第1話 ハーレムはクソ
「ハーレムはみんな死ね! ハーレムを自覚してないやつも死ね! 『リア充死ね!』とか言ってハーレムリア充築いてるやつは死ね! というか、俺のクラスメイト(俺以外の男子)全員死ね!」
世の中にこんな不条理なことがあるかと思うくらい悔しくて、なんで俺だけぼっちなんだよと怒り狂って何もかも壊してやりたい気分だ。
どうしてこんな気持ちになったかというと、それは俺のクラスに原因があった。今年、晴れて高校生になった俺なのだが、俺ののクラスがヤバかった。
ぱっと見は普通だった。というか、最初の一ヶ月は普通の高校生活だったと思う。しかし、それからが問題だった。
なんの変哲もない男の周りに女子数人が集まるようになったのだ。それもその数人というのがまた可愛い子だけで構成されており、しかも、その可愛い子たちはその男を好いているようなのだ、周りから見れば。
それから一人一人そのような状態になる男が増え、今ではその状態でないのは俺だけになった。
はっきり言って俺はクラスで孤立化している。一人だけ違うやつがいるがそいつとは友達ではない。
つうか、なんでハーレム野郎がこのクラスに集まってんだよ。たくさん可愛い子がいると思ったらこれだよ! ほんと、なんで俺だけ除けものにされているのかわからん。俺だけハーレムじゃないってどういうことだよ! 俺だけぼっちライフってなんなんだよ!
腹が立ち過ぎて俺は家の中だというのに叫んでしまったのだ。反省はしているが後悔はしていないし、ハーレムは滅びても仕方ないと思っている。
『おはよう、翔太』
『今日、弁当作ってきたの。もちろん、翔太クンの分もあるけど、食べたい?』
『ショウタ、一緒に帰ろう。今日、家に誰もいないから泊まっていってよ』
『昨日は遊園地、楽しかったね! 今度は翔太っちと二人っきりで行きたいなー、なんてかえ』
『もうっ、翔太くんのエッチ! 私以外にしたら嫌われるよ?』
俺はあいつらの甘い会話や行動もといラブコメを思い出し、今の自分と比べてはうつな気分に滅入ってしまう。
『私のこと、好き?』
また鮮明に思い出してしまう。これまたひどいのが一つのハーレムを集中して頭の中に浮かんでくるのだ。頭が酷く痛む。
俺の精神はもうボロボロだった。
「ああああああ! 学校行きたくねぇー!」
しかも、今日は週のはじめの月曜日っていうもんだから最悪だ。またあいつらのラブコメを近くで見なきゃいけないなんて嫌だ。ほんと転校したい。
目の奥で思い浮かぶ数々のラブコメたち。もう学校に行きたいという気持ちは一つも心の中にはなくなった。
「ちょっと! 朝からうるさい! 静かにしてよ」
隣の部屋から姉ちゃんがやってきた。
姉ちゃんは俺の一歳上ってだけでやたら俺をこき使ってはこき使う。それを断ろうとすると暴力で従わせようとし、最近では出るところがやっと出てきたので色仕掛けで俺を誘惑しようとしているがはっきり言って貧相なカラダに興味はない上に姉にそんな劣情を抱くはずもない。
俺はそんな姉のことを威厳も尊敬するところも見当たらない、クソみたいな存在だと思っている。
「うっせぇな、このド腐れビッチが……って痛い痛い痛い痛い痛いっ!」
腕が! 腕が変な方向に曲がる! つうか、いつの間に組み伏せられてんだ俺!
「誰がビッチだって? 誰が腐ってるって?」
「いや、腐ってるっていうのはあとに続く言葉を強調するものであってぇええええっ!?」
マジで痛いマジで痛い! それ以上は曲げないで! 曲がっちゃいけない方向に曲がっちゃうから!
「へー? 要するにあんたのお姉ちゃんは誰にでもケツ振って股開いてるやつだって言ってんのか? あ?」
「違います違います違いますっ! さっきのは……ほら! ド腐れビッチとはかけ離れた姉ちゃんは今日も綺麗だなーって叫ぼうとしただけなんですよ!」
嘘だけど。
「ふーん……嘘よね?」
「ほ、ほんとですほんとですっ」
頭を縦に振れる分だけ振りまくった。
「じゃあ、あたしと一緒に学校に行かない? もちろん、あたしと腕を組んで登校するわよ」
「……誰が組みたがるんだよぉおおおおおおっ!?」
「なに? もう一回言ってごらん」
あ、悪魔め! 聞こえているくせに!
「ぜ、是非がでも、お姉様と一緒に学校に行かせていただきます!」
「うふ、よろしい」
姉ちゃんは気味の悪い笑い方をしながら部屋を出ていった。
「……折れてないよな?」
グルングルン腕を回して状態を確認。ひとまず痛みはないようなので大丈夫だが、余計に精神状態は最悪になった。
もう学校なんか行きません! 誰が何をしたって行きません!
よーし、姉ちゃんもいなくなったし、二度寝するか! 俺は布団の中に入って丸くなり、いい夢を見れるようにと願って目を閉じた。
「起きろ起きろ起きろーっ!」
う、うるせーなほんとに! 今度は由奈か!
ドタドタとうるさく階段を駆け上がってきた由奈は俺の一つ下の妹。元気いっぱいでとにかくうるさい。ほんとにうるさい。
姉ちゃんは由奈が苦手で、由奈の相手を俺に任せているというか放り投げている。俺だってこんなしつけのなってない犬みたいに吠える由奈の相手は疲れるし嫌だ。朝はうるさいし、学校から帰ってきたあともうるさいし寝たあとの寝言もうるさいのだ。
だけど、家族の誰もが相手をしてやらないし、由奈は俺だけ構ってくれると思っているのか俺のところばかりにくる。そして俺は由奈の相手をして疲れる、と。最悪だな、ほんと。
「お兄ちゃん! 朝だから起きて! 朝だよ! 朝なんだよ!? 早く起きて由奈の相手してよー! 相手しないとお兄ちゃんのゲーム機に相手してもらうからね! バンバン叩いて遊ぶよー! ほら早く起きてってば!」
「うるせぇ! ほんとにうるさい! 起きてるから、俺は起きてるからゲーム機叩くな! 壊れるだろ!」
ただでさえ最近変な音がするようになっているというのにそんな昔のテレビ叩くみたいに叩いたって余計おかしくなるだけだから。というかいつまで叩いてんだこいつは!
俺は拳を握り、由奈の頭を叩いた。
「痛い! 痛いよお兄ちゃん! 殴らないでよ!」
妹だろうが女子だろうが関係ねぇ! もちろん、手加減はするけどな。マジでおもいっきり殴ったら警察沙汰になりかねない。頭をコツンと叩いただけだ。
「お前はとにかくうるさいから黙れ! 口にチャックしろ! いいか?」
「チャックって?」
「口を動かすなって意味だよ! とにかく俺は今日寝るからあっち行け」
しっしっ、と追い払うように手を振ると、由奈はむっとした顔で俺を睨んできた。
「そうやって由奈をいじめて楽しいの!? 由奈ね、知ってるんだからね。お兄ちゃんが美希お姉ちゃんのことクソババアって風呂場で言ってたの。これ、美希お姉ちゃんに話してくるから!」
そ、それはダメだ。姉ちゃんに何をされるかわからない。さっきはどうにか姉ちゃんの要求に応じることでどうにかなったが、今度はマジで腕が変な方向に曲がってしまう……! それだけは避けなければっ。
「な、なーにを言ってるだい? 由奈。ほら、遊んでやるからこっちおいで。ここはお前の特等席なんだろ?」
あぐらをかいて俺はベッドの上に座り、由奈にこっちに来るよう手まねく。
由奈は俺に背中を預けて座るのが小さい頃からずっと好きなのである。よって、由奈の機嫌が悪くなったらここに由奈を座らせれば大抵の機嫌は治るのだ。
今だって俺があぐらをかいた瞬間に由奈は背中を預けてきた。どんだけ好きなんだよ、と思わずツッコミたくなる。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん! ここ、由奈の特等席! 他の人に渡さないでね!」
バンバンと俺の膝を叩いて喜びを表現する由奈。ほんと、子供っぽい。俺と一つしか違わないって嘘だろ、としか思えない。
「はいはい」
「お兄ちゃん! 由奈の頭、撫でて! ほら、早く!」
由奈のこの状態でさっきみたいにキツくあしらうとブチ切れて暴れるので、ここは穏便に由奈の言うことを聞いてやるか。
「こんなんでいいか?」
俺は適当な強さで頭を撫でる。
「もう少し強く!」
「はいはい、と」
少し力を強めて頭を撫でてやると由奈は嬉しそうに声を上げて部屋を出ていった。
気持ちよくて堪えられなかったらしい。まぁ、結果的に見て由奈を部屋から追い出すことができたからよしとしよう。
今度こそ二度寝するぞ、と意気込んで布団の中に潜り込む。少しくらいすると、だんだん眠たくなって……布団が捲り上げられた。
「お兄ちゃん、おはよう」
「……ん? うおっ!? って志保か。驚かすなよ。おはよう」
なぜ志保はここにいるんだ? 姉ちゃんか由奈に言われて来たと判断して、俺は欠伸をする。
志保はいつも急に現れる。外国人にそれを見せれば、「オー! ジャパニーズニンジャ! ナルト!」って言うだろうな。外国人ってのは日本のアニメ大好きだ。メジャーなものほどウケがよろしい。だが、志保は忍者でもナルトの登場人物でもない。俺の双子の妹だ。
「着替えないの? 早く準備しないと学校に遅れちゃうよ?」
志保はすでに制服に着替えていた。いつもながら早いと思う。俺は学校に行く気ないからまだ寝巻きだが、しっかりしたその姿は俺と同じ年とは思えない。
「いや、その……」
どう返事をして学校を休もうか。熱もなければ咳も出ない。至って俺のカラダは健康である。精神は病んでいるというにな。
「もしかして、何かあったの?」
志保は不安そうに顔を曇らし、俺の隣に座ると真剣な目つきで俺の手をギュッと握ってきた。
なんだなんだ? え? なんか始まるのか?
「私でよければ話してみて。解決できるかわからないけど、それでも話してくれれば楽になると思う。どう? 私じゃ信用できない?」
顔が近い! ぐっと顔を近づけてくるな! 志保から離れようとするが手を掴まれていて全然離れることができない。
「い、いや、別に志保の手を借りる必要はないというか……」
クラスメイトがハーレムだらけでムカつくから学校行きたくないなんて言えるわけがない。というか、その手を離せ!
志保とは同じクラスだが学校で家族と話すっていうのはなんだか恥ずかしくて今までろくに志保と話したことはない。
姉ちゃんは学年が上だからそもそも話す機会はないし、由奈は中学生だから物理的に無理だ。スマートフォンを使えば無理ではないが、そこまでして由奈とは話したいと思ってないのでそれを使う機会はないな。
「わかったよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんがそう言うなら私は何も言わない。でも、私はお兄ちゃんのことを本当に心配しているんだからね。それだけは覚えておいて」
志保が捨て台詞らしきものを吐いて部屋を出ていった。
ふー……志保といるとなんか疲れる。雰囲気が堅苦しいっていうか息苦しいんだよな。本人にそんなことは言えないが。
しかし、ホントに俺の家族は俺のところによく来るな。どんだけ俺と接したいんだよと思う。それとも、俺がそういうオーラを出しているのか?
しばらく理由を考えていたが途中で面倒くさくなって考えるのをやめた。
そのまま寝ようとカラダを横にしたら次第に眠たくなってきて意識が朦朧としてきたその瞬間だった。
「拓磨! 早く起きてきなさい! あたしと学校に行くって約束したでしょ!?」
これは姉ちゃんの声だ。少し怒っているようだ。
「お兄ちゃん! 早くご飯食べようよ! 冷めちゃうよー!」
これは由奈。早く朝ご飯を食べてほしいまたいだ。
「お兄ちゃん、大好きー!」
あれ? 聞き間違いか? 志保がおかしなことを口にしたような……っていつものことか。
志保は姉ちゃんや由奈がいると変にふざける。そして、姉ちゃんと言い合いになって女の醜い争いが始まる。由奈はそれをニコニコしながら見ているからかなりの修羅場だ。最終的に俺がそれを止めるはめになるから面倒くさい。
今だってなんか言い争いをしているのが床越しに聞こえてくる。朝からホントにうるさい家族だ。この喧騒を止めるには俺が行くしかないんだよな……。
「はぁ……学校にも行かないわけにはいかないよな」
勉強だって遅れちゃまずいし、そのままズルズル休んで高校中退なんてしたら最悪だ。将来のためにも頑張らないといけないのにハーレムがどうとかくだらないよな。
ああ、そうだ! くだらない。ハーレムなんてくだらないんだ! どうせ優しいとか雰囲気が好きとかなんて高校生のうちだけだ! そのうち、年収や顔を選ぶようになるに決まっている。
女ってのはそういうもんだと父さんに言われたことがある。きっと若いときの父さんは結構モテたに違いない。でも、そういうことを言うってことはモテたあとに何かあったことも確かだと思う。
そういえば、父さんと母さんは同級生で幼馴染みだって聞いた気がする。母さんは父さんがハーレム状態だったことが嫌ではなかったんだろうか? 今度、詳しく聞いてみる必要がある。もちろん、父さんのいないところで。
今後のことを考えながら制服に着替える。さっさと下に行かないとなんかヤバそうなことになるような単語が下から聞こえてきたが、由奈の声は一切聞こえない。やはり、俺以外があいつらを止めることはしないらしい。父さんと母さんは仕事に行っていないし、仕方ないのか? やっぱり。
さっと準備して一階に降りる。
リビングに向かうと、やっぱりというか当然のごとく二人は口喧嘩をしていた。
「お姉ちゃんってお兄ちゃんに嫌われているくせに、なんでそんなに仲良さそうにしているのか意味わからないんだけど。私の方が絶対好かれているから」
「あんたと話しているときの拓磨、いつも面倒くさそうにしているけど? 拓磨は口には出さないけどね、あんたのこと面倒な女だって思ってるわよ、絶対。あたしの方がより好かれているから」
「そもそもお姉ちゃんはお兄ちゃんにやつあたりし過ぎ。嫌なことあったらすぐにお兄ちゃんをいじめるのやめてくれない? まあ、その分、私が慰めてあげているけどね」
「あ、あんたこそ、双子だからってなんでもかんでも拓磨のものを自分のものみたいに扱うのやめたら?」
「うっ……今はもうやめたから別にいいでしょ! お姉ちゃんだってこの前は怖い番組見たからってお兄ちゃんと一緒に寝てたのは姉としてどうなのよ!?」
「あんただって週一で拓磨と一緒に寝てるじゃないの! それ比べたらあたしはまだマシな方よ!」
あー……これは下手に混ざると怪我するな、もう少し落ち着いてから止めに入ろう。時間もそろそろヤバイし……って、もうギリギリじゃん! 姉ちゃんと志保は放っておいて、早く飯食って学校に行かねば遅刻する……!
「って、由奈のやつがもういない!」
あいつ、俺たちを置いて先に行きやがったな。由奈だけ中学生だから早く行かないとダメなのはわかってるけど、いってきますぐらい言えよと思う。
台所にあるテーブルに置かれた朝食をかき込む。朝食はいつも母さんか由奈が作っているが今日はゆっくり味わえそうにない。母さんと由奈、ごめん!
「よし、食い終わった!」
さっさと行こう! 二人のせいで遅刻とか嫌だし、いつも歩いて学校行ってたけど、今日は自転車で行こう。じゃないと間に合わない!
無言で外に出ようとしたとき、二人がリビングから慌てて出てきた。
姉ちゃんが驚いたような表情を浮かべた。
「ちょっと、お姉ちゃんと学校に行く約束でしょ!?」
「もう待てない! 遅刻するから自転車で行くから!」
「私も自転車で行くから待って! お兄ちゃんと一緒に行くのは私だから、お姉ちゃんは一人で学校行ったら?」
「なっ! そうはさせないわ! あたしが拓磨と一緒に行くのよ!」
あーもう! ホントにうるさい! 俺は自転車に乗り込んで家を出る。二人がまた口喧嘩していたがそんなの知らない。学校に間に合うかどうか、俺はそれだけを考えていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます