第三章
一日が過ぎて、今日は九日。
ちなみに明日が学園イベントの日である。
つまり、今日は学園イベント前日だ。
僕はそんなことを、いやいや思い出して目を覚ました。
部屋には、もちろん僕一人。
誰も他にはいない。
だから無音。
家の中も、また無音。
何故なら、僕は一人暮らしをしているからだ。
僕の住まいは学校から少し離れたアパートである。
しかし、普通の共同アパートではなくて一軒家のアパート。
借家とも呼べるかもしれない。
実際に、それなりに金が掛かっている。
だから生活は少々困難なものである。
しかし、だからといって普通のアパートにするのは嫌だった。
僕はあまり他人と接して過ごすのは得意じゃない。
いや―――。
嫌いと言ったほうが正しいか。
だから一軒家の貸家に住んでいる。
えっ――親。
親か―――。
そんなの僕の知ったことじゃない。
今では、親は保険金へと移り変わっている。
そして、僕はあんなやつらのことは当の昔に忘れている。
あんな――――。
死んでいった奴らのことなんて。
僕が知るか―――。
「ふー」
息をきつそうに吐いて、僕はベットの上から起き上がった。
すると―――。
ピンポーン。
インターホンの鳴る音がした。
僕は頭をかいて、こんな朝っぱらから誰だと玄関に向かった。
まあ大体、大方、予想はついているけど。
こんな朝から家に押し掛ける非常識はあいつくらいだから。
僕は重い足取りで体を運ぶ。
ピンポーン。
再び鳴る。
ああ、わかったら黙ってろ。
僕は、そう怒る。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
嫌がらせのような、悪戯なような7連打。
ああ!うるさい!
この時点で誰なのか確定した。
「うるさいな!深雪!」
僕は扉を開けて文句を言った。
しかし―――。
って、あれ―――。
僕は呆気に取られた。
まさか、こんな結果は予想外、想定外。
そこには、むすっと顔を膨らませた少女がいた。
少女の服装は赤と黒。
ふりふりのロングスカート。
もう、これで誰かわかったはず。
そこには橋場リサが立っていた。
「――――」
「――――」
えっと――――何。
橋場さんは無言。
無言で口を膨らませて、こちらを上目で見つめてくる。
「えっと――――。こんちは」
僕はとりあえず挨拶をした。
「―――――」
橋場さんはノーリアクション。
しまった!
なんか出だしを間違えてしまったか!
「ふん―――。こんにちわではなくて、おはようじゃないんじゃないですか」
ああ、なるほど。
そういう間違えか!
「まあ、とりあえず。おはよいございます。白澤くん」
橋場さんは丁寧に頭を下げた挨拶をしてくる。
あっ、はい。と―――おどおどしながら僕も頭を下げる。
てか、なんだ。
本当になんだ!
クラスメートが朝から家にやってくるシュチュエーション。
それを考えてみろ。
―――――。
僕が即座に思う回答は一つだった。
恋愛シュミレーション!
恋愛シュミレーション=夢、偽りの世界。
そうか!これは夢、偽りの世界なのか!
夢なのか!
なんだ、僕はまだ寝ているのか!
おかしいな。僕はあんまり夢を見ないタイプの人なんだけどな。
僕は自分を殴った。
いたっ!
痛い!夢じゃない!
「何してるんですか」
橋場さんは、自分の顔を自分で殴っている僕を見て聞いてくる。
いや、いや―――。
「何しているかって、僕が聞きたいところですよ」
僕は問い返した。
「何って――――」
すると橋場さんの顔が一瞬で赤くなった。
なっ、何だ。本当に意味がわからない。
「えっと―――たまたまです!通り掛かったら、ちょうど白澤くんちがあったから!」
「いやいや、どういう偶然ですか。よく、この家の白澤が僕だと思いましたね。白澤って茗は他にも沢山あるでしょう。なんでうちを知ってるんです?」
「くっ――――!私に判らないことは無いんです!!」
「――――」
あなたは神ですか。
今ここに、ゴスロリの神様が現れた。
そんなことは無い。
本気で何しに来たのか気になるとこだが。
とりあえず―――。
「中に入りますか」
僕は橋場さんを家の中へと招待しようとする。
「むっ――。変なことをする気じゃないだろうな」
念のために橋場さんは釘を挿してくる。
「そういう男に見えますか」
「うむ」
あっさりと頷かれてしまった。
これは、これで結構ショックである。
「何もしませよ」
このゴスロリ服に誓いましょう。
「うむ―――。なら少々、お邪魔させて貰おうか」
そう言うと橋場さんは靴を脱いで中へと家の中へと入る。
普通に中へと入る橋場さん。
本当に何しに来たんだ。
友達の家を家庭訪問か―――。
僕はとにかく訳がわからないので何度も首を捻りまくっていた。
ちなみに橋場さんの今日の靴は黒い革の靴の先端にバラの花のようなものが付いていた。
いったい、どこで買ってきたものだろうか。
少し気になった。
そこでも、また首を捻る僕がいた。
捻りすぎて、首が変になってしまいそうだ。
―――――。
うーん。異様だ。
本当に異様に見える。
見えてしまう。
今、現在―朝の七時前。
僕はリビングにいて、テーブルに座っている。
そして―――。
その向かい側には橋場さんが座っている。
その光景は、僕の目に合わない。
どう考えても異様に見えてしまう。
「えっと――――」
僕はぎこちない口調で話し掛けた。
「本当に何しに来たんですか。まさか腕を切り落としに―――とかじゃないですよね」
「ああ。それもいいですね」
橋場さんは、なるほどと手をポンとたたいた。
いや、よくねぇよ!
そう言いたかった。
「で、実際の理由は何ですか」
「そうですね。理由が無ければ友達の家に来ては行けないんですか」
橋場さん首を傾げた。
「いや、いけなくは無いけど」
僕は途中で口を籠もらせた。
いけなくはない。
別に橋場さんなら大歓迎だ。
盛大に祝って持て成したいくらいです――――が。
しかし、なんで朝っぱらからやってきたのだろう。
しかも、今日は平日である。
「橋場さん。友達なら誰の家でも行ってたら危ないですよ」
僕は一応、この非常識娘に注意を言う。
滝なら襲いますよ。
まあ、橋場さんなら三秒で返り打ちですけど。
僕は心のなかで言った。
すると、橋場さんはこちらを見て目を細めた。
「私が友達ならホイホイと家に上がり込むように見えますか」
「―――――。いいえ、見えません」
少し考えた後、僕は答えた。
「白澤くん。あなたが私をどう思っているか知りませんが、私はあなたが思っているよりも安い女では無いんですよ」
橋場さんは言った。
いや―――。
僕は橋場さんのことをいつ、どこで、安い女と言いましたか。
僕は、そんなこと一辺たりとも思っていませんよ。
むしろシークレットの名の通りに稀少な存在。
高すぎて手の届かない人だと思っているくらいですよ。
僕は心の中で思った。
「白澤くん。私はですね。深雪の一見が無ければ私はあなたを普通に友達と呼んでいるでしょう。しかし、深雪の彼氏である以上はあなたは敵であり、殺す候補のトップランカーです」
「――――」
あれ――――。
以外だ。
「僕はてっきり嫌われていると思いましたよ」
「嫌いですよ。深雪の彼氏であるかぎり」
「あっ……はあ。そうですか」
で、結局は彼女は何がいいたいのだろう。
僕は考える。
「つまり――――。深雪と別れろと」
「いいえ。そんなことは言ってはいない。深雪に相応しい人物は明日どうせ判りますから。今日は別に別れろと言いにきたんではないです」
「なるほど。なら、何しに来たんですか」
「暇つぶし―――――。と言うことでいいじゃないですか」
そうですか。ずいぶんと朝早くからお暇なようですね。
僕は思った。
そして一旦会話は止まった。
「―――――」
両者、向かい合って無言である。
あっ、なんか気まずいな――。
「あっ、ところで今何時ですかね」
僕は聞いた。
とりあえず思いついたことを口にしてみた。
しかし。
「知りませんよ。自分の家でしょう。時計の場所くらい把握してください」
当然の反応で怒られた。
僕は小声で
「はい―――」と返事をした。
返事をして時計に目をやった。
時刻は七時十分程度。
まだ学校に行くには早い時間帯である。
「ところで、今日は学校は」
「行きますよ。当たり前じゃないですか」
「今日も制服じゃないんですね」
「ええ」
「てか、前々から思ってたんですが、なんでゴシックロリータな服装なんですかね」
僕はさりげなく聞いてみた。
長年の疑問をやっと問いた。
まあ、出会って一ヵ月しか立ってないから長年ではないけど。
すると、橋場さんは
「これですか」と服を軽く摘んで言った。
はい、それですよっと答える。
「ゴシックロリータって言うんですか」
何故か首を捻った橋場さん。
「そうですよ。知りませんでしたか」
「初耳です。これがゴシックロリータですか。私は単に動きやすいから着ているだけですが」
橋場さんは答える。
どうやら自分の着ている服のジャンルを知らなかったらしい。
しかも、理由は動きやすいから。
いや、あんなふりふりした格好は果たして動きやすいか。
いいや、絶対に動きずらそうだ。
僕は
「そうですか」とだけ答えて、後は何も言わない。
決して、
「どこが動きやすいんだ!!」みたいなつっこみはしない。
そんなことを僕が考えていると。
「グッドモーニンゲ!白澤!」
扉が開いて勢い良く深雪が登場した。
どこから入ってきたのだろうか。
鍵は閉めておいたはずだぞ。
僕は深雪を見るなり顔を歪めた。
「やっほー、ってあれ。リサがいるなんでりゃ」
深雪はテーブルに座っている橋場さんを見るなり顔を捻った。
「もしかして!浮気!」
深雪の顔がシリアスモードになる。
僕が殺されようとしても笑っているのに、何故こんな時だけ真面目になる。
僕は言ってやりたかったが言うのは面倒だ。
黙っておく。
「ま、白澤のことだし、それは無いか」
そして、また直ぐに、いつもの表情に戻す深雪。
表情が豊かで、いいな。
そうコロコロ表情を変えれるのはある意味才能だ。
僕は思った。
「で、なんで今日はリサがいるのかな?」
「僕も知らない」
そっけなく返答する。
「そっか、そっか。まあ、いいや。あっ、遅れたけどリサ、グッドモーニンゲ!」
深雪は橋場さんに体を向けて妙な挨拶をする。
「おはよう。深雪――――。ところで、白澤くん」
橋場さんは深雪にあいさつを返すと、静かに僕の方を向いた。
「深雪とは毎朝、こうしてイチャついているんですか」
殺気!
なんだ!この殺気は!
「…………」
僕は無言。
その代わりと言わんばかりに。
「そうだよ!私と白澤の朝はラブラブなのだ!あっ、でも朝だけでは無いけどね。朝、昼、夕、晩。私たちはラブラブよ!」
深雪は余計なことを口にした。
「――――――」
僕は静かに目線を橋場さんに向けた。
「ほう。そうなんですか白澤くん。」
橋場さんは例の刀を持っていた。
いつのまに持ってたのだろう。
さっきまでは鞘すら持ってなかったのに。
ああ、なんで刃を向けるんですか。
ああ!危ないです。
うっ、うわああ!
僕は今日も、そんな感じの慌ただしい朝を迎えることになった。
ああ、今日も死なないように頑張ろう。
そんなこんなで僕は朝から右に橋場さん、左に深雪をかかげて学校へと向かった。
登校のさいに深雪と橋場さんは幾度となく会話を繰り広げていた。
そんな二人の美女の会話を小耳で聞きながらの登校であった。
学校の敷地に到着し、気が付くと辺りの視線を僕らは集めていた。
それは学内の五本指に入る美女である深雪と橋場さんの所為であることは確定だった。
校内を歩くだけで人の目を奪ってしまう。
それは美女と呼ばれる彼女らだからなせることであり、普通の女子にはできない話である。
かわいいと思わせる女子はたくさんいる。
しかし、足を止めて見入る女子はそうはいない。
だが、深雪や橋場さんはその思わず立ち止まって見入ってしまう女性の部類であるのだ。
しかし、僕から言わせれば両方変人である。
何で美人と変人は隣り合わせ見たいな組み合わせになっているのであろうか。
納得がいかないものだ。
僕はそんなことを思いつつ校内を突き進み、校舎を駆け上がり、ようやく教室へと着いた。
教室のドアを開ける。
「おっ、朝奈!おはようさん」
開けると同時に教室内から滝が挨拶をしてきた。
「お………おう」
僕は微妙な感じで挨拶を返した。
思うのだが、滝はいつも俺が教室に入るたびにドアの前に立っている気がするのだ。
それは何故だろうか?
たぶん、あれだ。
ストーリー上の都合というやつだろう。
うん。
「あっ、滝っち!おっす!」
深雪が僕の左肩から顔を出して滝に挨拶をする。
「紀村さん、今日も元気ですね」
滝は世間話をするおばちゃんのような口調で深雪に言った。
僕は確かにと頷いた。
僕だったら、どんなアップ系の薬を飲んでも深雪のテーションの半分くらいだろう。
「朝からうるさいですよ。須原くん―――」
すると僕の右横からすっと抜けて橋場さんが教室内へと入ってくる。
そして、滝を見るなりに、そう言った。
「橋場さん?あれ?今日は朝早いですね。どうしましたか」
滝は橋場さんがいるのに驚いたように言った。
確かに、橋場さんはいつも学校が始まるギリギリに来ている。
だから、この予鈴がなる15分前に来ている橋場さんがめずらしいのだろう。
「ええ、今日は白澤くんたちと来ましたから」
橋場さんは前髪を手でさっと分けながら言った。
「えっ?白澤と」
滝はまたも意外そうな顔をした。
そして、今度はこちらを向いてきた。
「おい!白澤!どういうことだ!」
「どういうことはどういうことだ」
僕は問い返した。
「知るか!そんなことを俺に聞くな!自分で考えろ!」
滝はそう答える。
なら、僕が知るか――。
僕は思った。
「意味がわからん」
「俺もわけがわらん!何でお前何かが橋場さんに紀村さんという美女を両手に登校しやがる!女に興味はないみたいな顔をしているくせに!」
「何でか僕が知るか。いつのまにかに、橋場さんが家に来て、そのあとに深雪が来たんだ。理由は彼女たちに聞け」
僕は適当な口調でだるそうに言った。
「くそっ!橋場さん!」
すると滝は突然、橋場さんの両肩を手に取った。
「俺の何が朝奈に劣っているんですか!人望や優しさや良心なら余裕で勝っていると思いますけど!何でですか!」
そう言って橋場さんの肩を揺らす。
ああ――。おい。止めろ。それ以上は――――。
僕の声にならない心の叫びがそう言った。
「うるさい―――。邪魔です。白澤くんはタイプでは無い。しかし、須原くんは好き嫌い以前にどうでもいい。早くその手を話なさい。切りますよ――」
橋場さんは燐とした口調で坦々と述べた。
そして背に掛けてある、刀に手を伸ばす。
滝は素早く手を離した。
ひびりまくった様子で滝は縮まり込んだ。
まあ、気持ちはわからんでもない。
怒った橋場さんは素で恐かった。
「リサってば、かっけええ!」
深雪は楽しそうに、そう言ってげらげらと笑った。
「そっ、そんなことないです!普通です!」深雪に誉められて顔を赤くする橋場さん。
一方で、
「くそっ!何で朝奈なんだ!」滝は嘆いて、そう口にする。
勝手に妬まれても困るわけだが―――。
「でも―――」
すると笑っていた深雪が口を開いた。
「私は須原くんは好きだよ」
そう言葉を発した。
「そ、そうですか!さすがは紀村さん!」
急にはしゃぐ滝。げんきんなやつである――まったく。
「そうか?」
「そうですか?」
首を捻る僕と橋場さん。
「うん、ほら楽しいじゃん」
深雪は笑顔を維持したままそう言った。
「さすがは!紀村さん!あなたは神だ!」
さらに、はしゃぐ滝。
「そうか?」
「そうですか?」
さらに、首を捻らせる僕と橋場さん。
「ほら、須原くんって役者的に三流でしょう!私たちの引き立て役みたいでいいじゃない?」
深雪は言った。
なおも顔は笑顔である。
「そうですよね!三流ですよね!引き立て役ですよね!―――――って。んん?」
不思議そうに顔を捻る滝――。
「なるほどね」
「なるほど」
深々と頷く、僕と橋場さん。
「って!俺はそんな役じゃないぃぃぃぃぃ!!」
滝は叫ぶ。
まるで三流のように。
まるで引き立て役のように。
滝―――。
残念だがお前はそう言うキャラなのだ。
仕方がない。
あっ!いいことを思いついた。
お前にもっとキャラを与えてやろう。
滝、お前は立派ないじられキャラだよ。
僕は滝の階級を三流キャラからいじられキャラに替えてあげた。
「あんまり変わってねぇーじゃねぇーか!」
滝は再び叫び声をあげるのであった。
昼休みの合図となる予鈴が学校内に響き渡った。
僕はその合図を聞いてずっと寝そべっていた机から体を起こした。
朝の授業はあっというまだった。
何故なら一時限目から、いままでずっと移動教室がなく、授業は教室。
だから朝から今まで、ずっと眠っていた。
学期が始まって最初の頃は先生達から幾度となく注意を受けた覚えがあるが、二週間が過ぎてからは注意を受けた覚えが無い。
はっかり言って僕は授業には出ているものの、出ていないも同然であった。
まあ、学歴とかそんなことにはまったく気にしていないので問題はない。
なら、なんで高校生をやっているんだ?
みたいになるが、理由は簡単だ。
なんとなくだ。
僕は起きたばかりの目を擦って辺りを見渡した。
教室には人は既に少なかった。
おそらく学食、購買ラッシュであろう。
教室にいるのは弁当組である。
まあ、僕はどちらにも属していない。
僕は無食派だ。昼に昼飯を食べない。
それは何故か?理由は、これもまたなんとなくである。
僕の生活の理由を問いたら九割はなんとなくであろう。これが適当の極み。
僕は適当な人間である。だが、だからこそ言わせてもらおう。
適当で何が悪い!
「別に悪くはないとおもわれ」
すると返答が返って来たことに驚いた。
どうやら声を知らぬ間に出していたようだ。
そして、返したのは目の前の席に当然のように座っている深雪であった。
「昼飯食べないのは、なな?ポリシーなわけ?」
深雪は問い掛けてきた。
「いや、別にポリシーではない」
僕は答える。
というか、そんな下らなく役に立たないポリシーを持ちたくない。学校で昼飯を食べないのは、さっきも言ったように、あくまでなんとなくである。
深雪はへぇーっとてきとうな相づちをうつ。
「というか、お前――。一体いつから、そこにいるんだ」
「そこって、どこ?」
「その席だよ」
「ん?そりゃ、授業が終わって少ししてからかな。白澤が起きたくらい」
なるほど―――。どうやら、相当な時間の独り言を聞き取られていたらしい。
まあ、別に深雪だしいいのだが。やはり恥ずかしさはある。
うん!とわざとらしい咳払いをした。
「まあ、いいや」
「何がいいの?」
「だから別に気にするなって」
「うん?どういう意味?さっきの独り言もそうだし――。おかしな白澤。」
深雪は首を捻った。
だから、気にするなって―――。
僕は嘆く。
「で、何かようか?」
僕は話を変えるように言う。
「用?用がなきゃ来ちゃダメ?」
深雪はわざとらしくカワイコぶって言った。
カワイコぶると言うが――まあ、普段から可愛いのだが。
「別にダメじゃないけど――」
僕はいつもの単調な口調で答える。
「ふーむ。あんか曖昧な反応ね。そこは、もっと。深雪ならいつでも来てくれてかまわないぜ!ベイビーみたいな反応をしたほうがいいと思うよ」
「ふーん」
僕はどうでもよさそうに話を聞いて、どうでもよさそうに相づちを打つ。
てか、今時に
「〜だぜ!ベイビー」とか言う奴の気が知れない。
まあ、頭がおかしいことは確定であるが――……。
「むうー。つまらない反応だな―――。まっ、ノリ良く応えられても白澤っぽくないから嫌だけど」
深雪は笑いながら言う。
地味に嫌味を言われている気がしてならないのは気のせいか?
「用が無いなら保健室や屋上に帰れ」
僕はムスッとした口調で言う。
「何で?ここ一応、私のクラスだよ?」
笑いながら応える深雪。
一応かあ―――。確かに一応だな。
僕は心のなかで頷いた。
「まあ、それに実際はちゃんと用があるのよ」
深雪はそう言うとニヒヒっと笑う。
「明日の学園イベントのことなんだけど、なんでも参加は二人で一組だそうなのよ」
「二人一組?」
「そう。二人一組。英語で言うとマンツーマンだっけ?」
「それは一対一だ」
僕は冷静なつっこみを入れた。
ああ、なるほど!っと深雪は反応する。
「なら二人一組は英語で何?」
「たまには辞書でも引いて自分で調べろ」
「うーん。私、辞書の使い方をまず知らないからなあ―――。めんといから別にいいや」
深雪はなおも笑って言った。
おい、馬鹿。笑って誤魔化すな。
「まあ、そんな訳だから明日は私と白澤のペアで出場ね。チーム名は『愛の塊』で決定」
「勝手に決定するな」
僕は言葉を挟んだ。
「何が楽しくてお前と組まなきゃならない」
「うわっ!ナチュラルにひど!でも、まあ、いいじゃない。二人がいくらラブラブで無敵だからと言って否定する人はいないって」
「―――――」
ああ、もう、こうなったら誰がなんといおうが話を聞かない。
否定する人なら、ここに存在しているというのに――……。
「はあ―――。まあ、組んでもいいけど、チーム名をどうにかしろ」
何が『愛の塊』だ。
どちらかと言ったら『誤りの塊』だ。
愛というような言葉なんて一欠片もない。
「『愛の塊』はダメ?」
「ダメだ」
「なら『愛情の塊』は?」
「それもダメだ」
速答。
あんまり意味が変わっていない。別にゴロや呼び方が気に食わないわけじゃない。
そこらへんを理解してもらいたい。
「うーん。他に何かあるっけ?」
深雪は頭を抱えて悩んでいる。
実際、本当に頭を抱えて悩んでいる。
初めて見る。
あんな風に実際に人は考えるんだなと―――。
「うーん、うーん!何も思いつかばない!」
深雪は悩むが、結局は暴れだす。
こんな問題ごときに真剣になるな。
もっと役に立つときに考えてほしいものだ。
「もう、いいや!白澤が考えて!」
深雪は投げやりに言う。
「俺が考えていいのか――?」
念のために確認。
「別にいいよ」
深雪は首を縦に振った。
「チーム名ね――……」
少々考えをめぐらせる。
「なら『MAX』――」
僕はぽつりと述べた。
「マックス?うん、また何で?」
「いや、ただ名前の頭文字を取って白澤のSと朝菜のA、紀村のKと深雪のM。それを並び替えてMAKSで崩し読みして『MAX』だ」
僕は説明をした。
対しての深雪の反応は――。
「うーん。―――。なるほど。つまり暗号ね」
なんとも頭の悪い反応だった。別に暗号でもなんでもない。単なる思い付きであるのだが。
どうやら深雪には説明しても意味が取れなかったようだ。
「まあ『MAX』かあ。いい名前じゃない!ならチーム名は決定!明日が楽しみね」
深雪は笑顔でそう言う。
僕は適当な相づちで返した。
まあ、実際は気はまったくと言っていいほどに乗らなかった。
あえて言えば逆。
何か妙なことが起こりそうで恐かった。




