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35  イカレ野郎のケツを蹴れ!

 





 立ち寄った酒場で『障壁』を張り、ウゴはマーキンにすべてを話した。

 マーキンが、ソバンなみにウザくなっても仕方ないと、開き直って。


 勇者イチノセ達と共にいて、魔神を屠ったあとから、何かがおかしいと。

 苛立ちが抑えられず、支部での事を考えると、力の制御を失いかけている。


 神パワーを完全に枯渇させた副作用かもしれないが、それも確定ではない。

 前に枯渇した時の記憶がないからだ。


 考え方や行動が、少しずつ邪神に近づいていく?

 そう思うだけでも、苛立ちがつのる。

 何をしてもイライラと落ち着かず、考えがまとまらない事にさえ苛立つ。




「原因が、分からないのですか」


 マーキンのつぶやきを聞きながら、ウゴは目の前のカップを傾ける。

 果実酒の甘い香りを嗅ぎながら、酔えないことにさえ苛立っていると気がついた。


「ああ、それで、少しでも人の考え方、感じ方を忘れないようにできればと思ってる」


 苛立ちを酒と共に飲み下してから、思い直す。

 食べる事さえ必要ないのに、嗜好品の酒が必要な理由がない。

 人であった時には、楽しむ余裕もなかった。


「…分かりました。

 主様のお役にたてるよう、このマーキン、粉骨砕身努力いたします」


 …どこかで聞いたフレーズだな、とウゴは口元をかすかに歪めた。

 使徒同士での交流はうまくいっているらしい。


「そうとなれば、是非にも会って頂きたい方がおります」


 そう言って、マーキンは色っぽく明るく笑う。

 自然な笑顔に、ウゴは少しだけどきりとした。


「もう少ししたら来るはずですから、しばらく待っていてくださいませ」


 マーキンは一人でカウンターへと移動した。

 『障壁』の中では、存在を認識されないので、その人物に接触できないからだ。


 テーブルに一人になったウゴは、酒場の片隅で喧噪を静かに聞いていた。

 絡まれたくはないので、障壁は展開したままだ。


 楽しげなざわめき、笑いさざめく声、少しの怒りと諦めに似たぼやき。

 それと酒場に満ちる酒と脂の匂い。


 こういうのは悪くない。

 これまで縁のなかった過ごし方ではあるけれど、仲間達と過ごした、騒いだ日々を思い出せる。

 人の世は楽しくも騒がしかったんだな、と感傷を抱く。


 独りで異界で過ごした日々は、静かで時間の感覚さえほとんどなくて、イチノセ達に会って、初めて自分が800年近くも神でいたのだと知った。

 年月が過ぎている事は分かっていたが、それに驚かない自分が、少し悲しい。


 アミ→メイナリーゼに出会った事で、昔の自分に戻れたような気がしたが。

 それが、邪神の仕組んだ事であるなら、見事に罠にはまっている。


 「神」は、なんのために、アミをわざわざ転生させたのか。

 ウゴが勇者でなくなってから。

 神になってからでさえ、こんなに時間がたってから。


 ウゴはまとまらない考えに、首を振った。

 今は、ただ、喧噪を楽しもう。






 マーキンはカウンターに寄りかかり、店のマスターと話していたかと思ったら、新しく店内へ入ってきた男の元へと向かった。

 マーキンと男がしばらく話している内に…ふと、男の視線がウゴへと向けられた。

 そこに込められているのは…怒りか?


 初対面の男に、そんな視線を向けられても、普段のウゴは気にもしなかっただろう。

 だが、今のウゴはチンピラ化している。

 何をしてもされても、頭にくるおこちゃま状態だ。



 マーキンに先立って寄ってきた男は、ランプの灯りの下で、黄金のリングを纏うほど淡い緑の髪と、黄水晶色の瞳を持っていた。

 歳は30代頃で、クソむかつく程イケメンだった。

 この世界基準なので、目鼻立ちが濃くて彫りの深〜い、彫刻向きの顔だ。


「初めまして、ボウヤ」

「……」


 ウゴは返事をしなかった。

 男が身にまとう空気に、ウゴは違和感を覚える。

 普通の人間と、違う。


 …何故か今現在のカミュ(神槍の戦精霊)を思い出す。


「フン、おいルシェ、こいつ人じゃねえだろ?

 魔物か?」

「モズ団長…いくら貴方でも、その侮辱は許せませんわね。

 こちらはわたくしの存在全てを捧げて敬愛する、ウゴ様です」


 男の言葉の何がそんなに気に入らないのか、「本気で伸すぞゴラ!」という態度で、マーキンは無表情のまま、モズ団長と呼んだ男を肘で小突く。

 目がマジだ。

 口元だけ少し笑っているのが怖すぎる。

 モズ団長は、マーキンの態度に明らかに狼狽えた。


「けっ、ルシェの敬愛とか、おっかねえ。

 俺達の冒険団に入りてえんなら、実力を示してもらおうか。

 魔物でも魔人族でも構わんが、ウチは実力主義なんでね」


 実力主義って戦闘狂の間違いじゃないのか、竜族かよ、と内心つっこんで、ウゴはモズ団長に『検索』をかけた。

 今まで初対面の相手に、勝手に検索をかけるのを控えていた理由は、忘れている。

 忘れている事に気がつかない。



 男の名前はモズウルグ。

 人族にしては、レベル32と高め。

 冒険者なのに職業は戦士で、武器適正は戦斧系。

 人の身でありながらスキルを5つ、称号も2つ冠していた。


 スキル

 *風の子*固有スキル

 *ステータス開示*

 *鳥ライダー*

 *威圧*

 *瞑想*


 称号

 :風の愛し子

 :猛者


 風の子と、風の愛し子が何か分からないが、これを見るだけでも、なかなか有能な人物らしい。

 魂の望みに「人を救いたい」がないのが残念だ。

 どっちかというと、流されて生きるのが楽しい、というタイプに見える。




 人族は他の種族に比べて弱い。

 種族的特徴がない、とも言える。

 魔法を使える人族は100人に1人?くらいで、魔法使いも、神官魔法が使える神官も、希有な存在になる。

 主に人族でばかり、異世界勇者が召喚されるのも、人族がダメダメなせいかもしれない。


 つまりこの世界の常態的な最弱種族だ。

 最弱種族のため群れて暮らし、生存競争に勝ち残っている。

 ここまで言うと仲良し=人族と思われそうだが。


 ウゴの経験では、人族は、群れ(国家や宗教)同士の利害の一致で、簡単に潰しあいを始めるので救いようがない。

 元いた世界の人間と変わらないな、とそこには手を出す必要性を感じていない。


 仲間内の結びつきが強い魔人族の方が、種族としてはまともな気さえしている。

 仲間意識が強すぎて、他の種族を見下して、排他主義に走るのは問題だが。

 どこも一長一短らしい。


 人族は弱いせいなのか、色々な存在からの加護やギフトを受けやすいと言われている。

 同情されてるんだろ、とウゴは考えている。


 他の種族ではスキルを1つ、2つでも珍しいのに、人族に関しては3つくらいまでは普通にいる。

 それでもスキル5つで、称号2つは珍しい。


 一体、何をして手に入れたのか、先天的なものなのか知りたいな、とウゴはモズを見つめた。

 モズの瞳に燻る怒りも気になる。




「ウゴだ、料理しかできない」

「は?」


 モズはぽかんと口を開けた。

 間抜けな顔をしてもイケメンはイケていた。


「ウゴ様は、頰が落ちて、腰が砕けて、立ち上がれなくなる料理を作れるお方です。

 食べずには朝日を拝めぬ者が増えますわよ」

「……は?」


 マーキンの補足説明で、モズはさらにぽかんとした。


 オレは中毒患者製造機じゃない…とウゴは無表情のままで暴走するマーキンを見つめてみる。

 …なぜ、無表情でドヤ顔をしてくる。

 器用に良い仕事しましたでしょ!って顔すんな。

 マーキンの言い方はともかく、ウゴはモズに再び同じ言葉を告げる。


「料理しかできない」

「ルシェの気に入る料理人…か。

 気に入ったら仲間にしてやる、一回旅団の全員に振る舞ってみろ」


 モズは、座ったままで顔を上げようともしないウゴに、高さを合わせるように、腰をかがめた。

 フードの中を覗き込もうとするのを、顔を逸らして避けた。


「…俺はモズ。

 冒険団「イカレ野郎のケツ蹴り団」の団長だ」

「……ダサっ」

「おお、言うねえ」


 思わずツッコんだウゴを、モズは「がははは!」と豪快に笑って見つめている。

 笑っているが、目の底にある怒り?は消えていない。

 何にもしてないのに、理不尽だ。


 というか、帝国周辺は地名だけでなく、住民のネーミングセンスまでおかしいのか?とウゴはあきれている。

 できれば、「ケツ蹴り団員のウゴ」にはなりたくない。

 アミに知られたら、すごい呆れられる未来が見える。

 心配そうに「…兄さん、(頭)大丈夫?」とか言われたら、泣いちゃうよ。


 ウゴの葛藤を知ってか知らずか、マーキンは無表情のまま、ご機嫌なオーラを放っていた。

 さっき、モズ団長にキレかけてたのはどこにいった?

 女性はむずかしい、とウゴは考える事を放棄した。






 材料や仕込みの準備があるので、翌日の昼食を団員達に振る舞うと約束して、宿へ戻った。

 マーキンに「野菜、新鮮な肉、(パンの材料の)パラダ粉」の仕入れを頼んでおいた。

 ウゴ本人が一文無しだからだ。


 ウゴは以前も回ったベンスル中央市場へ向かう。

 中央市場では、深夜まで開いている店があるらしい。


 調理器具を神パワーで用意するのは決定事項だが、怪しまれないように、店売りのものに似せるための偵察に向かった。

 皿やカップは…用意しなくてもあるか?

 細かい事を聞いておくのを忘れたな、と歩いているうちに気がついた。


 なんとでもなるか、と適当にぶらついていると、道を塞がれた。

 右に避けようとすると右に、左なら左に、と明らかに進路の妨害をしてくる。


「………」


 無言で目の前の5人の男を『検索』した。

 弱い。

 見比べてみて思うのは、モズ団長はかなり大物らしい。


 目の前をふさぐ冒険者共同組合の組合員達は、信用度は2〜3。

 全員10〜15レベルで、神パワーなしのウゴでも勝てる。

 というか、元勇者が一般人を伸してはいけない、よな?


 よく、夜とはいえ、人目がある市場の中で仕掛けてくる気になったな、とウゴは妙な所に感心していた。


「よぉ、チビ。

 てめぇルシェさんに取り入ってんだって?」

「ゆるせねぇなぁ。

 どうせ何か弱味でも握って、脅してるんだろ?」

「オレ達にも、そいつを教えてくれよ」


 ダメだ、こいつらゲスでクズだった。


 人に見られても構わないくらい剛胆なのかと思ったら、ただの考えなしのチンピラだった。

 がっかりしたら、イラッとしてきた。

 また、イライラしてきたな、といっその事このまま暴れてやろうか、とウゴはフードの下から目の前の男を睨む。


「聞いてんのかよチビぃ!!」


 切れ味の悪そうなナイフを取りだして、ザコ組合員がウゴににじり寄ってくる。

 錆びが浮いているので、傷つけられたら破傷風になりそうだ。


 ただのナイフだと刺されても痛いだけで、たいして傷つきもしないんだが…。

 なんだか、ザコと知ってしまうと、刺されると考えるだけでもイラつく。

 ウゴはつのる苛立ちのまま、ため息をついた。


「相手をすれば、いいのか?」


 ここで倒しても、倒されても騒ぎになるよな?

 人族に絡まれる経験が、はるか過去すぎて、この後どうすれば良かったのか思い出せない。

 逃げるのが良いんだったか、倒すべきだったか?

 どちらにしろ、ろくな事にならないだろうな、という直感はあった。



 

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