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バレンタインの時期は忙しい…
「まず1人目は先代国王の末姫ナタリー様でした。」
黒く艶やかな髪が自慢のナタリーは候補者達の中で一番王に近いと噂されていた。なにせ国王が亡くなるまでは彼女が王家の姫とされる立場にいたのだから。
「ナタリー様はそれはもう勇んで精霊様の前に参じました。」
「じゃあ、そのナタリー姫を精霊が選べば!」
「ええ、選ばれれば貴方を引っ張り出そうなんて思いませんでしたよ?」
「すいません…」
クライフが笑顔でリディアンを睨みつける。
その禍々しいオーラにリディアンは素直に謝るしかなかった。
「話を戻します。精霊様と姫を会わせたのですが姫が玉砕しました。精霊様は姫を見るなり「何処の家畜小屋から流れて来おったこのブタが‼︎」と罵声を浴びせました」
「ひっ酷い…」
「ナタリー様は卒倒され今寝込んでおります。あ、因みにこれがナタリー様です」
クライフが見せた一枚の写真。そこには脂ぎってテカテカな肌に、三段重ねの段々腹を携えたまるで力士のような姫がいた。
絶句しているリディアンを置いて話は進む。
「2人目はラジアル公爵様の孫娘ラタ様。ラジアル公爵家は先先代の国王の血筋で、国では1、2を争う実力をもっておられます」
そんなラジアル家のラタ姫は文武両道、スラッとした長身の美人であった。
これならと誰もが期待した。しかし、
「そんなに上手くいかないのが世の中だと、私はつくづく痛感しました」
「何があったんですか?」
「ラタ様は精霊様に気にいられたのですが、自らが王に着くことを拒まれたのです。」
なんでもラタ姫は『文武』の内、どちらかと言うと『武』を好む女性で男に引けを取らぬほど剣を扱うらしい。断った理由も「私は王座で爪を研ぐより、戦の最前線で闘いたい」という理由らしかった。
家臣達は必死にラタに食い下がったが、ラタは精霊まで味方につけさっさと候補から退いた。
「精霊まで丸めこんで王座を蹴るとはさすがラジアルの古狸の孫ですよ。」
チッとクライフが舌打ちする。よほどそのラジアルの古狸とやらが嫌いなのか、終いには説明そっちのけでなにやらブツブツと呟き始めた。言葉の端々に『殺す』とか『地獄に落ちろ』とか殺気だった単語が聞こえる。
怖い、クライフが怖い!
あまりの怖さに近くにあった腕に縋りつく。そっと見上げた先にはヴァンハルトがいた。
「あっ…の、ごめんなさい!」
恥ずかしくなってリディアンはうつむいた。だか、頭上から聞こえた声は優しいものだった。
「俺の腕でよかったらいくらでも使って下さい。クライフとは長年の付き合いですが、ああなってしまうと、俺も彼には怖くて近寄れません。」
「そうっスよ王子様。クライフさん、ラジアル公爵様のような飄々として捉えどころのない御仁は大嫌いですから。」
「完全に我を失ってるよね〜あれは。今近づいたら大変だよ〜」
「どう大変なんですか?」
「んとね、死んだ方がマシだと思うことになるかな」
2人の言葉に「その通り」とヴァンハルトは大きく頷いたのだった。
その後の説明はヴァンハルトに引き継がれ語られた。
3人目は精霊と気が合わないと喧嘩になり破断
4人目は気位の高い姫君であったため、精霊様にむかって「下僕になりなさい、おーほっほほほ」とやり、精霊の不満をかった。
最後の5人目は行方不明なのだという。
なんでも数日前、次の次期国王候補に自分の名前があると知った姫は自ら城へ向かったらしいのだが、2日経っても3日経っても現れない。姫がいた屋敷から王城までは歩いて30分の道のりであるにも拘わらずだ。自然と王になるのが嫌になって逃げ出したのだろうと人々は噂し始めた。
困ったのは家臣達だ。自分達が用意した候補者達はことごとく失敗してしまい、残っている姫はまだ幼い子供ばかり。
そんな時、クライフの元にリディアンが目覚めたと一報が入った。