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デオテオードがリディアンを諦める様子は無い。
かといってリディアンを差し出すなど論外である。互いに譲る気が無い以上、戦うより他に選択肢はない。
「できるだけ、穏便に済ませたかったのですが、仕方ありません」
クライフは苦々しく呟く。
仕掛けるなら今、この敵が油断している時が好機。
「…白銀の風よ、その鋭き力よ今こそ我の力となりて、全てを切り裂く刃となれ!」
その瞬間、目に見えない風刃が盗賊たちを切り裂いた。
「なっ、何だ⁈」
「おい、どうした!」
デオテオードの周囲にいた数人が血しぶきを上げひっくり返る。
彼等の全身には鋭いナイフで切りつけたような傷が残っていた。傷自体は浅いようで死人こそでていないが、傷数は多いため盗賊達の流れる血で地面の一部は赤く染まっていた。中には賢明に立ち上がろうとする者もいたが、貧血だろう、ふらついて碌に立つことが出来ずにいる。
呻き声をあげる手下たち。
デオテオードは前方の眼鏡の青年を睨みつけた。
彼は他の三人の青年と違い、剣を帯びてはいなかった。何処にでもいる貴族の優男といった出で立ちで、デオテオードは彼をついさっきまで戦いを知らない気楽な貴族と決めつけていた。
それが間違いであったことにようやく気が付いたのだ。
「やってくれたな、兄ちゃん。てめぇ、術師か!」
風刃を起こした張本人はクライフであった。
彼はズレた眼鏡を指を使って軽く直すと、殺気を振りまくデオテオードを見やった。
「お察しの通り、私は風の精霊と契約した精霊使いです。これ以上怪我をしたくなければ、女性は諦めてさっさと立ち去りなさい」
最後の警告とばかりにクライフが声を張り上げる。
たがデオテオードはそれに乗るような男ではなかった。
手下数人が使い物にならなくなっただけで、数はまだデオテオード達が勝っていた。全員で畳み掛ければ容易く勝てると思ったのだった。
何よりこんな優男一人に負かされて逃げたとなればいい笑いものだ。デオテオードのプライドが許さない。
ここはこの若造をのした後、彼等が大事に守る女も手に入れる。
デオテオードの顔が笑みで歪んだ。
「術師がいても相手はたかが数人だ、てめぇらやってしまえ!」
デオテオードの合図で盗賊たちは一様に剣を抜き払い襲いかかった。
「一番手柄を立てた奴にはあの女と金をくれてやる!女が欲しけりゃ自力で手に入れろ‼︎」
盗賊たちの雄叫びが周囲にこだました。
もちろんクライフも黙っていない。リディアンの両脇に控えたメルベインとオルトに指示を出す。
「親玉は私とヴァンハルトで迎え撃ちます。君たちは残りの残党をお願いします。…姫には指一本触れさせないように!」
「了解っ、騎士として腕がなるっス」
「あいつら全員、ぶっ飛ばすから安心してねお姫。」
多勢に無勢の状況下にあってもオルトとメルベインはにこやかであった。
それどころか楽しそうでもある。
それはリディアンを怖がらせないための演技でもあったのだろうが、彼等の顔にはこの状況でも勝てる自信がみてとれた。
なんだが安心した。
「あの、皆さん…」
4人の瞳がリディアンに集中する。
「怪我だけはしないで下さい」
「「もちろん」」
頼もしいリディアンの騎士達は大きくうなづいたのだった。