投獄
アレスを除く五人は、死刑囚専用の監獄である王宮地下牢に投獄されていた。
淀んだ空気が肌にまとわりつき、鼻を突く黴臭さと死臭の入り混じった悪臭が不快さに拍車をかける。おまけにこれから訪れる冬の寒さは尋常ではなく、この時期に収監された死刑囚たちは飢えと寒さで気力と体力を削り取られ、やがて力尽きて死んでいく。
「覚悟はしていましたが、想像以上に劣悪な環境ですね、ここは」
イセリナは牢内を見回しながら、素直な感想を漏らした。
「ここは一度入れば二度と太陽を拝めないと言われている監獄で、囚人のことなんかこれっぽちも配慮されてないわ。ここで死ねって言われているようなもんよ」
「そうと知っていて、随分落ち着いていますね」
「だって、出ようと思ったらいつでも出られるもの」
リエリは余裕たっぷりに答えた。
イセリナもケフィも、その言葉が嘘ではないことを知っていた。先の戦いで悪魔召喚師の力をまざまざと見せつけられたからである。
「でも、当てが外れちゃったわね、イセリナさん」
「この上は、あなたのその自信に期待しています」
「まっかせといて!」
リエリは満面の笑顔とピースサインで応えた。
しばらくして、二名の獄卒を従えた獄卒長が姿を現した。右目には眼帯、手には鞭を携帯し、まるで下水の汚泥を見るかのような不快そうな顔で、牢内のリエリたちを見ている。
「これより、重大な決定事項を言い渡す。心して聞くように。三日後、王宮前広場にて、アレス=フォウルバルト、ケフィ=アルカスター、ヴィラート=レグザリス、リエリ=ファズバールの四名を処刑する」
「ちょっと待ってよ。いきなり処刑って冗談じゃないわ!!」
鉄格子を握り締め、リエリが食いついた。だが、獄卒長は一瞥をくれることもなく、淡々と話を進める。
「なお、聖堂会所属のイセリナ、アルジャーノ両名に関しては、後日エルミラード本国へ送還する。以上だ」
獄卒長は一方的に告げると、踵を返して姿を消した。
「あぁあ……私の命も後三日。燃えるような大恋愛もしないでこの世を去ることになるのね……」
手振りを加えながらリエリが妙に演技がかった言い回しをすると、隣の牢にいるヴィラートが呆れた様子で応えた。
「馬鹿か、お前は。ついさっき、その口でいつでも抜け出せると言っただろうが」
「あら、盗み聞き? いい趣味じゃないわね」
「隣の部屋なら嫌でも聞こえる。誰が好き好んでお前の話を聞くか」
「ひどーい……ケフィさん、何か言ってやってよ」
「あ、はい……いえ……その……」
このようなうやりとりに慣れておらず、ケフィは戸惑いを隠せない。
「二人とも馬鹿の相手は大変だと思うが、しばらく面倒を見てやってくれ」
「あー、また馬鹿って言ったわね! 訂正しなさいよ、こらっ!!」
リエリは声の聞こえる側の壁に向かって大声で叫んだ。ヴィラートの反論はなく、リエリは壁にもたれて黙ってしまった。
「面白い関係だね。あなたとリエリさん」
「そうか?」
小声で話し掛けたアルジャーノに対し、ヴィラートは素っ気無く答えた。
「だって、まるで恋人同士みたいだよ」
「冗談はやめてくれ。君は知らないだろうが、リエリは俺の妹みたいなものだ。それにあんなじゃじゃ馬、俺が彼女にするはずがないだろう。君の上司のほうが遥かに魅力的ってもんだ」
「それはダメだ!」
アルジャーノは大声を出して大きく首を横に振った。無意識とはいえ、地下牢内に響き渡るほどの声で過剰な反応を示したことに、彼自身驚いていた。
「す、すみません、つい……」
「いや、俺が悪かった。君が彼女に好意を寄せていることを知りながら、つまらないことを言ってしまったな」
ヴィラートが謝意を示すと、アルジャーノは恥ずかしそうに尋ねた。
「……すぐにわかったんですか?」
「彼女のことか?」
「はい……」
「そりゃあの状況なら誰だってわかるさ」
「そうですか……でも、僕は取り返しのつかないことをしてしまった。イセリナ様はもう……」
アルジャーノは辛そうに俯いた。
イセリナがフォルナーを胸に抱いて泣く姿が思い出される。
「今さらどうこう言っても仕方ない。まぁ、人を好きになることは悪いことじゃないんだ。報われるかどうかは別として、その気持ちを大切にすることだ」
「……はい」