15 兄妹コント?
勇者(仮)一行がぽかんと見つめる中、メイナリーゼは見た事がないほど朗らかな笑顔を浮かべていた。
そして、ウゴに向かって旧知のように話しかける。
その口調は勇者(仮)一行の知るメイナリーゼとは、まったく違うものだ。
「将吾兄さんが失踪したのって、こっちに来たせい?」
「ああ、召喚されたらしい。
イチノセと同じだろうな」
「そっかあ、本当に心配したんだよ。
朝起きたらいないし、学校行く時間になっても帰ってこないし」
当時の事を思い出しているのか、メイナリーゼは視線を巡らせて、それから「無事で良かった」と笑った。
ウゴはメイナリーゼの言葉に首を振ってから、機嫌が良さそうに返す。
その口調も、普段の面倒くさそうで不遜なものとは異なっている。
完全に見た目年齢に相応な、少年だ。
「ぜんぜん無事じゃないよ。
7年くらい勇者やったけど、暗黒時代だぞ。
あれは強制地獄巡りだよ。
地獄の後は更に地獄だったし!
仲間は皆殺しにされて……神になったあと、しばらくの記憶がないんだよ〜!」
思い出した事で落ち込んだのか、オレの人生って一体…とどんよりした顔で呻くウゴに、うへ〜とメイナリーゼが軽すぎる感想を返した。
感想がかるすぎよッ!?とタノクラが変な顔をしている。
とても軽〜く言っているが、ウゴのこちらの世界での人生が、日記やら本人の言で知る限り、本当に地獄行軍だとイチノセも思い知った。
と、ウゴが思い出したように顔を上げる。
「そうだ、落ち着いてからアミの様子を見に帰ったんだよ。
結婚して幸せそうだったから、心配してなかったんだけど」
まさか転生してこっちに来るなんてな、と嘆息。
「会いにきてくれたら良かったのに」
「外見が22歳で止まってるのに、年上になった妹に会えないだろ」
「…うーん、確かに」
内容はともかく、楽しそうに続く会話。
黒髪黒瞳、金髪茶瞳、肌の色もまったく違う。
外見はまったく違うのに、どこからどう見ても仲のよい兄妹にしか見えない。
それで、こっちに連れてこられた時の事は覚えているのか?と聞くウゴに、メイナリーゼは首を振る。
「その辺は覚えてない。
死んだってのもあんまり、…思い出せない」
ああ、でも、とメイナリーゼは続けた。
「たぶんなんだけど、兄さんに向けてた信頼とか、愛情とか、全部イチノセくんに向けてたかも?」
ウゴの表情が明らかに怒りを含んだものになる。
普段の怠惰な表情が信じられない。
「クソ神め、いつか、ぜったい見つけてやる!」
ウゴの言う所によると。
「勇者タナカ」は複数の神に利用された。
どう利用されたのかは、あまり言いたくないらしい。
とりあえずイチノセ達を助けてくれるのも、神に利用させたくないから、と言う。
その内の一柱を(まったくなんにも覚えていないが)倒し(たと思う)、神になった。
そうでなければ[神]になんてなるはずがない、と。
というか、自分が神になったと知ったのさえ、かなり経ってからという。
「勇者」を異世界より呼べるのは「神」だけ?だろうということも後から知った。
どうやら[神]になったからと言って、何もかも分かるようになるわけではないらしい。
存在が生き物の枠組みから外れても、知識までは伴わないらしい。
その後も数は減ったものの、異世界組勇者が召喚されている。
つまり、神はまだいるはずだ。
神になったウゴを恐れているのか、バカにしているのか、理由は分からないが出てこない。
ウゴも神がどこにいるのか分からない。
見つけられない。
ウゴがこの世界にいる理由は、その神に仕返しするためらしい。
仲間の墓に土下座させてから、存在を粉砕してやる、と決めたそうだ。
勇者(仮)一行が話を「ひでー」と思いながら聞いていると、気持ち的に一段落ついたメイナリーゼが、笑顔をイチノセに向けた。
「えっと、ごめんね。
たくさん心配かけたのに、勝手に盛り上がってしまって」
「ああ、いや、すごく驚いた」
「わたしも驚いたよ!
こんなことが本当にあるんだね、っていうか転生ってすごい!
髪の毛が天然でパツキンなんだもん!」
パツキンって、古くないか?
控えめでもの静かで、いつもイチノセの後ろにいる、そんなイメージで固定されていたメイナリーゼの快活で朗らかで、ちょっとおばさん?くさい雰囲気に、イチノセは困っていた。
いや、前の方が好きだったかな、とか。
言えない。
だって、イチノセを無表情で見ているウゴが、ものすごく怖いっ。
無言で圧力をかけられている。
シスコンなのか。
ものぐさキャラがシスコンはダメだろ!と思うけれど、タノクラもスズキも、そこには触れたくないらしい。
スズキ、サカグチ、タノクラは困っていた。
目の前のホームドラマに。
ツッコミどころが多すぎて。
助けを求めたら、本当にウゴが助けにきてくれた。
腕輪は砕けてしまったけれど。
[弱者の神]神殿で見た木彫りの御神体は「ナニコレ?」だったのに、ウゴが本当にその姿になって、ありえないと思った。
何度も思ってしまうけれど、本当に神なんだなーと。
絶対に敵にはまわしたくない。
普段との落差がありすぎるせいかもしれない。
メイナリーゼが目覚めるまで。
勇者(仮)一行は、ルムスの住む竜の谷「ナコガ領」にかくまわれていた。
もちろん、レベリングされながら。
ナコガの竜長はルムスの父竜ボルフェルームアで、とっても渋いオジサマだった。
背が高くて逆三体型で手足が長くて。
銀の髪と銀の瞳で、普段は渋いのに照れ笑顔になると可愛い!
これがオジサマ好きタノクラの、どストライクだった。
ツチノコでなければっ!!、と百万回は思った。
サカグチはそんな幼なじみを、ちょっとぬるめな温かい目で見守った。
竜、すごいなぁ…と思いながら。
スズキとタノクラにとってナコガ領は天国だった。
そして人になれる年齢の竜は、基本的に美男と美女しかいなかった。
竜体はでかくてかさばるので、育った竜達は谷の中での日々を人型で過ごす。
つまり、14、5歳〜爺婆まで、美形揃いなのだ!
全長10メートル位までの幼竜が10に満たないので、ほぼ美形の里だ。
サカグチはお爺さん、お婆さん竜に気に入られて、暇がある時の茶飲み話につきあった。
そしてこれは、異世界に来る前と変わらないポジションだった。
どうして、子供の頃から老人ウケだけ良いの?!、と元美形達に囲まれて、心で泣くサカグチだった。
ルムスは護衛と馬車(泣)として、谷の外へ同伴していた。
竜の谷には、人が住むために必要な物が足らない。
たとえば食料、衣料品、特に消耗品は周辺の町まで買いにいくしかない。
ウゴに会うまでひたすら魔物を狩っていたため、集めていた素材を換金すればいいのだが、勇者(仮)とバレてしまう恐れがあるため、ルムスが交渉役になってくれた。
人と関わる事があまりないので、交渉自体はうまくないが。
しかしここ数日、スズキがムダにいい笑顔でルムスに近づくと「キモイ!乗せないっ!」と外出中止になる。
スズキは落ち込み、サカグチとタノクラはスズキを恨みつつあった。
食べ物の恨みは恐ろしいのだ。
ウゴは時々姿を見せて、差し入れをしてくれるけれど、ハージェルス教壊滅に忙しそうだ。
ハージェルス教の支部や教会や、その他信者会のような小規模のものまで、ウゴが片っ端から『廃退』をぶちこんで信者の数を減らしているという。
イチノセ達はやりすぎじゃないか?と思っているが、助けてくれと頼んだ手前、言い出せない。
ハージェルス教側としては[弱者の神]に連なる全てが憎いが、何もできない。
神が相手では手も足も口も出せない。
分かっているのは、なぜか[弱者の神]が自分たちに敵対している、ということだけ。
あの場にいた信者のほとんどが『威光』による恐慌状態に陥っていたため、何があったか分からないのだ。
メイナリーゼが殺されかけたのは、あの場にいた神官長の暴走でしかなかった。
何も分からないのに、世界規模で次々と信者が狂態に陥る。
「純潔」の教義に抵触し、集団暴行に近い行いで心を病んでしまい、信者をやめさせるしかない。
その繰り返しで、教団としての力が弱まるばかり。
人の力では説明がつかない事態に、本物の神の怒りを買ったのか?と思うと、身動きが取れない。
もはや、ハージェルス教は砂の城だ。
そこまでハージェルス教を敵視しなくても…。
と言ったタノクラに、ウゴは「一夜の恋」と「(妹を害された)八つ当たり」だと涼しい顔で答えた。
「愛情とか双方の合意とかすっとばしてたら、動物と同じでしょうが?!」
と思わずキツい口調で言ってしまったが「…人は動物だろ?」と困惑された。
神様だから常識が通用しないのか、750年前の人間だからなのか。
深く考えていると自分たちもおかしくなりそうだ、と。
メイナリーゼを除く勇者(仮)一行は、これ以上ウゴの行動について考えない事にした。
そうこうしている内に、メイナリーゼが目覚めないまま半年が経って、イチノセ達のレベルは75になっていた。
これ以上は谷の上位竜のレベルに近くなってしまい、上がりにくいという。
例外は竜王だが「竜王相手だと、訓練が死ぬまで続く」とウゴに言われてやめた。
死んだら、訓練じゃない。
一番はメイナリーゼが起きたら、帝国の地下ダンジョンに行くのが良い、と竜長ボーアに薦められた。
しかし、メイナリーゼは目覚めない。
ウゴの加護?とかで衰弱はしなくても、仲間がいつまでも目覚めないのは、ゆっくりと勇者(仮)一行の心を削っていった。
そんな時にウゴがやってきて「メイナリーゼだったか、起きるぞ」と言った。
そして本当に起きた。
でも、起きた後がなんかおかしい。
ほのぼのしすぎじゃないか?
どうしてこうなった?!
というのが現在。
やっぱり、どこにツッコムべきか、タノクラとスズキは悩んでしまう。
メイナリーゼがおばさん化した事とか。
ウゴが、どう考えても、私怨でハージェルス教をぶっ潰してたよね?とか。
世の中には知らない方がいい事が、多い。
好奇心猫を殺すとは、うまいことを言ったものだ。
イチノセ達は、また一つ大人になった。