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CAPRICE -カプリース-  作者: 陽気な物書き
第一部 サリスティア王国編 ~第二章 一つの終焉~
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名案

「――というわけだ。人手を貸してもらえないだろうか?」


 アレスは聖堂会を訪ねていた。


 自力で捜し回った結果、地理不案内の場所での捜索の困難さを痛感し、イセリナに協力を乞うという苦渋の決断を下すこととなった。聖堂会とはけして良好な関係とは言い難いが、今はその人的資源と情報収集能力に頼るしかなかった。


「わかりました。そういうことならば、喜んで協力させていただきます」


 アレスの頼みを快諾したイセリナは、すぐに人を呼んで捜索の手配をした。この辺の手際のよさはさすが頼りになる。


「すまない、助かる」


「しかし、まだ日も浅いというのに、早くも協力依頼に来られるとは、失礼ながら、アレスさんの護衛能力には疑問を持たざるを得ませんね」


「単に屋敷に戻ってないだけかもしれないが……いや、何を言っても言い訳がましいだけだな……」


 アレスは俯いて溜息をついた。その姿を見たイセリナは小さく微笑み、弾んだ声で話し掛けた。


「そう塞ぎこまないでください。正直、嬉しいんですよ。アレスさんが私を頼ってこられたことは」


「……嬉しい?」


 更に辛辣な言葉を覚悟していたアレスは、意外な言葉に小さな驚きを覚え、ゆっくりと顔を上げた。


「はい。アレスさんが聖堂会のことをあまりよく思われていないことはわかっていましたから、アレスさんの方から訪問されることはもうないのではないかと諦めていました。ですから、こうして再びお会いできたことが本当に嬉しいのです」


「都合のいい奴だと思われても、今はとにかく人手が欲しかったんでな……」


 アレスが複雑な心中を吐露すると、イセリナは静かに目を閉じて胸の前で手を組み、音吐朗々と諳んじ始めた。


「困った時は、信頼できる人を頼りなさい。その代わり、誰かに頼られた時は、全力でその信頼に応えなさい。それが人として生きていく道なのですから」


「女神エルミラの教えか?」


 アレスが尋ねると、イセリナはゆっくりと目を開けた。


「いえ、これは祖母の言葉です。祖母は私が幼い時に亡くなりましたが、この言葉だけは今でもはっきりと憶えているんです」


「なるほど……いい言葉だ。俺も憶えておこう」


 アレスは素直に感心し、表情にも幾分余裕が戻ってきた。


「もしフレイさんが本当に誘拐されていた場合、どうされますか? 必要とあれば、支部をあげて救出の手助けをさせていただきますが」


「いや、捜索だけで十分だ。どうせフォルナーには無断でやるつもりなんだろ?」


「えぇ、まぁ……」


 アレスはイセリナの苦しい立場を察していた。


 独断で協力し、怪我人あるいは死者を出そうものなら、軽い処分で済むはずがない。無理を強いる以上、過度のリスクを背負わせるわけにはいかなかった。


「仮に誘拐されていたとしても、生存が確認できれば手の打ちようはある。今はとにかく無事を確認したい」


「わかりました。なんとか日暮れまでに見つかってくれるといいのですが……」


 イセリナが親身に心配している姿を見つめながら、アレスは唐突に話題を転換した。


「ところで、二つばかり気になっていることがあるんだが……」


「はい、なんでしょうか?」


「犠牲になった信者たちの件と、例の応援の件だ」


 イセリナはにわかに表情を曇らせ、重い口調で話し始めた。


「信者の方々については、ほぼ手続きは完了しました。ただ、やはり身元の分からない方が数名いらして、中には誰か分からないほど顔面を損壊された方もおられまして……」


「フォルセウスめ、酷いことを……」


「応援の件に関しては、アレスさんのおっしゃるとおり、支部長の承認を得ることはできませんでした。やはり悪魔召喚師が派遣されるのを嫌ったのでしょうか?」


「だろうな。俺が言うのもなんだが、奴の悪魔嫌いは筋金入りだ。大変だとは思うが、この支部だけで何とかするしかないだろうな」


「あるいは、誰かが本部に密告でもすれば、本部の判断で応援が派遣されることも十分に考えられますが……」


 イセリナが呟いた言葉を耳にしたアレスは、腕組みして考え込んだ。


「どうかされましたか……?」


「いや、案外名案かもしれないと思ってな」


「名案……?」


「あんたが言った密告の話だ。なんなら、俺がその役を引き受けてもいい」


「えっ……」


 イセリナの表情には、はっきりと動揺の色が浮かんでいる。


「支部から何の連絡もないのに、市民からの密告で事態を知ったとなれば、本部は必ず動き出す。どうだ、これで貸し借りなし。スッキリするだろ?」


「それはそうかもしれませんが、アレスさんと聖堂会との溝がさらに深まることになりかねませんよ?」


「構うものか。どうせ聖堂会とは不仲だ。いまさら関係を改善する気もない。それに親父が処刑されて間もない時期だ。俺の名前なら無視を決め込んだりもしないだろう」


「ですが、仮に密告が成功しても、支部長が責任を問われることは免れません。それを承知で実行することは、私には……」


 自分で口にしておきながら、イセリナがまだ煮えきれない態度を示していることに対し、アレスの苛立ちは募る。


「あんた、まだそんなことを言っているのか? 私情で公務に支障を及ぼすような奴を放っておいていいのか?」


「おっしゃることはよくわかります。よくわかりますが……それでも、私にはできません……」


「だったら、俺が俺個人の責任において独断で実行する。あんたは一切無関係だ」


 強い口調で押し切ると、アレスは立ち上がった。


「フレイの件は感謝する。じゃあな」


 捨て台詞のような謝意を残し、アレスは部屋を後にした。


「どうしてこんなことに……」


 イセリナは一人頭を抱えて苦悩する。


 視界を奪われた闇の中で、手探りで出口を捜し求めるかのように――

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