ローカル列車
村雨編
私の実家は東京の郊外にあり、少し田舎だ。
電車に乗っている乗客は駅を越える毎に減り続け、今この車両には酒に酔って、赤い顔をして寝ているスーツのおっさんと私だけになってしまった。
窓からの景色もビルの明かりが減り、住宅の少し弱い灯に変化した。
電車の中は車掌のとぼけた声が聞こえ、その後しばらくは線路を走る一定のリズムが刻まれていた。
車掌のとぼけた声で私は目を覚ました。
周りを見渡す。
どうやら少し寝ていたようだ。
先程まで向かいの座席で寝ていたサラリーマンっぽいおっさんは居なくなっていた。
次が丁度私の実家の最寄駅だった。
電車は駅へと金属音を静かに響かせて停車した。
扉は開くのがワンテンポ遅い。
この駅はホームと電車の間が広いことを思い出す。
少し大股で駅に降り立った。
夏の夜の熱と湿気が私の体に纏わり付いてくる。
電車は、私が降りてからスリーテンポほど経ってから扉を閉めた。
そのまま鈍く動き出して、去って行った。
改札口までの距離は短い。
すぐ目の前にある改札へ向かい、カードを雑に押し当てる。
ピッと軽やかな音と共にバーが開く。
改札を抜け、駅舎から出ると店の明かりは殆ど消えていて、弱々しい街灯が消えないように必死に辺りを照らしていた。
私はポケットに手を突っ込み、家を目指した。
地面と靴が接触する音がやけに鮮明だ。
時折私の横を車が通り過ぎる。
最近の車はとにかく音が静かだ。
電気自動車特有の、航空機が空を飛ぶような高い音が少し聞こえる程度だ。
古ぼけた塀を持つ家の前の交差点を右に曲がり、左手にある汚い白壁の家の庭へ入る。
すぐ目の前に見える無駄に重厚そうな扉に手を掛けた。
もちろん鍵が閉まっているので、扉は私に抵抗しているかのように開かなかった。
突っ込んだままだった左手で、ポケットの中のカードキーを掴み扉にかざす。
扉は、お菓子を与えた子供の様にすんなりと開いた。
家の中は真っ暗だった。
左手に着けていた少し高い時計を見ると、日付変更線を30分程過ぎていた。
この時計は死んだ父が大学合格祝いに買ってくれた物である。
訓練などで手荒く使ったせいでかなりガラスに傷が付いてしまったが、未だに買い換える気は無い。
真っ黒な家の中に向き直る。
玄関に入るとセンサーが反応して、オレンジ色の柔らかい光を点けてくれた。
靴を脱いでいると、奥から目を擦りながら母が起きて来た。
「起こしちゃった?」
「気にしないで。そろそろ帰って来ると思ってたから。」
私は頷いて、靴を並べる。
その後、背筋を伸ばして言った。
「村雨二尉、ただ今帰国致しました。」
「無事で何より。」
母はそう言うと、冗談ぽく敬礼した。