困惑
「さっさと歩け!」
不意に獄卒の声が地下牢に響き渡った。
全員の視線が声の方へ向く。
見ると、連行されているのはアレスだった。
「入れ」
ヴィラートたちと同じ牢にアレスを放り込むと、獄卒はさっさと帰っていった。
「無事なようだな、アレス」
「はい。陛下と話をしてきただけですから」
「そうか……ならよかった」
ヴィラートは安堵して大きく息を吐いた。
「アレスくん、元気?」
壁越しに、リエリが陽気な声をかけてきた。
「はい、元気です! リエリさんたちは大丈夫ですか?」
「私もみんなも元気だよ! あ、そういえば、アルテイラさんがどこにいるか知らない、ヴィラート」
「俺は知らん。師の下で長い付き合いになるが、未だに何を考えているのかよくわからない人だからな」
素っ気なくというよりは不機嫌そうに、ヴィラートは答えた。
「そっか……こんな時にどこいったんだろ……」
リエリが頭を悩ませていると、アレスが会話に入ってきた。
「アルテイラさんなら数日前、駅で見かけました。どこへ向かったのかまではわかりませんが……」
「今はあの人のことより、俺たちの身を案じるべきだ」
冷淡にそう提案すると、ヴィラートは三日後に処刑されることをアレスに話し、いつでも脱獄できることも併せて話した。
「脱獄はだめです」
口を開くなり、アレスは一喝した。
「どうしてだ? このままここで処刑を待つっていうのか?」
「よく考えてみてください。ヴィラートさんやリエリさんがいるのに、あの女がどうして投獄の場所をここにしたのかを」
「なぜここか、か……」
ヴィラートはこの地下牢の特徴を考えてみた。
王宮の外れに位置し、人目につきにくく、劣悪な環境。
だが、特別堅牢なわけではなく、なぜか監視の人間はいない。
その気になれば、悪魔召喚で簡単に脱獄できる状況だ。
「言われてみれば、まるで逃げてくれと言わんばかりだな。見張りもいないし……」
「ノーラの狙いはまさにそこです。俺たちが脱獄するのを待っているんです」
「なるほど、そういうことか……俺にも読めたぞ」
二人が得心する傍で、アルジャーノだけは何のことだかさっぱりわからない。
「僕にもわかるように教えてくれないかい、アレスくん」
「この国の法では、脱獄は死罪なんだ。つまり、たとえ投獄された人間が無実だったとしても、脱獄すれば、その一事で死刑にできる」
「そんな……」
ようやく状況を理解し、アルジャーノは愕然とした。自分とイセリナは死刑の対象外ではあるが、宰相の理不尽なやり方に強い憤りを感じずにはいられない。
「だが、このままここにいてもどのみち死刑だ。だったら脱獄に活路を見出すほうが賢明じゃないのか?」
状況を把握した上で、ヴィラートは反論をぶつけた。座して死を待つのは性に合わないからだ。
「さっき話してきて確信しましたが、陛下は俺たちを処刑する気はありません。処刑といっているのは、ノーラの独断と考えて間違いないと思います」
「つまり、ここにいる限り、処刑はないというのか?」
「はい、今のところは……」
アレスはそう答えたが、今までの自信に満ちた声は影を潜めている。
「なんだ、はっきりしない物言いだな」
「問題は、この三日でノーラが処刑の同意を得られるか、です。もし陛下が同意されれば、三日後の処刑は免れません。また、同意を拒まれた場合は処刑こそ免れますが、その後の処遇はどうなるかわかりません……」
アレスの返答はヴィラートを満足させるものではなく、より混乱を深める結果となった。
「やれやれ……全ては陛下の御心次第か……どちらにしろ、明るい未来ではなさそうだな……」