10 レベリング地獄行き特急、ルムス号
卵かけご飯を十分に堪能して、満足した勇者(仮)一行は、目の前のショートケーキを見つめた。
主に女子メンバーが、うっとりとした顔になっている。
一年以上ぶりのケーキには、甘いものが苦手なイチノセさえ一口、と思うほどだ。
食べられないとなると、食べたくなるのだ!
この世界にはケーキどころか、お菓子すらほとんどない。
食文化が貧しい。
いや、その前に農業、酪農、畜産、漁業すべてがダメダメだ。
元が一般人で異世界に転移されてから、ほとんどレベル上げしかしていない勇者(仮)一行にもわかる位ダメなのだ。
普通の食事も携帯食も、異世界人、しかも元日本人?のイチノセには満足できる味ではない。
都市に行かない限り、ほぼ塩味しか存在しないのだ。
しかも、その塩すら貴重品!とか。
おそらく作物の収穫量も少ない。
飢饉が起きたら、すぐに餓死者が出るのも納得してしまう。
「それで?」
「あ、あの、ルウォルフェムスさんに言われて…」
「そうじゃなくて…そういや、ここは居心地悪いだろ?
他の所に行くか?」
「え?あ、いや、大丈夫ですよ」
とは言ったものの、ご飯を食べて人心地がついた今でも、神の家の存在感というか、圧迫感というか、威圧されているというか、落ち着かない。
例えるなら、全国規模の競技大会でとつぜん指名されて選手宣誓!ってやらされるくらい。
もしくは千人規模の全校生徒の前で、一人でアカペラで歌って踊れ!ってくらい。
神の家にいるだけで、ものすごく緊張してしまう。
「神パワーで作った異界だから、異世界人でも違和感を感じるだろ」
まぁ、本人達が大丈夫って言うなら我慢させるだけだ、とウゴは首を振ってから、「え、ここ作られた世界?!」とか騒ぎだす5人を置いて、ルムスを睨んだ。
平凡少年の姿で威光も使っていないので、怖くもなんともない。
それでも、ルムスはふるふると震えた。
「呼べって言ったよな?」
「あの、い、言い訳よろしいでしょうか?」
「…聞くだけな」
「お話をしたい、と勇者が言うので」
「連れてくる必要は?」
「ありましぇん!!」
「分かってるなら、繰り返すなよ」
「は、ふぁい」
ルムスは黒縄でグルグル巻きのまま放置されている。
最初は放置プレイ?!と興奮していたが、誰もかまってくれないので、だんだんしょぼくれて泣きそうになっていた。
さらに、そこにウゴが説教をかましたので、もう生まれたての子馬か!?というくらい涙目でぷるぷる震えていた。
それを見るスズキの目がキラッキラなのが、かなり怖い。
「それで、帰りたいなら戻してやる」
ウゴは勇者(仮)一行が選んでいないと知りながら言う。
「本当にできるのか?」
「オレなら、な」
〝異世界より救いを求める声に応えし勇者は、全ての魔王を滅するまで、元の世界には戻れない〟
それが常識として、召喚された勇者に告げられる。
ウゴもそう信じていた。
しかし、そう伝えるには理由があるのだ。
「勇者を異世界から呼ぶのに、国家予算レベルの宝飾品や金、宝石、武具を「神」に奉納しないといけないんだ。
変なのが来たからキャンセルします、ってしたくても、再召喚の儀式にも金がかかる。
それで普通は帰らせてもらえない…らしい」
ウゴは「オレにはそんなの関係ないから、帰してやれるぞ?」と5人の様子をうかがう。
この世界に異世界人を引きずって来れるのは、神だけだ…ウゴが知る限り。
代価が生け贄とかでなく金銭なのは、神の御力の顕現には人民の犠牲が必要だが、慈悲深き我等の神は人死にを望まれない…とか言って、信心を煽るためだろう。
「「「「国家予算??」」」」
4人の声が重なる。
しかし、メイナリーゼだけは驚いていないようだ。
勇者を呼び出すだけで、とんでもない金がかかっていると知ってるのだろう。
知っていて、異世界の前世の記憶があって、改ざんされてるなら、メイナリーゼの中にある物は、そうとう根が深そうだ。
「お前等は帰る気ないんだろ?」
ここに来るのに、メイナリーゼを連れてきている時点で、帰る選択はありえない。
転移ではなく、転生のメイナリーゼには帰る異世界がない。
切り捨てる気がないから、連れていられる。
もしこれで最後に「捨てていくよ、バイバイ☆」とか言ったら、ウゴはイチノセを尊敬するだろう。
神よりも神らしく、人の命を軽く扱った!!と。
「はい、でも教えてください。
どうして見ず知らずの俺達に、そこまでしてくれるのか」
聞くべきはそこじゃないだろ、とウゴはかすかに眉を寄せた。
イチノセは自分が聞かないといけない事に、まだ気づいていない。
ウゴもそれを訂正はしない。
全てを教える気はない。
知らないまま過ごして、心折れて帰還を選んでくれるのなら、その方が良い。
「言っただろ、お前等に死んでほしくない」
ウゴの言に踏み込んだのは、戦士スズキだった。
「自分が辛かったからか?」
「…何をどこまで聞いた?」
「フェルガスラムト様に、魔法使いの日記を…」
「クソ、あの駄竜!
人の黒歴史さらしやがってっ」
ちょっと待ってろと声をかけ、ウゴが席を立つ。
仁王立ちで飛び石の前に立つ事しばし。
しばらくすると飛び石の上に転移魔法陣と共に、筋骨逞しい赤髪美形の男性が…。
「御主ジッ、ゴビャッ、アビュラッ?!」
「とりあえず死ねっ!」
見た事もないほど良い笑顔で、ウゴが2メートル近いフェムトを、両手のデコピンだけで沈めていく。
「カミヤヴァイっ!」
スズキがキラキラしているのも、仲間達にはかなり怖かった。
もっとまともだったはずなのに!!と。
「も、もっとぉ、ご、御主人様ぁ…」
「ちっ!ドMが」
「あぁ、っふはああぁん」
額から煙を上げながら、おかしなポージングで倒れているフェムトを、タノクラ、サカグチ、メイナリーゼの女性陣が凍るような目で見ている。
ウゴはルムスが羨ましそ…いや、気がつかない、気がついてないぞ。
あぁ、戦闘狂どもめ!
ウゴはテーブルの上にカップを人数分置くと、コーヒーを注ぐ。
飲む必要はないが、気分を変えるために飲む。
ちなみに中身はコーヒー牛乳に近い。
「ふん、で、その日記は本物だ。
オレ、いやオレ達は204体の魔王を討ち果たして、神に全滅させられた、以上!!」
話す気はない!と分かりやすい態度で示されて、イチノセはうなずいた。
「分かった、ウゴ様、いや[名も無き神]様。
俺達はあなたの加護の元に魔王を滅ぼす事を誓う!」
「………………はぁ?????」
かなりの間を置いてから盛大に首を傾げるウゴに、イチノセは頑張るから!と拳を握ってみせた。
重度の英雄症候群か?
死にたいのかよ、とぼやいたウゴには、イチノセの考えはまったく分からなかった。
そもそも、勇者であることを当然!と受け入れているのが、不思議でならない。
「待てって、お前等にはハージェルス教の加護があるだろうが、オレは加護なんてやらんぞ」
スズキが「何を今更〜」と黒い腕輪をはめた手を上げる。
「…っ」
『威光』を軽く放って、本気で睨むと顔をひきつらせて両手を上げた。
「……分かったよ、オイ、ルムス」
「はいっ!御主人様っ」
勇者を連れてきたお仕置きが必要だ、とウゴはにっこりと笑った。
ウゴのにこやかな笑顔を見た勇者(仮)一行が「怖い!」とか「イヤな予感!がっ」とか騒いでいたが、知らん。
「そ、それでは、いってまいりましゅ…」
今にも消えてしまいそうな声で、ルムスは出立を告げた。
「ああ、戻ってくるな」
「あんっ、はぁっアビシャばッ!!
…ハイ、御主人様」
15メートルの巨体で、ウゴに抱きつこうとしたせいで、デコピンの洗礼を受けて額から煙をあげるツチノコルムス。
その背中では、ジェットコースター二回目の勇者(仮)一行がガクガクと震えている。
「ま、またこれなのっ!?」←タノクラ
「まだ、死にたくない、死にたくないよぉっ」←サカグチ
「仕方ないなぁ、みんな。
ルムスたんのぬくもりを感じてさ…」←スズキ(変態?)
「俺を弁当が待ってる、弁当弁当弁当…」←勇者(仮)
「神よ、弱き我等が魂に御力をお与えくださいっ」←メイナリーゼ
「それじゃルムス、ハーバラに伝えろ。
心が折れないように、レベル50まで上げろと、な」
「はい、かしゅこまりましゅた」
ウゴの家に勇者を連れ込んだ失敗に対する罰、屈辱は、馬車扱いで十分だろう。
ただ、だらけるために家を作ったのではない。
存在するかわからないが、悪意を持つ「神」に見つからないようにしているのだ。
八大竜王の中でも、ルムスとフェムトしかここには入れない。
出来る限りリスクは少なくしたい。
ウゴはウゴなりに、周りを大切に思っているのだ。
「いってこい」
「ふぁいっ」
「「「「「ひぎゃあぁああああぁっっぁぁあ???!!!!!」」」」」
とっても楽しそうではない絶叫とともに、勇者(仮)一行は、連行されていった。
飛び石の転移魔法陣が消えた後も、しばらく勇者(仮)一行の悲鳴が残っているような気がする。
竜の背中に乗った事のないウゴだったが、ちょっとやりすぎだったかな?と思うほどに。
それから、家のある異界の錨を動かし、世界と繋がる位置を変えるために、家の中へと入っていった。
こうなったのは簡単な理屈だ。
ウゴは一回だけ直接声を届けられる腕輪を、加護として勇者(仮)一行へ渡した。
加護というより、お助けアイテムという位だ。
勇者イチノセ一行を、この世界へ召喚したのはハージェルス教の「神」であり、ウゴの干渉がイチノセ一行に何を招くかが分からない。
相手が本当に「神」なのかも分からないのだから。
下手に魂に触れて本物の加護なんて与えたら、相手の「神」が全使徒、眷族連れて襲ってきたり…するかもしれないのだ。
おもちゃを横取りされた!程度の理由で、世界を破滅させかねない。
会った事のない「神」だが、それくらい短絡的な可能性が高い。
「神」の逆鱗に触れないように、「神」の望む方向性を狂わさずに、直接支援をしてやれば良いのだ。
ウゴが干渉しても勇者が強くなるだけなら、相手もイヤな顔はしないはずだ。
そもそも勇者(仮)一行を5年もの猶予を与えて呼び出したのは、強くさせたいから、なのだろうし。
まぁ、元の世界に戻してたらどうなったか?は、あんまり考えたくない。
ウゴは考えられる未来にむなしくなった。
どう考えても、元からのこの世界の住人達が損をする。
勇者がいなくなっても、魔王は出てくるのだろう。
この世界を作った元創造神……は、本当に頑張っているのに。
人格に大いなる問題を抱えているが。