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第五章

「ふーっ………。で、これからどうするの?」

それが僕の休校舎に入ってからの第一声である。

つまり、大会開始直後の言葉である。

それに対して深雪は僕の目の前に立って歩いている。僕は遅れないように後ろから付いて歩く。

「どうするって?」

緊張感のまるでない声。

「いや、どうするって―――――。何か策とかやる事とか考えてないのか?」

「策?やる事?」

すると足を止めて、こちらを振り向く深雪。

僕も遅れて足を止める。

「ああ、策だよ。どうやって今から行動するとか、武器は?何かあるのか?」

僕はとりあえず、ふと気になっていたことを聞いてみる。深雪のことだ。策は無いかもしれないが、いくらなんでも武器の準備くらいはしているだろう。

そう思って聞いたのだが―――。

「そんなの無い」

と簡単に答えられてしまった。まあ、だろうと思ったよ。

「って。おい!そんなんで、優勝する気無いのか」

「ん、それは、ある!もうばりばり」

ばりばりあるらしい。あるならあるでやる気を見せてもらいたい。

「なら、どうやったら優勝できると思う?」二つ目の質問。

「向かってくる奴を滅多打ち!」回答にならない解答。

「―――――」

まあ、こんな事だろうとは思ったが―――。あまりに無謀すぎる。

「なあ、深雪。このイベントはただの遊びと勘違いしてないか?おそらく、さっき校長が言ったことは冗談じゃない。殺しも本当に有りなのかもしれないだ」

そう、殺しは反則にならない。これは大抵の奴は冗談としているが、恐らく冗談ではない。

この学校は根本的に可笑しいのだ。

恐らく今参加している奴らは、それを承知で参加している奴らばっかりであろう。

血に飢える高校生。

以外にそう少なくはないはず。いや、むしろ若いからこそ血に飢えているんではないだろうか?だから最近は若者の親を暗殺した事件やら友達を殺す事件、自殺と濃ゆい事件が沢山存在している。

それを理由に、このイベント参加している奴らも多いはず、いや………むしろ、あの校長少なくとも、これが目的であったんではないだろうか?そう思わせられる。

生徒を殺させ合う先生。

馬鹿で最低である。

そして、それを知り得て、それに従う生徒達。それも…………。

馬鹿で最低である。

「ふふっ、恐いの白沢―――?」

笑みを作って、こちらを向いて首を傾げる深雪。

「―――――。恐い、恐くないの問題じゃない。お前も、もう分かっているだろ?このイベント、校長の目論みくらい」

「うん、そりゃあね。ミー君はきっと退屈なんだよ。楽しいことをしようとした結果―――このサバイバルイベント。かなり面白いよね」

深雪は笑う。

このイベントが殺しを含んだ意味を持っていると解りつつも笑って言う。おもしろいって………その面白みが理解しがたい。理解できればできたで嬉しくも何ともないが。

「笑えないよ。こんな馬鹿みたいなアホのようなイベントで死人が出たらどうするんだ?」と僕は反論。

「でも、主催者はそれを願っているんだ。ミー君はきっと、つまらない退屈な学校を楽しくしようと――――」

深雪の言葉の途中だが割って入る。

「そんな私念で生徒を殺そうとするな!」

「いいんや!白沢、結局は私たち参加者の責任だよ。死者が出たら私たちの意志。このイベントは結局みんな倒しさえすればいい。別に殺せというルールはない。それでも、なお死者が出るなら参加している私たちの理念に過ぎない。退屈な学校生活や社会にうんざりしている私たちの私念だよ」

「―――――」

僕はしばらく無言であった。

そして、一分くらいの間を空けて口を開いた。

「それでも馬鹿でくだらないのは変わり無いだろ」

「いいんや。勝ちさえすれば強く、かっこいいんだよ!」

首を振って深雪は答える。僕は対して眉を寄せてしかめ面になった。

「深雪は生徒を殺す気か?」

「ふふっ――――。生徒を殺すのは恐いの白沢?でもきみは赤の他人なら沢山殺してきたじゃないか?」

深雪は笑顔で聞いてくる―――。

「―――――」

僕は無言。

「―――――」

「―――――」

僕は深雪の顔を見つめ、深雪は僕の顔を見つめる。

そして、先に目線を外したのは深雪であった。

「なーんってね!」

ひょうしが抜けるような間の抜けた声。

「別に殺しはしないよ。そういう趣味じゃないもの。私の目的はあくまで優勝よ!殺しに興味なんかないわよ」

「――――。まっ、そんな所か。お前の言いたいことはおおよそわかった。でも、また何で優勝なんだ?別に優勝にこだわらなくても」

僕は問う。

「ふふっ、だって一番は強くて格好いいのよ!」

深雪はいつもの笑みを見せる。

「まったく――――どうにかしている。命懸けで格好よさを選ぶのか?」

「当然!」当然と言わないばかりのしっかりとした返事。

やれやれだ。ああ、実にくだらない。

くだらないが――――。今更だが何故かやる気が湧いてきた。

それは何故か?

深雪の目的が殺しではないと分かったからか?いや、そうではない。

単に優勝したいからか?いや、そうでもない。

恐らく――――。

僕のやる気の理由は――――――。

そっか。そうだな。

そういうことか。

僕は自然と頬笑みを作っていた。

「あっ、白沢もやる気になった?」

「ああ―――ちょっとだけな」

「ふーん。なら丁度いいわね。全方から足音が二つ。とりあえず、そいつらから、やつけましょうか!」

「――――。ああ」

僕は笑った。

殺しを目的に参加した奴ら。そんなに死に急ぎたいなら――――一度、死以上の恐怖を――――――。


思い知らせてやるよ。


僕はナイフを構えて休校舎の廊下を一気に駆け出した。――――。その時の僕の顔は笑っていた。



あはっ――――。

あはははっ。

楽しいな。お花が沢山、蝶々がいっぱい、クマさん、うさぎさんも皆集まって、楽しいな――――。

あはっ――――。

あははははっ。


「って!冷たっ!」

「あら?須原くん?正気に成りましたか?」

「ん?あれ?」

俺は辺りを見回した。

寒さに気が付いて目を開いたら目の前に橋場さんが立っていた。しかし、何やらバケツのようなものを持っている。――――て、アレ?なんで俺は濡れているんだ?

「えっと――――?ここはどこ?」とりあえず尋ねてみることにした。

「――――。まだ正気でないのか既に正気なのか曖昧なことを言いますね」

「一応、正気なんですが………俺は何で橋場さんと?」

「学園イベント………と言えば思い出しますか?」

―――――。ああね!思い出した!

俺はポンと手を叩いた。

「でも?あれ?俺は朝、学校に登校して………あれ?その後は――――あれれ?」

首をぐるり、ぐるりと左へ右へと捻り回す。

しかし、何かを思い出すわけではない。無意味な動作である。

「えっと、橋場さん」

「何です?」

「朝から今まで記憶が無いんですけど。どうかしたんですか俺は?」

記憶からスッポリと抜けた記憶。

これは………………。まさか!

「そうか!俺には知られざる、もう一人の俺の意識があったのか!?」

「……………」

あれ?違うのか?何か橋場さんは可哀相な目でこっちを見ているぞ。あれ?何かしたのか俺は?

「あの橋場さん………。もう一人の俺は何かしちゃったんですか」

「知らないほうが身の為ですよ。忘れなさい」

「そっ……そうですか?でも、そう言われると知りたくなるのが人の性ですよ!」

「いいから………黙りなさい!」

橋場さんは片手を刀に掛けて、こちらを睨む。

俺は

「はい―――」としかいいようが無かった。

「まあ、とりあえず―――ここはどこですか?」

俺は気を取り直して話を再開した。

「てかっ、もうイベント開催中なんですか?」

それに対して橋場さんはため息を短く一回ついた。

「結局は逆効果になってしまいましたね。まあ、役に立たないのは、あまり変わり無いですが」

ん?俺のことを言われているのだろうか?

「ふーっ………とりあえず今いる場所は休校舎二階の女子トイレです」

「そうですか…………休校舎二階の女子………えっ!じょし!!」

「何を慌てているんですか?平気で女子トイレ覗いてそうな顔しているのに」

平然とした顔で橋場さんは言う。

「そんなこと無いですよ!一度も覗いたことも、入ったことも――――まあ、匂いは嗅いだことはありますが!」

「匂って―――。まあ、須原くんですから。予想はしていましたが。変態なんですね」

「須原くんですからの意味が解りませんよ!てか、橋場さんは俺を女子トイレを平気で覗く人に見てたんですか!?」

「当然です」

「自身満々に言わないでくださいよ!訂正してください!俺のキャラ付けを!俺を…………」

「いい加減にうるさいですよ。斬られたいんですか?」

再び橋場さんの手が刀に触れられる。

「いっ……いえ!滅相もないです!」

「ふーん。なら、いいですけど。とにかくです。もうゲームは始まっているんです。しっかりして下さいよ」

「あっ、はい。すいませんでした」頭を下げてあやまる。

「なら、これからの話ですが。須原くんには重要な役割をしてもらおうと思うんですが」

「えっ――――」

思わず声を上げた。

どうせ、役に立たないから後ろに立っていろとか言うんじゃないのかと思っていたのだが。

聞き間違いではないなら、重要な役割。重要な!重要な!役割だ!

まさか、橋場さんは何だかんだ言いながら俺を認めてくれているのか?

おい!朝奈!聞いたか!

いや!聞こえないだろうけど、聞け!

俺は!俺はぁぁぁ!

「はい。完了と」

どすん!

いきなりだった。

いきなり、目の前にドアが閉まった。

あれ?何だ?このドア、開かないぞ。

トイレだから内ロックのはずなのに、何で開かないんだ。

「それじゃあ、その中でじっとしてて下さいね」

と橋場さんの声が外側から聞こえてくる。

「えっと――――。これはどういうことですか?」

「見てのとおりです」

「ドアの把手しか見えないんですけど」

「なら思ったとおりですよ」

「女子トイレって以外と予想より興奮しないんですね」

「……………」

どうやら冗談で言った、つもりが相当退かれたようだ。

「えっと―――つまり、どういうことですか?俺の頭に解るようにお願いします」

「答えは簡単ですよ」

橋場さんは明るい声色で言った。

「須原くんは邪魔です。トイレの中でずっと待っててください」

「一言ではないじゃないですか」

どすっ!

するとドアに刀が貫通してくる。

俺のこめかみに刀があたった。

「うるさいですよ。とにかく中でじっとしてて下さい、この役たたず」

「…………はい」

僕は頷くしかなかった。

ドアの前には何か置かれて開かない。

しかも、上からよじ登ろうとしてみたが自棄に壁が高い。

なんで休校舎のくせに、こんなセキュリティーがしっかりしたトイレなんだ?

まあ、いいや。トイレの床のタイルの枚数でも数えるかな。

「では、行ってきます」

「はい。がんばって」

そうして俺のタイル数えは始まったのだった。



「ふう――――」

僕は一息して溜息をついた。

「とりあえず一段落終了ってところか」

目の前に横たわる二人の学生の姿。

これは、先程対峙したイベント参加者。つまり、敵である。

名前も知らない誰かだが危機して、こちらを襲ってきたので返り打ちにした。強さはいいまでもない。

「以外とあっけなかったわね」と深雪。

退屈そうに背伸びを傍らでしている。

「…………。退屈なら深雪、おまえが戦えば良かったじゃないか」

「うん?私は非戦闘要員よ。それに白沢がいるのに私が戦う理由は無いでしょ?だって白沢は無敵鉄人なんだから」

「僕は無敵でも鉄人でも無いんだがな」

そっけない口調で僕は言う。

「そう?まあ、勝ったんだしいいじゃない?あっ、こいつのポケットに拳銃入ってるわ。うわああ、もう銃刀法違反もくそじゃないわね」

倒れている生徒のポケットから拳銃を一丁抜き取って深雪は言う。

「――――――。まあ、確かにな」僕は頷いてみせる。

確かに、これではここは自衛隊の訓練区域かなんかなのかと疑ってしまう。

はあ。っと再び溜息をついた。

すると…………。

ばんっ!

「……………!」

右頬を弾が掠めて壁へと突き当たった。

「えへへっ、間違って撃っちゃった」

深雪を見るとニカっと笑いながら舌を見せる。

「まさか引いたら弾がでるなんてね。この銃すごいね。オートで引かれるようになってるよ」

「――――」

いや、そんなのはいいとして勝手に引き金を引かないで欲しい。

「……………。敵より味方の方が百倍恐いよ」僕は呟くように言った。

「うん?そうかな?」

「そうだよ」

「まあ、とにかく後は残り5チームだね。リサ達を抜かしたら4チーム。さっさと排除して行こうか!」

やる気だけは一人前の深雪。

「この倒した奴らはどうするんだ」

「ん?こいつら?別にこのままでいいんじゃないのかな?」

「そうか?」

「そうそう、次いこう!次!」

深雪は奪った銃を振り回していると――――。

ばんっ!

再び銃声。

しかも、またもや僕の頬を掠める。今度は左であった。

「―――――。おい、深雪」

僕は苛立ちを胸に深雪を見た。

しかし。

「いや、今のは私じゃないよ。英語で言うと、えーっと……………アイ・ドント・キル!?」

私は殺してない。…………いや、殺すな!

まあ、そんな深雪の馬鹿げた英語はどうでもいい。

問題は発砲したのは深雪ではない。

つまり…………。

「走るぞ!深雪!」

僕はそう大声を出して深雪の手をとり走りだした。

それと同時にズダダダダダッと銃声の嵐が起こる。

つまり再び敵の登場である。しかも、今度は拳銃では無くてマシンガン。

いったい、何処で手に入れるのだろうか?そんな物騒なものを。

いや、今はそれどころではない。

敵はこちらを狙って撃っている。しかし、僕らは敵の存在は判るものの、場所や戦力が判らない。

つまり比較的に不利。

とにかく今は逃げの一手である。今はマシンガンの弾を避けている自分が自分で信じられない。

「ああ、たまや―――――」

深雪は僕に手を引っ張られながら呑気なことを口にしている。これは花火かなんかなのか?まあ、火薬弾っていう点は似ているが………。根本的に色々と間違っている気がする。

「ああ、うるさい!」と僕は深雪に激怒して、尚も走る。

そして廊下から近くの教室に隠れ込む。

相手はそれを確認したのか銃を撃つのが止み、銃声が止んだ。

「わあ!ピンチ!これが主人公ピンチって場面かな!」

何故か、この場で騒ぐ深雪。何がいったい楽しいのだろうか。理解できない。

「まあ、確かにピンチだな。これは」

僕は感情なく呟いたのだった。



「出てきなさい」

橋場リサは廊下に出て、そう鬼気した口調で言い放った。

凛とした声は人がいない休校舎の二階に響いた。

その声が響いた数分後に前方、後方、つまり橋場リサを囲むように男が二人出てきた。

「やっぱり貴方たちでしたか」

橋場リサは男二人を確認して呟いた。

「へへっ、相変わらず気が強そうだね。でも嬢ちゃん、男は気が強い女を這いつくばらせたいものなんだぜ。へへへっ」

不気味に笑う前方に立つ男A。

「気持ち悪いですね。変態ですか貴方たちは」

「気が強い女は持てるけど、強すぎると、厄介なんだよな。男を甘く見てるとヒドイ目に合うぜ」

今度は後方の男B。

「……………」

「ところで相方はどうした?あのヒョロヒョロした男は」

「知りませんよ。どっこかのトイレのタイルの数でも数えているんじゃないですかな?」

「ふーん。まあ、いいや。あいつには興味はないしな。なあ嬢ちゃん、ここで降参したら俺の彼女になるだけで許してやろう。けど、抵抗するなら、――――へへへっ」

目を細めてニタッと笑みを見せる男A。

対して――――。

「お断わりします。私からも忠告しましょうか。痛い目に合いたくないなら、降伏しなさい」

橋場リサは変わらない声色で、そう言った。

「ふっ、はははははっ!!」

男二人は笑う。

その笑いは本当に汚く、品の無い。

「いいぜ。譲ちゃん。これで何されても文句は言えないぜ」

「前置きが長すぎますよ。いいから、さっさと掛かってきなさい」

「何を!」

そして二人の男はほぼ同時に橋場リサを襲いかかる。が、しかし―――。

かちゃっ。

橋場リサは瞬時に刀を抜き、抜刀する。

刃の腹で前方の男の腹部を叩き上げる。

瞬殺である。

戦闘開始、数秒と立たずに男二人の内の一人が口から泡を吹いて倒れる。

「たわいもない」

小声で、そう呟き、身を反転させる。

残った、もう一人の男は唖然としていた。

まさか、こんな小さな体で背より高い刀を扱うことができるとは思っていなかったのだろう。

「なっ!」

口から声を漏らす。

「貴方たちは女を甘く見すぎです」

橋場リサは男Bへと言い放つ。

「貴方は何故に、このイベントへ参加した」

そして問い掛ける。

男は意識が反転していた。体が震えながら口を開かせる。

「おっ、俺たちはただ………あっ、遊びで――――――」

「遊びですか?考えが甘い。これのルールは殺しもありなのですよ。冗談と思いましたか?笑止!これは冗談でも何でも無い。このイベントは殺したいと思うものと死にたいと思うもの以外は参加は不向き。これの意図に気がつかない貴方たちは馬鹿です。愚かです。なんなら、一度死んでみますか?」

かきん!

刃を壁に当てて音が鳴らされる。

「ひっっ!ひいぃぃ!」

男は無残に崩れるように、床に這いつくばった。

「―――――。今更命乞いなんてしないで下さい」

橋場リサの刀が男の頭上に上がった。

「さようなら」

「うわああああああ!」

絶叫。

男の悲鳴が鳴り響く。

「ふー。男の癖に這いつくばって、悲鳴をあげるとは――――。安心しなさい。命を取るような趣味はありません」

そう言って刀を鞘に直す。男は目を白目にして、意識を失っていた。

「さて、雑魚はどうでもいいです。次に行きましょう」

橋場リサはそう呟いて、その場を後にするのだった。


「百、百とんで一、百とんで二――――――ってマジで俺はここに放置なのか!橋場さん貴方は鬼ですか!悪魔ですか!」

俺はあまりの虚しさに大声をあげた。

しかし。

「―――――」

返答はない。

当たり前だ。何故なら、このトイレには俺一人しかいないからだ。

「てか!最近本当に皆、俺の存在の扱いがヒドイ!何たることだ!誰か俺に手を優しく差し伸べるような心優しい奴はいないのか――――」

と俺はいう。

もちろん誰に言った訳ではないので、よって一人ごとになる。

寂しいな――――。

「しかも、橋場さんに至っては俺をゴミのように扱いやがる!まあ、橋場さんなら構わないのだが―――いや!構わなくなんかない!」

と俺。

もちろん誰に言うわけでなく独り言だ。

あはははっ。

なんだか笑えてきたよ。一人は楽しいな。独り言、最高。

あはははっ!

「って!やばい!脳が!思考が!やばい!俺は誰だ!俺は俺だ!なら俺ってだれだ!て本当に誰か反応してくれ!」

俺はトイレの壁をドンドンと叩きながら叫び声をあげた。

誰も返事はないだろうという状況下の中で―――――。

もし、反応してくれる人がいれば、おそらく、それはトイレの住民くらいだ。

まあ、そんなのいないだろうけど。

そう思っていると―――――。

『いいよ。一緒にお話しようよ』

予想に反して返事が返ってきた。

この通りそうな高い女性の声である。

「―――――」

俺は壁を叩く手を止めた。いや、自然と無意識下の内に止めたのだ。

「―――――。えっと、誰ですか?」

恐る恐る少女の声主に問う。

対して返事は直ぐに返ってきた。

『私の名前は佐古下唯』

一度では無く、二度目の返答が返ってくる。

声主は佐古下唯と名乗った。

どうやら本当に誰かいるようだ。妄想では―――――おそらく無いようだ。

「えっと、唯ちゃんだっけ?いつから、そこにいるの?もしかして、イベントの参加者?」と俺は唯と言う少女に質問する。

『唯でいいわよ。いつからここにいたって?何言っているの?ずっと最初からいたじゃない?』との回答が返ってくる。

どうやら、ずっといたらしい。

いたか?記憶にないのだ…………。

「ずっと、いたなら判ると思うけど、俺は覗きじゃないからね。女子トイレに好んで入っている訳じゃないからね」

と、一応念の為に断りを入れておく。

『くすっ、うん。わかっているわ。変な服を着た女性に入れられたんだよね』

どうやら橋場さんの存在を知っているらしい。本当に最初からここに居たようだ。

『あの服装って変わってたよね。何?最近の流行なにかかな?』

どうやら唯という処女はゴスロリを知らないらしい。ゴスロリを知らないとは最近ではめずらしい。

近年ではゴスロリ理解者が増えてきたと思っていたが、まだまだ理解者は少ないのか?このように存在すら知らない人がいるし――――。まあ、俺はどうでもいいのだが。

「流行かは解らないけど、一部には人気みたいだよ」と俺は返答。

へえーっと高い声で関心の声。

「ところで、ずっとここにいるって言っているけど。ここで何してるの?」

『ああ、別に居たくて居るわけじゃないから。ここにしか居られないの私は――――』

どことなく寂しさがある声で返答。

「なんで?出ればいいじゃないの?トイレにずっと居たら可笑しくなっちゃうよ」

『うん。でも私―――――幽霊だから』と唯。

「そっか幽霊か」

『うん。幽霊』

「ん?幽霊?」

『そっ、幽霊』

「―――――――うわああああああ!」

と思わず大声をあげてトイレの中で尻をついた。

『何?どうかした?』

緊張感のないような声が返ってくる。

「いや、幽霊って!」

また、なんてオカルトな――――!

てか、やっぱり俺の頭は可笑しいのか!狂ってるのか!もしかしたら、これは夢か?いやいや、これは現実だ!受け入れろ。真実だ。目の前に幽霊。これも真実。――――――って受け入れられるか!

「本当に幽霊なんですか?冗談でしょ?」

『うそのような真実ですよ。そんなに慌てて大丈夫ですか?』

「いや、大丈夫ではないですよ」

『そうですか?すいませんね。驚かせて』

「でも唯はどうしてトイレの花子みたいになってるの?」と僕は問う。

『さあ?』と疑問符をつけた答え。

どうやら本人でも死んだ理由が解らないようだ。確かに、何で死んだか解らないなら無事に成仏できないだろう。声からしても、まだ若い。若いうちに死んだら未練も残る。未練があるから幽霊になる。うん、なんて典型的な幽霊なんだろうか。

「唯はいつごろからここに?」

『えっ?いつごろからですか?おそらく、江戸の末期くらいからです』

「江戸!」

『はい』

なるほど。ゴスロリなんか知るはずが無い。知っていたら、逆にすごい。江戸時代がゴスロリは存在していた。って今度の自由研究のテーマになるところだ。

「なあ、ところで一つ頼めないか?この扉を開けたいんだけど、扉の前に何か色々と置いてあって開かないんだ」

『はい。机や椅子がたくさんありますね』

どこから持ち出したか判らないが橋場さんは椅子や机で俺を閉じ込めているらしい。

「なら、どけてもらえないか」

『いいですけど、これは契約になりますよ』

「契約?――――ん、まあ、どけてくれるんなら、契約でいいよ」と俺は適当に答えた。

すると嬉しそうな声で。

『はい。なら契約ですよ!なら退けちゃいますね!てか、ぶっ壊しちゃいます!壊れろ!この机!』

っと声と共にガシャ、ガシャという騒音。

「―――――」外で何が起こっているんだろうか?壊れろって――――。

しばらくすると、音が無くなり静かになった。

『はい。完成ですよ』

「…………ありがとう」

俺は礼をして扉を開けた。扉はすんなりと開いてくれた。

そして、扉の向こうには佐古下唯がいた。

「―――――」

思わず声を失った。

何故なら、唯は着物を身に纏った美女であったからだ。

綺麗な透き通った目と長い黒髪。

唯一不自然なのは浮いているという点。

「えっと、なら俺は行くけど、ありがとな」

俺は一礼を再びした。

すると、唯は首振って。

『礼には及びませんよ。これは契約なんですから。これからはよろしくです』

と頭を下げてくる唯。

「ああ、こちらこそよろし―――――くって……………何が?」

『だから契約です。私は今から貴方にとりつくことになりました』

と笑顔で言う唯。

「―――――」

俺は硬嫡する。

そして声にならない悲鳴をあげる。

『ふふっ、よろしくね』

可愛らしく唯は笑うのだった。

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