24 神
「勇者一行が魔王を討ち果たした」という神託が、世界各地で下りた。
[弱者の神]教とパーシアン教、にはなかった。
ハージェルス教は早々に解体されていて、神託を受ける巫女もいなくなっていたため、神託があったかどうかも不明。
勇者一行とウゴが異界へと跳んだ後、使徒達とハンバ王国女王による、徹底的な根回しが行われた。
本気になった獣人王国の武力で、早々に制圧されたパーシアン教の信徒達によると、ハンバ国内に「神」が降りられる、という神託がおりた!という、デタラメを信じていた。
パーシアン教の神は「夫婦神」で、「集団」をよしとしている。
そのため「個人」による自由信仰が許されるハンバでは人気がなかった。
「夫婦神」がハンバに降りるなら、ハンバをパーシアン教の聖地へ!ということだったらしい。
…しかし、現場で動いていた末端のパーシアン教の信徒のほとんどは、なぜハンバ王国を襲うのか、まったく理解していなかった。
ピクニックにいくような気軽さで越境して、ハンバ王国へレッツゴー!していた。
どんな煽動スキルや魔法が用いられたのか知らないが、正気を取り戻した今は、反省という言葉がバカらしくなるほど、憔悴している。
気づけば、牢屋に精神がゾンビ化した、パーシアン教信徒が溢れていた。
…いや、そこまで落ち込まなくても、とハンバの兵達が信者を慰める惨状になっている。
しかし、女王は帝国と交渉する間、信徒達を牢に放り込んでおく事にした。
先に手を出してきたのはパーシアン教で、ノンスルメ帝国最大の宗教なのだから、うまく交渉に持ち込んで、戦争を回避したかった。
世界中が、魔王討伐の報せにお祭り騒ぎになった。
ここ数十年「勇者」が出なかったのもあるが、とりあえずお祭り騒ぎがしたかった、のだろう。
…しかし人々には、勇者の所属する宗教が分からず、どこを拠点に活動しているかも、分からないままだったため、困惑もしていた。
討伐を果たしたイチノセ達は女王に連れられ、各国の王や貴族達の間を連行されていた。
気分は猿回しの猿だ。
いや、本当はハンバ王国と勇者の繋がりを見せつけて、手を出すなよ!と威嚇、もといお披露目だったのだが。
慣れない宮廷作法を徹夜で詰めこみ、勇者に相応しい、と各国より押し付けられた、目が痛くなるような派手な鎧や、きらきらのローブなどを装備させられ。
引きずり回される日々に、イチノセ達、勇者一行は閉口していた。
さらに、ウゴが目を覚まさない。
城内で女王とフーガと勇者一行しか知らない部屋に、満身創痍のまま、まったく回復しないで眠り?続けている。
神は寝ないって言っていたの!に、とタノクラやスズキが耳元で騒いでも。
メイナリーゼがとびっきり甘えた様子で「お・に・い・ちゃ・ん、起きて♪」と囁いても。
目覚めなかった。
「大丈夫ですよ。
主様はとーーーーーーーーっても怠惰な面倒くさがりですので、頑張りすぎて燃え尽きたのでしょう。
その内ケロッと起きてまいりましょう」
フーガが口吻をふこふこさせながら、自信たっぷりに言うので、…大丈夫だろう、とは思う。
フーガ、マーキン、ソバン、ツィーレは、始めて使徒全員の所在が明確に確認できたため、お互いに情報交換を行う事にした。
フーガとソバンの金と権力で、専用の通信魔法具を用意した。
ウゴの所在確認ができているのはいいが、いつ目覚めるか分からず、預かった神パワーを『通信』で使い切ってしまうと困るからだ。
本音を言えばフーガも怖かった。
ウゴの傷だらけでボロボロの姿を見た時は、そのまま倒れてしまうかと思った。
自分が!第一の使徒で、主の代行をしなくては!、と思い何とか持ち直した。
さらには竜達との兼ね合いを考えなくてはならない。
フーガは竜の事をほとんど知らない。
ウゴはこれまで竜と使徒を引き合わせなかったし、どちらの立場が上なのか?も考えていないようだった。
これはウゴが、中学生なのに生活費のために帰宅部で、バイト生活であり。
そして三年生の途中で異世界に召喚されたため、上下関係が必要だと知らないだけだったが。
実情をフーガが知る由もない。
竜がウゴの眷族であることは知っていても、どれほどの忠誠心を持ち、どれだけ理性的で、どのくらい強いのか?が分からない。
マーキンと話し合って、とりあえず竜にはウゴが無事で、しばらく寝るとだけ伝えた。
ハンバ王国へ飛んでくると、ウゴが怒る、と一つだけ嘘をついた。
今すぐそっち行くから待ってろや!!!!と言いそうな、竜達の対応が本気で怖かった。
とにかく、使徒達は各地で連携をして、今回の宗教騒動で巻き込まれた人々の救助、炊きだし、復興支援、マンパワー派遣をわざと[弱者の神]の名を出して行った。
ウゴには後で怒られそうだが。
元々ウゴがハージェルス教を潰したのが悪いのだ、とフーガとマーキンで結託した。
前にウゴがぼそりと言ったのだ。
「最近、力の戻りが早い気がする。
信者が増えたせいか?」
それなら信者を増やして、[弱者の神]へ感謝し、祈りを捧げる者が増えれば、ウゴが目覚めるかもと考えたのだ。
勇者一行は引きずり回されながらも、ハンバ王国の恩恵にあずかっていた。
今の所どこかの国や、宗教からの勧誘はない。
表立って、は。
ハンバ王国が獣人中心の国なので、自分たちがものすごく目立っている事だけは、どうにも慣れなかったが。
城詰めの兵士や騎士達は、人族+異世界人である勇者一行への対応に、始めこそ戸惑っていたが、話しかけてきたイチノセ達が気さくだと知りすぐに打ち解けた。
イチノセが「勇者」の称号にあぐらをかく事ができなくなっていたことも、よかったのだろう。
少なくとも城内にいれば、動物園にいる気分と、親愛に囲まれて過ごす事ができた。
そんなある日の修練場で。
「どうしたの?」
黒槍の練習後、汗を拭きながら休憩していたスズキに、修練に来たサカグチとタノクラが話しかけた。
ぶつぶつ一人で呟いていたからだ。
魔王戦の時のスズキの豹変に、頼もしさを覚えたのと同時に「コワっ!」と思っていたので、マメに話しかけようとしているのもあった。
しゃがんだスズキは不思議そうに二人を見上げた。
「…なんか、この槍しゃべってるんだよなー。
話しかけても…返事しないけど」
「なによ、そのホラー武具」
「えー?
喋るの!?すっごーいっ!」
2人で耳を澄まして、槍の側に近寄る。
当たり前だが、何も聞こえない。
「……スズキさん、頭は大丈夫ですか?」
「ヲイ、なんで突然敬語になるの!?」
タノクラの言葉にショックだよっ!と顔をひきつらせるスズキに、サカグチが追い打ちをかけた。
「キノセイデスヨ」
ロボットかっ!!とツッコミを入れたタノクラと一緒に、二人はけらけら笑い出す。
相談相手間違えたー、とスズキは身悶えた。
けっこう真面目な話のつもりだったのに!と。
「からかうならユウマにしとけっ!」
もうすっかり、魔王と戦う前の微妙にゆるーい空気に戻ったかな、とスズキは安堵した。
一ヶ月は何もなく過ぎ去り、二月目も終わりかけた頃。
ウゴが目を覚ました。
「あ、主様が目覚められたっ!」
ウゴの寝ている部屋に遠隔結界を張っていたフーガが突然叫び、わたわたと走り出した。
偶然フーガとタノクラが魔法の練習を行っていたため、勇者一行にも話が届き、全員がすぐに駆けつけた。
狭い隠し部屋の中に集まる勇者一行+フーガ。
ベッドが一つと小さいテーブルのみの部屋の中、小さな窓から入る日射しがウゴを照らしている。
相変わらず光を反射しない黒髪のままだが。
「……………」
ウゴは上半身を起こして、ぼんやりとベッドに座っていた。
青年の姿のままだったが、全身の傷もぼろぼろの腕もウソのように治っていた。
「兄さんっ!」
ずたずたに切り裂かれた服は、ただの布にしか見えなかった。
そもそもなんで着替えさせてないの?とメイナリーゼは思いながら、嬉しくてウゴに駆け寄った。
フーガがウゴの服も神パワー作だと思っていたせい、だが、メイナリーゼはそこまで考えつかなかった。
嬉しくて泣いていたから。
「ショウゴっ!」
「ウゴさんっっ!」
イチノセとスズキの声が重なり、誰もがホッとして、安堵の表情を浮かべる中。
ゆっくりとウゴが頭を巡らせた。
「「「「「「っ?!」」」」」」
全員が、何かを考える前に、言う前に、ひれ伏していた。
一体、何が起きた?と考える余裕もない。
その場を支配する、圧倒的な存在感。
頭の上から覆われるような圧力。
全員の脳裏に、一瞬で叩き込まれたのは恐怖、己がここで虫けらのように死ぬ姿。
魔王との戦いでも感じなかった純粋な圧に、指一本動かす事ができない。
ひれ伏し床に頭をこすりつける前に見たのは、何の感情もこもらない、どろりと濁った黒瞳。
いつもは光を返さないだけで、様々な感情を灯すのに。
目覚めたウゴの瞳には、何の感情もこもっていなかった。
『…見事に魔王を討ち果たし「真たる勇を知る者」となった事、褒めてやる』
これが、ウゴの言葉か?
高くもあり、低くもあり、幾重にも響く声。
聞いているだけで震えが止まらない、全身から冷や汗が噴き出し、口が渇く。
体は動かず、声も出ない。
「き、恐悦至極でございます」
イチノセは自分でも何言ってんだ!?と思いながら、裏返った声を紡いだ。
体が勝手に動く。
恐怖に。
「あ、主様、どう、なさったので、ございますか?」
フーガが必死で絞り出した言葉に、ウゴはぼんやりしたまま、濁った瞳のまま。
『神にモノを問うな、愚か者』
「……………っ、も、も、申し訳っ、ございません」
手加減なしのピンポイントでかけられた『威光』に、フーガは腰を抜かした。
普段からウゴの神パワーに触れているフーガでなければ、ショックで死んでいただろう。




