焼魚
村雨編
迷路の様な通路を走り抜けて、ようやく格納庫に辿り着いた。
格納庫では多くの作業員が忙しく動き回っている。
戦闘機の周りにも何人も作業員がおり、出撃の準備を整えていた。
私は日本人ではなさそうな整備士の男に感謝を伝える。
「Thank you so much.」
最近やっとの思いで覚えた下手な英語だ。
発音が酷い。
男は汚れた手でグットサインを出して来た。
どうやら通じたようだ。
ホッとする余裕も無く、戦闘機のチェックをして乗り込む。
いつもの座席だ。
私の部隊は隊長の千代田一尉、私、アメリカ人のラブーン准尉、同じくアメリカ人のベルナップ二尉の4人である。
ラブーン准尉はかなり陽気な男で、どんな時でもジョークを言っている。
それは下手なお笑い芸人の様で、面白くない時は肩にパンチを入れる。
チームのムードメーカー的な存在だ。
ベルナップ二尉はいかなる状況でも冷静な男だ。
一瞬の状況判断を求められる空中戦では、その判断に何度も命を救われた。
ラブーン准尉のつまらないギャグへの突っ込みが意外と面白いのも特徴である。
隊長の千代田一尉は、通称「オヤジ」だ。
私の死んだ父が相棒と呼んでいた男で、私にとっては第二の父親である。
器が大きく、このチームをまとめている大黒柱である。
この3人は性格は様々だが操縦の腕は確かで、戦場でも信頼できる。
「死んだ魚みたいな顔してるけど大丈夫かよ?」
不意にラブーン准尉から通信が入った。
「安心して。生きてるよ。」
「それならいいが、雲の中で焼き魚にならねぇでくれよ。」
「心配無用。生き生きと泳ぎ回ってやるよ。」
「頼むぜぇ。鯱さんよ。」
こんな感じが普段のやり取りである。
ラブーン准尉の乗る戦闘機の方向にピースサインを送ってから、キャノピーを閉めた。
「全員準備は良いか?」
隊長の声だ。
「勿論です。」
ベルナップ二尉が答える。
「いつでも良いぜぇ。」
ラブーン准尉も答える。
「準備OKです。」
ゆっくりと格納庫のハッチが開く。
「第三飛行隊、発進して下さい。」
アナウンスが流れた。
誘導員に従ってカタパルトを目指す。
前に居た千代田一尉の戦闘機が射出された。
次は私の番である。
操縦桿を強く握る。
体に負荷を感じるのと同時に空に投げ出された。
操縦桿を操り、機体を安定させる。
「全員出たか?」
「こちらベルナップ、問題無し。」
「こちらラブーン、出たよー。」
「こちら村雨、問題ありません。」
「良し。全員編隊を崩さず行動。敵を見つけ次第報告せよ。」
「ベルナップ、了解。」
「ラブーン、了解。」
「村雨、了解。」
私は前方の空を睨みつつ、握る操縦桿の遊びを確かめた。