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風が頬をなで、髪を揺らす。
季節は春。
薄紅色の花が咲きみだれる頃、リディアンは王都へと旅立った。
西銀塔を出て数日、 クライフ達から話を聞いたリディアンは、結局候補者の1人になることを了承し、彼等と共に王都へと向かっていた。
「姫様、馬での旅はお疲れではありませんか?」
馬上のヴァンハルトがリディアンの顔を覗き込む(姫呼びは後々ボロを出さないため継続している)。リディアンは笑って平気だと応えた。
長旅などしたことのないリディアンにとって、王都までの道のりは確かに疲労するものだった。だが、疲れより今のリディアンが感じているのは楽しさだ。
おまけにリディアンは自分の馬を持っていないため、この数日間はヴァンハルトの馬に相乗りさせてもらっている。手綱を引き、馬を操るのは後ろのヴァンハルトなので、リディアンは乗っているだけだ。疲れようはずも無い。
「大丈夫です。馬には何度か乗ったことがあるし、それにこの子は優しいから。」
茶色の馬毛を撫でてやる。馬は嬉しそうに一度鳴くと男2人を乗せているとは思えないほど軽快に歩を進めていく。それを後ろからみていたヴァンハルトは一瞬驚いた顔をした後苦笑した。
「やれやれ、此奴は案外浮気者のようで、困りました」
「ほんと〜バスティーユが懐くなんてビックリだよ。お姫すごいね〜」
ヴァンハルトの後ろから顔を出したのはメルベインで、彼は自分の馬をバスティーユの横に付けると並走しながらリディアンへと話かける。馬に揺られるだけの数日間、メルベインやオルトといった面々はリディアンが退屈しないよう、仕切りに話かけてくれていた。
ちなみに、バスティーユとはヴァンハルトの愛馬であるこの茶毛の馬の名前である。なんでもヴァンハルトが子馬の頃から育てた馬で、まだ若いが力強さと意地の強さだけは折り紙付きだという。
「バスティーユって、すっごい人嫌いだからね〜。団長以外の人を乗せるなんて初めて」
「そうなんですか?」
「餌も団長があげる物じゃないと食べないし。オルトがあげると無視するんだよ〜?」
「無視されるのはお前もだろ」
相当人間嫌いだとオルトとメルベインは断言する。
「俺なんか最初、近づいたら蹴り飛ばされそうになったんス。あん時は顔面スレスレに後ろ脚が跳んできて、酷い目にあった」
今も時々オルトは蹴られるらしい。
その割には初めてバスティーユに触れた時も今までも、リディアンを嫌がる素振りは全く見せていない。どちらかといえば体をすり寄せ甘える素振りをする事が多い。
リディアンには最初からそんな態度を取り続けているバスティーユだった。
「動物というのは敏感ですからね。己に危害を加える可能性がある者がどうか、判断して接しているのでしょう。」
クライフはさらに続ける。
「それにバスティーユはもとはハグレ馬でした。まだ子馬で怪我をしていたところをヴァンハルトが拾ってきましたけど、人間に傷を負わされたようで、最初の頃は威嚇してばかりで近寄らせてもらえませんでしたよ。懐かないのは当然です」
馬は1度体験したことは決して忘れない生き物だという。
子馬の頃人に傷を負わされたバスティーユはそのことを今もしっかり覚えているのだろう。
その後もたわいない会話をしながら一行は進んで行く。和やかな雰囲気が変わったのは森を抜けてすぐのことだった。