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07  頭が上がらない人

 





「ただいま、ホールス」


 色とりどりの花が咲き乱れる、無人の花園で聞こえてくるささやきがある。


 ……ダ………ス……キ…ショ…ー…ゴ………


「オレも大好きだよ、ホールス」


 風もないのに漂うささやきは、何百年経っても変わらない。

 ここは墓標で…全てを終わって、オレだけが始まった場所。


 ……イ……ス………ショ…ー…ゴ…………


「諦めないからな、絶対に」


 ただ一柱しか入れない、不可侵の結界で守られた聖域。


「ホールス、絶対にお前をとりもどしてみせる」


 その時まで神という存在を、人の意思でつなぎとめる。

 絶対に邪神にはならない。

 ホールスが示してくれた道が、進む道だ。

 自分より弱い者を救い、助ける。

 彼女がしてくれたように、彼女がしてくれた事を、手本にして。




(…ゴ…くん?)


 ここまで届く声を送れるのは、ただ一人だけだ。

 花園から身を起こして、別れを告げる。


「また来るよホールス」











「こんにちは、ホルーゴ父さん」


 鬱蒼とした深い森の中に、地上から10メートル以上の高所に作られ、橋でつながれたツリーハウスがある。

 ほとんど住人がいることはないが、その数は20以上。

 そのうち一つのテラスに、美しい人が座っている。


 ここはポメトラム大森林。

 結界なのか幻覚なのか聞いていないが、住人と許可を得た者しか入れない、樹海だ。

 世界一鬱蒼と生い茂る未開の森。

 

 ここには「世界の見守り」と呼ばれている人族、「森人(モリビト)族」が住んでいる。

 世界で最も強い、地脈の中心である神樹を世話しながら、世界の移り変わりを見守っている。

 森人族は、世界の声を聞けるらしい。



「やぁ、すまないね、わざわざ来てもらって」


 ウゴが声をかけると、顔を上げて微笑む美人。

 中性的な顔立ちで「父さん」と呼ばれても、なお男?女?と首を傾げたくなる美しい人物だった。

 昼でも暗い森の中にあって、陽光をうけているように輝く、柔らかな金の長い髪、若葉色の美しい瞳。

 顔立ちは繊細で、陶器のような美しい白い肌をしていた。

 ゆったりとした白い長衣には、緻密な銀糸の刺繍が施されている。


「お久しぶりです、ごぶさたしてすいません」


 ウゴは普段からは考えられない、低い低い物腰でホルーゴに話しかける。


「ああ、いや、そうでもないよね、ショーゴくん。

 それでね、地脈に何したのかな?」


 うっとりするくらい美しい、透き通った声と穏やかな笑顔のままで。

 これ以上はないほど優しく話しかけられて。

 ウゴは、やっぱりバレバレだったかと硬直する。


「すいません、やりすぎてしまいました」


 こういうときは、素直に謝る。

 頭を下げるウゴに、ホルーゴは違うよと手を振った。


「やっぱりショーゴくんの神気だったのか。

 神樹がいきなり活性化して驚いたけれど、副作用はなさそうだし。

 かなり時間はかかるだろうけど、元に戻るから気にしなくていい。

 それより大丈夫かい?

 地脈を活性化させるなんて、キミが消滅したらどうする気だい?」


「…じつは、制御できずに、吸い取られてしまったんです」


 ホルーゴは、いたずらを咎められた子供のように、しょんぼりと肩を落とすウゴに、あきれたような笑顔を見せた。


「まぁ、世界が相手ではね」

「それで、説教ではないのですか?」


 ウゴの言葉に美しい瞳を不思議そうに見開いてから、あっ!と納得するホルーゴ。


「まさか、怒らないよ、ちゃんと言っておかなくてごめん。

 神樹を見ていかない?

 ものすっっっごいよ!」


 ウゴは子供のように目をキラキラ輝かせて、わくわくしているホルーゴに驚いて、それから「喜んで」と笑顔で返事をした。






「……………………………………はぁ」

「ほんっとうにスゴかっただろう?

 もしホールスが戻ったら、もう一度やってもらいたいな!」


 うっとりと美しい景色の余韻にひたるウゴを、笑顔で見つめていたホルーゴは、1、5メートルくらいの長さの、木の棒を束ねたものを取り出した。

 青緑色の棒には一本も同じ形の物はなく、ねじれてぐねぐねと曲がっている。


「はい、これは君の分だよ、ショーゴくん」


 ジッと見て『検索』した後。


「…魔法の杖、しかも()杖ですか?

 オレが使うどころか、適正すらないの知っていて?……しかも、何本あるんです?」

「神樹が活性化しているせいで、質が高すぎて売り物にならないんだよ。

 使えそうな人がいたらあげていいよ」


 森人族が世界を見守る役目を持っている、と知っている者は少ない。

 森に住んで森を管理しつつ、薬や魔法道具を作って売り、魔法を扱う人々という程度の認識だ。


 いらないんだけど…と思いながら、青緑のコーティングがされた杖の束をショーゴが受け取ると、ホルーゴはうんうんとうなずいた。


「特級品の処分は終了、と」

「…なんか変な事言いました?」


 ホルーゴはごまかす気もないので、はははと軽く笑った。


「仕方ないだろう?

 上位世界の勇者くらいでないと、魔力どころか魂まで枯渇しかねないんだよ、ソレ」


 魔力を収束させると、杖が強すぎて全部持っていかれる、と笑うホルーゴにウゴが顔をひきつらせる。


 この世界に長くいるウゴだが、ホルーゴの方が長く存在している。

 しかも色々と裏技を使って。

 そのせいか、時々価値観がおかしい。


「そんな物もらっても、困ります」


 完全に死蔵品だよ!と言いそうな表情を見て、ホルーゴは手をひらひらと振った。


「ええーそう言わないでよ。

 ここに置いといても仕方ないんだよ、誰も使わないの知っているだろう?」


 確かに、ここポメトラム大森林に住み、働く森人族は、ただの木の枝を魔法杖にできてしまうので、持ち歩く必要などないのだが。


「ショーゴくん、お願いしまーす」

「イヤですよ」


 ウゴは、くっそー、ホールスによく似た顔と、ムダに良い声でお願いされると弱いんだよな、と唸る。


 普段のホルーゴは、こんなに強引ではない。

 ウゴが拒否しにくいのを知っているから、と、今回は他にも目的があるのだろう。


「そんなに心配しなくても、異世界の魂で、魔法職適正と、レベル50くらいあれば大丈夫だから」


 そんな奴いるかっ!!

 さらにこの世界は一般人の平均がレベル5〜10だぞ!

 誰が使うんだ、こんな伝説クラスの魔法杖。

 伝説を量産って。

 いや、原因は自分なんだよな、とウゴが考え込んでいると、ホルーゴが言った。


「次はホールスと一緒にきておくれ。

 今がどんな姿であっても、娘の花嫁姿ってのはやっぱり見たいからね」

「…努力します」


 諦めて受けとる事になった。

 ホルーゴ父さんにだけは、永遠にかなわないとがっくりしながら。











 ウゴのせいで、飢饉が一転し大豊作へとかわってしまった。


 人々は長く続いた飢饉の後の豊作に、不審感を拭えなかったらしい。

 一日で芽吹いた野菜や果物が、翌日には熟してしまえば、当たり前だ。

 しかたなく[弱者の神]神殿経由で「神の奇跡」だ〜!とかなんとか発表してもらった。


 ホルーゴのお墨付きもあり、また飢饉には戻らないだろう。

 エストウラの首都パスウェトでの炊きだしを、住民と神官達でまわせるようになった数日後、ウゴはさっさと行方を眩ませた。



 結果、一年以上炊きだしをしてしまった。

 まじめに働いた後だ。

 燃え尽きた〜と安楽椅子に転がる。

 …ハンモックでも導入しようか。


 神パワー枯渇事件以来、まとわりつくルムスをまくのが面倒くさい。

 イラついたので、家にルムスだけ来れないようにした。

 他の竜王や竜長から連絡がないので、多分大丈夫…だろう。











 どれだけ時間が経ったのか分からないが、毎日まったりと昼寝して過ごしていたウゴは、ふと顔を上げた。

 誰かが呼んでいる。

 …ルムスか?


 時々ルムスはサプライズ〜!と模擬戦闘を挑んでくる事がある。

 今回は、心配してくれるのは良いが、あまりにしつこいので、出禁にしただけだが…。

 仕方ないな、と腰をあげた。




 着いたのはエストウラ王国の首都パスウェトだった。


「ぅわ」


 人のいない裏路地に跳んだのだが、降り注ぐ雪のような花吹雪に出迎えられた。

 見上げた樹枝に、白い花が咲き乱れていた。

 甘い香りが周囲に漂っている。


 季節は春まっさかり。

 豊作だけではなく、樹木も神パワーの恩恵を受けているらしい。


 こういうのは嫌いじゃない。

 桜吹雪の下で、弁当とか。

 祖母、妹と一緒に、菜の花畑の迷路に行ったっけ……一人でやってもなぁと思いなおして、茶色のローブを着てフードを深くかぶった。



 できれば来たくなかった。

 ソバンとツィーレにも会いたくないのだ。

 「来世でまた会おう!」とか適当にごまかして、さっさと逃げだしてきたので、顔をあわせづらい。

 泣きながらにじり寄るオッサンは言うまでもないが、あまり感情的に見えなかったツィーレまで、「もう行かれるのですか?」と縋るような目で見てきたので、逃げ出すしかなかった。


 更にはルムスまで。


「御主人様がいなくなられたら、我等はどなたに忠誠を誓えばよろしいのですか!?」


 なんて、潤んだ瞳でマジメに言われると困る。


 心配するルムスに対して、すでに「悪い事をしたな」と思った後だ。

 これ以上はダメだ。

 ウゴは他人の心に踏み込む気はない。


 そもそも、ウゴはしようとして竜族を眷族化したのではない。

 成り行きでだ。

 助かっているのは違いないが。






「あ、ウゴ兄ちゃんいたよっ」

「ウゴ〜」

「こら、呼び捨てにするな」

「ウゴにぃ!」


 炊きだしで知りあった孤児達が、ウゴを見つけてまとわりついてくる。

 タイミング的に、捜していたのだろう。


 飢饉により家族を失った者は多く、食事は用意できても、生きる理由は用意できない、とウゴは待つ事を選んだ。

 時間だけが、傷を癒す。

 大切な人を失った悲しみは、時間でしか解決できない。

 ウゴも経験している。

 ソバンとツィーレに長く細い支援を頼むために、孤児院や貧窮院を用意してもらった。


 孤児院や貧窮院を続けるのに、先立つものがないので、ウゴはホルーゴ父さんに頼んで、魔鉱石の小さい鉱脈を譲ってもらった。

 勝手に掘り起こして世界が荒廃しては困る。

 捜すのは『世界検索』でいくらでも捜せるが、地脈の力を鉱石に蓄えている魔鉱石を、大量に掘り出すと周辺が荒廃する。


 世界との兼ね合いのバランスが、いまいちウゴには分からない。

 元々この世界の住人ではないから?


 とりあえず売り払えば、エストウラの国家予算程度は確保できるはずだ。

 換金はソバンに一任してしまったが、子供達が笑顔でいるということは、うまく回っているのだろう。

 これもまた、試練!

 なんてな。




「こっちこっち!」

「早く〜!」


 子供達の魂には、まだ小さな擦り傷がたくさん残っている。

 気持ちが荒み、犯罪といわれる行為に手を染めれば、魂は徐々に穢れていく。

 この子達が、来世で苦しんでほしくない、とウゴは心から思う。



 

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