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CAPRICE -カプリース-  作者: 陽気な物書き
第一部 サリスティア王国編 ~第三章 急転~
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急報

 アレスはドアの前に立ち、常識知らずの訪問者に声を掛けた。


「誰だ、こんな朝っぱらから」


「あ、いたいた。私よ、早くここをあけて」


 親しげに答えた女性の声には聞き覚えがあり、アレスは言われるままにドアを開けた。


「おっはよう! お久しぶり、アレス君」


 小さく手を挙げて微笑んだのは、ルヴァロフの弟子の一人――リエリだった。赤を基調としたレザースーツと外套を着用し、スレンダーな体の輪郭がくっきりと出ていて目のやり場に困る。


「どうしたんですか、こんな朝早くに」


「いい、落ち着いて話を聞いてよ」


「リエリさんこそ、少し落ち着いてください。息が切れているじゃないですか」


「そりゃ、こっそり王宮を抜け出して、急いでここへ来たから……って、そんなことどうでもいいのよ! いい、よく聞いてね。信じられないかもしれないけど、今日明日にも悪魔召喚師の弾圧が始まるわよ」


「朝っぱらから何の冗談ですか。そんなことあるわけないじゃないですか」


 唐突にもたらされた話を間に受けず、アレスは軽く笑い流した。


 大陸諸国では、悪魔崇拝禁止が主流であり、悪魔の力を行使する悪魔召喚師の多くは目の敵にされている。


 だが、ここサリスティアに限っては、宗教信仰の自由が保障されており、悪魔崇拝も悪魔召喚師も保護対象となっている。それどころか、ルヴァロフのように国政の要職に就くことさえある。そんな稀有な国で、誰も予期しない弾圧が開始されると、彼女は言っているのである。


 これまでの経緯を鑑みれば、アレスの反応はむしろ自然かつ当然であった。


「嘘じゃないわよ。ちゃんとこの耳で聞いたんだから」


「とにかく中に入ってください。詳しい話はそれからで」


 アレスは外に誰もいないことを確認し、リエリを家の中に迎え入れた。


「今の話は本当なんですか?」


 二人の話を聞いていたケフィが心配そうな顔で尋ねた。


「ええ、事実よ。王宮はその話でもちきりだったんだから」


「でも、陛下は宗教や思想に関して寛容だったはずでは?」


「陛下はね。でも、今回の弾圧を具申した人物は、宰相ノーラなのよ。誰か知らないけど、三日前に第三国立墓地で悪魔を召喚した馬鹿がいて、死人も出たらしいの。一般市民からその事実が通報されて、さぁ大変。悪魔召喚師を取り締まる口実を得たもんだから、ノーラは手早く根回しして陛下を篭絡し、弾圧を開始できるところにまでこぎつけちゃったのよ」


 熱っぽく語るリエリをよそに、アレスはばつの悪そうな顔でケフィと顔を見合わせていた。言葉を発しなくても、互いに言わんとすることは伝わっている。


「あの……」


「ん、どうしたの? アレス君」


「俺、その場にいたんですけど……」


「えっ!?……ええぇぇぇぇぇぇ!!!」


 頭を掻きながらアレスが告白すると、リエリは目を丸くして奇声を上げた。そしてアレスからフレイ誘拐の経緯を聞くと、渋い表情で小さく数度頷いた。


「なるほど……そんな事情があったのね……」


「すみません。あの男を死なせなければ、こんな事態にはならなかったかもしれないのに……」


「まぁ済んだことは仕方ないわ。今の話を聞く限り、アレス君に非はなさそうだし、気にしないでいいわよ」


 リエリはアレスの肩を軽く叩いて通り過ぎると、先ほどまで朝食が並んでいたテーブルの席に腰を落ち着けた。その正面にアレス。ケフィは彼の隣に座る。


「ここで一つ問題よ。もし君たちが宰相だったら、まず誰から手をつけるかしら?」


「一番厄介な親父はもうこの世にはいない。だとすれば、王宮にいる弟子の三人か、少数ながらフリーで名を売っている連中か……あ、息子の俺も一応対象になるのか……」


「うんうん、いい線いってるわね。でも、今挙げた人物以外で真っ先に逮捕されそうな人がいるんだけど、誰かわかる?」


「それってまさか――」


「私ですね」


 アレスの言葉の先を取って、ケフィが答えた。


「そう、あなたよ、ケフィさん。我が師がいない今、宰相がもっとも恐れるのは、魔王の召喚方法を知る人物だからね」


「でも、召喚方法を知っているだけで逮捕なんて、権力の不当行使ですよ。いくらあの女でもそんな横暴は――」


「ところがどっこい、悪魔召喚師の弾圧となれば話は別なのよ、アレス君。召喚方法を知る者は、知っているという一事だけで弾圧対象として立派に昇格しちゃうの」


「でも、私のことはもう何年も前に周知の事実になっています。身柄の拘束ならいつだってできたと思いますが……」


「それができなかったのよ。二つの理由でね」


「二つの理由……?」


 リエリは小さく頷く。


「一つは、言うまでもなく陛下の存在。そしてより現実的なもう一つの理由が、あなたを陰から守っていた護衛の存在よ」


「国王の方はなんとか言いくるめても、下手にケフィに手を出せば、陰の護衛との衝突は避けられない。つまり、親父の存在そのものが抑止力として働いていたわけですね」


「その通り。そして宰相は知っていたのよ。その護衛をしていたのが我が師であることをね」


「そういえば、聖堂会もルヴァロフさんに目星をつけていたと、イセリナさんは言っていましたね」


「こうなると、親父の処刑もここに至るための布石の一つだったのかと思えてくるが……一つ腑に落ちないな……」


 アレスは首を傾げてひとりごちた。


「いかに親父を排除したからといって、王宮には弟子であるリエリさんたちがいる。並の悪魔召喚師ではない三人を真っ向から敵に回すようなことをするとは思えないんだが……」


「私も一番気に掛かっているのはそこなのよ。弾圧を始めれば、私たちとの戦いは絶対に避けられない。王宮にいるからといって特別扱いなんてしないだろうし、だとすれば、私たちに対抗しうる力を得たと考えるしかないのよね」


「それって何なんですか?」


「ごめん、私もそこまではわからないわ……だからこそ、不気味なのよ。宰相の切り札が何なのか……」


 憶測でしか話ができないことに対し、リエリは苛立ちを覚えていたが、いざ激突するとなった時、勝敗の鍵を握るのはその切り札の存在だと確信していた。その一点に関しては、アレスも共通の認識を有している。


「ところで、軍事学校教官マルセンが殺害されたことは、リエリさんの耳にも入っていますか?」


「もちろん知っているけど、それがどうかしたの?」


 アレスは彼が魔王召喚方法を知るもう一人の人物であったことを含め、一連の事件に関することを包み隠さずに話した。


 さすがのリエリも驚いて声が出ず、しばらくしてようやく発した言葉が、「水を一杯もらえるかしら」だった。そしてケフィが差し出した水を一気に飲み干すと、潤いを取り戻した唇は滑らかに活動を再開した。


「なんか驚きの連続で混乱しちゃったけど、二人とも大変だったわね。まさか聖堂会まで関与しているなんて思ってもみなかったし……でも、今のアレス君の話を聞いて、宰相の思惑がなんとなく見えてきたわ。まず悪魔崇拝者弾圧を画策した宰相が、その事前準備として我が師を処刑し、刺客を用いて魔王召喚方法を知る者の排除を目論んだ。マルセン氏の殺害には成功したが、ケフィさんをなかなか殺すことができない。そこで国立墓地で騒ぎを起こさせ、それを口実に公然と弾圧に踏み切ったってとこかしら」


「もしそうだとしたら、聖堂会に裏切り者がいることになります」


 リエリの推測に意見を加えると、さらにケフィが一言続けた。


「リストの存在ですね」


 アレスは大きく頷いた。


「リストって……?」


「この町の聖堂会支部に存在する極秘書類の中に、魔王の召喚方法を知る者のリストがあったらしいんです。その内容を知らない者にマルセンさんを殺す動機は発生しません。だから、聖堂会内部の裏切り者が――」


「……どうしたの、アレス君」


 不思議に思ったリエリが顔を覗き込むと、アレスは自分の口の前に人差し指を立てた。リエリは不満そうな表情をしながらも口を閉ざす。


 それから数分後、


「……そうか、わかったぞ」


 頭の中を覆っていた疑問という名の暗雲が晴れ、アレスは一人得心した。


「何がわかったんですか?」


「ようやく事件の全貌が見えたんだよ、ケフィ」


 アレスは晴れやかな顔で答えた。


「本当にわかったの? アレス君」


「はい。俺の考えが正しいかどうかは、聖堂会へ行けばはっきりすると思います」


「いよいよ面白くなってきたわね。ねっ、ケフィさん」


「あ、はい……いえ、面白いだなんて、そんな……」


 釣られて不用意な発言をしてしまったことに、ケフィは困惑した。


 その様子を見て、リエリは楽しげに笑う。


「あはは、ほんと真面目な子よね、ケフィさんって」


「この状況で面白くなってきたなんて言うリエリさんが軽すぎるんですよ」


「ひどいなぁ、アレス君。私は大真面目なのに……」


 リエリは首を窄めて上目遣いに視線を飛ばした。通りすがりの男性なら一瞬で虜になるに違いない魅惑的な表情だ。


「はいはい。わかりましたから、その表情はやめてください。話しづらいですから」


「もぉぉぉ!!」


 軽くあしらわれたリエリは、頬を膨らませて拗ねた素振りを見せた。


 子供と大人が同居しているようなリエリの感情豊かな言動を目の当たりにして、ケフィは思わず笑ってしまった。


「なによぉ、その笑いはー!」


「あ、いえ、楽しい方だなと思って」


 笑いながら素直な感想を口にすると、テーブルの下――リエリの死角でじっと話を聞いていたロアがのっそりと姿を現し、いきなり毒づいた。


「いつ見ても不可解な女だ」


 アレスもケフィも、リエリとロアの舌戦を期待――いや、覚悟した。


 ところが、リエリは反論するどころか、足元のロアをただじっと見つめるだけであった。その表情は今までとは別人のように、熱を失ってどこか寂しげである。


「あれから姿を見ないと思ったら、ここにいたのね」


「うむ。今はこやつと行動を共にしている」


「そう、アレス君と……そうね、それがいいのかもしれないわね……」


 リエリは自分を納得させるように小さく何度か頷くと、早々にロアとの会話を切り上げた。そして咲き誇る大輪の花のような活き活きとした笑顔を、アレスに向けた。


「さぁ、聖堂会へ行きましょう。君の推理に期待しているわよ、アレス君」

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