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空蝉  作者: 山口ゆり
2/2

「秋ー、おーい」

「ん……?」


目の前には整った顔立ちしたオレの担当医がいた。


「……あ、中田(なかた)さん」

「よ。どうだ?調子は」

「んーあんま良くない」

「……」

「って言ったらどうする?」

「てめーはよぉ」


止めろよ、これでもオレは病人だぞ。

そんなこと言っても聞かないだろうこの暴力医師はオレのこめかみにゲンコツをぐりぐり当てて楽しんでいる。


「で、どうなのよ本当のところは」

「いつもどおり」

「いつもどおり……っと」

「って言った通り書くなよ。それカルテだろ?」

「だって患者が言うことが1番正しいだろーが」

「あんたホントに正真正銘医者かよ」

「そうだよ悪いか」


そう言って片手で椅子を引き寄せて座る。

畜生。

この人ホントに医者なんかじゃなくタレントかなんかやってればいいのにさ。

いちいち仕草がサマになってやがる。


「涼子んとこ行ってたって神田さんが言ってたけど」

「あ、そう」

「お前なぁ、あんなハードな検査の後でちょろちょろ動き回ってんじゃねえよ」

「涼子の顔見ないと1日が終わった気がしないからさ」

「……全くお前らって奴らは」


フっと笑う。

中田さんはオレたちが13の時に担当医になった。

研修の時にココにいて、正配属で戻ってきた珍しい人。

こんなんだけど、小児科医の中では期待のホープだ。

なんたってオレと涼子の担当に1年目からなった奴なんていやしない。

この先、こんなカンジで飄々と昇り詰めてって、このルックスでかわいい嫁もらって……。

この人には明るい未来が見える。

そう思ったらこの人が眩しく見えた。

違う生き物みたいに思えた。


「オレ思うに」

「え?」

「お前らは逢うべくして逢ったんだな」

「はぁ?」

「だからよー、何て言うかさぁ」

「はいはい分かったって。さ、用がないならサッサと医局へ戻った戻った」

「秋、てめぇ」

「あ、隣の信坊がまた泣いてる。行かなきゃね」

「うおっそうだった。じゃな」


「あ、中田さん」

「え?」

「オレもそう思ってる」

「……ぶぁーか」


これほどサマになるのかっていうほど似合っている白衣を翻してあの人は出て行った。


うん。

そうだよ、中田さん。

オレ、15年間ずっと涼子のそばにいて思ってることあるんだ。

オレたち、記憶はないけどさ、前世で惚れて惚れて惚れ抜いた仲なんだ、きっと。

だから魂も2人で1つ。

出逢うべくして出逢ったんだよ。

涼子が言ってたことが本当じゃなかったとしても、きっとオレたちは別だ。

オレたちは絶対に逢えるよう願って生まれてきたんだって。

そう信じてる。



夏の終わり。

今日もオレは、涼子の部屋にいた。

涼子は最近一段と綺麗だ。

はかな過ぎて怖いくらいに。


「ねぇ秋朔」

「ん?」

「秋朔あさって誕生日だね」

「え?あ、ああそうだな」


9月10日。

オレは16年前のその日、この世に生を受けた。

その日は朔の日で、オレの親はオレに秋朔と名付けた。


「そっか。秋朔もう16になっちゃうんだね」

「……ああ」

「うれしいなー」


いつものことだが、涼子の笑顔は美しい。

見てて苦しくなるくらいに。

涼子はそれを知ってか知らずか絶妙のタイミングでオレに向けてくる。

嫌んなっちゃうぜ、全く。

これ以上惚れさせてどうする気だよ。


「ねぇ、誕生日プレゼント何欲しい?」

「え?」

「なんでも言って。好きなものあげるから」

「じゃあ……」

「うんうん」


大きな瞳をキラキラ輝かせてオレの言葉を待っている。


「じゃあ、1つ、頼みがある」

「うん」



「オレより、長生きして」



「え……」

「お願いだから」

「秋……朔……」


涼子の顔が一瞬にしてこわばる。

オレは目をそらさずに、涼子を見つめる。


「それだけ。それだけでいい」

「秋朔……」


涼子の頬を一筋の涙が伝う。

泣かないでくれよ。

オレは、滅多に泣かない分お前の涙には弱いんだから。

声も立てずに泣き続ける涼子を、抱き寄せた。

生まれて初めてのこと。


「あ、き……」

「今だけでいいから、こうさせて」

「……うん……」


静かに時は過ぎてゆく。

ごめん。ごめんな涼子。

泣かせたりして。

それから、ずっと一緒にいてやれなくて。


オレはあの頃からずっと身体がだるかった。

誰にも何も言わなかったけれど、中田さんだけは気付いたのかこっそり部屋に来る回数を増やしてくれている。

ああ、そろそろなんだ。

自分のことは良く分かるもんだ。


だから、許して。

オレ本当は、涼子に気持ちを告げることはしないで逝こうと思ってた。

オレには未来がないのだから、涼子に苦しい思いをさせてしまうって。

でも実際はダメみたいだ。

口にして伝えなきゃ気が済まない。



「なぁ涼子、聞いてくれるか」


涼子は自分でも嫌なくらい細い腕の中でオレの顔を見上げた。

言わなくても、涼子なら分かっててくれるだろう。

瞳がそう言っていた。


「いつか言ってたよな、人間は願って生まれてきたって」

「……うん」

「オレは……オレはこの病気で生まれてきたこと、ずっとなんでオレがって思ってた。だけど、これだけはずっと変わらずに信じてることがある」

「秋朔……」

「オレは涼子に逢うためにこの世にこうして生まれてきたんだって」


涼子もそれを運命だと信じてくれるだろうか。


「……私もそうだって信じてるよ。それだけはずっと分かってた」

「涼子……」

「ずっとずっと好き。だからあんな約束、させないで」



あれからオレたちは、一度だけ口づけをした。

たった一度。

涼子は今夜はずっと一緒にいて欲しいと言ったけど、オレは断った。

今夜はダメだ。

もう、一緒にはいられない。

だから、オレは最初で最後のラブレターを書いた。

心を込めて。



「秋」

「ああ、中田さん」


相変わらずこの人はタイミングがいい。


「ちょっといいか?」

「うん。オレからもちょっと頼みがあるから」

「あ、そう」


「なぁ今夜ここにいていいか?」

「……何?気色悪い」

「そんなこと言うなよ。な?」

「好きにすれば」

「おう。じゃ、好きにする」


オレと中田さんは色々話した。

夜はこんなに長いんだって再確認した。

オレは中田さんが寝たら、涼子への手紙をこっそり白衣の中へしのばせるつもりだったのに、この人は寝ないんだ。

全く、なんでこの人はこんな人なのかね。


「はぁ。もう諦めた。これじゃオレが眠れない。……中田さん、コレ預かって」

「ん?なんだコレ」

「手紙。涼子に渡して」

「お前……自分で渡さなくていいのか」

「うん。もう自分で伝えなきゃいけないことは全部言ってきたから」

「……」


手紙を押し付けた。

無言で受け取ってくれた。

ねぇ、オレうまくもがけてる?

ちょっと前まで命の限り叫んでたあのセミみたいに。


「中田さん、オレ寝るわ」

「……ああ」

「今までありがと、中田先生」

「秋……」


目を閉じた。

静かな夜だ。

オレはもう、このまま朝の光を感じることもないだろう。






涼子へ。

お前と今まで一緒にいられて良かった。

こんな小さな世界しか知らないオレたちだけど、幸せだよな。

次に生まれてくる時には、また逢おう。

どんな形であっても、必ずオレはお前を見つけ出す。

だから、涼子。

お前を愛したオレのこと、忘れないで―――。


                        秋朔



彼は知らないまま逝ってしまった。

彼女もまた、旅立っていったことを。

拒んだはずの約束どおり、彼の誕生日のその朝に。

でも、それでいい。

きっと次の世で、出逢えているはず。


なぁ秋。

オレはお前を尊敬してるよ。

お前に逢えて良かった。

知らないだろう。

お前たちの両親が、お前たちがいてくれて良かったって思ってたこと。

オレと神田さんはそう言われたんだぜ、本人たちから。

それに、お前たち、一緒のところに眠らせてくれるってさ。


お前はオレの目標だ。

オレもいつか、お前みたいに誰かを愛してみたい。


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