いつもの電車、いつもの君。
久しぶりの投稿です。連載は春先まで無理ですが、短編はたまに書いていこうと思います。
いつもの朝。僕はゆっくりと駅に向かう。腕時計をチラチラ見ながら。都心ではない分、人はまばら。改札を通り、いつもの場所で電車を待つ。いつもの……君の隣で。
毎日の様に盗み見る姿。制服からすれば近くの女子校の生徒だろう。
長い黒髪、大きな瞳、少し赤みがかった唇。
生憎、体のラインを語るほどモラルの低い人間ではないので、そこはご想像で。
彼女の隣をキープするためにわざわざ腕時計で時間を確認する僕は少々危ないのだろうか?
電車はゆっくりとホームに入り込む。扉が開き、君が乗る。後に続いて僕も乗る。
君はいつも三人掛けの椅子にちょこんと座り、僕はその対面にどかっと座る。
イヤホンから流れる音楽よりも心臓の音がうるさい。
果たしてこれは僕だけなのか、それを知りたいのに今日も聞けずに駅に着いてしまう。
いつものホーム、いつもの時間。彼は毎朝私の隣にいる。いつも同じ時間にいるからいつしかそれが日課みたいになっていた。
背は……高いと思う。私は首を上に傾けなければ彼の顔が見えない。髪は少し長め、ちょっとダークな茶色が……かっこよかったりして。
話し掛けようか、そんな風に思ったりもするけど……やっぱりいきなり話し掛けられて変な奴って思われたくないし………。
話題はたくさんあると思う。彼がいつも耳につけているイヤホン。
『何聴いているんですか?』
なんて爽やかに聞けたらどんなにいいんだろ。
そんなことを考えてると電車が入ってくる。今日もまた溜め息を吐く。………彼に聞こえないように。
「で、今日もダメだったと。」
「………そのとーりでございます。」
既に夕日が顔を隠す時間になっていた。茜色に染まった部室の中で、友達の慶太に今朝の事を話していた。
「ほんと、竜哉は昔っから女に弱いな。」
「………そうですね。」
慶太は幼稚園からの幼馴染み。だから俺の過去も沢山知っているわけで。
「ほら、中一の時の真奈美ちゃん?お前が告白しないから先輩にとられちゃってさぁ……」
「………」
「中二の頃は梓ちゃんと仲良くなったのにもたもたしてっから彼女引っ越しちゃうし……」
「………」
「中三の頃は……」
「うっせぇ、テメェいい加減にしやがれ!!」
「うぉっ、竜哉がキレた!!」
――数分後――
「わかった、わかったからとりあえず落ち着け!!」
空手部主将である僕と、陸上部のエースの慶太では戦闘能力に莫大な差があるということを慶太はまだ理解していないらしい。……逃げ足は早いのだが。
「わかった、帰りに奢るから!!」
「………何を?」
「そりゃあもう竜哉様がお好きな物はなんでも!!」
「………仕方ないな。」
僕は構えた拳を戻し、一呼吸ついた。
「じゃ、たまには『特製肉まん』でも食べようかな?誰かさんの奢りだし。」
「おまっ、まさかあの『特製肉まん』か?」
「それしかないでしょ?」
『特製肉まん』。近所のコンビニに置かれているそれは大胆にも国産の黒豚を始めその他店長が厳選した食材をふんだんに生地に包み、それはそれは至福の味と評判の肉まんである。お値段一個五百八十円也。
このコンビニの店長、昔は有名中華料理のシェフだったのだが、今は隠居暮らしの道楽にとコンビニ(と言っても大手チェーン店の様なものではない。)を開業(ちょっと変わった人。好い人だけど。)、此処等の学生に人気のあるお店である。
「……お金、足りるかな?」
ボソッと言う慶太が少しおかしかった。
「いらっしゃいませー。」
店に入ってからとりあえず雑誌の方へ行く僕。もちろん慶太はレジへ。漫画を手に取ろうとした時、
「たつやー!!」
レジの方から慶太が呼ぶ。
「どしたの?」
レジの方へ向かいながら答える。
「『特製肉まん』一個しかないってさ。」
「……別にいいじゃん。」
「おまっ、自分だけ食べようって魂胆かっ!!」
「当たり前じゃ……ん……」
その時、時が止まった。いや、止まったのは心臓か?………どうしてレジに……彼女がいるんだ?
「いらっしゃいませー。」
愛想よい声で挨拶をする。ここのバイトもようやく慣れてきたかな?店長さんは優しいし、他のスタッフの方も親切だし。たまに友達が来て茶化されるけど……。
今日だって学校でまた彼について聞かれまくって……ただの私の片想いなのに女の子ってどうして恋バナに食い付いてくるのかしら?……私もだけど。
「いらっしゃいませー。」
自動ドアが開く音でお客さんが来たことがわかるようになってきた。顔を上げると短髪のかっこいい人が近付いてくる。
「すんません、『特製肉まん』二つ。」
なんだか元気なさそうな声だった。もしかしたら更に追い討ちかけるかも……。
「すみません、『特製肉まん』あと一つしかないんですよぉ……」
「マジっすか!?こりゃまさか奢り無しか!?」
なんだか小声で言ってたのでよく聞こえなかったけど嬉しそう。……どうして?
「たつやー!!」
「どしたの?」
雑誌のコーナーから声が聞こえた。
「『特製肉まん』一個しかないってさ。」
「……別にいいじゃん。」
「おまっ、自分だけ食べようって魂胆かっ!!」
「当たり前じゃ……ん……」
一瞬
「あっ!!」
て叫びそうになった。何で!?何で彼がここにいるの!?
「……や、竜哉!!」
「うおっ!!……な、なんだよ。」
「なんだよじゃねぇよ!!とりあえず今日は普通の肉まんで勘弁してくんね?」
「……あっ、ああ。」
「?、お前にしちゃやけに素直だな?まぁいいや。すんませーん。」
「はっ、はいっ!!」
「普通の肉まん二つ下さい。」
「あっ、はい、わかりました。」
僕の足は動かない、と言うか動けない。なんだか重力が増えたみたいだ。
僕の目は彼女の胸元へ。ネームプレートを凝視する。平仮名で『さえき』と書かれていた。『さえき』さん……か。
「……つや、竜哉!!」
「うおっ!!」
「ホラ、買ったぞ。ぼーっとしてないで公園でも行こうぜ。」
「……あっ、ああ。」
僕は後ろ髪ひかれながらコンビニを後にした。
「………行っちゃった。」
彼が去った後、ポツリと呟く。まさかこんなとこで逢えるなんて……夢みたい。一人で舞い上がってしまう。
「……たつやさん、だっけ。」
さっきの短髪の男の人が言ってた名前、確かに『たつや』だった。
「……また……来てくれないかな?」
『たつや』さんのお陰で次の香水のキツイオバサン相手も苦ではなかった。
結局公園で何を話したかすら覚えてない。既に闇に包まれた路地を歩く。直ぐに明かりが見えた。駅の明かりだ。
「この時間帯……混むんだよなぁ。」
少しうんざりしながら改札に定期を通す。帰りも大体同じ場所に足を停める。ちょっとサラリーマンの方々が多い。溜め息を吐きながらイヤホンを取り出そうとしたら、一緒に定期まで落ちてしまった。取ろうとした手、どうして二つ?………顔を上げると『さえき』さんがいた。
予想以上にバイトが早く終わった。シフトを変更しわすれてたみたいで何故か二時間しか働いてない私。店長さんも
『たまには早く帰るのもいいんじゃない?』
て言ってくれたのでお言葉に甘えることにした。大通りを抜ける時も考えてるのは『たつや』さん。……私結構重症かも。
定期を通して階段を上がる。上った先には……『たつや』さん!!
私はとりあえず頬をつねる。……夢じゃない!!私、凄い!!もしかしたら今朝の占い一位だったんじゃないの!?
そそくさと彼の隣に近付く。と、彼が定期を落とした。
『これはチャンスよ、百合!!』
私の頭の中で何かが聞こえ、私は即行動に移していた。
「どうぞ。」
彼女の笑顔に目眩をおこしそうになった。そんなの反則だ。
「ど、どうも。」
多分今の僕の顔はさっきの夕日より真っ赤じゃないのだろうか。
そんな僕をよそに、電車はホームに滑り込む。人の波に乗りながら電車に入り込む。
久しぶりの満員電車だ。しかも彼女は何故か僕の目の前にいるんだが?両手をドアにくっつけて彼女を守る形になっている……のは建前で、くっついてしまえば僕の理性が大変なことになってしまうと予感したからだ。
彼女の頭が僕の顎先位の位置にある。これは何、生き地獄ってやつですか?困惑する僕を知ってか知らずか、
「寄りかかっても………いいですよ?」
彼女は微笑みながら言う。危ない、今のは空手の全国大会でもあまりくらったことのない一撃必殺技だ。
「だ、だいじょぶ、です。」
精一杯強がりながら俺も微笑み返す。
「え、と、いつも……朝一緒ですよ……ね?」
驚いた。彼女が僕を気付いてたなんて。
「そっ、そうですね。」
「私のこと知ってたんですか!?」
「えっ、ええ。」
『惚れてました。』なんて口が裂けても言えない。だっていきなりそんなこと言ったら引いちゃうだろうし。………困った、けど正直電車がずっと駅に着かないで欲しかった。
今の状況は多分奇跡って言うんだろう。だって……こんな近くに彼が!!幸せすぎて倒れそうかも。しかも私のこと知っててくれた!!神様、ありがとうございます!!
『次は〜、××〜、××です、お出口右側に変わります。○○線、△△線はお乗り換えです。』
えぇっ!?もう着いたの!?まだこのままがいいのに……神様の馬鹿ぁ!!
雪崩の様に崩れてゆく人達。僕も彼女も押し出された。改札へ歩く人達を見ながら僕達はただただ立ち止まっていた。
不意に慶太の声が蘇る。
『好きなら好きっていっちまえよ!!』
僕は慶太に感謝した。お陰で勇気がもてたこと。
「あっ、あのっ!!」
「はっ、はい。」
僕は一回深呼吸をした。心臓が何回鼓動してるのかはもうわからない。
「すっ、好きです!!」
「………え?」
「一目惚れでした!!僕は貴方が好きです!!」
夜のホームは静かだった。それが不気味だった。だから僕は逃げたのかも知れない。
「返事は明日、ここで聞かせて下さい!!じゃっ!!」
「……あっ、ちょっ……」
僕は彼女の言葉も聞かずに夜の街に消えていった。
昨日は眠れなかった。果たして彼女はどんな返事をくれるのか?今日はいつもより少し早く駅に向かう、彼女を見逃さない様に。
改札を通り、階段を上る。……彼女がいた。いつもより早い筈なのに。
彼女は僕に気付いたのか少し微笑んだ。僕は意を決して彼女の元へ向かう。
「おはよう。」
「おはよう。」
挨拶はすんなり出てくれた。
「それで……返事の方……は?」
彼女は黙ってしまう。もしかして……ダメなの……か?
「………も……」
「………え?」
「私も……一目惚れ………でした。」
「………え?」
「………」
「……えぇっ!!」
「そっ、そんなにびっくりしなくても……」
「いや……だって……マジで?」
「ホントに……告白された時は奇跡だった。嬉しくてあのあと号泣しっぱなしだったんだから。」
「えっと……じゃあ……」
「よろしくお願いします。」
「あっ、こちらこそ。でさ……」
「?」
「名前………教えてくれないかな?」
「………あ。」
いつもの朝。今日も同じホームに立つ。……君と一緒に。いつもと違うのは………僕の隣の席に……君がいること。
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