27 焦ってもどうしようもない時ってあるよね?
「サカグチは…」
首を傾げながらウゴが選んだのは、弓ではなく投擲用ナイフだった。
さらに、いかにも暗殺用?な黒刃に黒柄のダガーとか、どんどん選んでくる。
「ちょ、ちょっと!私は弓術士だよっ!?」
ツッコミ要員でないサカグチが思わず狼狽えるくらい、ウゴが選んだ武具の数は多種多様だった。
主にナイフやダガー類が多いのだが、毒針を飛ばす暗器や、毒を仕込んだ指輪とか、物騒すぎる。
「いやー、なんでだろうな?」
ウゴもサカグチと一緒に不思議そうに唸る。
サカグチの魂と引き合う弓が、この宝物庫にないだけなのか?
300点近い弓武具が揃っているのに?
「とりあえず試してみたら?」
タノクラはウゴのセレクト自体が間違っているかどうかより、サカグチの為に選ばれた武具が、対魔王?と首を傾げたくなるようなものばかりなのが、気になっていた。
暗殺者を目指してくれと言われているような?
「試してみるけど…」
もうレベル80になるのに、今更戦い方変えるの?とイヤな顔をするサカグチ。
とりあえず試してみて、気にくわなければ今までの弓で、と決めた。
その後。
ウゴはもうやる事は済んだから、という態度で女王とフーガの元へ向かう。
もちろん謁見の許可なんてとってない。
無造作に執務室の扉を開けると、目の前に剣が突きつけられた。
「何者!!」
「帰る前に、迷惑をかけた分、礼をしたい」
厳しい声音で何者かと問われ、突きつけられた剣が見えてないかのような態度に、騎士達は戸惑う。
顔を隠したえんじのローブの…子供?
「みな、下がれ」
深い溜息をつきながらの女王の言葉に、その場にいた執務官や騎士達が驚くが、女王は同じ事を2度は言わない。
ぎろりと周囲をねめつけるだけで、執務室の中は女王とウゴだけになった。
ウゴはフードを外し、明らかに周囲から浮いている姿で、女王に深くお辞儀をした。
「面倒な事に巻き込んでしまってすまなかった。
礼としては足らないかもしれないが、必要な時に力を貸そう。
ハンバ王国に、ではなく、貴女個人に」
「…神に頭を下げられる日が来るとは」
女王は頭痛でもするのか、片手でこめかみの辺りをぐりぐりと揉む。
初見のときに、謁見の間で下げてたけどな?とウゴは言わない。
軽く肩をすくめて、返事にしておく。
女王は立ち上がり、ウゴの前でまで行くと、膝をつき手をつき、平伏した。
「[弱者の神]よ、貴方様が民草の言に同じく、弱き者を救うお方ならば、どうかこの国の民を、この先永劫に渡り見守って頂きたい」
「…それはムリだ。
この国は好きだが、オレは特定の国に干渉したくない」
そう答えなくてはいけない事が辛い。
フーガを使徒にした時もそうだが、正しく人の上にあろうとする者は、大変好ましい。
もちろんその手は清らかなものではない。
それを鑑みても、良くあらんとする治世者の魂は磨かれている事が多い。
この世界をよりよくしていくのに、必要な魂だ。
使徒に欲しいが、女王の魂は「人助け」よりも「治世」に向いている。
個人的な思惑は置いておいて。
ハージェルス教を潰した事は、ホルーゴに凄く嘆かれそうな気がする。
「神」への私怨もあり、勢いで世界に干渉しすぎてしまった。
元創造神は腹をよじって笑い、泣いて喜ぶだろうが。
創造神のくせに、世界が乱れていると喜ぶ阿呆だ。
神ではなくなった時に何があったのか知らないが、壊れた?のだろうと思っている。
フーガの時も国亡き後の民が憤死しないように、と影から力を貸しただけで、カルマト王国を滅ぼした国へは一切関与していない。
できない約束はできない。
「そうか、残念だ」
無理を言って申し訳ないとさらに頭を下げる女王に、ウゴは続ける。
「どっかの国が手を出してきたら、オレの名前出して、===に呼ばせろ。
直接手は出さないが、顕現くらいはしてやるからさ」
それって、手を出してるよな?という女王の表情を見ないで、ウゴはつぶやく。
「信頼には信頼を返すべきだろ?」
…照れ屋め、と女王は思い、お人好しで器が小さく、普通の人に近い、[神]に笑みを隠せない。
これでは、使徒のグラナガンが苦労するのも分かる、と嘆息した。
なにしろ「主様、表に出てこないで!」だからな。
女王はウゴに怪訝な顔で見られても、笑みが浮かぶのを止められなかった。
こんなに利用価値があるのに、利用しにくい相手は始めてだった。
ウゴはフーガにも別れを告げた。
しばらく何もしないぞ、と言うと、もの凄く喜ばれた。
「主様はおられるだけでよろしいのです。
神というのはそういうものでございます」
と、熱弁をふるわれたのが、納得いかなかった。
その後、ポメトラム大森林のホルーゴの所にも報告に向かう。
魔王討伐は邪魔していないが、使徒から作られた魔神を倒したと告げると、ホルーゴの穏やかでたおやかな笑顔が、ピシリと固まった。
「…ショーゴくん、困ったことをしたね」
って、言われて冷や汗と脂汗が止まらなくなった。
怒られてないのに、怒られている、責められている。
「ま、悪いのは神様達だからね、ショーゴくんは好きにすれば良いよ」
この「世界」は、滅ぼされてもショーゴくんを恨んだりしないよ、と表面上では告げられ、心からの謝罪をホルーゴへ行った。
「ホールスが、君とこの世界で過ごせるように、滅ぼさないで欲しいな」
最後の言葉が、動いていない胸に痛かった。
竜の所も順番に回った。
フーガから連絡がいっていたにもかかわらず、「神」と戦うのか!とうっきうきでわっくわくになっていたので、収拾をつけるのが本当に大変だった。
「神貫」で開けられた傷がまだ塞がってないのに、と苛立ったが。
腹の傷は塞がったものの、いまだに胸は指が入るような穴になっている。
「神殺し」は伊達じゃないんだよな、と痛いのに慣れているせいで動けるものの、常に痛くてダルくてイラッとしていた。
「だから、もう終わったんだよ」
「「「「「「はいっ!……で、どこに参りましょうかっ」」」」」」
ウキワクな竜達はいつも以上にウゴの言葉を聞こうとしない。
「…ない!って言ってるだろうがっ」
軽くキレた。
3割くらいまで戻りかけた神パワーを無駄に使って、8カ所の竜の谷で合計1000体以上の竜にデコピンをかました。
…そのせいで、いきなり神パワーが枯渇しかけて、フェムトの所で2ヶ月程うだうだ過ごすことになった。
一番にハーバラの所に行ったのは正解だったな、とぐったりしながら思った。
ウゴは神パワーが戻ってくると、ひさしぶりに1人でぼへーっとした。
人のいない、魔物のいない、動物もいない場所で。
気が向いて世界中へ跳んでみる。
高すぎる山の山頂。
昼間の砂漠。
吹雪く氷の海。
塩湖の上を歩いてみたり。
どこまでも広がる草原で寝てみたり。
轟々と風が鳴く崖に佇んでみる。
どこも落ち着かない。
結局、花畑の広がる異界で寝転がっていた。
風もない、日射しもない、生き物のいない、ただ花園だけのひろがる異界。
風がないのに花が揺れ、日射しが無いのに明るくて、雨も降らず虫も鳥もいないのに、花が咲き続ける。
ホールスの墓標。
「ホールス…オレ、どうしたらいい?」
……ダ………イ………キ…ショ…ー…ゴ………
答えがないのは分かっている。
ここで聞こえてくるのは、死の間際にホールスが残した残滓。
やはり新しい家を作るか?
…前の家を作るまではどうしていたか?
そうだ、世界に干渉しすぎないで、情報を整理する為に家を作ったんだった。
ウゴはずっと感じている齟齬に、気持ちの悪さを覚えている。
魔神との戦いの後から、考え方が、感じ方がおかしい?と首を振ってみた。
常に苛立っているような。
…これも枯渇の影響か?
悩んだ所で、誰にも聞けない。
ホルーゴは「半神」の名が示す通り、限りなく神に近いけれど、神ではない。
元創造神は…会いたくない。
今も恐らく頑張っているのだが、頭が壊れてるし、いろいろおかしいので、教えてくれるとは限らない。
結局今までと同じで、手探りで少しずつなんとかしていくしかない。
神様の取り扱い説明書でもあればいいのに、とウゴは嘆いた。
とりあえず、竜達に世界の歴史本を、各竜の谷のバックアップから複製してもらい、精査してみるか。
これまで気づかなかった事に、気がつくかもしれない、とその場でハンモックを作る。
試してみてよかったら、ハンモックとお気に入りの安楽椅子と二つでもいいな、と。
普通に転がって…ネットの圧が胸の傷に痛かった。
分厚い毛布とクッションを追加したら、おどろくほど快適になった。
ハンモック採用!
目を閉じて、まどろみに身を任せた。
目をひらく。
触らなくても分かるが、胸の傷は無事に塞がっている。
神パワーの戻りもほぼ満タン!
フーガに借りたままだった服を替えて……着替えがない事に気がつくが……文無しだ!
だが、神様はクサくならない…はずだ。
心臓が動いてないんだから新陳代謝とか…いや、涙や汗はでるけど、あれは分泌なのか?
ウゴは袖のあたりを嗅いでみるが、自分の匂いって分からないんだよなーと悩んでから、金がない、悩んでも仕方ないと開き直った。
タノクラ辺りなら「え、もしかして貧乏神!?」とか言ってくれそうなんだが。
一人ってこんなに空しかったかな?と傷の塞がった胸をさすりながら思う。
とりあえず人間性を忘れないように、ご飯を出すが、キッチンがないので『創造』で調達した。
創造している時点でダメな気がするが、そこは花園しかない場所なので、御都合主義神パワー万歳!
メニューはご飯とだし巻き卵、みそ汁、たくわん。
食欲もないし、選択肢がジジ化してきてるなーと思いながら、ぽりぽり食べた。
片付けを済ませた後で、ハンモックは分解しておいた。
墓にハンモックは、元日本人として許されない気がする。
……………日本人?
そういえば、おかしい、と今更気がついた。
ウゴの時間感覚はおかしいが、単純に考えても、この世界で750〜800年は経過している。
イチノセ達が同じ世界の人間で、同じ時間軸で世界が繋がっていると仮定した場合、イチノセ達はウゴの生きた時代の750〜800年後の人間であるはずだ。
それにしては……すべてに違和感がなさすぎる。
元々生活だけで精一杯だったウゴに、流行の漫画やアニメの話は通じないのだが、約800年前とまったく同じ食事をとっているはずがない。
ウゴの料理を日本が懐かしい!と喜ぶ訳がない。
言葉だって、約800年あれば、まったく別モノになっていてもおかしくない。
イチノセ達の話し方に、ウゴが違和感を持った事は無い。
ウゴはスキル「:翻訳」をもっていない。
イチノセ達の言葉をそのまま聞き、そのまま理解している。
つまり、イチノセ達はウゴが齟齬を感じない、800年前と同程度の日本語を話している。
イチノセ達は固有スキルの「:異世界言語翻訳」を常時無意識で使っているから、気がついていないだろうが。
…似ている別の世界か?
ものすごく気持ち悪い。
「神」の手のひらで、転がされているような気がして、ウゴは苛立ち…メイナリーゼを基点に跳んだ。




