第四章
今日は十日。
つまり、学園イベントの当日である。
はっきり言ってやる気は出ない。まったくと言っていい程に。
それは、そうだ。もとからやる気の欠片も無かったのに、今更になってやる気が出るわけではない。
部活生が大会直前になると突然やる気を持ち出すような現象は起こりはしないのだ。
僕は朝、起きてからの第一声は
「ああ、だるい」だった。
本当に怠い。できれば、こんなくそのようなイベントは出たくない。
参加自由であるのに何故、僕は出なければならないのだろうか。
反論の意見でいっぱいだった。
しかし―――。
まあ、今更になってしまえば仕方ない。
深雪と橋場さんにも出るように言ってしまったので、今更出場しないなどとは言えないのである。仕方なくは無いが。どうしようもない。
はあ―――。
無言で溜息をついた。
今日の学校はグランドに集合であった。
朝から登校した人から順にグランドに並んでいく。
僕もまた、同様に列に並んだ。
「あっ、やっほー!白澤!」
すると偶然にも前に並んでいたのは深雪であった。
果たして、これは偶然か―――?
あまりに不自然だったので、疑うしかなかった。
が、僕はとりあえず
「おう」と相づちをうった。
「ふふふっ、楽しみだね!」
深雪は楽しそうに笑う。
もう、既に楽しそうである。本当に楽しそうであった。
いったい何が楽しいのか―――僕にはわからない。
まあ、わかりたくもないが。
「目指せ優勝だね!」
「やっぱり優勝とかあるのか?」
「そりゃ、そうでしょう。優勝者には学内トップ特権って書いてあったしね」
「そんなに欲しいのか―――?」
ちなみに僕はそんな怪しげな特権欲しくない。
あげると言われてもいらない。別に校内での地位が欲しいわけでも何でもないからだ。
参加理由は友達が無理矢理である。故に望みなどない。
まあ、望みがあるといえばある。この場で棄権すると言う望みだ。だが、叶わぬ願いである。
「欲しいのかって――えらく客観的ね。白澤は欲しくないの?」
深雪は首を傾げる。
「別に」
僕はそう答える。
「そう?私は勝負事は一番じゃないと気が進まないのよ!だから、出るからには一番!」
深雪はそう言って、腕を高く突き上げる行動を見せる。
えらく、張り切っているようだ。
できるなら、常日頃の学校生活ときにも、そのやる気を回してほしいものであるが―――。
僕がそう思っていると。
「いいえ!させませんよ!」
背後から声がした。僕はなんで丁度いいタイミングなんだろうと不思議に思った。この時点で誰なのか予想はついた。
僕と深雪は声に反応して同時に後ろを振り向いた。
後ろにいたのは、やはり橋場さん――……それと、その橋場さんの後ろに以外にも滝の姿があった。
「やあ、橋場さん」
僕は挨拶を交わした。
「やっほー!リサ!」
深雪も同様に――。
「ええ、お早ようございます」
橋場さんは深々と頭を下げて丁寧にお辞儀をした。
「って俺には挨拶は無いのかよ!」
もはや、お約束のように滝は一人で文句を言う。
「あっ、いたの?須原くん―――」
深雪は知らなかった―――そう言わんばかりの顔をした。どうやら滝を視覚として捕らえることができないようだ。
それは何故であろう。答えは簡単である。生理的に受け付けないのだろう。
僕は嘆く滝を見て哀れんだ。
「まあ、須原くんは置いといて―――。さっきの言葉はどういう意味?リサ――」
深雪は問う。
ちなみに置いておかれた滝は、さらに嘆き度を増していた。
まあ、可哀相ではあるが、滝だしどうでもいい。
僕は深雪と橋場さんに目線を移した。
「言ったとおりに、優勝は私のものですから」
橋場さんは当たり前なことを喋るかのよう言った。
「へえ――。リサも出るんだ?誰とでるの?」
深雪は緊張感にかける声で聞いた。
そう―――。それは僕も少々気になっていたところだ――。
まさか――……。
「私のパートナーは須原くんです」
どうやら、そのまさかだった。
「はあ――?滝?」
僕は首を傾けた。
「おい!朝奈!何故首を傾ける!」
滝はすかさずに指摘をしてくる。まったく―――うざったいやつめ。
「でも本当に何で須原くんなの?」と深雪は橋場さんに問い掛ける。
すると橋場さんは
「ふふっ」と笑った。
「何でってハンデですよ。須原くんは確かにヘボで間抜けでお調子者でドジで役にたたずにお荷物かもしれませんけど、まあ―――私がいますから」
橋場さんはそう言うとふっと髪をなびかせた。
つまり、彼女は一人で十分だと言いたいようだ。
なんという大胆不適――なんという自信家だろうか――。
「っておい!なんだ!その荷物発言は!」
滝は何かを主張しているようだ。しかし、その声は誰の耳にも入ってない様子である。
「まあ、リサなら一人で大丈夫よね」と滝を無視して深雪が言う。
滝は再び嘆いている様子である。だが誰も気にしない。
それにしても。まあ、確かに橋場さんならチームを組む必要性は無いはずだ。一人で何でもこなしてしまいそうである。いくら滝が役に立たなくても。
「だから深雪!あなた達には負けませんよ!」
橋場さんは宣戦布告してくる。
これに深雪が乗らないはずがない。
「こっちだって!」
二人は向かい合ってそう言い交わした。
すると橋場さんは今度は僕の方を向いて――……。
「約束、守ってもらいますよ!」
そう言ってくる。
約束とは勝ったほうが深雪にふさわしいだ、どうのこうのというやつだ。もちろん理解はしている。
僕は
「はい」とだけ告げ返した。
すると橋場さんはニヤリと笑う。
うーん――……なんか大変なことになりそうである。そんな感じがした。
「って、おい!なんで俺を抜かして盛り上がっているんだよ!」
滝は一人で抗議の声を叫んでいた。
僕が知るか――……少し黙っていろ。
僕は滝にそう言ってやりたかった。
そして、ついに学園イベント前の全校集会集会が始まった。
まだ眠そうな顔した生徒達は、全員グラウンドに集められている。
しかし、その大抵の人たちがやる気のないような、めんどくさがるような顔をしていた。それは、そいつらのおおよそは、おそらくイベント参加をしてないイベント不参加のメンバーであるからだ。
この学園イベントは名前に学園とついておきながらも参加は自由といった、なぞのイベント。
本当になぞ。だから、参加する人も少ない。出ている奴らは大抵、興味本位であろう。
だから出てない奴らのほうが圧倒的に多い。まったく気が入ってないような、他人事のような、やる気の無いような顔をしやがって――……!
できれば交替してほしい限りである。僕もゆっくりとしておきたいものだ。
僕はそう思って隣で悠長と欠伸している先輩の顔を睨んだ。まあ、睨んだところでどうにかなるわけではないが――……。
すると、グラウンドの礼台に一人のスーツ姿の男性があがっていく。
生徒一同の視線が注がれる。
「えーっ――……」
マイクで一回発声練習をして、少しだけ間が差した。そして、おっほん!と咳払いをして―――。
「皆のしゅう!おはよう!」
男は低く特徴ある声で挨拶をした。僕はそれが誰であるかわかった。校長であった――………。
これで校長の演説を聞くのは二回目になる。
約一ヵ月ぶりであった。
やはりあれが校長のようだ。一ヵ月前、つまり入学式でとんでも発言をした人物はびっくりでもなんでもなく本当に校長だったようだ。
それにしてもだ――………。一発目の出だしの言葉が皆のしゅうである。いったい、どこの核開発宣言であろうか?
普通の高校の校長なら、せめて生徒諸君くらいでなかろうか?
さらに校長は続ける。
「今日はいよいよ、この日がやってきた――………。何を隠そう!そう……一ヵ月に一回の学園イベントの日である。学園!それはパラダイスである!イベント!それは祭りである。つまりパラダイス祭り!自由で平等は学生には無いかもしれない!子供たちには無いかもしれない!だから、こそ自由や平等を求める!反抗する。この学園イベントはそのイライラやストレスを十分に発散するように設けたイベントである。」
――――――。
生徒一同は静かである。
グランドは人の割合には異様に静か。
僕もまた無言。
てか、この学園イベントはそんな意味があったのか――……。初めて知ったよ。単なる校長の思い付きではなかったのか。
あの校長も少しは、何か考えていたのか。
確かに校長の言い分もよくわからなくない。
子供より大人の方がきついやだるいやいそがしいと言うが、実際は子供も大変なのである。
別に子供のほうが大人よりいそがしい、とかいいやしないが、子供もまた大変なのだ。
だから大人にストレスが溜まるように子供にだってストレスが溜まる。しかし、大人には酒や金など発散方法は山ほどある。しかし、僕ら――……子供には、それができないが故に自殺だのの事件が多発する。
子供にもストレスを発散できる何かが欲しい。
その点を校長は理解してくれているよである。
僕は校長を少々関心してみた。
校長は更に続ける。
「故に!今回の学園イベント第一回はサバイバル。さあ戦え!サバイバルバトル!である!今からルールを説明しよう」
校長はそう言うとイベントのルール説明を話はじめた。
「実際はルールと言うルールは特にこれといってあるわけではない。サバイバル。その名の通りにルール無用の戦いである。武器使用可!急所攻撃可!しかし、一応殺しは失格である」
校長は言った。
何を言っているのか?
僕は耳を疑った。
えっ!?武器!?えっ!?急所!?
そんな感じである。
一応、殺しはダメって、そこは、一応とか無しに殺しは失格でいいじゃないか!一応ってなんだ?
一応って―――特例で殺しも許可とかになるのであろうか?
そんなただの学校行事で法律を無視してもいいわけがない!てか、生徒同士を戦わせるのは果たして有りなのか?それも法律上で余裕でアウトでは無いのか?
僕は頭を抱え込む。
「勝ち負けの判定は簡単だ。参加者には休校舎に入ってもらって戦ってもらう。一応タイムリミットを設けて11時スタートで3時終了の四時間タイマー。残っていたチームの勝ちで2チーム以上残っていたら、そのチームには優勝である。つまり、一位が3チームでる可能性もあれば1チームもでない場合もある。休校舎から出れば棄権とみなす。休校舎には至る所に監視カメラが設置してあり、残り1チームになった時点で終了を確認する。優勝チームには、もちろん豪華商品がある。がんばってくれたまえ」
校長は、ルールを説明し終えたようである。
――――――。
ルール説明が終わった後も、辺りは一瞬まだ静かであったが――――。
がやがや、ざわざわ。
辺りは一瞬で姿を変え騒ぎだした。
当たり前だ―――。
あんな、とんでもないようなルールを聞かされたら動揺する。
遠くからで判らないが、校長の顔が微笑んでいるような気がした。
まったくあの校長は生徒を使って楽しんでいるようだ。まったく最低な校長である。
こんなイベントをしなくても、あの顔を殴れば僕のストレスは大抵納まりそうだ。殴らせてくれないだろうか?
校長は息を大きく吸い込み。
「では、第一回学園イベントさあ戦え!サバイバルバトル!を開催する!」
校長は校内中に十分届くような声で開会を宣言したのだった。
この時の校長の真相は一体なんなのか?果たして、本当に思い付きだけであろうか?
僕は頭を悩ませたのだった。
「何が開催するだ―――……」
僕は演説が終わるなり、直ぐに文句を口にした。
その頃には既に校長は礼台の上から身を下ろしていた。
誰もいない礼台に向かって文句が飛ぶ。
「あら白澤?何で、そんなに怒っているの?」
深雪はこちらを向いて平然とした様子の顔で聞いてくる。
「何でって。あんなめちゃくちゃな事言っているやつの言うことを聞けるか!あれは校長として終わっているんじゃなくて、人間としてどうかしている」
「あらあら、ミー君可哀相に」
「ミー君呼ぶな!」
僕は反発する。どうやら少々気が立っているようだ。僕らしくもない。
そんな僕を裏腹に
「えーっ、ミー君はミー君だよ」と、いつもの間が抜けたような口調で深雪が喋る。
「あー!このさい校長の呼び名なんてどうでもいい!勝手に呼べばいい。けど、僕はこんなふざけたイベントなんか出ないからな」
僕は願望を述べる。
出たくない。出る気がまったくなくなった。
理由はあの校長の考えるようなイベントから出来るだけ避けたいのだ。
「白澤!何言っているの!これを乗り切れば全国制覇は目の前なのに!」
深雪は僕を説得しはじめた。
何を言っているのって――そっちの方が何を言っているのか解らない。
全国制覇?なんだ?それは―――。
「とにかく!一回出るって決めたなら優勝しないと男が廃るわよ」
「僕は別に男としてのプライドとか気にしてない。それに、これを棄権したからって男のプライドが無くなるわけじゃない。それに、ほら―――」
僕は受け付けの所に集まる人込みに指を向けた。
深雪もそちらに目を向けたのを確認して。
「さっきの演説を聞いて参加を取り消そうとしているやつらだ」
「――――」
深雪はめずらしく無言。
どうやら考え直す気になったようだ。
さあ、なら僕らも参加を取り消して棄権しようじゃないか!
僕はそう言おうとしたが―――………。
「それは好都合じゃない!」
何故か隣で歓喜の声をあげる深雪。
僕は
「はあ?」と首を傾けた。
「ライバルが減ってラッキーじゃない!これで全国制覇の夢も近いわ」
深雪はうれしそうに、そう言った。
大丈夫か?この娘は?
前からおかしいとは思っていたが予想以上だ。深雪の異常レベルは僕の脳レベルではどうやら計りきれないくらいであるようだ。
それにしても僕らの目標がいつから全国制覇になったのだろうか。それ以前に深雪と二人で何か目標を立てたことがない。
彼女の妄想は現実とリンクしているようだ。
大変である。
「本気で出るつもりか―――武器あり、急所攻撃、何でもありのルールの馬鹿げたゲームだぞ?」
僕は再度問う。
「当たり前でしょう!優勝旗は既に私のものだからね」
笑顔で答えられた。
何がそんなに嬉しくて笑っている?僕はむしろ悲しいよ。
「優勝旗なんてないかもしれないぜ?」
僕はとりあえず些細な反撃。
「うーん………。そうね。確かに優勝旗なんて無いかもしれないわ。これは確かに困ったわ。部屋に優勝旗を置く予定だったのに」
一体どこの馬鹿が優勝旗を部屋に置くなどするか。それは深雪くらいなものだ―――。
「でも、もしもの時は校長に頼んで作ってもらえばいいわ。無理な時は無理でいいし。私は優勝したっていう肩書きが欲しいわけ」
「――――――」
深雪は既に優勝した気でいる。おいおい、まず第一に僕らが絶対優勝するって可能性も無いんだぜ。
「それに、つべこべ言えないんじゃない?」
深雪は自信満々の顔で言った。
「……なんでだ」
「白澤?忘れてない?あなた、リサと対決も言い渡されているのよ?出ないことなら対決にならないでしょう」
おっ―――。ああ――――。そういえば、そんな話もあった気がした。
橋場さんとの対決か。
しかし、それは――。
「別に負けてもいいし」 「何言ってるの。負けていいなんてわけないじゃない!」
深雪は怒って主張する。
「申し込まれた戦いは絶対に勝つ!勝つ!勝つ!勝つ!勝つ!勝つ!勝つ!勝つ!勝つ!勝つ!勝つ!」
何回も勝つを連呼する。
「相手がいくらリサだろうが!須原くんだろうが!先輩であろうが!校長であろうが!宇宙人であろうが!勝の!戦うからには勝のよ!」
深雪は大声で問題発言をする。
いくら、何でも最後の宇宙人は言いすぎである。
それに僕は戦う以前に戦わない道を主張しているのだが。
「ああ!もう!つべこべ言わない!黙りなさい!さっさとエントリーしにいくわよ」
深雪はそう言うと僕の腕の裾を引っ張ってエントリーしにいく。
もう、こうなったら腹をくくるしかない。
深雪を誰も止められはしない。
もう、好きにしてくれ。
僕は疲れたよ。
はあ――――。
ため息をついた。
僕と深雪はエントリーを済ませて―――ただ今、舞台である休校舎の前に来ている。
僕は入学してから学内を、そう動き回ったことが無いので、初めて休校舎と言うものを目にしている。深雪もまた初めて休校舎に行くらしい。
そして初めて見る、休校舎のイメージだが、休校舎は予想以上に古く―――予想以上に大きい。
大きさでは今僕らのクラスがある東校舎と、そう変わらないのではないだろうかと思わせる。
そして何より雰囲気がソレっぽい。ソレっぽいって、どれっぽいかと言うと………何かわからないが異様な不気味さがある。そんな感じ。
何か出てくるんじゃないのかと思わせる。
そんな風に僕が休校舎を眺めていると―――。
「白澤さん――。まさか恐いんですか?」と背後から橋場さんの声がした。
僕と隣にいる深雪はほぼ同時に後ろを振り替える。
そこには、もちろん橋場さんと滝の姿があった。
「よく逃げずに参加したようですね。噂によると前日エントリーが100チームあったんですけど、たった今7チームに減ったらしいですよ」
「それは、それは――その方たちは頭がいい人たちですね」と僕。
「白澤くんが言っているのは参加した方々のことですか?それとも棄権なされた方ですか?」
橋場さんは眉をひそめて聞いてきた。
そんなのもちろん。棄権した方々ですよ。
こんな馬鹿みたいなイベントに出る人なんて正気じゃないですよ。
僕はそう思ったが、口には出さずに、ただ笑って誤魔化した。
「何も言わない、美徳。ポーカーフェースはあなたの特権ですか?まあ、いいです。笑っているのは今のうちですからね」
橋場さんはニヤリと、僕を見て笑った。
おお、恐っ――。
なんだ?あの笑みは――――。
「リサやる気満々だね」
深雪は橋場さんに気軽に声をかける。まったくの緊張感が無い喋り方。
果たしてやる気はあるのだろうか?優勝とかいいながら全部僕に任せてしまうって落ちじゃないのか?これは―――。
僕はのほほーんとしている深雪の顔を見て思った。
「当たり前です。深雪、どちらが勝っても恨みっ合いはなしですよ」
「上等!」
がってんだ!っと深雪は続ける。
僕はがってんだ!とは何かふと考えた。よく中年のおじさんが使うが意味がいまだに理解不能。
がってん――ガッテン――合点。点が合う。
なるほど。そう意味はなく僕はうなずいてみた。
まったくどうでもいいような気がした。まあ、それはいいとして今度は滝に目を向けた。
滝は今にも死にそうな目をしている。
「滝?大丈夫か?」
声を掛けてみた。
「あははっ、朝奈。あははっ、朝奈の声が聞こえる。花畑から朝奈の―――」
僕は3歩程度、身を引いた。
「―――――」
滝は焦点が合ってない目でこちらを見てくる。
恐い。滝の身に何があったんだ!
僕がそう思っていると、それを察知してか橋場さんが説明する。
「須原くんがどうしたら役に立つか考えて、普通にするよりも薬でどうにかしていたほうが役に立つかなって思って、適当に薬を飲ませたらこれですよ」
橋場さんは肩をすくめたポーズをとって、やっちやったみたいな顔をした。
「ってこれですよ、じゃないですよ!滝が死にそうじゃないですか」
薬の使い方も知らずに合法しやがって―――。下手したら死ぬぞ!
「まあ、須原くんですしね許容範囲です」
いやいや、いくら滝でもそれは許容範囲ではない。
「あははっ!須原くんおもしろい!」
深雪は滝を見てはしゃいでいる。
「あはははっ、あはははっ!今度は紀村さんの声が――――。楽しいな」
滝はあやしげな笑みと笑い声をあげていた。
「……………」
僕はだまって、その様子を見ていた。
まったく笑い事ではないのだが―――。
すると――。そんな僕ら四人に二人の生徒が寄ってきた。
「君たちも参加するのかい?」
僕らの顔をみて二人組の生徒の片方が話し掛けてきた。
僕は二人を見返すように見た。
両方とも男であった。内心つまらない。
なーんだって感じである。女であったら気が多少だがやる気が上がるっていうのに。
「なんですか?」
見るところ先輩のようだったので丁寧語を使って返事をする。
「いや、俺らもイベント参加なんだよ」
気が軽そうな喋り方。
おまけに無駄に伸ばした髪の毛。
こういう先輩は嫌いである。なんか一緒にいてむかつく。
俺らもイベント参加だ?
あっそう。って感じである。だから、どうした用がそれだけなら、どっかにいけ。
僕は今、あまり気が安定してないんだ。
「そうですか」と、どうでも良さそうに僕。
すると男等はこちらを見て微笑む。気持ち悪い笑みであった。
「君ら本当に大丈夫?このイベントのルール読んだ?サバイバルだよ。ルール無用の。危ないよ。棄権したほうが身のためだよ。ははははっ」
男は笑う。
「―――――」
僕は無言。
ああ、うざっ!やべえ!こんな漫画のやられキャラのようなやつが実在するとは!
「そこの危ない目をした男のきみとか今にも死にそうだよ?」
もう一人の男、さっきのを男Aとすると男Bが滝を指差していう。
ああ、確かにね。死にそうだね。だから、どうした。―――――ん?
ここは、よくも滝を馬鹿にして!と怒るべきなのか?―――まあ、いいや。
僕はなおも黙った。
すると以外にも答えたのは橋場さん。
「黙りなさい。うるさいですよ、あなた達」
いつもの口調。どうやら先輩であろうが彼女にとっては意味は無いらしい。
「おっ、気の強いお嬢ちゃんだね。きみ?なんで私服なの?危ないから棄権したほうがいいよ」
男Aは言う。
「聞こえませんでしたか?黙りなさい。切られたいのですか?」
橋場さんは男二人、しかも先輩を睨みつける。
度胸がある。男の僕からして見てもかっこいい。
「くっ、後輩のくせに生意気だな!」
男Bは腕を振りあげようとする。
ああ、どこまで古典的なやつなんだ!どの時代の漫画の雑魚だ!
僕は逆に興奮する。馬鹿に磨きがかかればもはや天才である。
男の手が振られる。
がつん!
しかし、橋場さんにはあたらない。あたる前に背中の鞘でこぶしを止めた。
「文句ならイベントで聞きましょう」と橋場さん。
かっけい!やばい、惚れそうだ。まあ、惚れないけど。
と僕の感想。
「くっ!わかったよ!イベントでやつけてやるから覚悟しときな!譲ちゃん」
男二人はそうはき捨てるとさっそうに、消えていった。
なんだったのだろうか?さっきの雑魚Sは?ある意味で神掛かっていたが。
すると―――。
『それでは時間になりました。参加者は休校舎の中に入ってゲームを開始してください』と校内アナウンスが流れる。
「ふうー。じゃあ、橋場さん、またあとで滝をよろしく」と僕。
「じゃあね!リサ」と深雪。
それを聞いて頷いて橋場さんは
「では、いい勝負を」と滝を引きずって先に中に入っていく。
滝は相変わらず
「体が勝手に―――――!あはははっ!」だの不気味な笑いをしていた。
僕と深雪はそれを無言で見送った。