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CAPRICE -カプリース-  作者: 陽気な物書き
第一部 サリスティア王国編 ~第三章 急転~
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衝撃

 アレスたちから少し離れた所で、アルジャーノとヴィラートはヴァラクの挙動を窺っていた。自信家のアルジャーノも魔王相手に素手で仕掛けるわけにもいかず、ティルティナでは基本戦闘能力の差が大きすぎて到底敵うはずもない。そんな状況であるから、二人は徒にヴァラクを刺激せず、アレスたちの戦線参加を待っていた。


「なんだ、まだ終わっていないのか……」


 ゆったりとした足取りで聖堂から出てきたフォルナーは、外の様子を見て不満そうに呟いた。小脇には、ファイルらしきものを抱えている。


「お前か、ヴァラクを召喚した馬鹿は」


「そういう君は誰だ?」


「俺は、ルヴァロフ=フォウルバルトの二番弟子、ヴィラートだ」


「ほぉ……二番弟子といえば、三人の弟子の中で最も悪魔に造詣が深いと聞き及んでいるが、その君の目にあれはどう映っている?」


 フォルナーは地に堕ちた爬虫王に視線を移した。


「姿形はどうあれ、間違いなく七十二魔王の一人、ヴァラクだ」


「魔王か……大層な呼称の割には、存外不甲斐ないではないか。君たちごときを倒すのに手を焼いているのだからな」


 ヴァラクを見つめる瞳は冷たく無機的。期待には程遠い失望に近い感情が窺える。


「お前は何もわかっていない。魔王の真の恐ろしさをな」


「アレス君にも似たようなことを言われたよ。君たちは一体何をそんなに恐れているのかね?」


「お前になど話す必要もないことだが、一つ教えてやる。悪魔召喚は悪魔を人間界に召喚するための方法だが、誰にでも完全体を召喚できるわけじゃない」


「つまり、召喚された悪魔全てが実力を発揮できるわけではないと?」


「そういうことだ。お前が物足りなさを感じるのは、ヴァラクが不完全召喚されたからに他ならない」

「なるほど……それで合点がいった。道理で弱いわけだ」


 不用意に口にした魔王を侮る言葉が、ヴィラートの怒りの導火線に火をつけた。


「弱いだと……? 冗談じゃない! 不完全とはいえ、お前の召喚したヴァラクがこの世界にどれほどの脅威をもたらすか、わかっているのか!!」


「無論、承知しているつもりだ」


「いや、お前はわかっていない。本当にわかっているのなら、こんな町中でヴァラクを召喚したりはしない……できるわけがない!」


 ヴィラートが力強く否定すると、フォルナーは見下すような笑みを浮かべた。


「フフッ……どうやら本当にわかっていないのは君のようだ」


「なんだと!」


「ヴァラクが脅威であるからこそ、私はここで召喚したのだ。そうでなくては意味がないのだよ」


「馬鹿な……狂ってやがる……」


 フォルナーの狂気を垣間見たヴィラートは、目の前で繰り広げられている現実が自分の想像以上に深刻な事態であることを認識した。


「狂っているのは、平然と悪魔の力を利用する君たちのほうだ! 人間は身をもってその恐ろしさを知るべきであり、その行為の愚かさを知らねばならないのだ!」


「そのためにはどんな犠牲も厭わないというのか!」


「その通りだ。本をただせば、悪魔を使役できると考えた人間の傲慢さに端を発していること。その浅はかな考えがいかなる結果をもたらすのか、誰かが知らしめてやらねば、人は永遠に覚醒できないのだ!!」


 フォルナーの演説が終わると、ヴィラートは大きく一つ息を吐いた。


「……言いたいことはよくわかった。だが、同じ悪魔召喚師として、お前の考えには承服しかねる。ヴァラクの召喚者を発見できなかった場合を懸念していたが、お前が自分から姿を現してくれて、正直ほっとしている。これ以上被害を拡大させないためにも、その命、俺が貰い受ける!」


「君にできるかな?」


 フォルナーが勝利を確信したかのようにほくそえんだ時、ヴィラートは背後に気配を感じ、咄嗟に横に跳んだ。彼がいた場所には、空を切ったヴァラクの鎌の切っ先が穿たれている。


「くそっ、いつのまに!!」


 すぐに振り返り、その姿を視認したヴィラートは反射的に剣を構えた。幾つかの戦闘系悪魔と契約を結んでいても、ティルティナを送還できない状況にあっては、自力で窮地を脱するしかない。


 ヴァラクは人間の腕の太さほどの蛇を一匹吐き出すと、首を掴んで鎌の刃を噛ませた。そして鈍く光る白銀の刃に毒が付着したのを確認すると、自らの口内に蛇を放り込んだ。口の端から血を滴らせながら音を立てて噛み砕く様子は、不快以外の何物でもない。やがて口内のそれを飲み込むと、ヴィラートに狙いを定め、鎌を振り上げて猪突した。


 側面から巻き込むように襲い掛かる鎌を、ヴィラートは身を屈めてやり過ごす。ヴァラクの得物は諸刃ではないため、その内側に身を置かなければ問題はない。だが、間合いは剣のそれより長く、必然的に相手の有利な間合いでの戦いを強いられる。加えて長い柄を活かした頭上や側面、背後からの攻撃を防ぐのは容易ではなく、勝利を狙うには積極的に敵の懐に飛び込むしか策はない。


 何度目かの攻撃を避けた直後、ヴィラートは低い姿勢のまま素早く踏み込み、ヴァラクの喉元に鋭く剣を突き出した。当然体を左右どちらかにずらして回避行動を取ると予測し、避けた側に剣を滑らせるつもりでいた。ところがその予測は呆気なく外れ、剣はヴァラクの喉を貫いて鍔の手前まで深々と突き刺さった。


「馬鹿な! なぜ避けない!!」


 ヴァラクは剣の存在など全く意に介さず、驚愕するヴィラートに視線を向けた。


 目が合ったヴィラートはこれまで経験したことのない悪寒を感じ、剣を抜くことも忘れて素早く後退。十分な間合いを確保した。


「やはり生身では勝てないか……くそっ、アレスは何してやがる!!」


「フフフ、誰が来ても同じだ。お前たちは全員ここで死ぬのだ!! フハハハハハハハハッ!!!!! ……なっ……」


 恍惚の表情で高笑いしたフォルナーは、突然胸に強い痛みを感じ、ゆっくりと視線を落とした。血に染まった何者かの右手首が、背後から胸を貫いている。


「……だ、誰だ……」


 血を吐きながら振り返った瞳に映ったのは、アルジャーノの姿だった。聖堂会の一員であるイセリナとアルジャーノは絶対に手を出してこないと安心しきっていたため、後方で戦況を見つめていたアルジャーノへの注意が疎かになり、無防備に接近を許す結果となった。


「どうして、君が……」


「……貴方は、イセリナ様を裏切った。僕は……それが許せない」


 アルジャーノは一言一言噛み締めるように言うと、ゆっくりと手刀を引き抜き、覚束ない足取りで後ずさった。


 支えを失ったフォルナーの体は、力なくその場に崩れ落ちた。溢れ出る血は周辺を朱に染め、まるで血の池に浮いているように見える。


 そこへ避難誘導を終えたイセリナが姿を現した。変わり果てた上司の姿に色を失いながらも、駆け寄って血塗れの体を抱き上げる。


「フォルナー様! 大丈夫ですか、フォルナー様!!」


「……イセ……リ、ナ……か……フッ……無様な、ものだな……身内に……やられる、とは……」


「まさか、アル君が……」


「これも……自業自得……なのかも、しれないな……」


「フォルナー様……」


「……私は……聖堂会を、純粋な……反悪魔思想の、拠り所に……したかった……ただ、それだけ……だった……のだ……ゴホッゴホッ……」


「もう、喋らないでください……」


 イセリナは視線を逸らした。胸部の傷口から溢れる血は止めどなく、苦しみながら死の訪れを待つフォルナーを直視できるはずなどなかった。


「……イセ……リ……ナ……」


「……はい」


「後を……頼む……君ならば、きっと……」


 フォルナーは震える手で血染めのファイルを差し出した。


 イセリナがそれを受け取るのを見届けると、フォルナーは穏やかな微笑を残して息を引き取った。腕にその重さをずしりと感じた時、イセリナは感情の抑制を失った。


「フォルナー様……!!!」


 亡骸を強く抱きしめ、イセリナは周囲を憚らずに大声で泣きじゃくる。


 深い悲しみに満ちた嗚咽が響く中、竜の再生を封じたアレス、ケフィ、そして普段の小動物の姿に変身したロアが合流した。現場の状況からそこで起こったことを推測したアレスは、いきなりアルジャーノの胸元を捻り上げた。


「フォルナーを殺ったのはお前か!!」


「僕は……イセリナ様を騙し続けたあいつを……許せなかった……」


 アルジャーノは魂の抜けたような声で呟いた。


「あれがお前の望んだ姿なのか!!」


 アレスが指差した先にアルジャーノは虚ろな視線を移した。そこには生命活動を停止したかつての上司を胸に抱き、まだ泣き続けているもう一人の上司の姿がある。


「どうして……どうして、イセリナ様は泣いているんだ……」


「大切な人を失ったからだ」


「たいせつな……ひと……?」


 アレスは小さく頷いた。


「あいつはフォルナーの所業を知っても、最後まで信じ続けた。あいつにとって、フォルナーは特別な存在だったんだ」


「そんな人を……僕が、この手で……」


 アルジャーノは震えながら、血塗れの右手を見つめた。手首、肘を伝い、一滴、また一滴と地面に滴る赤い雫は、彼の後悔の涙にも見える。


「……残念だ」


 アレスは、彼がイセリナに想いを寄せていたことに気付いていた。それだけにこの結末は胸が痛かった。相手のためにと思った行為が、その相手を最も悲しませることになってしまったのだから。


「ちぇっ、つまんねぇ死に方しやがって……まぁ、仲間内の愛憎劇ってのはなかなか見ものだったがな」


 不意に耳に届いた不愉快な声は、アレスの神経を逆撫でた。怒りに目を剥いて振り返ったその先には、はたして因縁の男が立っていた。

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