握る舵は鉄の味
長門編
「起動用エンジン始動。」
「起動用エンジン始動、了解。」
独特な響きを持つ命令が艦橋に広がる。
直後に船体が振動を始める。
エンジンが起動したようだ。
夜真瀬は補助エンジンを土台にして、メインの電力飛行エンジンを点火させる仕組みになっている。
「補助エンジンの始動確認。機関良好。」
「現在、電力充電中。始動電力まで残り50%。」
「了解。」
「メインモニター接続。」
「了解。」
目の前の灰黒色だったモニターに色彩が宿る。
モニターはドッグの内部を映し出す。
程無くして機関長が叫ぶ。
「始動用電力充電完了。」
「メインエンジン点火準備完了。いつでも行けます。」
ここで霧島三佐が腕を組んで、モニターを睨みながら言う。
「了解。電力飛行エンジン点火。」
機関長が復唱する。
「電力飛行エンジン点火。」
先程までの微振動が止むのと同時に、電車が発進するような高い機械音が聞こえる。
この状態になるとメインエンジンが点火したという合図である。
ここまでは訓練と同様だ。
「電力飛行エンジン点火を確認。機関正常に運転。」
「発進要素入力完了。」
「ASOシステム正常に作動。」
「稼働率30%で安定。」
船の脳は私の操舵の補助をする。
頼もしいバックアップであることは間違いない。
「夜真瀬各部署問題無し。」
砲雷長が攻撃システムの確認報告をする。
青葉二尉は砲術長なので、砲雷長の部下である。
青葉二尉とは訓練生の時からの同期で、私の気が置ける数少ない友人である。
彼は棘が少なく、人との接し方をよく分かっている。
なんとも羨ましい限りだ。
彼の仲介が無ければ、私はここには居ないだろう。
彼の方をチラっと見る。
先程と変わらず、操作モニターとにらめっこを続けていた。
私は目の前の舵に向き直る。
「アンカー解除。固定具解除。」
戦艦の周りを取り囲んでいた固定具が移動する。
それに合わせて戦艦が宙に浮く。
電力飛行エンジンが、正常に作動している何よりの証拠だ。
「最終安定装置解除。」
「夜真瀬発艦準備完了。」
ここでワンテンポ、誰も何も言わなくなる。
次の指示を艦内全員が待つ為である。
私は出力操作レバーを握り直す。
いよいよ出陣だ。
「空中戦艦、夜真瀬発進。」
霧島三佐が切れよく言う。
その言葉を待っていた。
私は力を込めて出力レバーを一段階上げる。
レバーはゆっくりと滑らかに、微速へと切り替わる。
「微速前進。」
同時に船体が動き出すのが分かる。
モニターでは、ドッグの門がゆっくりと開いていく様子が見える。
船体は少しずつ加速し、ドッグの門を通過する。
そして雪と氷の世界へと踏み出した。
「エンジン出力最大。全速前進。」
「全速前進、了解。」
出力レバーを一気に全速へと切り替える。
体が引かれる感覚がある。
それと同時に高度が上がり、加速する。
夜真瀬は南極の灰色の雲へ向かって上昇していく。
「目標、東シナ海上空。総員第二種警戒態勢を維持。」
「了解。」
船は進む。
南極の空はすぐそこまで迫っていた。
私は舵をもう一度強く握り締めた。