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CAPRICE -カプリース-  作者: 陽気な物書き
第一部 サリスティア王国編 ~第三章 急転~
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因縁

「よぉ、久しぶりだねぇ」


 フォルセウスは軽く手を上げ、さも親しげに声を掛けた。


 そのにやけた顔は、アレスの怒りを一気に限界点近くまで引き上げた。


「よくも俺たちの前に出てこれたな、フォルセウス!!」


「ちょっと様子を見に来ただけださ。そいつももう少しは使える奴だと思ったんだが……まぁ所詮こんなもんか」


 侮蔑に満ちた眼差しは、真っ直ぐフォルナーを捉えている。


「やはりお前たちは繋がっていたんだな!」


「さぁね。そこんとこは想像に任せるよ。それよりも、そこの彼女! あの炎の中でよく生きていたねぇ……ほんと、驚きだよ」


 フォルセウスは嬉しそうに話を振った。その瞬間、ケフィの胸の奥で小康状態にあった怒りの炎が急激に勢いを増して燃え上がった。


「あなたが屋敷に火を!!」


「あぁそうさ。よく燃えていただろ? あれだけでかいと燃やし甲斐があったぜ、ハハハハハ!!」


 品性の欠片もない笑い声はケフィの胸に深く突き刺さり、彼女が今まで誰に対しても抱いたことのない感情――殺意を呼び起こした。


 優しさに溢れた人間が真の怒りに達した時、その怒りは深く強く、何者をも恐れない強固な精神を得るという。


 まさにその状態にあるケフィは、一人悦に入っている仇敵の姿を激しく睨みつけていた。


「おいおい、そんな目で見るなよ。これでも一緒に死なせてやれなかったことは悪いと思っているんだぜ」


「黙りなさい! この人でなし!!」


「おー怖い怖い……」


 一同の憎悪を一手に引き受けることとなったフォルセウスは、まるでそれを楽しんでいるかのようにおどけてみせた。


「そんなに憎いなら、一戦交えてみるかい? どうせ俺が勝つけどね」


「望むところだ。俺が相手になってやる」


 アレスは威風堂々と前に進み出た。


「この前はまんまと逃げられたが、今日こそお前の息の根を止めてやる」


「いい目だねぇ。殺気が満ち満ちている」


「お前を殺すことに、もはや微塵の躊躇もない。行け、ヘルマイオス!!」


 命が下るや否や、ヘルマイオスはがっしりとした体躯に似合わぬ俊敏な動きで一気に距離を詰め、岩のような拳を高速で振り下ろした。


 咄嗟に後方に飛び退いたフォルセウスは、地面に穿たれた拳の跡を見て思わず息を呑む。


「おっかねぇ……いきなりかよ」


「言ったはずだ。微塵の躊躇もないと。お前を殺すためなら、俺はどんな手でも使う」


「いいねぇ、ゾクゾクするぜ」


 歪んだ狂気がフォルセウスの顔に浮かぶ。それは、聖堂で初めて相対した時に見たあの不気味な表情であった。


 フォルセウスは身を屈めて低い姿勢をとり、疾風のごとき瞬発力で懐に飛び込んだ。だが、彼が攻撃の一手を繰り出すより早く、ヘルマイオスの拳が頭上に迫る。


 想像を超える対応速度に驚く暇もなく、攻めるか、引くか――フォルセウスは一瞬の判断を迫られた。直感で後者を選択し、地面を蹴って左に跳ぶ。右では長い腕の攻撃を避けきれないとの判断からだ。


 唸りをあげる豪腕は耳を掠め、フォルセウスの頬に一筋の傷を残した。判断に僅かでも迷いがあれば、頭部を粉砕されていたに違いない。


 獲物を失ったヘルマイオスの拳は砂塵を巻き上げながら地面を穿ち、そこを起点に放射線状に幾筋もの大きな皹が走る。尋常ではない怪力を再度目の当たりにして、フォルセウスは肝を冷やす。


「あぶねぇあぶねぇ……」


 さしものフォルセウスも、アルジャーノとの戦いのように余裕はなかった。距離を取ってもすぐに詰められ、懐に飛び込んでも迅速に対応されてしまう――ヘルマイオスにはまるで隙がないのだ。


「どうした。手も足もでないのか?」


「さぁ、どうかな。でも楽しいねぇ。こんなに楽しいのは久しぶりだ」


 フォルセウスは頬の傷を手の甲で拭い、その血をぺろりと舐めると、再度、懐に飛び込んだ。今度は胸板に接するほどに肉迫し、背後に攻撃の気配を感じるより早く振り返った。ここまで接近すれば、真上から打ち下ろすのは難しく、当然、ヘルマイオスの拳は弧を描くように迫ってくる。それを確認したフォルセウスは、すかさずしゃがんで避けると同時に両手を地面に突いた。そこへ覆い被さるように下降してきたヘルマイオスの顎を、両足の踵で思い切り蹴り上げる。全身のばねを利用した強烈な一撃を食らったヘルマイオスの肉体は弾けるように宙に舞い、近くの民家の壁に激突した。


「信じられん……」


 そう呟いたのは、ロアだった。


 ヘルマイオスが不甲斐ないことを示唆しているのか、それともフォルセウスの善戦に驚愕しているのかはわからない。ただ一つ確かなことは、彼の眼前で繰り広げられている戦いが、全く予想外の展開を見せていることだった。


「ヘルマイオスは手を抜いているのか?」


「馬鹿を言え! そんな必要がどこにある!」


 間の抜けた質問に対し、ロアは正面を見据えたままで怒声を返した。


 緩慢な動きで上半身を起こしたヘルマイオスは、顎を摩って血反吐を吐き捨てた。そして何度か噛み合わせて顎に異常がないことを確認すると、立ち上がって悠然と歩き出した。


 その様子を、フォルセウスは愕然とした顔で見つめていた。あわよくば顎を砕き、首や脊髄にダメージを与えられればと期待していたが、ヘルマイオスの頑強さは彼の想像を遥かに上回っていた。さらに武器を持たない分の悪さを痛感し、後方で戦況を見守っているアレスにむけて叫んだ。


「なぁ、ここいらで引き分けってことにしねぇか? なんなら俺の知っている情報を教えてやるからよ」


「断る」


「即答かよ」


「俺はお前と交渉するための言葉を持ち合わせていない。無駄なあがきはよせ」


「じゃあ、しゃあねぇな。ここはおとなしく逃げるとするか」


 苦肉の提案を拒絶されたフォルセウスは躊躇なく戦闘の放棄を決断し、ヘルマイオスとの相対距離を維持しつつ、広い道幅を活かして巧みに後退を続ける。


 いかに逃げに徹しても、ヘルマイオスの攻撃をそう長い間避け続けることなどできるはずがない。いずれ足が止まり、勝負は決する――


 アレスはそう確信していた。


 その思惑通り、程なくフォルセウスの足が止まった。背中には高い民家の壁がそびえ、逃げ道はない。アレスはヘルマイオスと肩を並べるところまで近づき、追い詰めたフォルセウスと対峙した。この期に及んで奇策を弄してくるとも思えないが、ヘルマイオスには攻撃を中断させ、あらゆる事態に対する警戒を怠らない。


「もう逃げ道はない。観念しろ、フォルセウス!!」


「へへ、それはどうかな」


 フォルセウルはいきなりしゃがむと、足元の鉄製の蓋を片手でいとも容易く持ち上げた。その思惑に気付いたアレスは、苦虫を噛み潰したような表情で叫ぶ。


「地下に逃げる気か!!」


「そういうこった。あの男が死んでしまった以上、もうここに用はないからな。じゃあな、未熟な召喚師くん」


 フォルセウスは嫌らしく口を歪めて笑うと、下水道へと続く縦穴に身を投じた。アレスは駆け寄って穴の中を覗いたが、真っ暗で何も見えない。


「くそっ、逃がすか!」


 アレスが暗黒の地下世界へ続く梯子を降りようとすると、背後で叫ぶヴィラートの声が聞こえた。


「やめておけ、アレス! 王都の下水道は人工の巨大迷路だ! 不案内な者が足を踏み入れれば、無事に戻れる保証はないぞ!」


「でも、奴を逃がすわけにはいきません!! このまま追いかけます!!」


「そうか、行くなら勝手に行け! 市民より私怨を優先させるならな!!」


 ヴィラートはそう突き放し、最後に合流したリエリと会話を始めた。


 アレスは下半身が穴の中に隠れた状態で動きを止めていた。


 イセリナたちの働きによって市民の避難は無事に完了した。だが、怪我の手当てや負傷者の搬送が終わったわけではない。人道上、そちらを優先するのは当然。まして道もわからない迷路に逃げ込まれてしまったとあっては、選択の余地はない。


「くそっ! また逃がしたか……」


 最悪の事態だけは回避したのだと無理矢理自分を納得させ、アレスはやむなく追跡を断念した。

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