34 冒険者登録テンプレ…はムリ
ウゴがマーキンの後について、木造のすすけた建物に入ると、ザワリと喧噪が動いた。
朝に請けおった仕事を終え、帰ってくるにしては早すぎる時間だというのに、建物内には大勢の人が集まっていた。
ほとんどの人がダルそうにしている。
明らかに仕事帰りの顔をして。
なにか、町規模の特別招集の仕事があった、と考えて間違いなさそうだ。
マーキンは話を聞いていなかったため、かなり焦った。
これではウゴが目立ってしまう。
普段はソロのマーキンと一緒にいるせいで。
「……(どうして、こんなに人が?)」
マーキンは人の少ない時間を狙ったはずが、あてが外れて、それでも無表情のままウゴと共に、奥に備えられたカウンターへ向かう。
ここで回れ右!して戻ったら、それこそ注目の的になってしまう。
ウゴは(これで人が少ない時間なのか、冒協ってのは繁盛しているんだな)と他人事としてとらえていた。
しかしその場にいる者達には、他人事ではすまない。
(ウソだろ、どうしてルシェさん、一人じゃないんだ?)
(チビだな、男か?女か?)
(今すぐ顔を見せろ!)
(顔を隠すなんて、変なヤツだ)
小声で口々に言いあう冒険者達を、ウゴはフードの中からぼんやりと見ている。
神パワーのお陰で、声を拾う事は難しくない。
こんな風に不躾に見つめられるのは久しぶりだ、と思い。
かつてはどこに行っても、黒髪、黒瞳というだけで、嫌われて嫌悪の瞳で見られた。
魔人族じゃないと言っても、信じてもらえない。
勇者だと言うと、更に疑われた。
挙げ句の果てには、神殿すらない小さな村でも、農具で脅されて追いだされた。
…また、繰り返すのか。
…あの鬱々たる日々を。
…でも、邪神に…なるわけには…。
「ハイ、ルシェ。
そちらは彼氏?」
ウゴの沈みかけていく思考を、朗らかな女性の声が止めた。
受付には、人当たりの良さそうな笑顔の、薄桃色髪の人族が座っていた。
年齢は…20代?
長い髪を上半分ゆるめのお団子にして、下はふわふわと背中に跳ねるままにしていた。
にこにこと細められている瞳は、濃いワインレッドで、美人というより愛嬌のある、人好きのする人物に見えた。
「レヴィー、ちがいますわ。
もっと素晴らしいお方ですの…なんてね、登録をお願いできるかしら?」
何故か色気をふわりと振りまいて、マーキンが周囲を見回す。
それだけで、数人の冒険者が舌なめずりをしそうな表情になった。
羨ましいぜ、とつぶやきが聞こえた。
ウゴはフードの下で、不思議そうな顔をしただけだった。
マーキンは何をしているのか?と。
ここで過剰に色気を振りまくと、いい事があるのか?
「一応、誰の紹介でも記入はしてもらう決まりなの」
「ええ、もちろん。
ある、いえ、ウゴ様、お願い致します」
主様と呼びかけて、ウゴが眉を寄せたのに気がついたらしい。
さすがマーキンと思った直後。
「様」も、いらない!!
ウゴと言いなおしてくれたのは良いが、様もとってくれ、と再び険しい顔をしてみるが、無表情のままのマーキンに小さく首を振られた。
無表情なのに、ものすごく「拒否します!」と伝わってきた。
尊称は譲れないらしい。
(様?)
(様っつったよな?!)
(様って何だ!?)
やっぱり聞かれてるよ、とウゴは顔がひきつるのを感じながら、カウンターへ歩み寄った。
マーキンが思った以上に顔が広いのは助かるが、面倒ごとに巻き込まれているような気もする。
「はい、冒険者協同組合ベンスル支部にようこそ!
こちらにご記入をお願い致します。
代筆もできますよー。
お名前は、…ウゴサマですか?」
レヴィーと呼ばれたこの女性は、天然なのか?わざとなのか?そんなことを言う。
ウゴはツッコミ属性ではないので、無視した。
「自分で書く」
受け取った台紙に炭墨を借りて記入する。
名前 ウゴ
性別 男
年齢 ___
得意 料理
職業適正 ___
これでいいか。
歳は今の外見なら15歳だが、それを書くのはちょっと。
22歳時外見は、トラウマ的な理由でなりたくない。
実年齢で書くとすれば750歳は確実に超えて、800歳に届いてるかもしれない。
もしかしたら800歳も超えているか?
具体的な年齢は分からないが、かといって15歳相当の扱いを周りから受けたら、今のウゴではキレそうだ。
いくら成年年齢が低い世界とはいえ、15歳では半人前のヒヨッコもいいとこだろう。
子供扱いはいらん。
適正も「元勇者」や[神]とは書けない。
…たしか料理人の適正はあったが、スキルや称号は取得していないはずだ。
現在のウゴには:ステ開示も、『検索』も効かないので、調べようがない。
「…ん」
結局、書きようがない所は未記入で提出した。
この後は、何するんだ?とぼんやり考えていると、レヴィーは台紙を受け取ったあと、じっくりと見て、ちょっと困ったような顔をした。
「名前と、性別の男性はいいのですが、職業適正はお分かりになりますか?」
「わからん」
「料理以外にお得意な事は?」
「ない」
「んー、となると、戦闘職適正はこのまま、もしくは適正を調べさせて頂いてよろしいですか?」
「ああ」
調べてもムダなのは知っているので、ウゴは適当に答える。
レヴィーが背後の扉に声をかけると、奥から茶髪の女性が現れて、お辞儀をした。
「適正を調べさせて頂きます」
それから薄茶色の瞳をチカッと光らせた。
スキルの:ステータス開示、や:全ステータス開示、持ちがスキルを使うときの反応だ。
(…あれ?ねぇ、あの人、全ステ開示が効かないよ)
(ええ!そんな訳ないでしょう?)
(いや、でも、本当に)
(…仕方ないな、分かったよ)
受付カウンターの奥でこっそり会話しているが、ウゴには聞こえていた。
やっぱりウゴには、ステータスというものが存在しないらしい。
神様だから?
「…とりあえずこの情報で登録させて頂きますが、一つ。
大型の旅団でもない限り、料理人枠はないとだけ、お伝えさせて頂きます」
やっぱりか、とウゴは驚きもしない。
冒険者というのが「町内の何でも屋」と聞いたときから、そんな気はしていた。
基本的に町の外に出ないのに、料理人を囲っておく必要はない。
屋台でも出すか?
「ああ」
「大丈夫よレヴィー、わたくしといっしょに仕事をして頂くから」
マーキンの思わせぶりな言葉に、疲れた顔をしていた組合員達の、目の色が変わる。
男はほぼ全員。
女性まで数人。
レヴィーがウゴを「男性」と言った所で、かなりの数の殺気が膨れ上がっていたので、げんなりモードになるのをウゴは耐えていた。
「………はぁ」
マーキンに文句を言ったら、もっと揉めるんだろうな、とウゴは無言を貫いた。
呼吸もしてないのに、なんで溜息が出るんだ。
「では、こちらが組合員証になります。
説明は如何致しましょう?」
「ありがとうレヴィー、あとはわたくしが説明しますわ。
心配しないでも大丈夫よ」
ウゴの背後で、ぶわっ!!と擬音まで聞こえそうな勢いで膨れ上がる殺気と、悪意ある視線に貫かれ、イラッとする。
こんなもの無視すれば良い。
反応がおかしいと…分かっていても…イライラする。
「あ、そうだ、一つだけ!
組合員証を身分証としてお使いになる方も多いのですが、その場合は月に一度、組合支部に顔を出して、更新してくださいね。
一切以来を請けずに、更新なし、依頼達成履歴なしのまま一ヶ月経つと、組合員の資格を失効してしまいます。
これは存命確認を兼ねておりますので、面倒ですがよろしくお願い致します」
「………ああ」
苛立って聞いていなかったせいで、返事が遅れた。
説明しているレヴィーの顔がひきつり、声が強ばっている事にも気がつかなかった。
「あの…ウゴ様?」
マーキンの何かを含んだ声に視線を上げる。
ウゴの瞳と視線を交わした瞬間、マーキンは凍りついた。
「!?っ、あ、ある、じ様」
へたりっとマーキンがその場で腰を抜かす。
ガクガクと震える身体、整った美しい顔には、恐怖が浮かんでいる。
「っ………………悪い」
無表情のはがれたマーキンの驚きの表情に、ウゴは平常心を取り戻せた。
マーキンの反応に驚いたとも言える。
無意識の内に、神パワーの『威光』を垂れ流していた。
いつのまにか周囲の組合員達は、先ほどまでの殺気を引っ込め、恐れをこめた視線を向けてきている。
この程度で腰がひけすぎだ、と思う反面、冒協の組合員は戦闘職ではなかった、って言われたな?とも思い出す。
一方的な威圧に慣れていないのだろう。
これは、本当に現状をなんとかしないとマズい。
…それでもウゴには、人の世に紛れるくらいしか、思いつかない。
今の状態で紛れられるか?
邪神化が進んでイライラするのか、イライラするから邪神化するのか。
どっちが正しいのか。
ウゴは苦い表情を引っ張ったフードで隠した。
「…また、お越し下さい」
受け取った組合員証は、白い金属製のプレートに、編革ひもを結んだ簡素な物だったが、強度だけはありそうだった。
「主様、大丈夫ですか?」
支部をあとにしたものの、マーキンはウゴのただならぬ様子に、不安を抱えていた。
普段の無表情をなんとか維持しているものの、わずかに纏っている怯えをウゴは感じてしまう。
道を歩くだけで、周囲から視線が刺さる。
それは顔を隠しているからではないと、ウゴも気がついている。
マーキンが傍らに居るからでもない。
…神気を、抑えきれない。
マーキンはウゴを恐れてはいけないと自分に言いきかせたが、自然に感じてしまうものは仕方ない。
[神]は尊敬を得て、畏怖されて当たり前なのだから。
それでもマーキンの知る[名も無き神]は不遜で怠惰ではあっても、自ら威圧的、高圧的な態度はとらないはずなのに。
何だコイツ、エラそうだな、と。
何だコイツ、エラそうにしやがって?!はちょっと違う。
…支部内での態度は、マーキンの知る[神]と別神のようだった。
重い空気を軽くしようと、冗談混じりに愛想を振りまいてみたのだが、うまくいかなかった。
受付が大ベテランのレヴィーであった事が、唯一の救いだったが。
ウゴが周囲に神気による威圧をまき散らし出したときは、身が竦んだ。
フードの影に見えた顔は、マーキンの知らない主様に見えた。
恐怖で腰が抜けるなんて、今世では初めてだ。
ウゴの側にいられると思って浮かれていたが、実は緊迫した事態なのかもしれない、とマーキンは猛省した。
わざわざ怠惰で出不精な[神]が、人の世に紛れにくるのだ。
理由がないはずがない。
浮かれていていい時ではなかった。
「…大丈夫、じゃない…」
ふと、聞こえたウゴの声は、わずかに震えていた。




