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CAPRICE -カプリース-  作者: 陽気な物書き
第一部 サリスティア王国編 ~終章 旅立ち~
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「……雪か。どうりで寒いわけだ」


 翌朝、小刻みに体を震わせながら上半身だけ起こしたアレスは、すぐ横にある窓から外の景色を眺めた。この地方には珍しい雪が舞い、町を行く人々が皆コートを羽織っていることから、外の冷え込みの厳しさが窺い知れる。


「寒いし眠いし、もう少し寝るかな……」


 アレスが再度ベッドに潜り込もうとすると、顔の上にロアが飛び乗ってきた。


「おいっ、何すんだ!!」


「さっさと起きろ。ラトリアへ行くのではなかったのか?」


「わかっている……わかっているが、俺は眠いんだ。あとほんの少しでいい……寝かせてくれ……」


 ロアを払いのけて頭から布団を被り、アレスはそのまま寝てしまった。


「しょうのない奴め……」


 呆れた様子でぼやき、ロアは恨めしそうに外を眺めた。


 アレスが深刻な睡魔に襲われていたのには理由があった。


 昨夜、アレスたちは食事会に招かれた。それは多くの市民の命を救った功績に対するラドニスのささやかな感謝の気持ちであった。普段口にすることのない豪勢な料理を堪能し、空腹が満たされてきた頃、ラドニスがぶしつけにとんでもない提案をしてきた。


 不在となったルヴァロフに代わり、王宮に仕えないかと持ちかけてきたのである。


 アレスは一考すらせずに辞退した。自分がその器でないことを熟知している上、今仕官などしようものなら、権力ほしさにノーラを失脚させたと言われかねない。それはアレスには耐え難いことであり、絶対に提案を受け入れることはできなかった。


 その意を知ったラドニスは、無理強いすることを避け、提案を破棄した。その代わりに王宮への出入りを自由にし、ルヴァロフが研究に使っていた部屋を与えることとした。この計らいにアレスは素直に喜び、食事会が終わるや、その部屋に篭って朝まで父親の研究成果を読み漁ったのである。


 結局、アレスが起きたのは昼過ぎだった。ラドニスに挨拶を済ませて王宮を出ると、小雪のちらつく中、駅を目指して歩き出した。


 その際、アレスが驚いたのは、ケフィが妙にはしゃいでいることだった。子供のように全身でというわけではないが、表情や声の調子からそれは明らかであった。


 三大貴族の当主という重責から解放され、これまでの窮屈で不自由な生活から脱却し、ようやく自由を得たのである。それに至る過酷な経緯は察するに余りあり、少しぐらい羽目を外すようなことがあっても大目にみてやろうと、アレスは心に決めていた。


 二十分ほど歩き、アレスたちはエルダーブレイズ駅に到着した。構内は相変わらずの人の多さで、外の寒さに負けない熱気が充満している。


〈そういえば、お前、親父に憑依されていた時の記憶はあるのか?〉


 ラトリア行きの列車のホームに向かいながら、アレスは思念通話でロアに話し掛けた。


〈無論、共有しておる。それがどうかしたか?〉


〈いや、ちょっと気になることがあってな……〉


 アレスはふと足を止めた。


 何かを思い詰めたような顔を、ロアはじっと見上げている。


「どうしたんですか?」


 少し前を歩いていたケフィが立ち止まって振り向いた。


「なんでもない。当分ここには帰ってこないと思ったら、いろんな事を思い出してな」


「あの男を倒したら、二人でまた戻ってこれますよ」


「あぁ、そうだな」


 アレスはそう答えたが、その日が本当に訪れるのか、疑問に思わずにはいられなかった。自分自身はまだまだ伸び代があると確信しているし、ケフィの魔王ハルファスの力はかなり強力だと容易に想像できる。それでも、フォルセウスの底知れぬ不気味さが恐ろしくて仕方ないし、彼の仲間の存在も無視はできない。もし仲間が全てフォルセウス並の強さを持っているとしたら――


 深刻な顔でアレスが考え込んでいると、ロアが小刻みに四肢を動かして二人の前に出てきた。


「……我もおる」


 最初は何の事かわからなかったが、ケフィが笑いなが指で三を示しているのを見て、アレスは得心した。


「そうだった。悪かったな。俺とケフィとお前――二人と一匹で、だな」


 アレスが屈んで頭を撫でると、ロアは手をすり抜けるようにして先に行ってしまった。おそらくケフィが笑っていたことが気に障ったのだろう。


「まったく、どの列車か知らないくせに……」


「アレスさんには言われたくないと思いますよ、きっと」


 ケフィが悪戯っぽく微笑むと、アレスは大きく溜息をついた。


「君までそんなことを……」


「だって、事実ですから」


「こいつ!」


 大きく手を振り上げると、ケフィは笑顔で走り出した。







 五分後――


 列車は王都を出発した。


 会話もなく、窓の外を眺める二人の視線の先には、一面の銀世界が広がっている。全てを純白に染め上げる雪は、二人の不安をも覆い隠そうとするかのように、ただしんしんと降り続く。



                  第一部 サリスティア王国編 完

第一部はこれで終了です。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

第二部はすでに執筆に取り掛かっていますが、公開までには少し時間をいただくかもしれません。

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