弱すぎて気が抜けた。
「うう、いてぇ」
「死ぬ、やだ、死にたくない」
「いてぇよ、ルシェさんごめんよぉ」
「……バケモノめぇ」
「ぐぅ………ぁあ」
デコピン一発で、死にかけられても困る。
ウゴが呆れて、言葉もなく立ち尽くしていると。
「何をしている!!」
やはり、市場内で騒ぎを起こしたのはマズかったらしい。
明らかに揃いの制服を着た、官憲?らしい二人組が、険しい顔をして、腰の鞘へ手をかけながら寄ってきた。
「被害者だ」
一応申告してみるが、周囲の人間にウゴの動きが捉えられていたとは思えない。
神パワー使用0で、「大外れ」で、手加減していても、元レベル423、勇者で100相当の動きだ。
本気で戦っていない勇者程度、という注釈はあるが。
せいぜい5〜10レベルの町人に、今のデコピンが見えていたら、それはそれで問題だ。
官憲?は額からぷしゅ〜と煙をたてている屍状態の男達と、ウゴを交互に見つめてから、男達の組合員証を勝手に引きずり出して確認している。
「出せ」
ウゴも大人しく、作り立てほやほやの組合員証を出す。
これで無罪放免なら、いいが。
「信用度1見習いが3を?」
「料理人…」
「こいつは、格闘家適正が」
「…攻撃が見えなかった?」
うわ、マズい。
もうすべてが邪神のせいだ、とウゴは再び苛立ってきた。
面倒くさい、邪神にはなりたくないが、全てが面倒くさい!!
ああ、面倒くさいよ〜!!!!!!!
どうすりゃいいんだよ、とフードの上から頭を掻きむしりたくなった。
その時、見知った気配が近づいてくるのを感じた。
「よぉ、ボウヤ」
「……チッ」
思わず舌打ちしたウゴを、モズはおもしろそうに見た。
「ん、モズ殿か、どうしました?」
モズは、大型冒険団の団長というだけあり、官憲?にも顔が知られているらしい。
マーキンのように顔が広いのだろう。
「こいつ、ウチの入団試験待ちなんだよ。
見ての通り一滴の血も流れてない、見逃してくれないか?」
「ほう、期待の新人ってことか。
それなら信用度1見習いで、この強さにも納得だな、んーと、ウゴだったな。
良いか、今回だけはモズ殿に免じて見逃してやるが、次はないぞ」
「……あぁ」
なんか知らんが無罪放免ならそれでいい、とウゴはさっさと立ち去ろうとした。
「ちょお待て」
ぐわしっ!と分厚いモズの手が、肩をつかんでくる。
避けられたが、避けないでおいた。
一応、助けられた?っぽいしな。
「話があるんだよ、ウゴ様?」
輝くイケメン顔でにやりと笑いながら言われ、ウゴは再び舌打ちをしそうになった。
今さらなのでイケメン死ねとは言わないが、面白くなかった。
モズに連れ込まれたのは閉店直前の酒場だ。
時間は既に深夜。
ほとんどの客が帰った後で、どんよりと淀んだ空気と料理と安酒の匂いが店の中を漂っている。
酔いつぶれて机に突っ伏した客が数人残っているが、しばらくしたら水をぶっかけられて、追い出されるのだろう。
おそらく常連の常習者だ。
すでにカウンターには、人数分の水入り壷が並べられている。
手際が良すぎないか?
「悪いけど、少し場所貸してくれ」
「…しゃあねえな、何を飲む?」
カウンター奥のマスターに、モズ団長は金を幾らか握らせたようだ。
「おい、ウゴ様、何呑む?」
マスターとモズで言葉のニュアンスが違った。
酔えないから、呑まれないけどな。
「おすすめでいい」
「フン、ラムカ2つくれ」
「はいよ」
マスターがテーブルを片付けるようなので、カウンターに隣りあって座るが、ウゴはモズの方を見ない。
ただ目の前のカウンターをぼんやりと見ていた。
傷と脂でまみれた、木目を見ていた。
モズは、ウゴのフード越しの横顔を見ている。
「ステータス開示が効かないか?」
不意にウゴがつぶやいた言葉を、モズは鼻で笑った。
「ハナからやってねぇよ…てか、俺のスキルなんで知ってんだ?
ルシェから聞いたか?
あー…俺は風精霊の愛し子なんだがよ、精霊達は、なんでかは分からんが、ルシェを恐れて畏敬を捧げてる。
…そんな奴等が、お前の気配を感じた瞬間に逃げ出した。
料理人のくせに、アホみたいに強いしな。
教えてくれないか?
………殺意も敵意もないくせに、どうして孤立してるのか」
モズがウゴに見せていた怒り、は恐れだったらしい。
何だかよく分からぬものへの恐れ、それはウゴにも理解できる。
「精霊…か」
勇者時代には会った事もない、加護を一欠片さえ与えてくれなかった、見た事のない生命の一種。
カミュが精霊になったので、そんなモノがいるのか、とは思っていたが。
この世界には自然の力を司る精霊まで、存在していたらしい。
まだまだ、知らないことが多い。
「ほらよ」
「悪いな」
マスターが、手に握り込めるサイズの木のカップを2つ、カウンターへ置く。
モズは答えると同時に、一気にカップの中身を呷った。
「っっくぅ、効くな」
モズは濁ったキツい酒を呷ったあとで、ひどく苦い顔をした。
「精霊がいないと、裸でいるみたいで落ち着かねえ」
「…それなら、オレが団員になるのは無理だ」
理由は分からないが、ウゴが[神]だと、精霊には分かるのだろう。
そして、精霊達はウゴを怖がって?いるらしい。
神パワーは、ほぼ使っていないのに。
「今すぐ町を出る。
あんたの精霊に謝っておいてくれ」
「ちょお待てって!
…ウゴ様の正体は教えてくれないのか?」
「精霊に聞けよ」
ウゴは独りぼっちになった子供のように、身体を縮めるモズを見た。
せっかく手を尽くしてくれたマーキンには悪いが、短期間で次々に町を移動していくしかなさそうだ。
それで、苛立ちを解消できれば良いんだが。
ウゴはスツールから降りて、カップに手を伸ばし、中身を一息に呷る。
何も、起こらない。
ノドを焼く感覚も、カッと熱くなる感覚もない。
生きていないのだから。
「じゃあな」
「っ、あ、あんたとの縁が欲しい!」
「…………」
モズの言葉に、続きを促すようにウゴは沈黙を守った。
「……俺達「イカレ野郎のケツ蹴り団」は大型の冒険者団で在籍は23人、俺を入れたら24か。
信用度は8だ。
中堅どことしては有名だが、ここ数年、信用度は頭打ちで9、10の一流冒険団にはなれそうにない。
このまま終わりたくない」
「それで、バケモノの力を借りて、破滅したいってことか?」
「……やっぱり、そうなるのか?」
「…………」
深く考えて言ってきた訳ではなかったらしく、ウゴの皮肉にモズは肩を落とした。
これが団長で大丈夫なのか?と思ったが、問題はモズではないのかもしれないと考え直す。
「精霊は何も言わないのか?」
「あいつ等は命のかかわる時以外、失敗した方が喜ぶ」
「……」
「俺が失敗すると、腹抱えて喜ぶよ」
ワケの分からない存在で、ヒトの失敗に狂喜乱舞する……まるで元創造神だな、とウゴはモズに哀れみを感じた。
どこにでも、同じような反応をする壊れ気味の「人外」がいるらしい。
そんな存在に気に入られるのは、かなり他人事じゃないが「御愁傷様!」と言っておこう。
「オレにそんな事を教えて良いのか?」
「ルシェの主人なんだろ?
アイツが、なんか簡単には言えねえ使命を持ってんのは知ってた。
これまではなんとなくだったが……ウゴ様を見て確信したよ」
ウゴ様も人じゃないんだろ?と言外に匂わされたが、答える気はない。
「主人、じゃない。
少し力を貸し借りしてるだけだ」
使徒の自由意志にまかせて、ほとんど放置しているので主人などと言われると痒い。
ただ、目についた困ってる人を助けてくれ、と神パワーと交換で頼んでいるに過ぎない。
……業務委託?
いや、[神]は仕事じゃないな。
「頼むよ、どうしたら俺達にも力を貸してくれる?」
「…無理言うなよ」
冒険者協同組合の、信用度の基準も知らない新人に何を言うか。
そもそも信用度ってなんだ?
冒険者が戦闘職ばかりでないのなら、強さの基準でないことは分かるが。
神パワーで何とかなるものではない、よな?
「明日、待ってるからな。
頼むから来てくれよ!!」
立場が逆な気がするとウゴは思いながらも、頷いた。
「とりあえず、明日な」
「分かった、ちゃんと全員に伝えておく、場所はここを借りるから」
「…明日な」
「明日、おう、明日頼む!」
最後の方のモズは、どちらの立場が上なのか分からなくなっていたようだ。
ウゴを採用するはずが、ウゴに採用されたがっていた?ようだ。
逆だろ。
宿に戻ったウゴに、マーキンが駆け寄ってきた。
真夜中になるというのに、律儀にウゴの帰りを待っていたらしい。
「ウゴ様、言われた通り食材を購入して参りましたが、確認をして頂けますでしょうか?」
なんか、ウキウキしている。
無表情なのにウキウキしていると分かる。
何があったんだ?
「ああ、どこだ?」
「日持ちするもので在庫があった分は、わたくしの部屋に運ばせて頂きました。
葉物野菜は在庫切れのため、明朝受け取りに行きまして、肉は肉屋の氷室に置かせて頂いております」
「わかった、今すぐ確認するか?」
「もちろんでございますわ」
だから、なんでウキウキしてるんだ?
案内するようにウゴに無表情を向けるマーキンを、ウゴは不可解な思いで見る事しかできない。
マーキンがルムス同様に「主様に褒めてもらいたい」と思っていると知らないために。
マーキンは内心で「ぐふふふ!」と含み笑いをしていた。
主様を喜ばせてみせる!と誓って食材購入に奔走した甲斐があった。
大量購入を約束して色気まで振りまいて値切って、交渉して、マーキンは努力した。
しかし!
ベンスルの物価、どころか商品価値そのものを知らないウゴは、どれだけ大量の戦利品を見せられても驚かない、と気づいていない。
これだけ買えるのか〜と感心するだけだ。
認識がすれ違ったままの主従は、食料品の確認に入った。
そして、マーキンは撃沈した。
次こそ主様を感激させてみせる、おとしてみせる!と拳をこっそり握るマーキンだった。
ーさあ、キミもボク達の糧になるんだよー
ーなんておいしそうなんだろ、苦労した甲斐があったねー
「っ?!」
ウゴは飛び起きて、バクバクと心臓が胸郭を叩いている錯覚を覚えて、動いていない胸を押さえる。
…今のは、一体?
焦ってハンモックから体を起こす。
夢?
神になってから、今までに一度も、そんなもの見た事がないのに?
ウゴは無意識に自分を抱えた。
勇者時代は、よくストレス過多で自己防衛のポーズをとっていた。
キツく自分を抱いて、震える体を慰めた。
なんだ、今のはなんだ?
ノックの音がして、マーキンが顔をのぞかせた。
「主様、おはようございます…!…どうなさったのですか?」
ハンモックの上で体を丸め、両腕で体を抱えているウゴに、マーキンは驚いて無表情が崩れていた。




