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戦空の翼  作者: 芝生侍
第一章 時代の背景
13/24

父の名

村雨編

 日は高く上り、蝉がけたたましく鳴いている。

午後の暑さは最高潮に達していて、立っているだけで汗が出る。

積乱雲は巨人の様に立ちはだかり、夕立が来そうだ。

一雨降れば少しは涼しくなるだろう。

ふと、傘を持ち合わせていない事を思い出す。

しかし、雨が降るころには帰宅しているだろうと、その考えを押し流す。

それにしても、散歩をするには全くもって適さない暑さだ。


 街は少し見ない間に年老いた印象を受ける。

昔お世話になったスーパーが姿を消していたり、電柱や家々の塀など、老朽化が進んでいたりする。

古びたと言えばそこまでだが、何か忘れていた感覚を少しずつ取り戻しているような気もする。

私は昔よく通った公園に足を運んだ。

この公園も例外ではなく老朽化は進んでおり、その為か遊具は鉄棒を除いて全て撤去されていた。

滑り台があった場所には短い雑草が生い茂り、年季の入ったベンチは座った瞬間に足が折れてしまいそうだ。

それでも私はこの公園を懐かしいと感じた。

時間はどんな物にも等しく影響を与える。

私自身もこの公園を懐かしいと感じるのには、時間が大きく影響していると思う。

公園に入って、ベンチに手で体重を掛けてみた。

ベンチは怪しい音を放つが、案外丈夫な造りをしていた。

ゆっくり座ってみる。

かなり怪しいが、座り心地は割と悪くない。


 電話が鳴った。

夏のゆったりとした午後とは不釣合いな音である。

着信は基地からだった。


「はい。村雨です。どうしました?」

「至急基地へ戻れ。特別任務だ。詳細は基地に戻り次第伝える。」

「了解です。」

「飛行機は手配してある。羽田国際空港から基地直行便に乗り、今日の二一〇〇時には作戦指令室に集合せよ。」

「分かりました。」

「以上だ。質問は無しにしてくれ。休暇中なのに申し訳ない。」

「いえ、仕事ですから。」


 私はそう言って電話を切った。

父も緊急の召集というのがよくある人だった。

とにかく早く行かなければならない。

私は小走りで実家を目指した。


 母は案の定心配していた。

本当なら1週間の休暇のはずだった。

だが緊急となれば文句は言えない

私は靴を履いて荷物を持った。


「行って来る。ごめん、ゆっくり出来なくて。」

「仕事なら仕方ないよ。無理しないでね。」


 そう言うと、母はお守りを渡して来た。

お守りを渡されるのは久しぶりの事だったので、少し驚く。

鉄製というのが不思議だが、ネームプレートの様な外見をしている。

お守りには、首に架ける為のチェーンが付いていた。


「どんな効果があるの?」

「弾除けよ。これを持っていれば弾が当たらないんだって。」

 

 弾除けとは幾分か物騒である。

私は少し眺めてから首に架けた。


「ありがとう。しっかり着けてるよ。」

「失くしちゃだめよ。」

「失くすわけないよ。風呂に入るときも着けておくよ。」

「そうしてちょうだい。母と思って離さないでね。」

「了解。」


 靴を履き終え、母の方をもう一度向く。

笑顔ではあるが無理をしているのがなんとなく分かる。


「心配しないで。エースの娘よ。」

「それだから心配なのよ。」

「私を誰だと思ってるのよ?」


 これは母と私のいつものパターンだ。


「雲海の鯱でしょ?覚えてるって。」


 私はその言葉を聞いてニヤッと笑う。

母の顔からも頬の力が抜けるのが分かった。

その通りだ。


「じゃあ行って来る。また手料理食べに帰って来るから、よろしくね。」

「はいはい。分かりました。行ってらっしゃい。」

「行って来ます。」


 そう言うと私は、無駄に重厚そうな扉を開けて庭へ飛び出た。

ここでも私なりの流儀がある。

決して振り向かない事だ。

振り向くというのは後悔の証である。

私はどんな状況でも後悔はしない。

その為に全力を尽くす。

今日もその流儀を守り通して、私は走り出した。


 走っている途中、雨が降っていない事に気が付いた。

今日の積乱雲は機嫌が良いらしい。

お陰でちっとも涼しくならない。

走りながら、ふと空を見る。

街から眺める夕日はやけに鮮やかで、地平線には夕日色に染められた積乱雲が広がっていた。

こんな状況でも、美しいと素直に思う。

私の心臓は、走った事により激しく振動している。

この息の苦しさに、私は身体の感覚を委ねていた。

そう「雲海の鯱」というのは、私の父から受け継いだ名前である。

この名前を胸に、私は自身の生まれ育った街を爆走した。

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