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31  受難!グラナガン卿

 





「失礼致します、お客様がお見えでございます」

「ああ、お通ししてくれ」


 答えてから、ん?と考える。

 今日は客人の予定などあっただろうか?と。


「お久しぶりです、グラナガン卿」


 通された客を見た瞬間に、げそっとやる気のない顔になってしまったのは、許容してもらいたい!とはフーガの言である。

 えんじ色のローブのフードを深くかぶり、やけに神妙な様子で声をかけてきたのは、どこからどう見ても世界一大切で、大好きな、トラブル招き寄せ体質の[名も無き神](主様)だった。




 出てくんな!引きこもってろっ!!!!

 と思わず怒鳴りそうになってしまったが、なんとか喉元で耐えると、スキル:精神的外傷(ストレス)に対する表情操作(ダメージ比例で効果上昇)を取得した。

 しかも、取得と同時にスキルが発動している。


「ぐふっ」


 血を吐きそうな気分で、フーガは胃を押さえた。

 表面上は無表情のまま。

 フーガの受けたダメージに対して、スキルが素晴らしい効果を発揮していた。


 これ、マーキンが無意識に常時起動してるスキルですよっ!と言いたい。

 交流するようになったマーキンが、幾つか前の前世で、この世界産「勇者」の仲間として、使徒活動と同時進行したら、このスキルが何故か起動しっぱなしになって……と教えてくれたのを思い出す。


 多分、原因は[名も無き神]だろうと思っていたが。


 強制発動ですか、そうなんですか。

 全部主様のせいだ!とフーガは無表情で、心の中だけで罵っておく。 


 トラブルに対する表情操作だけなら、:無表情、:賭博士の表情操作などがあるのに、なぜ精神ダメージに比例する必要があるっ?!

 現在の自分は、どれだけ[名も無き神]起因でストレスを受けているんだろう、とフーガは遠い目をした。


「な、何の御用でしょうか」

「…大丈夫か?」


 ふらつくフーガを、ウゴが本当に心配そうな顔で見つめた。

 フーガは心配そうにしているウゴに、内心でげっそりしながら、言葉を返した。


「ご心配頂き恐悦でございますが、主様の顔を見たので、胃が痛いです」

「…え?」


 ウゴが心底困惑した表情を浮かべるのを、フーガはちょっとだけ胸のすく思いで見つめた。






「いや、あのな、お前の意見を聞きたくて」


 アーメスの入れてくれたお茶を美味しそうに飲んで、しばしの沈黙の後。

 ウゴが言い難そうに「お前の方がオレより人生経験豊富だし、人付き合いもウマいし…」と、悲しそうな顔で言ってくるので、フーガの胃がさらにキリキリし始めた。


 なんで、そんなに自信なくしてるんですか?と、フーガは毛並みがしょぼんとなるのを止められなかった。

 500年くらいつきあっている、いつもの不遜でやる気のない[名も無き神]はどこにいったんだろう?と考える。

 それともこれが、素?



 前回のハージェルス教の廃退騒動で、元々低かったウゴの自分自身に対する評価が、最底辺にまで落ちていることに、フーガは気づいていなかった。


 祖母に育てられ、親に愛された経験のないタナカ・ショウゴは、自己評価が元々低かった。

 環境が自己肯定感を育てなかったのだ。


 役立たずの「大外れ」勇者になってしまい、認められずに苦労ばかりしたせいで、自己評価はさらに下がった。

 神になったことで、何でもできるようになったが、長い孤独生活では自己評価は上がらない。


 考え方だけは人外化したくないな、と思っている所に、考えなしの自爆を行ってしまった。

 今のウゴが自分に下した評価は「ただのバカ」だ。


 何かするにしても、世界に干渉しそうな時は、頼りになる大人に聞いてみようと考えて。

 大人→人生経験が豊富な人→元王様してたし、今も王宮にいるフーガになった。




 イチノセに言われた「一緒に」をウゴなりに考えてみて。

 そして、イチノセ達でなくても、人として生活してみたらどうだろう?という結論に達した。


 ちなみに元創造神や、ホルーゴ辺りに意見を聞いてもいいのだが。


 前者は。

「僕の愛するショーゴくん、キミは何でも好きにすればイイんだよ!

 人類殲滅でも環境破壊でも何でもすれば良いさっ!」

 とか言って腰を振りつつ抱きついてきそうだし。


 後者は。

「人と暮らす?

 いいけど…世界、壊さないでね」

 と怖すぎる穏やかな笑顔で言いそうだ。


 どっちもイヤだ。




「いや、いろいろあって、人の考え方、生活、行動を直接体感したい。

 クソ神に見つからないように、人の生活に紛れたいんだが…」

「それは、市井に紛れると?」

「…それしかない…だろうな」


 ウゴ自身が何をもってそう考えたのかは分からないが、フーガは止める気はない。

 あんまりやりすぎなら諌めるけれど。

 しばし真面目に考え…。


「マーキンに頼んでみては?」

「ん?」


 フーガはマーキンが「冒険者協同組合」に所属する吟遊詩人であると言った。


「冒険者協同組合?」


 由緒正しき歴史あるその団体を、ウゴは知らなかった。




 「冒険者協同組合」は正確な発足時期、年代は不明の団体だ。


 ちなみにこの団体、「冒険者」という大層な名前持ちではあるが、基本的に荒事とは無関係。

 一カ所に定住していない人(人族、獣人族など)=冒険者、くらいのユルいくくりで発足した。


 できた当初は荒事を生業にする者や、行商人、流れの職人なども「冒険者協同組合」の所属だった。

 しかし業種や、登録者が増え、業務内容が細分化されていく中で、管理しきれなくなる。


 大きな会社が別事業を、別社名で立ち上げるような形で。

 必然的に組合そのものが細分化され、別名称に分裂していった。

 そして…最終的にあぶれた「地域密着型何でも業務」をこなす人々が「冒険者」という名前を継ぐ事になった。


 現在では世界規模の地域密着型「何でも屋」な組織である。

 ちなみに定住している者でも組合員になれるので、町から出た事のない冒険者なんて者もいたりする。


 冒険しないのに、冒険者だ。

 …自己責任なら冒険も出来るが。




 ちなみに冒険者協同組合の仕事の内訳は。


 町村依頼による日雇い労働力

 個人や町村単位での開墾の手伝い

 迷子の捜索

 年寄りの話し相手

 小金持の子弟の武芸鍛錬の相手サンドバッグ

 雑草取りや掃除代行などの家事

 など、何でも屋の名に相応しい、多岐に渡る雑多仕事だ。


 楽に仕事を得られるため、定職を持たない一般人も、組合員として登録している事が多い。

 そのため組合員証は簡単な居住管理や、人別代わりにも使われていた。


 ちなみに荒事ならば「傭兵協同組合」、商売や職人関連なら「商工会」など、各組織が存在している。

 家屋修復や家庭教師など、専門知識や技能がいるものは、各組合に依頼が振られる。



 しばしの黙考の後、ウゴは納得したようだ。


「そうしてみる、じゃあな」


 ウゴが姿を消した後、残されたフーガは、どっと疲れが襲ってくるのを感じながら、それでもどことなく楽しい気持ちになるのをとめられなかった。

 [名も無き神]は、考えていた以上にフットワークが軽かった。

 まだまだ、自分も修行が足らないな、とフーガは真っ白な毛並みに覆われた顔に、皮肉気な笑みを浮かべた。






 ウゴはその足で、竜の谷へと跳んでいた。

 マーキンと話をつける前に、ルムスやフェムトに、話を通しておく必要を感じたからだ。

 異界の家ならばともかく、今後ウゴが滞在する町や村や、とにかく他人がいる場所に、ツチノコ竜が音速で降ってくるのは困る。



「フェムト、いるか?」


 神パワーで作り出した黒い上下を纏い、トウガ領の谷の中へいきなり跳ぶと、周囲にぴりぴりとした空気が満ちていた。


「ゔゔゔゔゔ」

「ヴヴヴヴヴ」


 フェムトと竜王3位、ナセガ領の竜長のカムロルがにらみ合っている。

 …竜の姿で。


 周りを囲む人型の竜達は、2体の姿を恐れと羨望の眼差しで見ているのだが、ウゴには巨大ツチノコがメンチ切りあっているようにしか見えないので、緊張感も何もない。


「「ゔゔヴヴヴゔゔヴヴヴゔゔヴヴゔゔ」」


 炎赤色とほぼ白色のツチノコは、可聴域ぎりぎりの低周波を含んだ、低い唸り声をお互いに叩き付けながら、ずりずりと円周運動をしている。

 時々フェムトの背から炎が噴きあがり、カムロルの周囲では粉雪が舞い散っている。

 両者の鱗がキラキラと光を発していた。


 …なんだこれ?

 ウゴはしばらくやる気のない表情のまま、2体の竜の膠着状態を見つめていた。




「あ、御主人様!」


 このタイミングで見つけてくれるな。

 とウゴが思っているのを知ってかしらずか、前回デコピンした1000体超の内の1体らしい、若い竜に話しかけられた。

 名前は…聞いてない。


「…何があった?」


 聞きたくないな〜と醸し出しても、若い竜は「御主人様に話しかけてもらえるなんてー!」とキラッキラになっているので、まったく気がついてくれなかった。

 ビシッと気をつけをした若い竜は、キラッキラのままで、フェムトとカムロルを見て…。


「えーと、喧嘩です」


 ソレじゃないっ!

 2人が何を揉めているのか聞きたいんだよ!

 竜王同士の喧嘩はともかく、谷の中でやったら、幼竜や若い竜が巻き添え喰うだろうが!とイラッとしていると。


「御主人様、ご心配には及びませんよ」


 と、年長の爺竜、婆竜がわらわらと寄ってきた。

 彼等は眷族ではあっても、ウゴより遥かに年上なので無下に扱えない。

 本当はフェムトもウゴより歳上なのだが…。


「本当か?」

「今は恋の季節でございましょう?

 カムロルも、もう子を成すべき頃ですからねぇ」


 ほっほっほっと笑ったら似合いそうな、好々爺然とした竜がしみじみと言う。

 竜は己より強者以外に名前を省略させないのだが、この爺様は、先代竜王2位。

 ウゴはともかく、竜族では誰も頭が上がらない。


 元美形の老人達に360度を囲まれながら、ウゴはへぇ?とフェムトを見た。

 そういえば、フェムトからは今まで色恋話を聞かなかったな、と。

 種族は違えども同性友人等と、戦いに明け暮れるのが大好きな戦闘狂だったせいで、婚期を逃した、らしい?


「じゃあ、あれは…」


 求愛ダンスってやつなのか?と声に出すより早く。


「カムロルが一方的に「我とガキ作るぞ!」と脅迫してますな」

「………へぇ」


 全然違った。

 しかも直接的すぎないか?

 そこが竜族らしいと言えば、ものすごくらしいのだが。


 一体,竜族を作った神は、どんなヤツなんだ。

 ウゴが竜を眷族にしてしまっても、まったく動く気配がないので、邪神とは別神とみているが。




 フェムトの子作り交渉?の終わりを待つのが、ものすごい面倒になったウゴは、とりあえず、爺竜、婆竜に「手が開いたら『通信』してこい」と伝えてもらう事にして、ルムスの所に跳んだ。


 ウゴはルムスの気持ちに気づいていなかった。

 そして、竜の恋の季節を甘く見ていた。



 

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