策
アルジャーノは常人離れした跳躍力で半壊した聖堂の建物に飛び乗ると、たった二度のジャンプで最高部に達した。頭上には、巨大な竜の姿がある。
「策があると言ったな、小僧」
「あぁ、これだよ」
アルジャーノは懐から何の変哲もない一本のロープを取り出した。
「そんなもの、何の役にも立つまい」
「だからさっき訊いたんだよ。地上に降ろせばいいのかってね。これがあれば、アレスくんとの約束は十分果たせるよ」
自信ありげに微笑むと、アルジャーノは天高く跳躍した。そしてロープを構えて竜の背中――ヴァラクの背後に降り立った。
ヴァラクは緩慢な動きで振り返るが、その時にはもう体は後方へと倒れかかっていた。すなわち、アルジャーノがロープを首に巻きつけ、躊躇なく竜から飛び降りたのだ。
ヴァラクはすぐに鎌でロープを切断したが、滞空能力がないため、重力を味方につけたアルジャーノと共に無様に落ちていく。
それに気付いた竜が首を背後に向けようとした瞬間、長い二つの首は血飛沫を撒き散らしながら宙に舞った。アルジャーノの頭を踏み台に跳躍したロアが、人間の姿となって一刀の元に斬りおとしたのだ。
頭部を失って落ちていく竜を横目に着地を果たしたロアは、アレスと目が合うなり、物凄い剣幕で怒鳴りつけた。
「何をしている! ヘルマイオスを呼ばぬか!!」
「あ、あぁ……」
二人の連携に見とれていたアレスは我に返り、すぐにヘルマイオスを召喚した。
視線の先には、身動き一つしない竜が横たわっている。
「殺ったのか……?」
「まだだ。気を抜くな!」
ロアの叱咤が響く中、竜の首の切断面からまるで植物が生えてくるように頭部が現れた。
「馬鹿な、再生したのか!?」
「そうだ。ヴァラクは自分の体はおろか、配下の竜でさえ、欠損した部位を容易に再生できる」
「まるで蜥蜴の尻尾だな」
「蜥蜴に再生能力を付与したのは、他でもない奴だ。この程度は造作もない」
「造作もない、か。まずはこの厄介な竜をなんとかしないことには……くそっ、こう寒くっちゃ思うように体が動かない」
アレスは白い息を吐きながら震えていた。事実、気温は氷点下に達し、自然と起こる体の震えが止まらない。爬虫類の動きを封じるためとはいえ、この環境は苛酷を極める。早期に決着をつけなければ、味方や市民にも弊害が伴うことは、もはや自明であった。
「あの小僧は見事にヴァラクを地上に引き摺り下ろしたではないか。そんなことをいいわけにするのは、貴様の気が緩んでいる証拠だ」
「何とでも言え! くそっ、体が凍りつきそうだ……」
「大袈裟な奴め。この程度の寒さで体内の水分や血液が凍りつくわけでもあるまい」
「そんなことになったら、この町の人間は全滅だ。なんのためにサルベリオンで……ん、凍りつく……そうか! もしかしたら……リエリさん! 手を貸してもらえませんか!!」
アレスは突然振り返り、大声で協力を要請した。その理由もわからないまま、リエリはすぐに駆けつけた。
「どうしたの、アレス君」
「ふと思いついたんですが、サルベリオンで竜を凍らせることはできませんか?」
「できないことはないと思うけど、そんなことをしたらこの辺一帯の気温が今以上に低下し、私たちにまで危険が及ぶわよ。それでもいいの?」
「だから、首だけを凍らせるんです」
「首だけ……?」
「はい。首を落とし、その断面に溢れる血を凍結させるんです。うまくいけば、再生を阻止できるかもしれません」
「なるほど……わかったわ、やってみる。頼んだわよ、ロア」
「チッ、仕方ない」
ロアは不満そうに舌打ちしながらも、地上でなおも爬虫類を吐き続ける竜の首を手際よく斬り落とした。それを見計らい、リエリはサルベリオンに命じ、竜の首の周辺温度を一気に低下させた。その結果、溢れ出る血は急速に凍結し、真紅の氷となって切断面を覆った。
二人は固唾を飲んで見守るが、首は凍結したままで再生する気配はない。
「やったわ、成功よ! やるじゃない、アレス君」
「いえ、そんな……」
満面の笑顔で振り返ったリエリを前にして、アレスは顔が火照るのを自覚していた。
「後は私とサルベリオンでなんとかするわ。アレス君とロアはヴィラートの応援に向かって」
「わかりました。気をつけて」
「アレス君こそ、ケフィさんをしっかり守るのよ」
「はい!」