接触
翌朝、アレスは十時ちょうどの列車に乗り、十時五十二分、スルトバーグ駅に到着した。シャルターニ駅とは違い、行き交う人の数は少ない。
「随分と寂れておるな。まるで活気がないではないか」
「シャルターニが交通の要衝であるのに対し、ここは陸の孤島だ。その証拠に列車の本数は一時間に一、二本あるかどうかで、昼間にいたっては全く運行のない時間帯も存在しているぐらいだ。不便この上なく、墓地以外に何もないこんな所に好き好んで来る奴なんてそうはいないさ」
構内の時刻表を見ながら、アレスは的確に説明した。
「なるほど。犯人にとっては人目がなく好都合な場所というわけだ」
「まぁな。相手が誰であれ、いざとなったらヘルマイオスを召喚してでもフレイを取り戻す」
駅を出たアレスは、その足で真っ直ぐ目的地に向かった。今朝早くにケフィから国立墓地の場所とそこに至るまでの道を教えてもらっているので、迷う心配はない。
正式名称は、第三国立墓地。
周辺に住む者は、便宜上、国立墓地と呼んでいる。ラタール市の中心部から離れた郊外にある広大な墓地で、主に一般市民の魂が眠っている。
「随分広いな」
国立というだけあって、綺麗に区画整理され、等間隔に墓石が立ち並んでいる。しかも土地の広さが尋常ではなく、ぐるりと一周見渡しても、視界は全て墓地。一体幾人の魂が眠っているのか、見当もつかない。
「これが墓地か……」
墓石の一つに飛び乗り、ロアが呟いた。
「初めて見たのか?」
「こんな光景は初めてだ」
この広大な墓地が彼の目にどう映っているのか、アレスはいささか興味があった。
「人間はこうやって亡くなった人を埋葬し、魂を鎮め、供養するんだ」
「我らにはそのような概念は存在しない。肉体は滅しても、魂はそう易々と消えたりはしないからな」
つまらなさそうに言うと、ロアは墓石から軽やかに飛び降りた。
再び歩き出したアレスは、墓地のあちこちに立てられている案内板を頼りに、中央区画を目指す。ここに立つ案内板には、目的の場所まで一時間弱を要すると表記されている。
「ギリギリだな……」
懐中時計で時刻を確認し、アレスは渋い顔で呟いた。
案の定、中央区画に到着した頃には、正午を回っていた。
計らずも相手を待たせることに成功したアレスは、約束の時刻を過ぎて動揺しているに違いない犯人を遠目から捜す。はたして、落ち着きなく周囲を見回している男がいる。何度も懐中時計を見て時間を気にしていることから、その人物が犯人だと断定し、真正面から堂々と接近を試みる。
それに気付いた男は、アレスに視点を固定し、激しくじっと睨む。
「なんだ、俺に何か用か?」
「これを書いたのは、お前か?」
アレスは男の目の前で止まり、脅迫状を突きつけた。
「どうしてそれを……?」
「彼女は来られない。俺はその代理だ」
「代理……? 俺が指定したのは、ケフィ=アルカスター一人だ。それを守らないということは、あのお嬢ちゃんがどうなってもいいってことだな」
「だから、俺が代理だと言っている。お前の望みはケフィ本人ではなく、彼女の持っている情報だろ? 俺がそれを知っていれば、別に問題はないはずだが」
途端、男の顔色が変わった。
「なかなか物分かりがいいじゃないか。そこまでわかっているのなら、当然俺が欲する情報を提供してくれるんだろうな?」
「まずはフレイが先だ。フレイはどこにいる!」
「そう、熱くなるなって。見ろ、あそこだ」
男が顎で示した方向に視線を向けると、別の男に身柄を拘束された少女の姿がある。
「フレイ!!」
「んん……ん……んんんん……ん……」
フレイは必死に身を捩じらせて何かを言おうとしているが、縄を噛まされていて言葉にならない。
「これで無事だとわかっただろう。さぁ、次は俺の要求を聞いてもらおうか」
絶対的優位を信じて疑わない男は、嫌らしく口を歪めた。
「断る」
「はぁ?」
男は目を細め、素っ頓狂な声を上げた。
「どうやら自分の立場がわかっていないようだな。貴様の態度次第でお嬢ちゃんは死ぬんだぞ」
「好きにしろ。その代わり、フレイが死んだら、お前の望みは永遠に叶わない。そこをよく考えるんだな」
脅しに屈するどころか、アレスは強気な姿勢で逆に男を追い詰める。
人質が意味を成さないという誤算に、男は苦々しい表情で親指を噛んだ。
「情報が欲しいんだろ? フレイを解放するなら、チャンスをやってもいいぞ」
「チャンス……?」
男は目敏く反応した。
「そうだ。俺と勝負して勝てば、何でも教えてやる」
「つまり、人質など利用せずに力づくで聞き出せ、ということか……」
アレスが提示した条件を、男は真剣に吟味し始めた。これではどちらが人質を握っているのかわからない。実に滑稽な光景である。
「……いいだろう。話に乗ってやる」
男はまんまと罠にはまると、フレイを拘束している男に歩み寄り、彼女を縛る縄を解いた。