猫と飛行機雲
あーあ、最悪……。
私は1人、玄関の前でため息を付いた。
どうやら鍵を忘れたらしい。違う所に入ってるかもと、カバンの中をくまなく探してみたが見つからない。
インターホンを押しても誰も出ない事は分かってるけど、一応押してみた。物音ひとつしない。やっぱりね、と落胆する。
私の親は共働きで、夕方にならないと帰ってこない。だからそれまで必然的にここで待つ事になる。ヘタしたら夜まで待たなきゃいけないかも……。いや、考えないようにしよう。
「ツいてないなぁ……」
今度は声に出た。
ふと横を見る。本当に何気なくだった。
「うおっ!?」
玄関の端に、真っ白い何かがいた。私から少し離れているけど、それでも形がはっきりと分かるくらいの位置に。何で今まで気付かなかったんだろう。自分の注意力の無さに呆れかえる。
それは私の膝よりも少し小さいくらいの大きさだ。よくよく見てみると、それも見返してきた。いや、睨み返してきた。猫だ。そこでふと思い出す。
隣の家は、確か猫を飼っていた、はず、だ。それは曖昧な記憶でしかなかった。
幼い頃は、隣の家の人やお向かいの家の人と、とても仲がよかったという記憶がある。あの、ご近所特有と言ったらいいのか、そんな雰囲気が。けれどそれは昔の事だ。今は違う。私やご近所さん達の子供が大きくなっていくにつれ、その雰囲気は薄れていった。
私は猫を今一度まじまじと観察した。白い毛、というのはなんとなく覚えていたが、目が黄色い事は知らなかった。というか忘れていた。
そしてこう言っちゃ悪いが、目付きが悪い。動画とか写真とかで見る、あのくりくりお目目のきゃわいい猫の面影なんてどこにも無い。種族が違うんじゃないかとも本気で思ってしまうほどに。え、てか睨んでない?
私が猫を見つめると、猫も私を見つめ返す。
私はなんとなく、その場に座った。
触りたいな、と思ったけど、触ったら逃げてしまうかも、と冷静に考えて、止めた。
猫はじっと動かない。私も、じっと動かない。
変かもしれないが、私はこの距離がもどかしくも心地よいと感じていた。この、手を伸ばせば触れれるけれど、どちらともなく近付かないこの距離が。
丁度いいのかもしれない。思い浮かんだ言葉は、ぴったりと当てはまった。そう。丁度いいんだ。きっと、人間もこんな距離が一番いいのかもしれない。触れれる距離で、だけどどちらもお互いに触れようとしなくて。
側にいるって事だけを、感じられるような、この距離が。
その時。
空に一筋、飛行機雲がかかった。
青い空の下。猫の隣に座りながら、ぼーっと考える。
たまにはこんな日があってもいいと思った、とある日の午後。
これ、実話だったりします。本当に鍵が無くて焦りました。
でもその後ももう一度カバンの中を探してみた所、あっさりと見つかったのは言うまでもないですね。
だからこそ不思議だと思って、小説にして残そうと考えたわけですが。
猫の目付きは、本当に悪かったです。触ろうとしなかったのも、引っ掻かれると思ってビビってたからだと言うのは内緒。