思い出
小学校のとき、海外へ、イギリスへ転校してしまった女の子。
確か名前は、茜。木下 茜。
「湊ー!はーやーくー!」
彼女が僕の手を引く。
「ちょっと、待ってよ!」
湊は茜の後を走ってついていく。
二人は柔らかく笑う。
茜色の空の下で。
──窓に光が差し込む。視界にあるのは真っ白な天井。
湊は、もう朝だということに気づいた。
「....懐かしい夢を見た気がする、スノー」
寝ていた湊の真横に凛として座っていた真っ白の飼い猫、スノーの頭を撫でながら呟いた。
頭から離れないのは、先程まで見ていた、夢。
思い出したのは、彼女と遊んだ毎日。
今思うと、女の子の中で一番仲が良かった。
茜は今、何をしているのだろうか。
イギリスで元気にやっているだろうか。
僕のことを忘れしまっているんだろうか。
いや、きっと楽しくやっているだろう。
また会いたいと思いながら、リビングへ向かった。
「おはよう」
爽やかに挨拶をしてみたが、返事はない。一人暮らしなのだから。
湊の両親は東京にいる。父はファッションデザイナー、母はメイクアップアーティストだ。両親共にとても有名で、海外でも活躍している。
都会の生活が合わず、小学校1年生の時から祖母と一緒に暮らしてきた。そんな祖母が高校に入った頃亡くなったのだ。
湊の両親は東京に帰って来るよう言ったが、アパートを借りて一人暮らしをすることにした。一人の方が気楽でいい、と湊は思ったのだ。
そんな湊に両親は毎月仕送りをする、と言ってきた。両親にはお金は充分にある。
しかし湊は、あまり自分の事でお金を使って欲しくなかった。
両親が働いたお金は両親達に使って欲しいの
だ。気を使わなくていいと言われたが、湊は断った。
湊は花屋のバイトと飲食店のバイトを掛け持ちして、生活費を稼いでいる。
高校とバイトを両立させ、両親に迷惑をかけないこと。これが湊の目標だ。
ゆっくり朝ごはんを食べていた湊はふと、時計を見た。
時計が指す時間は、8:25。
登校最低時間は、8:35。
家から学校までは、歩いて15分。
このままでは遅刻確定だ。
しかも1時間目は怖くて有名な、高野先生。
遅刻したり、話を聞いていなかった生徒に問題を解かせる。
その為、生徒から人気がない先生だ。
走れば間に合うだろうか。
湊は体力がない。学力は申し分ないが。
それでも今は走るしかない。
「....見せてやるよ。現役高校生の体力を!」
誰かに言ったわけでもない、大きな独り言を残して。
湊は学校へと向かった。
楽しんでいただけたら嬉しいです。