30 神になりたくない!と神が思ってます
その後、3体もいた魔王達はあっけない程簡単に、イチノセ達に討ち果たされていった。
なんとも形容しがたい、一方的なものだった。
ウゴは自分が経てきた、勇者は苦労する、という常識と認識が崩壊する音を聞いた。
納得いかない。
目前の光景は魔王との戦いというより、格下相手に蹂躙しているとしか言いようがない。
レベル差があっても、対等な戦闘が成り立っていなかった。
スキル:耕耘や:栽培で勇者と戦えるはずがないのだ。
イチノセ達の性格的に、惨劇は避けられているが。
周囲を取り囲む、有象無象の魔人族はウゴの『威光』により萎縮、無力化し、戦意を失っている。
今は一方的な展開を、遠巻きに見ていた。
そして、ウゴが納豆定食を食べ終わる頃、魔王達も聖剣アバウグスタにより、魂を輪廻に戻された。
勇者のなすべき事の全てが、滞りなく終わった。
不気味に静まり返った魔人族の群衆が、また暴徒化したらイヤだなとウゴは考えて、さっさと場所を変えることにした。
メイナリーゼを基点に跳んできたため、ウゴは自分の現在位置が分からない。
『世界検索:現在位置照合』
調べて分かったのは、現在地が……大陸の北部、人族の北限である帝国よりさらに北、魔人族領の中でも最北端。
簡単に言えば山脈と永久凍土で閉ざされた、文明社会のないド田舎。
だが…イチノセ達は、どうやって魔人族の繁華地を超えて、ここまで自力で来たんだ?と首を傾げたくなる。
背後に支援宗教を持たず、受け入れてくれる国家もなく、行く先のほとんど全てで(なぜか)嫌われまくったせいで、大陸中をさまよったウゴですら、魔人族領には入っていない。
魔人族は排他的で、同族以外を下に見て、害獣のように嫌悪している。
魔人族に土地への侵入が見つかったらどうなるかなど、考えなくても分かると思うが、一応言うなら、問答無用で襲われるにきまっている。
無傷で最奥地まで来ることなんて、どう考えてもムリだ。
なんで、こんなところにイチノセ達はいるんだ?
イチノセ達に聞いてみると「分からない」と言われてしまった。
ここで戦闘になる直前まで、帝国下の未踏破ダンジョンに魔王が現れたと聞き、潜っていたという。
突然、赤光に包まれたと思ったら、ここで魔人族と魔王に包囲されていて。
慌てたメイナリーゼがウゴを呼んでしまった、そうだ。
赤い光は移転用魔法陣の特徴だ。
そこは疑いようがない。
ウゴの崖っぷちの家でも、ルムスやフェムトを招くために、移転用魔法陣を飛び石に組んであった。
しかし人間を複数、長距離、移転用魔法陣で運ぶとなると、かなりの対価が必要になる。
大抵は集団詠唱で魔力充填をするが…さきほどの魔王や魔人族に、それができたとは考え難い。
のだが、ウゴは違う所に注目していた!
…すごいな、帝国まで「勇者イチノセ」一行を支援しているのか!という所に。
帝国下のダンジョンに潜る、ということは、帝国の許可を得られたということだ。
ウゴは視界がぼやけるのを感じた。
自分の時は殺される勢いで、国内中を兵士や戦士に追いたてられ、帝国の戦士長をしていた狂戦士の助力で、命からがら逃げ出したのに…と愕然とした表情になってしまう。
なんだ、この求心力の違い。
イチノセはカリスマなのか?
イケメンだからなのか?
あれ?
うう、目から汗が!
これが「大外れ」と「当たり」の違いなのか、とウゴは袖で目元を拭った。
とりあえずウゴはイチノセ達を、元々いた(と思しき)ダンジョンまで送り届けた。
跳んだ先では帝国兵や護衛の戦士達が、勇者一行が消えた!と騒いでいた。
戻ってきた!と更に騒がしくなるのを、イチノセがカリスマ?でなんとか治めた。
(イチノセ達より弱い)護衛が、ダンジョン内まで着いてくるなんて、もう上げ膳据え膳だな…とウゴは乾いた笑みを浮かべる。
悔しくない、羨ましくなんか、ない。
ないったら、ない!
ただ、汗がが止まらなくなりそうだ。
「ウゴさんがいると、楽すぎ…」
サカグチのこぼしたぼやきに、メイナリーゼがごめんなさい、と肩を落とす。
そう言えば、サカグチは暗器が思った以上に手に馴染んだらしく、いつの間にか暗器使いになっていた。
鍛錬もかねて、魔王相手に戦いたかったらしい。
弓矢も背負っているが、サブ扱いだとすぐ分かる。
メイナリーゼは、魔王を恐れたのではなく、激高した大勢の魔人族に囲まれたことが、怖かったらしい。
ウゴは眉をひそめた。
メイナリーゼの中に、ハージェルス教教会で圧倒的な数の暴力で糾弾されたことが、傷を残していた。
周囲は魔王を討伐した事を伝えたせいで、お祭り騒ぎになっていた。
ダンジョン内で不謹慎だ!と注意するべき立場の上官まで、一緒になって笑いあっていた。
護衛達はフードで顔を隠したウゴの存在が怪しまないくらい、浮き足立っている。
ウゴは兵士達の中に紛れて、奉られながら地上に戻るイチノセ達から、近況を聞いた。
今回の魔王で8体目だという。
しかも、青黒い肌、黒い瞳、黒い髪や体毛という特徴から、姿は変わってもすべて元魔人族のようだ。
全員から話を聞いた限りでは、全ての魔王が、戦いに関して素人だということ。
「…もうすぐ、終わるか」
小さいが全員に聞こえるように調整されたウゴの言葉に、イチノセ達が注目する。
「これまでの魔王は、魔人族だけだったんだろ?」
「ええ、そういうものかと思ってましたが、普通は違うんですか?」
イチノセの表情が曇る。
魔人族の王だから、魔王だと思っていたらしい。
「オレの時は…魔物から派生したり、魔人族、人族もいたな」
何をもってして「勇者」の肩書きを得るのかが完全に分かっていないのと同じく、「魔王」の肩書きもなぜ「魔王」と呼ばれるのか、分かっていない。
ただ、「勇者」と「魔王」が対と言われている。
…相手の神は、弱っている。
多くの種族に影響を与えられない程に弱っているとすれば、早晩手を使い尽くし、出てくる。
うつむいて考えながら、確信にウゴの心が震えた。
不意に湧き出すように溢れ出てきたのは、うっとりするような愉悦の感情。
ーそう、ダ、壊セ、殺セ、一方的に蹂躙してヤル!
存在の痕跡も残サヌように、粉微塵に引き裂イテその身を喰ってヤルー
「…兄さん、どうかしたの?」
メイナリーゼの唐突な言葉に、ウゴはん?と顔を上げた。
「なんか、おかしいよ」
ウゴの顔を見たメイナリーゼの言葉には、怯えが混ざっていた。
何もおかしくなんて…と言いかけて、ウゴは自分がどんな顔をしているのだろう?と思った。
妹に怯えられる?なんて。
指で頰に触れて始めて、口元が酷薄に嗤っていると気づいた。
ゾッとした。
この『笑顔』を、知っている。
記憶には…ないのに。
心臓が動いてないのに、耳の奥で血の気が引く音が聞こえた。
ウゴは両手で顔を押さえた。
嗤うな、やめろ!
ずっと気をつけていた筈なのに?!
続く苛立ちもそのせいなのか?
魔神戦で神パワーを枯渇させた影響なのか?
確かに自分をはめて仲間を奪った「神」を憎んでいる。
滅ぼしてやると決めた。
だが、それは相手の神を一方的に蹂躙したいからではない。
やるのは復讐ではなく、仇討ちだ。
仲間の無念をはらすためのものだったのに。
相手が弱っている事を知って、愉悦に顔を歪める?
悦びに心が震える?
…この反応は、まるで。
…………邪神だ。
「勇者タナカ」一行を奸計にはめた挙げ句、魂ごと喰らった「神」と同じになりたくない!!!!
なにが、どうなってる?
自分が自分でなくなる、おかしくなっていく。
怖い。
「兄さん、落ち着いて」
「………大丈夫だ」
メイナリーゼの口調は、いつのまにか傷ついた人を癒す、神官としての口調になっている。
ウゴはそれにも気がつかないほど狼狽えていた。
大丈夫だ、と自分に言いきかせる。
ここにアーガスがいれば、カミュがいれば、ルーデウスがいれば、ペグがいてくれたら、ホールスがいてくれたら。
自分は邪神になんかならない。
いつでも、間違って迷う自分を殴って正して反省させ、慰めてくれた仲間がいれば…。
いや…違う!!
こんな事を考える時点で、おかしい!!!!
ウゴが表情を強ばらせて黙り込むのを、メイナリーゼは穏やかな表情で見守っている。
しかし内心は嵐と化していた。
自分の知らない兄の姿に。
勇者時代の話は日記を読んだから知っている、フェムトからも聞いた。
ウゴ本人からも少しずつとはいえ、話を聞き出している。
話し方や態度から、過去にはケリをつけた、と受け止めていたのに。
今メイナリーゼの目の前にいるウゴからは、じわりと何かが滲み出ているのを感じる。
この前までは決して感じなかった,ナニかを。
もしかしたら、本人もそれに気がついていない?
「ショウゴ」
「…ん?」
救いの手は、思わぬ所から差し出された。
「俺達と一緒に行かないか?」
「ハ?」
思わず間抜けな声を出したウゴに、イチノセは不思議な笑顔を見せた。
「ずっと、ショウゴの役にたちたいと思っていたんだ。
今、そうすべきだと思ったから、誘ってみたんだけど……ダメか」
「……」
イチノセは俺みたいな半人前の側にいれば、ウゴもやきもきして、色々悩まなくて済むんじゃないか?と付け加える。
もしかして…そんなことのために、勇者を続けると決めたのか?
と、ウゴは聞けなかった。
「…………」
「ショウゴ?」
反応がない事をいぶかしんだイチノセは、ウゴの顔を覗き込んだ。
そして反応がないのではなく、驚いた表情で固まっているのを見て、慌てて手を振った。
「いや、迷惑なら…」
「め、迷惑じゃない、でも、お前等とはムリだ。
嫌とかじゃなくて…目立ちすぎる」
ウゴは不自然に赤くなり、挙動不審にそわそわして、慌てながら言い訳のように答える。
取って付けたように「自分がイチノセ達と一緒にいると、ハエのように魔王がたかってくるかもしれない」と。
それより、お前等は帰りたくないのか?と話をすり替えようとするウゴに、全員が生温かな視線を向けてしまったのは仕方のない事だ。
メイナリーゼまで、兄さんって…胸襟開くとヘタレかぁ………と見つめていた。
ウゴの言葉には、全員が「今更だろ!!」と思っていた。
ツッコミ属性でなくても、思わずにいられない。
どんだけ[弱者の神]が勇者イチノセ一行に手を貸したと思ってるんだ!と。
ウゴはハージェルス教をぶっ潰した後に、情報操作なんてやってない。
被害にあった側の、元ハージェルス教信者はもちろん、ソバンからの通達で[弱者の神]教の神官達も何人かは知ってるはずだ。
[弱者の神]が勇者イチノセ一行を支援していると。
更に言うなら、ハージェルス教の元信者達は、2度と他教を貶められないはずだ。
武装して四本腕の、真っ黒くて身長が3メートル位のバケモノ……神様?が怒って迫ってきた挙げ句、ほとんど知らない相手と強制◯◯◯◯!なんて経験をさせられたら、精神的外傷化確定だ。
ウゴが敵対する神が、イチノセ達に次々と魔王を送り込んできているなら、一緒にいれば効率がいいはずなのに。
……一度失った物を、再び手に入れるのは怖いよな。
と、イチノセにまで思われていると、ウゴは知りもしない。
「悠馬、ありがとう」
なぜか弁当を大量に用意してくれたあと、帰りがけのウゴに告げられ、え?と振り返った時には、もういなかった。
神様のくせに照れ屋かよっ!とイチノセは笑ってしまった。




