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11  竜の谷、ホクガ領

 





 帰らないと勇者(仮)一行は決めた。

 それならまずは強くなってもらうしかない。


 八代竜王の一体、「鬼軍曹」の呼び名を持つ砂土の竜王ハルヴェンルバラ、通称ハーバラに、勇者(仮)一行を、強制的に鍛えさせる。

 ハーバラは竜族一の戦闘狂だ。


 〝自分より強いものと、ひたすら戦う〟


 いや、ひたすら倒される、か?

 魔物狩りやダンジョンへ潜らなくてもできる、レベリングの一つ。

 それは、昔、ウゴが受けた修行、いや拷問の一つだ。


 当時若い竜だったフェムトと意気投合していたフンドが、頼りない「勇者」が生き残れるように、と勇者時代のウゴを地獄の一丁目から、本物の地獄へと突き落とした。


 確か竜の谷で過ごした2ヶ月でレベルが30は上がった、いや、上げさせられた。

 何度か死にかけて、いや、出血多量で心臓が止まり……ホールスに泣かれた。

 あの頃は、毎日血反吐を吐いて、一日の内に何度も自分の血溜まりで気絶するのが常で、壊され治され壊され治され……よく精神が壊れなかったもんだ、と懐かしく思った。











 勇者(仮)一行をハーバラに預けて、何日経っただろうか。

 安楽椅子の上で、思い切りのびをしてから立ち上がる。

 勇者(仮)一行が心身共に生きているか、確認しておかないと、いや、とりあえず差し入れか。


「一応、着替えておくか」


 八大竜王の内、七竜王は、それぞれ世界各地の竜の谷を統治している。

 竜は他の生き物と違い、この世界のイレギュラーで、とても強い。

 強いのだが、世界への干渉をほとんどしない。

 しないというか、世界への興味がない。

 竜達はただひたすらに、強者との戦いに生き死ぬ事だけを欲している。

 自分たちの種族内だけで、自己完結しているのだ。


 どんなアホな神が作ったんだよ、竜族?とウゴは未だに思っている。

 元創造神は「違うからね」と否定していた。


 強い相手との邂逅が大好きな竜達の元へ、勇者(仮)一行の様子を見にきた、という理由であれ、姿を現せば。

 絶対に、戦いになる。

 特にハーバラとは400年くらい会っていない。

 考えるのも恐ろしい。


「面倒くさい…行きたくない…」


 神パワーで、無地の黒い詰め襟と黒いズボン、ちょっと軍服っぽいイメージに着替えておく。

 中学生の時が学ランだったので、適当に考えて。


 この世界では黒髪、瞳自体が珍しい。

 染色技術が未熟で漆黒色が作れないので、全身真っ黒なんて誰もやらない。

 染めてすぐは良いけれど、色褪せるのが驚く程早い。

 その中で黒髪、黒瞳、黒い服なんて異端者だから襲ってくれっ!て言ってるような格好だ。


 まあ、竜達にとって眷族らしくしろ!と威嚇になればいいな、とウゴは軽い考えで全身を真っ黒にしてみた。

 とりあえず手みやげは肉だな、と決めて竜の谷へ跳んだ。






「何者だ!」


 ハーバラの元へ直接跳ぶ事も出来たが、400歳未満の若い竜のほとんどが、ウゴの姿を知らないため、あえて竜の谷、ホクガ領の入り口あたりへ適当に跳んでみる。

 ちょっと歩くつもりだったのに…すぐに見つかってしまった。


「ハルヴェンルバラを呼んでくれ、ウゴが来たと言えば分かる」


 面倒くさいので、説明なんてしない。

 ウゴは怠惰なんだよ。

 竜骨槍を突きつけて凄む二体の門兵へ告げると、その場で腕を組んで立ち、そのまま待つ。



 門兵’Sは300歳を少し過ぎた辺りだろう。

 竜は人の姿になれるようになると、初めて谷から外に出してもらえる。

 門兵として。

 人の外見でちょうど14、5歳くらいの彼等は、総じて「第二次反抗期、思春期」と呼ばれる、扱いにくい時期である。

 外に出すのは、簡単に言えばガス抜きだ。


 竜が強いとはいえ、幼竜では素材として高く売れる!と数の暴力で狩られてしまう事がある。

 強者を求めるのが竜なので報復行動はないが、もとより出生率が低いので、種の存続の危機になりかねない。

 そのためのヒキコモリ子育てだが、鍛えた後は放置になる。

 放置されるか構われるかギリギリの時期、しかも、戦闘衝動が無限にあふれているのが、300歳前後の若者竜だ。

 絶対に関わりたくない。


「何者かと聞いているんだ!」

「…」


 ウゴは無言で神パワー『威光』を1割くらいの出力で放つ。

 普段は節約する意味でも、神パワーの利用を極限まで控えている。

 そうしないと、生き物の中を歩けない。

 歩くだけで人波がわれて、平伏されていく…なんてのは望んでない。。


「っ?!」


 威光を浴びた2体の門兵の足が、がくがくと震え始めてしまった。

 1割だと多かったらしい。 

 もう少し鍛えた方が良いんじゃないか?とウゴが見つめると。

 2体とも完ぺきに腰が引けていた。


「そ、そこでしばし待てっ」


 門兵はお互いに顔を見合わせて、1体が伝令に走り出した。

 ウゴは槍をかまえたまま動かない、残された淡い砂色の髪と瞳の竜を『検索』した。

 『威光』で圧倒されているが、萎縮はしていない。

 ここで飛びかかってこないのは、若い竜にしては冷静だな、と思った。

 短絡思考の竜にしては、珍しい。




 しばらく待っているとドドドドドドドドドドドドと地響きが聞こえてきた。


「ーーーーーーッッ主人様ぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ」


 人の姿で走っているのに、足が見えないのは漫画みたいだな、とたゆんたゆんっと揺れる凶器を、ちょっとだけ鑑賞して。

 一体、中には何が詰まっているのか?と考える。

 ウゴだって元男の子だ。

 今は色々枯れてしまっているが。


 体当たりされる直前で一歩下がって、避けた。


 ドゴンッバキキョンッガゴッゴバッ!!


 ソレが素通りした後に続く、なんかおかしな音と、土煙と、崩れる岩山やら、へし折れていく巨木をぼんやり見ていると。


「避けないで下さいな」


 砂埃と葉っぱに塗れているのに、かすり傷一つない女性が、敬礼とともに歩み寄ってきた。

 緩くウェーブがかかった、腰まである砂色の髪と、優し気で色っぽいたれ目。

 纏う服は今のウゴに良く似た、軍服っぽい形のカーキの揃い。


 その一部分が凶悪なまでに存在感を主張している。

 女性が歩くたびにゆさゆさっと挑発してくる。

 ウゴには効かない…効かない!!

 悲しくなんてない!悲しくないんだっ。


 彼女がホクガ領の竜長にして八大竜王五位、砂土の竜王ハルヴェンルバラ、二つ名は「鬼軍曹」

だ。

 戦闘狂の多い竜の中でも、突出して戦闘を好み。

 まさに戦いのために生まれ、戦いを子守唄に眠り、戦いを三度の飯に食べて育ち、戦いを…ってとにかく戦う事が大好きな、見た目だけたはおやかな竜王だ。


 竜の中でもハンパなく強いのだが、強敵を倒す事より、戦う事に夢中になってしまうため、竜王としての位階は真ん中あたりで止まっている。

 見事なまでの竜族思考の持ち主だ。


「ムリだな」


 戦えないし、無敵じゃない、とウゴがハーバラへ何度言っても忘れるらしい。

 しかしすぐに忘れて襲いかかってくる。

 ハーバラの場合はルムスと違い、本気で殺そうとしてくるので、タチが悪い。


「もう一度、感動の再開を再現さ」

「ウザいから」

「あ、はっん、んんぅ」


 ハーバラは並の男なら、思わず一カ所を抑えそうな艶のある声で喘ぐ。

 瞳にもとろりと溶けるような妖艶さがにじんでいる。

 完全にスルーして、ウゴは問う。


「勇者イチノセ一行は?」

「ハァハァ、あ、あの軟弱者等ならば、数日中にレベル60にさせる予定です」


 …レベル50までと言ったはずが、ハードルが上がってないか?

 しかも、なる、じゃなくて、させる、って言った。


「…預けて今日で何日目だ?」

「はい、一月と半分強、本日で68日目でございます」


 1ヶ月は約40日、1年は8ヶ月なので、平均すれば4、5日に1レベルアップ。

 レベルが上がる程、レベリングが難しくなるのはあたりまえだとしても、最後に会った時のイチノセのレベルが42…妥当だろうとウゴは頷いた。

 2ヶ月(80日)で半死半生で30レベルアップ!に比べれば。


「無理を頼んで悪かったな、ハーバラ」


 ウゴは感謝の笑みを浮かべて、ハーバラに礼を言う。


「は、はいっ、あ、ハイッ」


 頰を染めて妖艶な笑みを浮かべ、そのまま舌なめずりして何か言いそうなハーバラに、ウゴは釘を刺しておく。


「ハーバラに頼んでよかった、オレは、戦いたくない、からな」

「…はい」


 とたんにしょぼくれるハーバラ。

 ハーバラは戦闘狂だが、脳筋ではない。

 言葉の中で匂わせておけば、納得はしてないとしても理解してくれる。


 ウゴはぽかんとしている門兵へ、土産を持ってきたから、交代で食べさせてもらえと言うと、何故か座り込んでいじけているハーバラは放っておいて、さっさと竜の谷の中へと向かった。

 慌ててハーバラが着いてくるのが分かった。











「陣中見舞いに来たぞ」


 谷の中程、ムダにだだっ広い石舞台の上で、勇者(仮)一行がぶっ倒れていた。

 どの谷にも必ずある幼竜の修練場だ。

 ぜえぜえはあはあと、全員が息をきらして、滝のように汗をかいているが、傷を負ってはいない。

 平和だ、とウゴはホッとした。

 血の池を見なかったことに安心したのだ。


「あんたねぇ、あたし達を殺したいワケ?!」


 魔法使いタノクラが、息もたえだえにウゴを見るなり怒鳴る。


 逆だ、死んだら困るから、多少は安全にレベリング出来る竜の谷へ入れてやったんだ。

 その証拠に打撲はあっても、切り傷はないだろ?と、言ったらキレそうなので、ウゴは口を閉じた。


 タノクラは最初に感じた通り、一行の中で一番心が強い。

 他のメンバーは今、石舞台の冷たさだけが恋人です、と動こうともしない。

 その目が死んでる。


「お前等を殺して、オレに何の得があるんだよ?」


 ウゴはちゃぶ台と「豚角煮丼、みそ汁、お新香つき、ほうじ茶添え」を用意した。


「「「「「っ!?」」」」」


 一瞬で全員の目に光が戻る。


「メシ!マトモナメシッ!メシィッ!!」


 勇者イチノセはかなり壊れていた。

 やっぱり、一番頼りないな。

 顔は良い、戦闘適性も高い、スキルや他の適正も多いのに、残念なやつだ、とウゴの内心が聞こえたわけではないだろうが、目をギラギラさせて怖い。


「ごはん、ごはん、とろとろ〜〜〜〜ォ♪」


 弓術士サカグチも、ちょっとヤバそうだ。

 満面の笑みで、角煮を箸で乱付きするなよ。

 角煮はお前の敵じゃない。


「豚っ!肉だっ!…おかわりあるよなっ!?」


 戦士スズキは、まだイケるな。

 美形揃いの竜に囲まれているせいかもしれない。


「……………デザート」


 神官のメイナリーゼは、よく分からない。

 今が無表情なせいかもしれないが、とりあえず食べる気はありそうだ。


「…ありがとう、本当にありがとうっ」


 そして、ツッコミ魔法使いタノクラに心の底からのお礼を言われ。

 本気で有り難がられて泣かれてしまったので、ウゴがとりあえず無表情を意識していたら、途中で「あっ!」と気づかれてしまった。


 ウゴが礼を言われるのも、有り難がられるのも大っキライだ、と思い出したらしい。

 タノクラは立ち回りの上手な、空気の読める魔法使いだった。


 見たところ全員レベルは58、59になっているので、地獄行軍もあと一週間で終わる。

 あとは自分たちで、適当にレベルを上げたりしてくれれば良い。

 メイナリーゼが言ってた期限まで、まだ時間がある。

 レベル100までなら簡単だろう。

 防腐加護つき弁当を置いていってやるから、最後まで頑張れよ、とウゴは他人事として片付けた。


 他人事だとウゴは割り切っているつもりなのに、メイナリーゼが繰り返す「デザート」の呟きに、気持ちを引っ掻かれるような感じがして、ついアイスクリームやケーキを出してしまった。

 何が、気になっているのかは分からない。

 なんだか…懐かしいような。

 郷愁?というのか。



 

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