一一、英国に着きました。そして、数日後に独逸へ…
ジブチから出港後も順調な航海で英国を肉眼で確認出来た。
1937年3月10日・英国ポーツマス
天ノ川丸はポーツマスへ寄港した。源三郎・静巴・依子の三人はここで降りて、車でロンドンにある駐英日本大使館へと立ち寄る。大使館で打ち合わせをした後、調印書を持って時の首相チェンバレン…では無く、王室から意を託されているチャーチル卿の所へと向かった。
ロンドン某所
「ほう…まあ、噂には聞いていたが…エンペラーの娘さんが来るとは…」
チャーチルは御気に入りの葉巻煙草を自粛していた。何故なら煙草を吸わない依子が相手なのだ。
「私も海軍軍人であります…それと内親王という立場上、我帝國の守護の役目があると思っておりますので…」
「…これには参りましたな…」
依子の決意と並々ならぬオーラにチャーチル卿は苦笑するしかなかった。
その後、日本と英国は〝日英亜細亜協定〟を結ぶ。この日英亜細亜協定は、事実上日英同盟と言って差し支えない内容であった。それに、反共共闘の意味合いもあった。
「感謝します」
「いえいえ、ヨーロッパの情勢が徐々危うくなっていますからな…」
「確かソ連でしたか?」
「ええ、ドイツも独裁政権ですから警戒はしてるいますな…まあ、ソ連よりかは遥かにマシですがな…」
調印が終わった数日後、天ノ川丸はポーツマスを出港した。翌日には独逸第三帝国のキール運河北海側出入口付近にあるブルンスビュッテル港に寄港する。
3月15日・独逸ブルンスビュッテル港
この先にあるキール運河には、流石に天ノ川丸は通れない為これ以上東には行けない。ここでは、一週間の滞在期間となっている。
三人はハンブルクへ向かって、一路鉄道でベルリンへ向かう。
目的は総統への挨拶訪問と独逸製工作機械の購入取り付けである。それと、静巴と依子の個人的ベルリン視察であった。
ベルリン・総統官邸
三人は、総統官邸へと入って総統が居る応接室へと招かれる。
「こちらです」
「どうも…」
案内のSS(武装親衛隊)と一緒に応接室に入る。
「失礼します!」
「ああ、御苦労…下がって良し」
「失礼しました!」
SSはナチ式敬礼をして退室する。
「本官は、大日本帝國海軍大尉の旭日宮 依子です」
「私は、ゾフィー・ナウマンです。よろしく…」
双方は御互いに自己紹介をする。
「突然の訪問に申し訳ございません」
「いや、構いません。依子殿は、貴海軍や我海軍では有名な士官と聞いております。もとより、エンペラーの娘さんと聞いては、私は御光栄であります。それに日本には興味が有りますから」
独逸第三帝國総統のゾフィーは、微笑んで三人を歓迎する。
「感謝致します…」
「まあ、座ってください…立ったままではなんですから」
「失礼します」
依子・静巴・源三郎は、ゾフィーに促されるままに席に着く。尚、源三郎のゾフィーに対しての印象は…
〝美女であり、魔女であり、そして、鋭く強かな女性〟
魔女というのは、ゾフィーが魔女では無いかと協定締結後の会話でチャーチル卿自らが話してくれたのだ。まだ噂の域を出ないとも言ったが…
「そうだ、隣に居る御二人は?」
「申し遅れました。大日本帝國海軍少佐の山塚 源三郎であります」
「同じく、海軍少佐の山口 静巴であります」
源三郎と静巴は立って自己紹介をする。
「改めまして、ゾフィー・ナウマンです」
その後、当たり障りの無い会話が続いた。
翌日、ベルリンのホテルで一泊した三人は二手に分かれて行動することとなった。
静巴と依子は、ベルリン市街を散歩程度に視察。
源三郎は、〝独逸製工作機械の購入取り付け〟に関する交渉をすることとなった。
だが、問題はドイツ側の交渉相手だ。ゾフィー自ら交渉すると言って来た。
源三郎は何かの間違いだろうと、外務省に問い合わせたが本当だと返されてしまった。
「本当にか…ヤバイな…あの総統さんは勘が鋭そうだからな…レーダー上級大将相手なら、幾分マシなんだが…」
だが、愚痴を言っても現実は変わらない。
09:20・総統官邸応接室
そこには、源三郎とゾフィーの二人が机を挟んで交渉の席に着いていた。
「今回の用件は、我ドイツ製の工作機械等の工業製品購入だったな?」
「はい。ですが総統自ら交渉役を買って出るとは思いも寄らずに、外務省に問い合わせた位ですよ」
「何、貴官が妙に気になったのでな…」
源三郎は苦笑し、ゾフィーは子供の悪戯が成功したような笑いをする。
「何と…何か無礼でもありましたか?」
「いや、無いぞ…それより本題に入るか」
「そうでしたね、失礼しました」
その後、交渉が纏まって鞄の中に関係書類を入れる。そして、交渉終了後にゾフィーから世間話程度の会話が切り出された。
「ところで、ソ連内で赤軍大粛清が実行中という話を御存知かな?」
「確か、レーニンの後継者のヨシフ・スターリンが軍部を脅威と見なしてやっている大粛清のことですか?」
「その通りだ…私は正直愚かだと思う…新しい戦術・戦略思想の刷新による更迭・予備役編入なら兎も角、立場を侵すからと言って粛清までしてるからな…」
「確かに…平時は兎も角、いざ戦闘ひいては戦争となった場合、大損害を被るのは目に見えています」
源三郎はゾフィーの話に食い込んだ。来るであろう、張鼓峰事件やノモンハン事件が襲い掛かってくると予想したからだ。
「ですが、師団が全滅する限りは前進するでしょうね…指揮官が無能なら…」
「…それは盲点だった…指摘をありがとう…」
「いえ、私はそうと考えたまでです。あくまで一個人の考えですよ…」
急な不意打ちに源三郎はやや動揺する。
「だが、私の考えは少々甘かった。想定が戦力半減の壊滅状態で降伏すると思っていたからな…」
「自分は更に物量に物を言わして来るのではないかとも考えております…もし、満州とかに攻め込められては物量の方で完全に負けると予想してますから…まあ、こっちは資源が乏しいですから新鋭の装備や戦術を駆使して戦う…が基本になるでしょう…」
「ほう…良い話を聞かせてもらった。なら私からも…些かながら…」
ゾフィーが席を立った次の瞬間…
「魔女と称される真実を御見せしょう」
…既に源三郎の隣に立っていた。
「…魔女であるのは、本当ですね…」
「貴官にはどんな秘密があるのかな?」
「いや、自分に秘密など余り…」
「嘘はいかんよ?」
その時、ゾフィーの髪の毛に若干ながら被った右目が光り出す。右目に若干被った髪の毛は、風に煽られたかの左右に分かれて浮遊していた。
「さて…貴様の本性…暴かせてもらうぞ…」
「…」
源三郎は、何かを悟ったのか無言で動き一つもしない。
ゾフィーは、源三郎に抱き着き耳元で呪文のようなものを唱える。
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