13 [弱者の神]顕現
ゴロゴロしているうちに、何ヶ月かが過ぎた。
と、ウゴは他人事のように思う。
神になってからの時間感覚のなさは変わらない。
しかし、なんとなく脅迫的な感覚で、人としての営みを忘れる訳にはいかないと感じて、ときどき料理をして食べる。
掃除をする。
整理整頓もしてみる。
模様替え…は家具がないから無理だが。
世界各地の歴史を集めた本を読み直す。
捜している答えを求めて。
捜している相手を求めて。
その時も、ウゴは読みかけの本を手に、まどろんでいた。
安楽椅子に座り、足置きに足を乗せて。
突然声が聞こえた。
(た、助けて、ウゴさんっ)
本を置くと同時に跳んだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」
うるさい。
ウゴが着いたのは、大勢の怒声が反響する大広間だった。
ひどく薄暗い中にはろうそくの匂いと、興奮した人々の汗の匂いが充満している。
見上げた天井は石造りで、窓には巨大な色ガラス絵がはめられている。
それはハージェルス教の唯一神「神」が人々に天啓を与える絵だ。
…場所は分からないが、ハージェルス教の大教会らしい。
「…っ、…うっ」
ウゴの足下にはぐったりとして、血を流しているメイナリーゼが倒れていて、勇者イチノセがその細い体を抱いて震えている。
うめき声はイチノセのものだ。
戦士スズキ、魔法使いタノクラ、弓術士サカグチは武器を手にして、緊張に目を見開いて青ざめていた。
数百人はいるだろう周囲の怒声は、すべてイチノセ達に向けられている、ようだ。
周囲には投げつけられたのだろう聖水の瓶や、靴などが散乱している。
何があったかは分からないが、古い記憶から怒りがわき上がる。
『黙れ』
……………………………………………………………………………………………。
『威光』を乗せた威圧の一言で、教会内が静まり返った。
そのまま気絶する者がいてもおかしくない、程度の威圧にしておいたが、思った以上の人数が気絶したらしい。
信仰のうすい一般人が混ざっているのだろうか?
イチノセ達は『威光』の効果範囲から除いておいた。
「何があった?」
ウゴを見上げたイチノセは真っ白な顔をしていた。
絶望と、嘆き。
その表情にはイヤとなるほど見覚えがあり、ウゴは思わず出そうになった悪態をかみ殺す。
「元の世界のがマシだったろ?」
イチノセの返事を待たずに、メイナリーゼの血まみれの腹部を見た。
「………」
メイナリーゼの姿を見ただけで、何故か苛立ちと焦りが、ウゴの胸をかきむしる。
[神]になってからは、ついぞなかった感覚だ。
周囲には回復薬の小瓶が何本も転がっている。
メイナリーゼの傷から立ち上る臓腑の匂い、血の色と量から見て、低級や、中級回復薬では治せないだろう。
勇者(仮)一行は、上級回復薬を持っていなかったのか。
イチノセがつかえるであろう低位、中位治癒魔法でも無理だ。
勇者(仮)一行で上位治癒魔法が使えるのは、「上位神官」のメイナリーゼだけだろう。
メイナリーゼはすでに虫の息になっていた。
自分がメイナリーゼの傷つく姿に、動揺しているのは何故か?と自問した。
答えは分からない。
それが、ひどく気に入らない。
手をかざしてつぶやく。
『修復』
ウゴは元から魔法が使えないので、ためらう事なく神パワーを使った。
というか、神が魔法を使えるか知らない。
結果的に治れば良い。
体、霊、魂へ神パワーを直接使う事で、傷をなかったことにしてしまう。
あっという間に流れ出た血も、傷ついた臓器も、服まですべてを含めて無傷の状態に戻すと、ウゴはタノクラへ振り返った。
今のイチノセから話を聞き出すのは無理だ。
それなら必然的に、心の強いタノクラしかいない。
「何があった?」
タノクラは青ざめつつも、メイナリーゼのために戦う気らしく、冷や汗で滑る魔法杖を何度も握りなおしている。
「ここには報告してくれと呼び出されて。
メ、メイナリーゼが、ハージェルス教の信徒でありながら、邪教に堕ちたから、魂を昇華させないと、邪神の使徒になるって…急にっ」
「…想像通りか」
「知っていたのか!!!!??」
ウゴの言葉を聞いて、激高したイチノセが胸ぐらを掴み殴ろうとするのを、ウゴは他人事のように醒めた目で見つめる。
「いくつかの、起こりうる未来の一つとして、だ」
もっとひどい未来の可能性もあった。
有無を言わさず皆殺し!になってないだけ、マシな未来だ。
苦い古すぎる経験を思い返す。
ウゴはイチノセの手を払おうともしない。
ハージェルス教の上層部、もしくは「神」が、ウゴや[弱者の神]教と勇者(仮)一行の接触を知ったのだろう。
邪推したのかもしれないし、誰かに陥れられたのか。
そろそろ最初の威圧がとけてきたらしく、教会内のハージェルス教信徒達が、騒ぎ始めていた。
「知っていてっ、分かっていたのにっ!!」
「お前が自分で決めたんだろうが、オレのせいにするな」
「!!?、っぐ、う」
この状態で何を言ってもムダだと思っていたのに、イチノセが口ごもった事で、ウゴはイチノセに対する評価を上方修正した。
そこでやっと、イチノセの手を払いのける。
ほんとうなら、もう答えは出させたが…。
「異世界の勇者」に甘くなってしまうのは、仕方ないと言い訳して。
言葉に『威光』を上乗せした。
『勇者イチノセ・ユウマ。
まだ、魔王を討ち果たしたいのか?』
傷ついて苦しむ仲間を巻き込んで
自分を傷つける者を守るために
自分と関係のない世界を守るために
自分の命をこの世界のために使うのか?と聞いた。
普通なら、こんな事を選ぶ奴はいない。
ハージェルス教側は、イチノセが会った事もない相手を「私たち(出会ったばっかりだけど)友達でしょ、あいつ嫌いだから殴ってきてよ」と言っているのだ。
この場合、魔王は敵どころか、見も知らぬ隣人の可能性もある。
イチノセは悔し涙を流した。
後悔していた。
アーガス・フンドの日記を読んでも、なお、自分たちは大丈夫と思っていた。
異世界からのチート持ち+転生者のパーティは、教会関係者に「過去に喚ばれた勇者様の中で一番」と言われ続けた。
とても誇らしい気持ちになった。
会う人のすべてがイチノセ達を笑顔で迎えた。
イチノセ達を優れたもの、勇者として扱った。
だからこそ、思っていた。
勇者(である俺)が、魔王を倒せないはずがない。
困っている人々を救えないはずがない!
前提がすでに間違っていたのだ。
敵は魔王ではない。
敵は、味方と思っていた全てだ。
勇者様、勇者様!と崇められ、持ち上げられ、有頂天になって、この世界の全てが味方だと思い込んでいた。
そんな愚かな自分に、イチノセは気がついた。
「………俺は勇者だ。
魔王を討ち果たすためにいる」
ウゴは不愉快そうに眉を寄せてから、スッと無表情になる。
「でも、仲間は違う!
助けてください、お願いします、どうか助けてください!!
お願いしますっっっ!!!!」
イチノセの嘆願を聞いたウゴは、ちょっと驚いた顔をした。
すぐにまた無表情へ戻したが。
ウゴの足元で土下座をしているイチノセを、仲間達は見て…自分たちも続いた。
「何でもするから、助けてくれ」
「助けてもらうばかりで、何も出来ないって、調子がいいってわかってる!!」
「…お願い、します」
続くスズキ、サカグチ、タノクラの言葉に………ウゴはとても穏やかな笑顔を浮かべた。
それを見たフーガが懐かしくも喜ばしい!と歓喜に狂うだろう、笑みを。
「助けを求める者は助ける、救いを求める者は救う、感謝はいらない。
全てはオレの罪ほろぼしで、謝罪で、ただの自己満足だから」
勇者(仮)一行を守るように、[弱者の神]が顕現した。
仄かに輝く巨体は、3メートル近くあり、教会の天井に届きそうだ。
艶のない漆黒の衣を纏い、わずかにのぞく肌までも艶のない黒。
光を吸う漆黒の黒髪を地まで垂らして、引きずり。
髪に覆われた顔は見えない。
それは全ての光を吸収しながら、光を放つ、あまりにも矛盾した生き物ならざる、神の姿。
四本の腕に、銀剣、黒槍、緑杖、白小剣を携え。
周囲を威圧する七色の後光を纏い、全てを睥睨している。
身に纏う『威光』は加減していても垂れ流しだ。
他教徒には[弱者の神]は破壊神だ!と言う者もいる。
そして、それを疑う事ができぬ圧倒的な存在感。
本物の[神]の顕現に、教会内のハージェルス教信徒の半数が気絶して、腰が抜け、失禁し、生物としての純粋な恐怖に逃げ出そうとした。
死にたくない、これは、死を告げにきた。
勝てない、これには、絶対に勝てない。
逆らえない、これに逆らえば、魂まで粉砕される。
逃げ出そうと恐慌に陥る信徒達、しかし全ての扉は開かない。
叩こうが蹴ろうが、押そうが引こうが。
言葉にならない悲鳴を上げ、救いを乞い、助けを乞い、他者を踏みつけ、突き飛ばして、自分だけが逃げようとする信徒達を、[神]は黒髪の下から視線だけで凍りつかせる。
『[弱者の神]の怒りを知れ。
愚かなハージェルスの信徒ども。
汝等の神が救いを求めし、勇ある者を貶めた罪を知れ。
汝等に愚者の刻印を…『退廃』せよ』
低くも高くも聞こえる、何重にも重なった声が響いたとたん、その場にいた信徒達は、恐怖も己の信じる神の存在も忘れてしまった。
すぐ側にいる者の手を取り、服をはぎ取り合い、教義に抵触する淫らな行いに走ろうとする事を、おかしいと思わなかった。
「あは、はははぁ」
「あ、ぁあう」
「う、ぁ、ああ、そこだよ、そこに」
「き…ち、いいっ」
意識のある全ての信者が、ハージェルス教の教義「純潔であれ」に違反している事を確認して、ウゴは少年の姿に戻る。
高位神官でもない限り「純潔であれ」を厳守している信徒はいないが、これだけ大勢が同時に教義に違反したとなれば…問題にならないわけがない。
今後もハージェルス教の信徒でいる事を苦痛に感じろ!くらいだ。
正直なところウゴにとって「破壊神かよ?!」モードは直近の黒歴史だ。
ハージェルス教よりも[弱者の神]教が廃れてしまえ!!と心から思っている。
ご本尊?御神体?の姿が、ウゴの心を抉りすぎる。
イチノセ達まで、怯えているのは仕方ない。
『威光』や『退廃』の範囲からは守れても、破壊神かよ?!モードに対する畏怖は、ごまかせない。
本当に姿が変わるのだから。
そして、勇者(仮)一行は、神と共に姿を消した。