09 人というか、元勇者にもいろいろあってね
「この日記を、お借りできますか?」
サカグチとタノクラが、メイナリーゼに詳しく読んでくれる?と頼んでいる。
「それは友の遺品、生きた証なので、必ず返して頂きたい」
「はい、それはもちろん。
そのお友達は、どのような方だったのですか?」
魔法使いと聞き興味を持ったのか、魔法使いのタノクラがフェムトへ聞いた。
「うむ、奴は規格外の魔法使いでな、我と素手で殴り合うなど、後にも先にも奴だけであった」
「「「「「はい?」」」」」
魔法使いって殴り合う職業じゃないですよ?という勇者(仮)一行の反応も、フェムトには意外ではなかったらしい。
「何を驚く?
勇者タナカと共に戦いし者は、みな規格外であったぞ」
ポメトラム大森林、森人族の長で「半神」の呼び名をもつホルベイルゴ・メンタウナス・ニムロの息女で、「聖女」のホールクルス・ヘレヴァラディ・ニムロ。
獣人達の集合国家、ハンバの魔法使い「サバ折り」の魔法使いアーガス・フンド。
他にも帝国の、超女好きエセ紳士の狂戦士に。
フラナガ王国の第二王女なのに、ドSで、廃人レベル竜ヲタの魔法剣士。
そして、物理的に地獄生活の「勇者」タナカの発狂を防いでいた、元奴隷の獣人、白熊人の盾役女戦士。
「「勇者」タナカが一番影が薄くてな、いつ発狂してもおかしくないと、我は思っておった」
「……いろいろヒドいっ」
タノクラの思わず上げた声を気にせずに、フェムトは続ける。
「我も途中までは同行しておったのだが、あの王女がのぉ、こう、ハァハァいいながら、血走った目と怪しい手つきでにじり寄ってくるのに…耐えられなんだ」
「なんか…ホントにヒドいな」
思い出しただけで身震いしているフェムトに、スズキが顔をひきつらせながら感想を言う。
イチノセは青ざめて感想すら言えなくなっていた。
「ゆえに「神」に気に入られ、多くの魔王と戦う事になった、らしいが」
「「「「「「「へッ?」」」」」」」
話へ入れなかったソバン、ツィーレまで勇者(仮)一行と一緒に凍りつく。
それを見るなりしまった!!とフェムトは竜の性を恨む。
「すまぬルムス、我はもう帰るからな」
フェムとはもうちょっと頭の中で考えてから話せ!と、ウゴからよく言われるのだが、語っているとついつい、すべてを話してしまう悪癖がでてしまう。
御主人様に怒られたくない、とフェムトはごまかした。
勇者(仮)一行が、ウゴと接触があるのに知らないという事は、言ってないからだ。
フェムトがいろいろ教えるのはマズい。
後はまかせるっ、とフェムトは竜体になって飛んで(逃げて)いった。
もうこの街の住人は、ルムスを何度も見ているので「竜様は神のお使いじゃ〜」とかなっているらしい。
この世界の住人はツチノコ等知らないので、竜様!とものすごい尊敬と憧れと色々混ざった感激の瞳をしていた。
勇者(仮)一行は全長が20メートル以上の、炎赤色のツチノコを見送って、あんまりだよ!?と落ち込んでいた。
竜はやっぱりデカいツチノコだった。
ものすごく派手だけど。
「勇者、つい先ほど御主人様から『通信』がありました」
仕事モードの、かっちりした話し方をするルムスが、イチノセに話しかける。
フェムトから与えられた、多すぎる情報ショックから立ち直れてないのに、とイチノセは顔を上げた。
ルムスが先ほどから、フェムトの昔語りに入ってきていなかったのは、ウゴと『通信』をしていたかららしい。
『通信』ってなんだろう?
また、神パワーでごまかされそうだ。
「あの、さっきの事は、すいません、と」
「いいえ、むしろ「怒るべきことではなかった、許してほしい」と伝言を預かっています」
「…では、なんでしょう?」
思わず敬語で返してしまう。
ルムスの背中で味わった、地脈へのジェットコースターを忘れられず、更に竜王最強とか、色々勝てそうにない。
「はい、「フェムトなら、全部話しただろう。この世界に幻滅したなら、元の世界に戻してやる」と」
「「「「「はいっっ?!」」」」」
「あと「魔王はちゃんとツブしておく」だそうです」
勇者(仮)一行は、この世界おかしいよ!!と本気で頭を抱えた。
夢に見た素敵なファンタジーはどこいった!?
帰る事ができる。
痛い思いも、辛い思いもしないでいい。
家族や友人に会えるし、元の生活に…戻れるはずだ。
悩むことは…。
勇者(仮)一行の中には、転生者の女神官メイナリーゼがいた。
もう一年以上も仲間として旅をして、苦楽を共にしているのに。
見捨てて帰るなんて、簡単には選べない。
考える時間が欲しいと5人の総意を告げると、ルムスは金と銀の筋が複雑にはしる鱗をさしだした。
「これに魔力をこめて、我を呼び出してください。
一度使い切りですよ」
じゃあ、とルムスはヒトの街をあとにする。
御主人様の使徒見習いが何か言いかけていたが、知らない!
早く行きたい所があるのです!
ルムスは御主人様にお仕事をちゃんとした!と伝えたくて、うきうきしていた。
先日の一件から、ルムスはウゴの家に入れないようになっていた。
イケる!!
きっと許可が下りている!!
と、転移魔法陣を構築すると、無事に神の家へと転移できた。
うおっしゃあああ!と内心思いながら、騒いだら怒られるので静かに様子をうかがう。
御主人様はいつも通り、安楽椅子と足置きに体を預けて眠っていた。
本を顔に乗せていないので、寝顔を堪能できる。
美形じゃないし、のっぺりしてる。
でも、最強!それが大切。
両親の血がうまく混ざったのか、竜としては早すぎる最強の称号を得てしまったルムスには、怖いものなどなかった。
ルムスの早熟さを心配した父親に「神」に挑めと言われても、簡単にコロせると思っていた。
どうやら御主人様は、父親やフェムトに頼まれたらしい。
個体として強すぎるルムスが、世界を敵に回さないよう、そして……………ように助けてほしいと。
やる気がない顔で現れた、超絶弱そうな少年は、デコピンとかいう技しか使わないくせに、勝てる気がしなくて、一週間昼夜ぶっ通して戦って、魔力と体力切れで気絶して負けた。
全然本気など出してない、と涼しい顔をしている[神]を見て分かった。
悔しいなんて思えないほど、圧倒的な強者に竜が心酔しないはずがない。
お仕えして何年だろう?
これまで[神]が弱る姿を見たことはなかった。
いつでも余裕で、いつでも不遜で、怠惰で、面倒くさがり。
フェムトから、それは御主人様の「自分を守り、偽るためのポーズだ」と言われたがよく分からない。
そんなとき、御主人様の弱る姿を見た。
普通ならチャンス!と殺してしまうべきなのに、できなかった。
竜は強者と戦うために存在している!が当たり前なのにできなかった。
母親が言っていた。
「肉体が強いだけではダメだ、心も必要なのだ」
母親は先代の筆頭竜王なのに、自分より弱い父親をつがいに選んでいた。
普通はそんなのおかしいのに。
でも、今はなんとなくわかる。
御主人様も実は弱いのかもしれない。
でも、それでもつがいになってほしい。
…竜と神だと、ダメなのかな?
「御主人様、起きてください」
「ん、ルムスか、悪いな、面倒押し付けて」
「御主人様の命令なら、なんでもやります!」
「…それはそれでキモチワルい」
「うぇっ!?なんでですか!!」
「とりあえず、飯くうか?」
「はいっ!」
ルムスを餌付けしながら、ウゴは自分もスツールに座る。
「美味しいのです、どうしてこんなに美味しいのですか?」
肉だから、だろ。
竜は基本的に肉食なので、ウゴは巨大なステーキを用意した。
どう見ても切る前のローストビーフだ。
付け合わせはない。
ステーキソースも用意したのに、生かよ?!くらいレアが気に入ったのか、塩こしょうでウマウマと感動に震えている。
出禁と、サプライズを潰した罪悪感のせいで豪勢だと、気づいてほしいんだが?
竜は長生きだ。
フェムトから聞いた話では2000年位は生きるらしい。
とはいえ、ウゴがこの先どれだけ存在できるのか、するのか分からない。
過去のトラウマから、他人に踏み込む勇気を持てないウゴには、眷族が重い。
ずっと独りボッチの方がマシだ。
大切にはしたいが…踏み込まれたくない。
また、失ったら、もう立ち直る自信がない。
ルムスが帰った後は、平穏な生活が戻ってきた。
いくつかの懸念と、勇者(仮)一行待ちではあるが、のんびりしたものだ。
本気でぐうたらしはじめると、時間の感覚がほとんどないため、一ヶ月はうたた寝してしまう。
それを避けるために、パスウェトにいる間は街を出なかった。
普段はルムス達、世界に散らばる竜達に、世界の流れをつかんでもらう。
何か大問題があれば、ホルーゴ父さんから連絡がある。
連絡があったら、もうその時点で世界崩壊の危機だろうけれど。
使徒はフーガとマーキンしか、こっちには連絡できないし、今まで連絡はなかった。
…ヒマだ。
素晴らしい。
うとうとしながら、食事も排泄も、睡眠も必要じゃないのは良いと意識を手放す。
………なんか、視線を感じる。
ウゴが目を開けると、萎縮して怯えた様子の勇者(仮)一行が、ポーチの手前、飛び石の上で身を寄せあっていた。
その傍らでルムスがドヤ顔をしている。
「…ないな」
なんで連れてきた?と聞く前にルムスが褒めてっ!と言いそうな勢いで飛び跳ねてきた。
「御主人様ぁぁああ、ヘブ、ほぎゃぁああっっっ!?!?!?」
虚空からの縄でぐるぐるに巻かれ、デコピンで吹っとぶルムスを放置。
階段を下りて、勇者(仮)一行へ両腕を広げてみた。
「神の家へようこそ」
戦士スズキと魔法使いタノクラがひっどい顔をしていた。
なにも言うな、と思った。
「うまっ!めっちゃ美味い!なんでこんなにうまいんだよぉおぉぉっ!!」
イチノセの言葉に「最近同じような台詞を聞いた?」とデジャヴを感じながら、食後のコーヒーと紅茶を出した。
街とは違うので、おおっぴらに何でも出せる。
「美味しいよぉ」
「うぅ、ぅぅう」
「なんで涙が…」
「…………っ、っぅ」
今は5人とも泣きながら食事をしている。
キッチンのカウンターに6人と1体は入れないので、外にテーブルと椅子を出したのだが、全員が飢え死にしかけの勢いで、卵かけご飯と豆腐にわかめのみそ汁をかきこんでいる。
リクエストされたのだが。
もうちょっと手の込んだ料理じゃなくていいのか?
この世界には米も醤油も味噌もないし、卵も生で食べると腹を下す。
黍や稗みたいな雑穀はあるけど、米が見つからない。
オレも最後の頃はおかしくなってたよ。
好きなだけ食べれば良いし、食べさせてやるよ。
どんな道を選んだか、もうわかったから。