29 納豆はごはんのお供です
ウゴは戻ってきてから、花園でぼんやりち過ごしていたが、異界を新しく作る事にした。
花園はホールスの墓標だ。
ふと思いついて用意する食事のたびに、神聖な墓標を穢す気分になる。
いつの間にか神パワーは満タンだ。
あくまで体感で、なので、満タンかもしれない、とも言う。
どれだけ時間が経ったのかは、相変わらず分からない。
満タンと言えば…イチノセ達は、もう5年以上この世界にいないか?
特に連絡がないので、本人達が気づいてないのか、ウゴの勘違いなのか。
まぁいいか、とウゴは面倒なので、そこで考える事をやめた。
新しい異界を、前と同じように人が近づきにくいイメージで作る。
なんとなくその方が創りやすいのだ。
前の家は崖の中腹だったが、…絶海の孤島なんか、どうだ?と切り立った崖の島を考える。
異界は世界とは違う。
規模も成り立ちかたも。
異界は神パワーで創られた、小部屋のようなものだ。
ウゴは山里と盆地の中核都市育ちなので、本物の海を見た事がない。
それでも海の中に崖が切り立った、船があったとしても停泊が出来ない島と、海だけの異界が産まれた。
島の形は、どう考えてみてもうろ覚えの観光ポスター等の影響を受けている。
ヒースのような灌木が一面に茂っていて、全体的に平坦。
本物の絶海の孤島を知る人々にすれば、何だこれ?!モノに違いない。
ウゴ自身、この辺のユルさが「神パワー万能すぎるよっ!!」とタノクラにツッコまれる元になっていると、気がついていない。
気がついても治す気はないだろうが。
孤島に建つ家は前と同じ、アミの様子を見に戻った時の分譲住宅をモデルにして、一階にアイランド型のキッチンと書庫。
外壁は…目立たない灰色にしておく。
風呂や寝室は以前作ったが使わなかったので、なし。
神になった弊害なのか、ウゴは風呂に入りたいと思わなくなっていた。
この世界には風呂も米もない。
勇者時代にはタライでも桶でもいいから、とにかく湯船に浸かりたい!、米が喰いたい!って、あんなに執着していたのは何故だったのか。
始めて会った頃のイチノセと同じように、状態:ホームシックだったのかもしれない。
今なら風呂も食事も好きなだけ用意できるのに。
執着心がなくなったというより、どうでもよくなった、というか。
二階もいらない…吹き抜けだ。
テラスと書庫とキッチンしか使ってなかったので、今回もその3つがあれば良いだろう。
以前より広く作った玄関外のテラスにハンモックを用意して、毛布とクッションを詰め込む。
玄関をはさんで反対側に、いつもの安楽椅子と足置き台も置く。
これで完成。
あとは、服だな。
金…どうしようか?
しばらく考えて、ウゴは面倒くさいのでこのままでいいか、と独りで頷いた。
フーガが用意してくれた、ちょっと派手な魔法使いっぽいローブは、えんじ色に金の刺繍がされている。
魔力が込められた特別な服ではないようだし、ウゴ自身が服にこだわりがない。
必要になったら考えよう。
などと新しい家でうだうだ過ごしている内に、ルムスやフェムトから連絡が入り、少しずつ本が揃い始めた。
歴史、国ごとで整理して、相手の「神」の正体を考える。
知りたい事は多い。
1、この世界に「神」は何柱いるのか?
1、その内の何柱が、これまで「勇者」をハメてきたのか。
1、今のウゴより強いのか?弱いのか?
1、なぜ姿を現さないのか、それとも直接手を出せないのか?
もしかしたら、ただ、策を巡らせて、時期を待っているのか?
何千回考えても答えは出ない。
ウゴは自分が、倒した?喰った?と思われる神の事を思い出そうとするが、いつもと同じようにぼんやりとしか思い出せない。
白っぽくてヒラヒラしていた、ということくらいしか記憶がない。
神になった直後らしい時期の記憶もない。
「……ダメか」
やっと正気を取り戻して、神を捜していくうちに知り合った元創造神は、もの凄い気持ち悪いモキュッとした笑顔で「ショーゴくんカッコイイ〜♪」とか言って尻ふってウヒャヒャ〜ッ!って踊っていた。
その姿は、巨大な魚肉ソーセージにしか見えなかった。
あまりにも気持ち悪くて、その場から逃げたくなった。
それが、神になって始めて恐怖を感じた瞬間だった。
神でさえも得体の知れないモノに対する恐怖心は、もっているのだとウゴは知った。
そこで神だろうがなんだろうが、そうそう元からの自分は変わらないのだろう、と力が抜けたので、創造神に感謝はしている。
もう、会いたくはないが。
元創造神は固有スキル:世界眼、で引きこもっていても、世界の様子が見える!とか、エラそうに胸をはっているくせに、ウゴに何が起きたのかは絶対に教えてくれない。
教えろ!と詰め寄ったら、気持ち悪い笑顔で抱きつかれて、いろいろと迫られた。
自分よりも巨大な魚肉ソーセージに迫られた。
しかもオスに。
種族特性でハーレムのくせに。
…二度と会いたくない!と思ったので、本当に会いにいってない。
ホルーゴは「正気を取り戻してくれたのなら、もう大丈夫だね」と記憶のない間にウゴがしでかしたらしい事の全てを赦した。
世界に代わり、ウゴを赦すと言ってくれた。
ひどく憔悴した穏やかな笑顔で。
仲間とホールスを失ったことを悲しみ、怒りを抱えているのは、ウゴだけではない。
ホールスの血父であるホルーゴこそ「何故、娘を見殺しにした!」とウゴを罵る権利があるのに。
世界の守人として、破壊神に成り下がったウゴを赦したのだ。
なぜ…思い出せないのか?
…どこか神パワー枯渇の状態に似ている?
枯渇した時になにがあったのか、映像記録でもあればいいのにと、ため息をついた。
ウゴはぼんやりしながら、納豆を混ぜていた。
キッチンでぼへっと気を抜きながら。
今日は(というより何ヶ月ぶり?の食事)納豆定食にしてみた。
大きめの茶碗にご飯、発泡スチロール容器の納豆、豆腐とネギのみそ汁、白菜ときゅうりの浅漬け。
選択が渋いのは、言うまでもない。
750歳は確実にすぎてるし。
……………納豆とごはんを混ぜるべきか、一口ごとにいくべきか…それが問題だ。
こだわらないのが、ウゴのこだわりだ。
卵焼きなら甘いのもネギ醤油もだし巻きもイイ。
目玉焼きは醤油もソースも。
だが、納豆ご飯はいつも悩む。
混ぜるとずっと同じ味になるので、一口ずつ上に乗せて…か。
そんなことをぼへっと気を抜いたまま考えていると、突然声が聞こえた。
(兄さんっ)
思わず納豆を乗せたご飯を持ったまま、跳んだ。
「どうした?」
そう言いながら、ウゴは手に持っていた、納豆一口分ONごはんをメイナリーゼに手渡す。
箸は手にもったままだ。
「ちょっと、なんで納豆なの?
食事時じゃないしっ!!」
「食べたくなった」
とつぜん納豆ごはんを渡されたメイナリーゼが、若干的外れのツッコミをいれているのだが、そこはなおざりに返事をしておいて、ウゴは今の状況を見極めようと視線を巡らせ『検索』した。
「「「ヴォオオオオオオオオッッ!!!」」」
耳がおかしくなりそうなスキル:威圧、の咆哮の中で、ウゴは勇者一行と共に、3体の魔王に包囲されていた。
魔王の後ろには魔人族の黒い群衆がざわめき、鬨の声を上げながら、包囲網を縮めようとしている。
ギラギラと黒い瞳に悪意?を灯して。
その場にいる魔人族達は、みな一様に痩せて、薄汚れているように見えた。
飢饉時のパスウェトで見た、餓死寸前まで衰弱した姿よりはマシのようだが、栄養状態が良いとは言えない様相の者ばかりだ。
魔人族は肌が青黒い種族なので、ウゴには顔色の良し悪しは分からないが、群衆のほとんどが頬がこけて、目が落窪んでいる。
検索をかけた事で判明したが、包囲している魔人族の中に、強者はいない。
そもそも、武器持ちの戦闘経験者という出で立ちの者がいない、
村人や農人のように、鍬や鋤などの農具を振り上げている。
…まるで一揆だ。
いくら種族特性で産まれつき好戦的な魔人族とはいえ、農業従事者がいなくては生きていけないのだから、農人の存在に驚く事はない。
それでもなぜ、魔王のいる場に一般人が?と思わずにいられない。
レベルも人の平均よりは高いけれど、見たところ10〜20前後だ。
勇者補正のあるイチノセ一行は、現在平均でレベル85、どう考えても一般人相手に苦戦しそうにない。
タノクラが広範囲の焼却か、爆裂系魔法を一、二発打ち込めば、ここにいる魔人族は一掃できるだろう。
戦う術を持たない相手だと知っていて、攻撃ができれば、だが。
ウゴは「神」は思っていたより弱い、もしくは弱っている、という確信をもった。
前回、前々回と、魔王はレベルこそイチノセ達よりも高いが、戦いという点においてはド素人ばかり。
そしてそれは今回も同じ。
ウゴと戦った魔神だけが、剣術を修めていた。
神が干渉して、魔王にする器が足りないのか?
数だけ揃えておけばいい、と思っているのか?
それとも、所詮は勇者に与えるエサなのだから、簡単に倒されたほうが良い、とでも思っているのか。
戦闘に適正があり、正当な勇者補正を受けているイチノセ達は、この世界限定なら経験がなくても、ある程度戦う事ができる。
そこに鍛錬を積んでレベルを上げて、スキルを会得し、経験も積んでいる。
対峙する魔王のレベルだけは104、102、110と高いようだが。
相手に失礼なのは承知の上で、元の素材が戦闘職適正を持ってないので、勇者に勝てるはずがない。
戦闘職適正の有無というのは、レベルが10、20、違う程度では埋められない溝だ。
『検索』で魂全ての情報を開示した魔王のステータス、スキル構成は、どう見ても戦闘職ではない。
農人としては、なかなか優秀な部類だと思う。
称号の:狂信者、は全員が持っていてイヤな感じだが。
「…オレ、必要か?」
お前達だけでいけるだろ?と言外に問われて、メイナリーゼがぷくっと膨らんだ。
「手が足らないのっ!」
ウゴは体から力が抜けるのを止められなかった。
メイナリーゼが呼んだので、焦ってご飯を持ったまま跳んできてしまったのに。
あー、アレだ。
買い物に行くから、ちょっと兄さん荷物持ちしてよ!的なアレだ。
ちょっと足止めしといてよ、で神様呼ぶなっ!!
「……仕方ない」
内心はともかく、他ならぬ妹の頼みに、お兄さんはとても弱い。
ウゴにシスコンの自覚はなくても、赤ん坊の頃から妹を守ってきた!という自負と自覚が、大切な妹の頼みを無下に断るという選択肢を始めから潰している。
『平伏せ』
『威光』を手加減して1割かけただけで、魔人族はばたばたと倒れ、文字どおり平伏して行く。
魔王まで怯えている。
たった、1割なのにか?とウゴは、レベルだけ強引に引き上げられた魔王を見回す。
弱い者いじめをしている気分だ。
ものすごい不愉快で、苛立つ。
…この程度で。
「あとは自分たちでやれ」
「ありがとうございます、助かりました」
「いや…次は自分たちでなんとかしろよ」
この程度の相手、いくら数の暴力が怖いとはいえ、魔法一発でなんとかなるだろ?とイチノセに言いそうになる。
それをごまかすように、ウゴはメイナリーゼから茶碗を受け取り、その場で正座して食事を始めた。
うん、納豆ごはんウマい。
みそ汁も取りだして啜った。
「あー」
みそ汁は、癒されるなー。
「…さすがウゴさん」
感心しているらしい、スズキのつぶやきを聞きながら。
「なんで、ここで食べるのよっ!?」
タノクラのツッコミは、必要不可欠になっていた。
元創造神の現在は、ほぼ「ハダカデバネズミ」+魚肉ソーセージ




